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46.兄弟の提携(十)
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「私が一番好きだった人は、もう亡くなったの」
一度セックスをしたあと、翔吾くんに腕枕をしてもらいながら、叡心先生のことを思い出す。
困ったように笑う、くしゃくしゃの顔。頬に絵の具がついたままで、スイカを頬張っている顔。キャンバスに向かう真剣な横顔。私を見つめるときの優しい目。
叡心先生を思い出すと、いつも先生の屈託のない笑顔が浮かんでくる。笑うと八の字になる眉毛、目元のしわ、大きな口。大好きだった。
大好きだったのに。
「私が理由で自殺をして……だから、私は彼以外の誰かを愛することが怖かった。今も、怖くて怖くてたまらない」
溢れる涙を、翔吾くんの指が拭ってくれる。そして、優しくキスをしてくれる。
だから、全部話そうと、思うのだ。
「死んだ人を想う女を、好きになってくれる人なんていないと思っていたし、ましてそれを引っくるめて愛してくれる人なんて、見つからないと思ってた」
だって、どうしたって、故人には敵わない。先生への「好き」の気持ちが消えることはない。
そんな残酷な恋を、愛を、誰かに強制したくなかった。
「でも、翔吾くんの本心が知りたいなって思ったとき、そう思うのがなぜなのかって考えたとき……いつか来る別れのことを想像したとき、私、翔吾くんと離れたくないなぁって思ったの」
離れることはできるだろう。でも、きっと、寂しくなる。つらくなる。それは、離れたくない、ということではないのだろうか。
なぜ、離れたくないのか。
それは、私が翔吾くんを好ましく思っている――好きだということなのではないか。
そんな、単純な話。
今まで、セフレにこういう気持ちを抱いたことは、そう多くない。好きだなぁとぼんやり思うことはあったけれど、セフレ以上の関係を求めることはなかった。求められても、逃げるだけだった。
逃げない、という選択肢は、考えたことがなかったのだ。
逃げない。逃げないで、向き合おう。
結果がどうなったとしても、それは私の身から出た錆なのだから、受け入れよう。
「私、翔吾くんが好き。でも、同じように好きだと思っているセフレさんがまだいるの。どちらがどれくらい好きなのか、私には判断できなくて……ううん、たぶん、二人とも、同じくらい、好き」
湯川先生も、好きだ。翔吾くんと同じ気持ちを、彼にも抱いている。私は、湯川先生も同じくらい好きなんだ。
それを、翔吾くんに伝えなきゃ、どうにもならない。別れるにしても、付き合っていくにしても。
それがどんなに残酷で、自分勝手な想いだとしても。
「今のセフレの中で、俺とその人が一番?」
「……うん、一番」
相馬さんも、健吾くんも、ケントくんも、違う。一番じゃない。それぞれに多少の情はあるけれど、二人ほどの好意はない。
「じゃあ、あかりは、俺が一番好きだってことだね? 一位タイで」
「うん、そうなる、ね」
「それは健吾?」
「ううん、違う人」
ぎゅうと抱きしめられる。熱い抱擁で理解する。翔吾くんはご機嫌だ。鼻歌まで聞こえてくる。本当に、嬉しそうなのだ。
「俺もあかりが好き。一番好き。出会ったときから、あかりだけが好き」
耳元で囁かれる甘い愛の言葉は、私の心臓をドキドキさせる。顔が真っ赤になる。
でも……嬉しいなぁ、なんて、思う。
「いつか、あかりの口から『好き』だって言わせたいと思ってた。八ヶ月かかったよ。長かったなぁ。諦めなくて、良かった……」
「翔吾くんは、どう、したい?」
「あかりとどうなりたいかって? そんなの、決まってる。付き合いたい。彼女にしたい。セフレじゃなくて、恋人になりたい」
セフレじゃなくて、恋人、に。
翔吾くんらしい現実的な答えだなぁと思う。
湯川先生は「結婚したい」と言うだろう。しかも、即答で。満面の笑みで。それだけはわかる。
「もう一人の人は、私と結婚したいって、言っているんだけど……」
「え、じゃあ、俺も結婚したい」
……即答でした。こちらも即答でした。目、めちゃくちゃキラキラしています。
翔吾くんは「恋人じゃなくて夫婦もいいな」と呟いて頷いている。良くない、良くないから。
「落ち着いて、翔吾くん。日本では重婚はできないから。それに、私、結婚する気はなくて」
