【R18】サキュバスちゃんの純情

千咲

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61.黒白の告白(十)

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 お粥やスープを温め直して、湯川先生に食べてもらう。「美味しい、美味しい」と笑う先生の顔色は悪くない。快方に向かっているようで安心した。

「久しぶりに家庭料理を食べた気がするよ」
「自炊しないでしょ?」
「うん、あんまり、ね」

 鍋もフライパンも調理器具も、高価そうなものがそろっているのに、あまり使われた形跡がなかったのはそのせいか。冷蔵庫の中の調味料も、大半が消費期限を過ぎていた。
 もったいないなぁ。いいキッチンがあるのに、あれは飾りか。もったいない。

「ここ最近、神経を使う手術ばかりで疲れていたのかな……合間におにぎりとか菓子パンしか食べていなかったし」
「医者って大変なんだね。風邪引いて当たり前だよ、そんな生活じゃあ」
「あかりが毎日『好き』って言ってくれたら頑張れるよ」

 洗い物をしながら「好きだよ」と言ってみる。湯川先生は照れたのか、顔を赤くする。リクエストしたのは先生なのに。

「毎日言ってほしい?」
「できれば、ね」
「じゃあ、そうする」
「……俺、幸せすぎて死にそう」

 幸せすぎて死んだ人なんていないでしょ、と笑いながらタオルで手を拭く。
 そして、椅子に座ったままの先生に抱きついて、キスをして、「好き」の雨を降らしてみる。先生は真っ赤になりながら、微笑む。
 ……やりすぎると、確かに心臓には悪いのかもしれない。先生の心臓はめちゃくちゃドキドキしているから。
 もしかしたら、幸せすぎて死ぬ人もいるのかもしれない。聞いたことはないけれど、私が知らないだけで。

「……あー、ダメ、押し倒したくなる」
「ご飯食べたばかりだから、やめておこうね」

 笑いながら、ソファに移動する。ベージュの柔らかい素材のソファは、座ると深々とお尻が沈む。気持ちがいい。
 隣に座り、キスをする。ムラムラする気持ちは抑えながら、しばらくお互いの唇の感触を楽しむ。
 これ以上すると止められなくなる、というギリギリのところで、おしまい。続きはベッドで、だ。

「あかり、すぐに引っ越して来る?」
「んー、今の職場からちょっと遠くなるから、どうかなぁ」
「職場の近くがいいなら、俺も引っ越すよ。あ、でも、その前に彼氏に会わせて」

 聞き慣れない単語に、「彼氏?」と目を丸くする。彼氏……翔吾くんのことか、とすぐに思い当たる。
 いや、忘れていたわけではないんだよ、翔吾くん。慣れない単語だから、ね!
 湯川先生は私の変な態度に気づかず話を進めている。

「夫として彼氏には会っておきたい。セフレはいいけど。セフレより立場が上なんだよね、彼氏は」
「あ、うん……そう、だね」
「じゃあ、会っておかなきゃ。俺の留守中にあかりを預けるわけだし」

 翔吾くんと湯川先生が、会う……。
 荒木さんとケントくんが鉢合わせしたときのことを思い出して、険悪な空気になったらどうしようと内心動揺する。

「大丈夫。いくつか確認したいことがあるだけだから」
「……いくつか?」
「あかりとの付き合いをどう考えているのか、とか、俺を許容できるのか、とかかな」

 あぁ、なるほど。特殊な環境下における共有事項を確認しておきたいということですね! 何しろ、お付き合いをする人が二人もいますからね!
 翔吾くんが前に言っていた、シェアをするに当たっての確認事項というやつだ。

「今は合宿中だから、それが終わったら時間は作れると思う」
「学生?」
「うん。誠南大学三年生のサッカー部の子」
「俺と一回り違うなぁ……あかり、若い男のほうが好きなの?」

 精液を搾取するという点においては、やはり若いほうに軍配が上がるのだけど、特別若い子が好きというわけではない。コンスタントに精液さえ出してもらえれば、年齢は関係ない。
 先生は、妬いているのか、からかっているのか……あ、これはただの意地悪だな。目が笑っている。

