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48.兄弟の提携(十二)
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抱き合いながら、キスをしながら、腰を振る。とろんと熱っぽい視線で私を見上げてくる翔吾くんを組み敷いて、腰を上下に動かす。繋がった部分は、とろけるほどに熱い。
声を我慢しなくてはいけない状況でするセックスは、その背徳感ゆえに気持ちがいいのだろうか。
ぐちゅぐちゅと部屋に淫らな水音が響くだけで、声は二人とも押し殺したまま。声が漏れそうになると、お互いの唇に吸い付くか、何かを噛んで我慢するかしかない。
だから、さっきから、ずっとキスをしているのだ。
階上に翔吾くんの両親がいる。聞くと、客室のちょうど真上が両親の寝室なのだという。
寝室の真下なのに、という背徳感。声が聞こえてしまうかも、というスリル。それらをあっさりと凌駕する、快楽。
声を出さないように、甘い味を貪る。
「……っふ、ん」
漏れ出た声は、また唇の中へ。翔吾くんがいきなり胸の突起に触れたりするから、声が出てしまう。意地悪なことをしないで、と舌を甘く噛む。宥めるように、舌がちょこちょこと動く。
「あかり」
「ん? イク?」
「来ちゃった。出そう」
いきなり、腰を止める。大きく硬く反り立った肉棒が、私の中で暴れたくてうずうずしているのはわかっているけれど。
「なん、で?」
「まだ。イカせてあげない」
「イキたい……っ」
弱いオレンジ色の光の下、翔吾くんが切なく声を漏らす。胸に添えられていた指は、いつの間にか腰へ移動している。無理やり動かす気だ。
「翔吾くん、私のこと、一度は諦めたでしょう?」
「だっ、て……健吾なら」
「健吾くんに奪われるならいいって?」
頷く翔吾くんの頬をつねって、笑う。笑うけど、あのとき、本当は、ちょっと悲しかった。寂しかった。そして、腹が立った。
「良くない」
「ごめん」
「私のことを好きな間は、私のことを諦めないで」
酷い呪詛。呪いの言葉だ。
けれど、翔吾くんは頷く。「諦めない」と呟くそのいじらしい態度に、ぞくぞくするほどの色気を感じる。
「ごめん、あかり。悪かったと思ってる」
「本当に?」
「本当に。もう二度と、あかりのことを諦めたりはしない。あかりを好きな男が何人いても、その中の一番であり続けたい」
だから、イカせて、と翔吾くんが目で訴えてくる。私はそれを却下する。
「じゃあ、我慢して」
動きやすいように足の位置を動かして。その動作だけで、翔吾くんは何が起こるのか理解してくれる。
「無理! 無理だよ、あかり!」
「しぃーっ、静かに。聞こえちゃうよ」
「ダメ、すぐ出るから、それは!」
「知ってる」
だから、お仕置きなのだ。怒っているのだ。
私を諦めようとした、罰なのだ。
今夜は、何秒、かな?
「翔吾」
「ダメ、あかり、無理! 俺、イキたくな――っ」
問答無用。
膣口まで引き抜いて亀頭が出てきそうになったところに、一気に腰を落として襞で肉棒を包み込む。翔吾くんのくぐもった悲鳴は聞かない。何度も何度も腰を深く落として、射精感を高めていく。
我慢できない、とばかりに目を閉じて頭を振る翔吾くんを見下ろして、かわいいなぁと思う。
そして、同時に思うのだ。
思う存分、貪りたい、と。
「やっ、ダメ、あかりっ」
「翔吾、かわいい」
「ダメ、ほんとに!」
「ほら、我慢して。私を諦めないで、翔吾」
たぶん、私、悪魔のような顔をしているんだろうな。ちょっと楽しい。
乳首を舐め上げると、翔吾くんが気持ち良さそうに、苦しそうに喘ぐ。イキたいけどイキたくない、よね。赤い痕を残しながら、笑う。
「繋がるの、気持ちいいね、翔吾」
「無理、あかり、も……無理!」
「ん、もうちょっと我慢してみよう」
無理無理うるさい唇を塞いで、そのときを待つ。
翔吾くんの体が強張り、目をぎゅっと閉じる直前で、唇を離す。キスをしながらイキたかった翔吾くんが目を開けた瞬間に。
――とどめを刺す。
「愛してるよ、翔吾」
「――っ!?」
どくん、と最奥に吐き出される精液の量は多い。いっぱい我慢した分だけ、いっぱい中に出る。熱を味わいながら、翔吾くんの目から溢れる涙を拭う。
「泣かないでよ、翔吾」
「だっ、て……!」
今日は誕生日でもクリスマスでもない。でも、恋人になった日だ。特別な言葉くらい、贈ったっていいじゃないの。
「翔吾、愛してる」
「あかり、俺も! 俺も、愛して――」
二階に聞こえてしまいそうな音量の声は塞いでしまって、ただ、今は、セックスの余韻を楽しもう。
私の心と体に溺れてくれる人を愛しいと思う。
恋なのか、愛なのか、情なのか、判断はつかないけれど……翔吾くんの腕の中は、腕に抱かれることは、確かに「幸せ」なことなのだ。
◆◇◆◇◆
「あっという間だったねぇ、夏休み」
レンタカーを返し終わって、二人で新幹線を待つ。ホームはジリジリと暑い。セミは相変わらず大合唱。
今年の夏は、ストローハットがよく役に立った。湯川先生、ありがとう。素敵なお土産でした。
双子の両親は、別荘に一泊して早朝に出て行った。翔吾くんは寝ていたけれど、私は挨拶をすることができた。
「翔吾と健吾をよろしくね」とお母様に念を押されたけれど、そこに健吾くんが含まれているあたり、お母様だけは私たちの関係に気づいているのかもしれない。
昨夜の夕飯時に、しきりに「健吾もどことなく丸くなった気がするのよねぇ」と私を笑顔で見つめてきていたから。私の笑顔が引きつっていないといいんだけど、それは自信がない。
「俺はまだ夏休みだけど」
学生である翔吾くんが得意げに笑う。帰ったら、何日か大学サッカー部の合宿があるそうだ。また日に焼けるのだろうか。
「あかり、もう一人にはいつ話す?」
「んー、今週末か来週、かな。忙しい人だから、予定聞かなくちゃ」
湯川先生から連絡はない。ということは、忙しいということだ。手術なのか、学会なのか、私にはわからないけれど。
まぁ、少し、寂しい。
「何してる人?」
「……お医者さん」
「医者!? マジかー……あ、でも、よく考えたら、俺も医者と同レベルってことか! なら、いっか!」
よくわからない思考だけど、納得できたなら、いいか。苦笑しながら、青と金色が特徴の新幹線がホームに入ってくるのを見る。
反対側に行けば、旭さんと過ごした金沢なのか。そう思うと、何だか不思議。いや、旭さんの曾孫と手を繋いでいることのほうが不思議なのかもしれない。
本当に、変な巡り合わせ。
「翔吾くんは……健吾くんとの関係をどうして欲しい?」
その話が切り出せたのは、席に座って少したってからだ。今朝はバタバタしていて話せなかったから、東京に帰るまでに何とか聞き出しておかないといけないのだ。
翔吾くんは「うぅん」と唸って、考える。
「つまりは、恋人とセフレの境界線なんだけど」
「健吾以外の人とも、ってことだよね。そもそも、あかりは……何でセフレが必要なの?」
話題が話題なので、周りの人に聞かれないように声のトーンを落としながら話す。
そもそも、も何も……精液が欲しいだけなんだけどなぁ。