「意地悪」
「ははは、ごめん、ごめん。まぁ、でも、今後のことは話し合っておかないといけないから、彼氏には会わせて。彼氏のほうが時間の融通が利くなら、俺が休みの日を教えるよ」
「わかった」

 翔吾くんも「会わなきゃ」と言っていたから、拒否はされないだろう。私が針のむしろになるだけだ。二人が会うというだけで緊張する。考えただけで頭痛や腹痛が襲ってくる。

「あかりの派遣の契約はいつまで?」
「年末までだよ」
「じゃあ、引っ越すならそれ以降か」

 契約を延長しないで、他の仕事を探せってことなのかな?
 まぁ、荒木さんからのアプローチがエスカレートするなら、それも考えないといけないけど……本当に、あれが毎日になったら、落ち着かない日々が続くということだ。心臓に悪い。

「あぁ、事実婚は世帯を同じにしないといけないから、住民票を移さないとね」
「へぇ」
「俺の就職活動はたぶんそんなに甘くないから、もし難しいようなら、地方へ行ったり開業することも選択肢の中に入れておきたくて、ね」

 湯川先生は微笑む。
 つまりは、そういうことか。

「そうなったら、ついてきてくれないか」

 湯川先生だけが相手なら、きっとすぐにでも頷ける話だ。行きます、と答えるだけ。
 けれど、もう一人、いる。
 翔吾くんはなんて言うだろう。東京にいて欲しい、と言うだろうか。今は就職活動前だから、私たちが地方に住むことが決まったら、東京より地方を中心に就活するかもしれない。
 それは、翔吾くんに聞いてみないとわからない。私が勝手に決めていいことではない気がする。

「……彼に聞いてから、でいい?」
「もちろん。この件も含めて、話し合いをしよう」

 殴り合い、にはならないよね?
 二人とも、落ち着いて話をしてくれるよね?
 ドキドキしながら私は頷く。

「わかった」

 彼氏が二人と彼女が一人。どう考えても「修羅場」にしか見えない席を想像して、私は「険悪になったらとりあえず私から殴ってもらおう」と決意するのだった。


◆◇◆◇◆


「……というわけで、話し合いというか、会食の席を設けたいと」
『いいよ。先方の都合に合わせるよ』

 湯川先生のマンションで一泊し、夜帰宅したあと、合宿中の翔吾くんに電話をすると、あっけなく了承の返事がもらえた。まずは良かった、と胸を撫で下ろす。

『話はしておきたかったし、いい機会だと思う。例のお医者さんだよね?』
「うん、お医者さん」
『あかりと結婚したいって?』
「う……うん、そういう話になった。ごめん」

 翔吾くんは嫌がるかと思ったけど、電話口では明るい口調だ。

『あかりは謝らなくていいよ。そうなると思っていたし。そういうつもりで、俺たちはあかりを共有したいって思っているんだから』

 いや、ほんと、おかしな関係を強いてしまって申し訳ないと思う。二人とも、すごく複雑な感情を抱いていると思うのに。

『じゃあ、とりあえず、彼氏二人ってことだね? 健吾はいないんだよね?』
「うん。健吾くんはセフレだから」
『わかった。なら、いいよ』

 翔吾くんは健吾くんさえいなければいい、ということなのかな。案外、ライバル視していたのかもしれない。男の子の考えることは不思議だ。

『……あかりに会いたいなぁ』
「私も翔吾くんに会いたい」

 ぽろり零れた言葉に、翔吾くんが笑う。

『素直だね、あかり』
「ダメ?」
『ダメじゃないよ。嬉しい』

 優しい声。すごくホッとする。
 旭さんの曾孫なのに、三人とも性格が違う。アプローチの仕方も全然違う。
 ……結局、荒木さんのことは翔吾くんには話せていない。
 余計な心配をかけたくない、というのは私の勝手な考え。翔吾くんは話して欲しいと願うだろうけど、今はまだ話せない。話すべきじゃない気がする。

『……嬉しいね。あかりに想われているのは、幸せだね』
「好きだよ、翔吾くん」
「んっ、……んんー……かわいい」

 電話の向こうで翔吾くんが悶えているのがわかる。「たまに言って欲しい」と言われたけど、ほぼ毎日言っている気がする。毎日一回の「好き」は、そんなに破壊力抜群なのだろうか。毎日、翔吾くんはかわいい反応をしてくれる。
『彼女かよ』『ニヤニヤして気持ちわりぃな、翔吾』と遠くからチームメイトが囃しているのが聞こえて、『うるせー、邪魔すんな!』と口の悪い翔吾くんの声が続く。
 そっか、ニヤニヤしてくれたのか、と私まで照れくさくなる。

『ごめん、廊下で電話してたんだけど、たまたまあいつらが通りかかって』
「いいよ、私こそ邪魔していなかった?」
『大丈夫。電話、嬉しいよ』

 何だかくすぐったい気持ちになる。そうか、これが「付き合う」ということか。彼氏彼女の関係、というやつか。

『好きだよ、あかり』

 耳元で翔吾くんが囁いてくれる。その甘い声にぞくぞくする。目の前に翔吾くんがいたら、迷わずキスしていただろう。

「私も」

 口元が緩む。私、今、とんでもなくだらしない顔をしているんだろう。恥ずかしい。確認する勇気はない。

「早く会いたいな」
『俺も。合宿終わったら会おうね』
「うん、楽しみにしてる」

「おやすみ」を言ったのに、どちらも電話を切ることができなくて、結局また何分か喋って、ようやく切った。
 不思議なもので、電話ですら離れがたいと思ってしまう。
 今日、湯川先生のマンションから帰るときもそうだった。病み上がりの先生を外出させたくなかったから、玄関でお別れをしたのだけれど、何度もキスをして、「バイバイ」と言っているのに、どちらも手を離さなくて、結局三十分くらい抱き合っていた。

 不思議だ。セフレのときにはなかった変化なのだ。
 感情の変化に、態度の変化。どちらも、私にとっては驚きの材料だ。
 これが「付き合う」ということなんだなぁ、と再度思案して、幸せを確認する。
 叡心先生と暮らしていたときと同じような、穏やかな幸せだ。ずっと続けばいいのに、と願わずにはいられない。
 ずっと、が無理でも、できるだけ、幸せを感じていたい。できるだけ。

 荒木さんとこの幸せは共有できるだろうか、と考えても、「できる」とは言いがたい気がする。
 おそらく、荒木さんが望むのは刺激的なセックスや完璧な主従関係で、穏やかな日常ではないはずだ。相手を縛って、追い詰めて、高揚感を得たいと思っているはずだ。
 私は、そんな荒木さんから精液を搾取するということができるだろうか……難しい気がする。
 縛られて、追い詰められて、泣きながら「私の中に精液を出してください」と懇願している自分しか想像できない。荒木さんはそんな私を冷たい目で見下ろして、薄っすら笑みを浮かべるのだ。「そんなに欲しけりゃ出させてみろ」と椅子に座って命令するのだ。私は泣きながら、勃起していない陰茎を必死で奥まで咥えて……。
 それが毎週続くのは、やっぱり厳しい。厳しいと思う。体力的には多少しんどくても、湯川先生や翔吾くんに貪られたほうがだいぶマシだ。うん、そうだ。

 それに、「それ以上増やさないように」と湯川先生に釘を刺されたので、彼氏もセフレも増やせない。つまりは、荒木さんとはセフレにはなれないし、彼氏にもなれない。
 やっぱり、断るしかない。
 押しに弱すぎると言われたばかりだけど、何とか、何とか、きちんとお断りをしよう。しなければ。
 それは、私のためだけじゃない。
 湯川先生と翔吾くんのためでもあるのだから。

 荒木さんに絆されないように、頑張って断ろう。
 私は堅く決心した。

 やっぱり、SMは無理だ!

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