「……依存症、なの、かな」
「治す気は?」
「あんまりない」
「じゃあ、セックスができればいいんだよね? 毎日?」
「週イチで大丈夫だよ」
翔吾くんとこんな話をするのは実は初めてだ。恋人だから、これも必要な会話になるのだろう。
水森さんとした同じような会話を思い出す。彼はセフレでも恋人でもない、変な存在だ。
「週イチ……なら、俺とだけなら、問題ないんじゃない?」
「……」
そうなんだよなぁ。
ハタチの男子が恋人なら、確かに心強い。セックスの回数も、精液量も、申し分ない。
となると、翔吾くん以外の人は不必要だと言わざるを得ない。
ただし、翔吾くんが老いるまで。セックスレスになるまで。
「週イチは絶対なの。それがずっと、何年も、何十年も続くんだよ? 翔吾くんが試験期間中でも、合宿中でも、就職して出張になっても、歳を取っても」
「……なるほど。じゃあ、あかり、仕事辞めて合宿でも出張でもついておいで。俺、お金ならあるし。あ、もちろん、親の金じゃなくて俺のお金ね」
う……なんか、そうやって養ってもらうのも、違う気がするんだよなぁ。甘やかされるのは、違う気がする。
「……っていうのは、違うんだね?」
「違う、かなぁ。うん、違う。ごめんね、面倒くさくて」
「あかりの面倒くささはよく知ってるから、いいよ。慣れてるよ」
私の面倒くささは折り紙つきのようでした。翔吾くんは笑っている。
今すぐ「精液が必要なの」と自分の正体をカミングアウトしてしまえば楽なんだろうけど、その勇気はない。我ながら、本当に面倒くさい。
「じゃあ、俺がいない間の週イチの相手が必要だ、と」
「そう、だね。じゃないと、私、痴女になってしまうから……逆ナンするだけならいいんだけど、そうなっちゃうとね」
「あー、それは危険だね。危ない。変な人についてっちゃダメ。それなら、医者とか健吾のほうが安心できる。なるほど、そういう意味では、もう一人か二人は必要か」
精液が保存できたらいいのに。そうしたら、こんなに悩まなくてすむのに。
ちなみに、精液を冷凍保存したことはある。試しにコンドームの中のものを冷凍、解凍して飲んだときの、マズさ。……本当にマズかった。数日前と同じものとは思えなかった。そして、大してお腹も満たされなかった。つまり、最悪だったのだ。
そのとき、精液はナマモノに限る、と判断したのだ。
「今のセフレは何人だっけ?」
「お医者さん、健吾くん、学生、会社員、の四人。翔吾くんは彼氏だから除外するね」
「ん、ありがと。でも、俺と医者がいれば他は必要ない気がするけど?」
つまり、「セフレ」はいらない、ということか。「恋人」だけにしろ、と。
「んー、そう、だねぇ。検討してみる」
「うん。俺はあかりの一番ならそれでいいけど、やっぱり他の男には渡したくない」
「体だけの関係でも?」
「もちろん」
ということは、やっぱり「恋人」以外はいらない、と。翔吾くんはそれを望んでいる。
湯川先生はどう考えるだろう。話してみないとわからないけれど、翔吾くんと似たような考え方なら、セフレのあり方を変えないといけないかもしれない。
「健吾は、なんて?」
「翔吾くんと別れるなら俺も別れる。翔吾くんが恋人になるなら、自分はセフレでいいって」
「……へぇ。意外」
翔吾くんが私を諦めようとしたのも意外だったよ。
軽井沢に来て、本当に、意外なことばかりだった。けれど、二人の本心も聞くことができたし、良かったのかもしれない。
香水は結局、私のキャリーバッグの中に入ったままだ。でも、翔吾くんはいつも通り穏やかそうに見える。暗示はもう必要なくなったのだろうか。
「健吾と別れたい?」
「……正直に言うと、翔吾くんがいてくれるなら、どちらでもいい」
「かわいいこと、言ってくれるね、あかりは」
嬉しかったらしく、翔吾くんは口元を押さえてニヤニヤしている。耳が真っ赤だ。
「……恋人とセフレなら、三人でするのは難しいかな」
「え、でも、翔吾くん……大丈夫なの?」
「あぁ……知っていたの? バレていないと思ったんだけど。情けないよね。でも、あのときとは気の持ちようが変わったから、大丈夫かもしれない」
それは、恋人になったから? 健吾くんより優位だから?
翔吾くんは流れる景色をぼうっと見つめたあとで、ぼそりと呟く。
「あれはあれで、プレイとしては刺激的だったしなぁ」
「……翔吾くん?」
「ヤッてる最中は、めちゃくちゃ興奮した。俺、おかしいのかな? あかりがもっと気持ちよくなっている姿なら、見たい。見てみたい」
翔吾くんがチラリと私の顔色を伺っている。
「ダメ?」
その聞き方は、ずるい。ずるいよ。
私が拒めないのを知っているのに、その聞き方は、本当にずるい。
ただ、翔吾くんも健吾くんも同じ気持ちで受け入れることならできると思うけど、恋人とセフレの状態なら……無理な気がする。だって、体が気持ちいいのは同じで、心の区別なんてできない。
「……ダメ」
「じゃあ、健吾と一緒にするのはナシね、今のところ」
「はい」
「健吾はセフレでいいよ」
それが翔吾くんの答え。
「でも、絶対に『愛してる』だけは言わないで。嘘でも言わないで。健吾だけじゃなくて、セフレ全員ね」
それが翔吾くんの執着?
「あかりがそれを言っていいのは、彼氏と夫だけだよ」
「いいね?」と念を押され、私は頷く。翔吾くんは微笑んで、私の唇にそっと触れた。
「ありがと、あかり」
本当にこれでいいの?
疑問はたぶんずっとつきまとう。これは、私への呪いだ。解けることのない呪い。
「楽しかったね、軽井沢」
「……うん」
「鑑賞会、しようね」
……鑑、賞、会?
翔吾くんの色気に満ちた視線に、私はあの夜のことを思い出す。ビデオカメラは結局翔吾くんに回収されたようで見つけられなくて、消去もできなかったんだった。忘れてた!
「よく録れていたよ。あかり、かわいかった」
「――っ!!」
声にならない悲鳴の代わりに、私の下唇に触れている翔吾くんの指を、思い切り、噛んだ。翔吾くんは悲鳴をあげたけれど、自業自得だ。
録画するなら、もう絶っっ対、セックスなんてしないんだから!
声を我慢しなくてはいけない状況でするセックスは、その背徳感ゆえに気持ちがいいのだろうか。
ぐちゅぐちゅと部屋に淫らな水音が響くだけで、声は二人とも押し殺したまま。声が漏れそうになると、お互いの唇に吸い付くか、何かを噛んで我慢するかしかない。
だから、さっきから、ずっとキスをしているのだ。
階上に翔吾くんの両親がいる。聞くと、客室のちょうど真上が両親の寝室なのだという。
寝室の真下なのに、という背徳感。声が聞こえてしまうかも、というスリル。それらをあっさりと凌駕する、快楽。
声を出さないように、甘い味を貪る。
「……っふ、ん」
漏れ出た声は、また唇の中へ。翔吾くんがいきなり胸の突起に触れたりするから、声が出てしまう。意地悪なことをしないで、と舌を甘く噛む。宥めるように、舌がちょこちょこと動く。
「あかり」
「ん? イク?」
「来ちゃった。出そう」
いきなり、腰を止める。大きく硬く反り立った肉棒が、私の中で暴れたくてうずうずしているのはわかっているけれど。
「なん、で?」
「まだ。イカせてあげない」
「イキたい……っ」
弱いオレンジ色の光の下、翔吾くんが切なく声を漏らす。胸に添えられていた指は、いつの間にか腰へ移動している。無理やり動かす気だ。
「翔吾くん、私のこと、一度は諦めたでしょう?」
「だっ、て……健吾なら」
「健吾くんに奪われるならいいって?」
頷く翔吾くんの頬をつねって、笑う。笑うけど、あのとき、本当は、ちょっと悲しかった。寂しかった。そして、腹が立った。
「良くない」
「ごめん」
「私のことを好きな間は、私のことを諦めないで」
酷い呪詛。呪いの言葉だ。
けれど、翔吾くんは頷く。「諦めない」と呟くそのいじらしい態度に、ぞくぞくするほどの色気を感じる。
「ごめん、あかり。悪かったと思ってる」
「本当に?」
「本当に。もう二度と、あかりのことを諦めたりはしない。あかりを好きな男が何人いても、その中の一番であり続けたい」
だから、イカせて、と翔吾くんが目で訴えてくる。私はそれを却下する。
「じゃあ、我慢して」
動きやすいように足の位置を動かして。その動作だけで、翔吾くんは何が起こるのか理解してくれる。
「無理! 無理だよ、あかり!」
「しぃーっ、静かに。聞こえちゃうよ」
「ダメ、すぐ出るから、それは!」
「知ってる」
だから、お仕置きなのだ。怒っているのだ。
私を諦めようとした、罰なのだ。
今夜は、何秒、かな?
「翔吾」
「ダメ、あかり、無理! 俺、イキたくな――っ」
問答無用。
膣口まで引き抜いて亀頭が出てきそうになったところに、一気に腰を落として襞で肉棒を包み込む。翔吾くんのくぐもった悲鳴は聞かない。何度も何度も腰を深く落として、射精感を高めていく。
我慢できない、とばかりに目を閉じて頭を振る翔吾くんを見下ろして、かわいいなぁと思う。
そして、同時に思うのだ。
思う存分、貪りたい、と。
「やっ、ダメ、あかりっ」
「翔吾、かわいい」
「ダメ、ほんとに!」
「ほら、我慢して。私を諦めないで、翔吾」
たぶん、私、悪魔のような顔をしているんだろうな。ちょっと楽しい。
乳首を舐め上げると、翔吾くんが気持ち良さそうに、苦しそうに喘ぐ。イキたいけどイキたくない、よね。赤い痕を残しながら、笑う。
「繋がるの、気持ちいいね、翔吾」
「無理、あかり、も……無理!」
「ん、もうちょっと我慢してみよう」
無理無理うるさい唇を塞いで、そのときを待つ。
翔吾くんの体が強張り、目をぎゅっと閉じる直前で、唇を離す。キスをしながらイキたかった翔吾くんが目を開けた瞬間に。
――とどめを刺す。
「愛してるよ、翔吾」
「――っ!?」
どくん、と最奥に吐き出される精液の量は多い。いっぱい我慢した分だけ、いっぱい中に出る。熱を味わいながら、翔吾くんの目から溢れる涙を拭う。
「泣かないでよ、翔吾」
「だっ、て……!」
今日は誕生日でもクリスマスでもない。でも、恋人になった日だ。特別な言葉くらい、贈ったっていいじゃないの。
「翔吾、愛してる」
「あかり、俺も! 俺も、愛して――」
二階に聞こえてしまいそうな音量の声は塞いでしまって、ただ、今は、セックスの余韻を楽しもう。
私の心と体に溺れてくれる人を愛しいと思う。
恋なのか、愛なのか、情なのか、判断はつかないけれど……翔吾くんの腕の中は、腕に抱かれることは、確かに「幸せ」なことなのだ。
◆◇◆◇◆
「あっという間だったねぇ、夏休み」
レンタカーを返し終わって、二人で新幹線を待つ。ホームはジリジリと暑い。セミは相変わらず大合唱。
今年の夏は、ストローハットがよく役に立った。湯川先生、ありがとう。素敵なお土産でした。
双子の両親は、別荘に一泊して早朝に出て行った。翔吾くんは寝ていたけれど、私は挨拶をすることができた。
「翔吾と健吾をよろしくね」とお母様に念を押されたけれど、そこに健吾くんが含まれているあたり、お母様だけは私たちの関係に気づいているのかもしれない。
昨夜の夕飯時に、しきりに「健吾もどことなく丸くなった気がするのよねぇ」と私を笑顔で見つめてきていたから。私の笑顔が引きつっていないといいんだけど、それは自信がない。
「俺はまだ夏休みだけど」
学生である翔吾くんが得意げに笑う。帰ったら、何日か大学サッカー部の合宿があるそうだ。また日に焼けるのだろうか。
「あかり、もう一人にはいつ話す?」
「んー、今週末か来週、かな。忙しい人だから、予定聞かなくちゃ」
湯川先生から連絡はない。ということは、忙しいということだ。手術なのか、学会なのか、私にはわからないけれど。
まぁ、少し、寂しい。
「何してる人?」
「……お医者さん」
「医者!? マジかー……あ、でも、よく考えたら、俺も医者と同レベルってことか! なら、いっか!」
よくわからない思考だけど、納得できたなら、いいか。苦笑しながら、青と金色が特徴の新幹線がホームに入ってくるのを見る。
反対側に行けば、旭さんと過ごした金沢なのか。そう思うと、何だか不思議。いや、旭さんの曾孫と手を繋いでいることのほうが不思議なのかもしれない。
本当に、変な巡り合わせ。
「翔吾くんは……健吾くんとの関係をどうして欲しい?」
その話が切り出せたのは、席に座って少したってからだ。今朝はバタバタしていて話せなかったから、東京に帰るまでに何とか聞き出しておかないといけないのだ。
翔吾くんは「うぅん」と唸って、考える。
「つまりは、恋人とセフレの境界線なんだけど」
「健吾以外の人とも、ってことだよね。そもそも、あかりは……何でセフレが必要なの?」
話題が話題なので、周りの人に聞かれないように声のトーンを落としながら話す。
そもそも、も何も……精液が欲しいだけなんだけどなぁ。
「……依存症、なの、かな」
「治す気は?」
「あんまりない」
「じゃあ、セックスができればいいんだよね? 毎日?」
「週イチで大丈夫だよ」
翔吾くんとこんな話をするのは実は初めてだ。恋人だから、これも必要な会話になるのだろう。
水森さんとした同じような会話を思い出す。彼はセフレでも恋人でもない、変な存在だ。
「週イチ……なら、俺とだけなら、問題ないんじゃない?」
「……」
そうなんだよなぁ。
ハタチの男子が恋人なら、確かに心強い。セックスの回数も、精液量も、申し分ない。
となると、翔吾くん以外の人は不必要だと言わざるを得ない。
ただし、翔吾くんが老いるまで。セックスレスになるまで。
「週イチは絶対なの。それがずっと、何年も、何十年も続くんだよ? 翔吾くんが試験期間中でも、合宿中でも、就職して出張になっても、歳を取っても」
「……なるほど。じゃあ、あかり、仕事辞めて合宿でも出張でもついておいで。俺、お金ならあるし。あ、もちろん、親の金じゃなくて俺のお金ね」
う……なんか、そうやって養ってもらうのも、違う気がするんだよなぁ。甘やかされるのは、違う気がする。
「……っていうのは、違うんだね?」
「違う、かなぁ。うん、違う。ごめんね、面倒くさくて」
「あかりの面倒くささはよく知ってるから、いいよ。慣れてるよ」
私の面倒くささは折り紙つきのようでした。翔吾くんは笑っている。
今すぐ「精液が必要なの」と自分の正体をカミングアウトしてしまえば楽なんだろうけど、その勇気はない。我ながら、本当に面倒くさい。
「じゃあ、俺がいない間の週イチの相手が必要だ、と」
「そう、だね。じゃないと、私、痴女になってしまうから……逆ナンするだけならいいんだけど、そうなっちゃうとね」
「あー、それは危険だね。危ない。変な人についてっちゃダメ。それなら、医者とか健吾のほうが安心できる。なるほど、そういう意味では、もう一人か二人は必要か」
精液が保存できたらいいのに。そうしたら、こんなに悩まなくてすむのに。
ちなみに、精液を冷凍保存したことはある。試しにコンドームの中のものを冷凍、解凍して飲んだときの、マズさ。……本当にマズかった。数日前と同じものとは思えなかった。そして、大してお腹も満たされなかった。つまり、最悪だったのだ。
そのとき、精液はナマモノに限る、と判断したのだ。
「今のセフレは何人だっけ?」
「お医者さん、健吾くん、学生、会社員、の四人。翔吾くんは彼氏だから除外するね」
「ん、ありがと。でも、俺と医者がいれば他は必要ない気がするけど?」
つまり、「セフレ」はいらない、ということか。「恋人」だけにしろ、と。
「んー、そう、だねぇ。検討してみる」
「うん。俺はあかりの一番ならそれでいいけど、やっぱり他の男には渡したくない」
「体だけの関係でも?」
「もちろん」
ということは、やっぱり「恋人」以外はいらない、と。翔吾くんはそれを望んでいる。
湯川先生はどう考えるだろう。話してみないとわからないけれど、翔吾くんと似たような考え方なら、セフレのあり方を変えないといけないかもしれない。
「健吾は、なんて?」
「翔吾くんと別れるなら俺も別れる。翔吾くんが恋人になるなら、自分はセフレでいいって」
「……へぇ。意外」
翔吾くんが私を諦めようとしたのも意外だったよ。
軽井沢に来て、本当に、意外なことばかりだった。けれど、二人の本心も聞くことができたし、良かったのかもしれない。
香水は結局、私のキャリーバッグの中に入ったままだ。でも、翔吾くんはいつも通り穏やかそうに見える。暗示はもう必要なくなったのだろうか。
「健吾と別れたい?」
「……正直に言うと、翔吾くんがいてくれるなら、どちらでもいい」
「かわいいこと、言ってくれるね、あかりは」
嬉しかったらしく、翔吾くんは口元を押さえてニヤニヤしている。耳が真っ赤だ。
「……恋人とセフレなら、三人でするのは難しいかな」
「え、でも、翔吾くん……大丈夫なの?」
「あぁ……知っていたの? バレていないと思ったんだけど。情けないよね。でも、あのときとは気の持ちようが変わったから、大丈夫かもしれない」
それは、恋人になったから? 健吾くんより優位だから?
翔吾くんは流れる景色をぼうっと見つめたあとで、ぼそりと呟く。
「あれはあれで、プレイとしては刺激的だったしなぁ」
「……翔吾くん?」
「ヤッてる最中は、めちゃくちゃ興奮した。俺、おかしいのかな? あかりがもっと気持ちよくなっている姿なら、見たい。見てみたい」
翔吾くんがチラリと私の顔色を伺っている。
「ダメ?」
その聞き方は、ずるい。ずるいよ。
私が拒めないのを知っているのに、その聞き方は、本当にずるい。
ただ、翔吾くんも健吾くんも同じ気持ちで受け入れることならできると思うけど、恋人とセフレの状態なら……無理な気がする。だって、体が気持ちいいのは同じで、心の区別なんてできない。
「……ダメ」
「じゃあ、健吾と一緒にするのはナシね、今のところ」
「はい」
「健吾はセフレでいいよ」
それが翔吾くんの答え。
「でも、絶対に『愛してる』だけは言わないで。嘘でも言わないで。健吾だけじゃなくて、セフレ全員ね」
それが翔吾くんの執着?
「あかりがそれを言っていいのは、彼氏と夫だけだよ」
「いいね?」と念を押され、私は頷く。翔吾くんは微笑んで、私の唇にそっと触れた。
「ありがと、あかり」
本当にこれでいいの?
疑問はたぶんずっとつきまとう。これは、私への呪いだ。解けることのない呪い。
「楽しかったね、軽井沢」
「……うん」
「鑑賞会、しようね」
……鑑、賞、会?
翔吾くんの色気に満ちた視線に、私はあの夜のことを思い出す。ビデオカメラは結局翔吾くんに回収されたようで見つけられなくて、消去もできなかったんだった。忘れてた!
「よく録れていたよ。あかり、かわいかった」
「――っ!!」
声にならない悲鳴の代わりに、私の下唇に触れている翔吾くんの指を、思い切り、噛んだ。翔吾くんは悲鳴をあげたけれど、自業自得だ。
録画するなら、もう絶っっ対、セックスなんてしないんだから!
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