「事実婚がいい? それなら、いいか。二人の内縁の夫に、何人かのセフレってことでしょ?」
「……いいの? そんな関係で」
「いいよ。あかりが俺を愛してくれるなら。他に男がいても構わない」
翔吾くんは、自分が言っている言葉の意味をきちんと理解しているのだろうか。その関係は、倫理とか世間体とか、色々欠如してしまっているというのに。
「あ、でも、就職してしばらくは恋人のままでいい? だから、夫一人、恋人一人、セフレ何人か、って状態だね。やっぱり、ちゃんと稼げるようになってからじゃないと結婚しちゃいけないと思うから」
……そこは現実的なんだね、翔吾くん。
話していることのギャップに、苦笑してしまう。
「会社は健吾に譲るよ。役員として補佐はするかもしれないけど、社長にはならない。もしかしたら、別の会社に就職するかも。それでもいい?」
「それは、うん、もちろん」
「子どもは作らないから、後継者争いにもならないだろうし……両親を説得しなくちゃいけないけど、何とかするよ、そこは」
翔吾くんは今後のことをパパッと簡単に決めていく。家や会社のことをそんな簡単に決めちゃっていいものか、私にはさっぱりわからないけど。
「住むところはどうする? もう一人の相手とあかりをシェアするなら、交代制にするか、一緒に住むかしないといけないけど」
「翔吾くん、ちょっと待って。私の頭が追いつかないよ!」
「そうだね。大事なことだから、ゆっくり考えればいいか。俺は今すぐにでも一緒に暮らしたいけど、もう一人の意見もあるし、あかりの生活もあるし」
頷いて、翔吾くんは勝手に納得する。この思考力は、一体どこから来るものなのか。八ヶ月、ずっと考えていたとでも言うのだろうか。
「あかり、返事聞いてない」
「え?」
「俺と付き合ってください」
付き合う……付き合う……のは、実は初めてだ。夫婦になったのは、叡心先生が最初で最後だけれど、叡心先生とは付き合ってはいない。夫婦になる前は娼婦と客の関係だった。
恋人は、翔吾くんが、初めてなのだ。
「あかり、真っ赤」
「だっ、て」
「好きだよ、あかり。俺の彼女になって」
翔吾くんの顔を見ないように、ぎゅうと首筋に抱きついて、私はただ一言を、彼に告げる。
「……よろしく、お願いします」
百年生きてきた私の、初めての、一歩だった。
セフレから、恋人に。
この恋の結末はわからないけれど、間違いなく、それは大きな大きな、一歩だったのだ。
◆◇◆◇◆
「あかり、好き……好きだよ」
深く穿たれるたび、体が歓喜する。もっと奥まで来てほしいと願ってしまう。繋がっている箇所からはだらしなく蜜が溢れ、卑猥な音を立てて羞恥心を煽る。
翔吾くんは、ただひたすらに愛の言葉を囁いてくれる。今まではセーブしていたのだと笑うけれど、できれば今後もセーブして欲しい。
……恥ずかしすぎる。
「あかり、気持ちいい?」
「っ、ん、きもち、い」
「俺も。中がいつもより締まってる。ねぇ、何に感じてるの? もっと奥まで挿入っていい?」
「しょ、ごく、恥ずかし」
「愛してるよ、あかり。今はぜんぶ俺のものだよね? キレイな体も、やらしい中も、この奥も」
手のひらが心臓の上に置かれる。じんわり暖かい体温が、告げる。心も俺のものだと。
胸の頂きに吸い付かれて、体が跳ねる。声が漏れる。短い髪をくしゃりと撫でて、上目遣いで私の様子を見てくる翔吾くんに「キスして」と訴える。
「彼女、って、何をすれば?」
キスの合間に翔吾くんに尋ねる。
セフレとどう違うのか、いまいちわからない。「彼女」になったことがないから、なのか。
「そばにいて欲しいときに、そばにいて」
「う、ん」
「たまに『好き』って言って」
「んっ、わかっ、た」
「たまに、我が儘に付き合ってくれたら嬉しい」
我が儘?
唇が塞がれ、尋ねることができない。翔吾くんの我が儘って、何だろう? 想像がつかない。
けれど、私も「心は許さない」という我が儘を聞いてもらっていたのだから、今度は私が翔吾くんの我が儘を聞く番なんだろう。
「あかり、好き」
「……好きだよ、翔吾」
甘い吐息が、お互いを求める視線が、絡む。何度も何度もキスをして、深く繋がり合って、想いを言葉で伝え合って、体を高め合う。
気持ちいい、と思う。
裸で抱き合って、溶け合いたいと思うくらいに。
「あかり、イキそ……」
「いいよ、翔吾。中にたくさ……っ」
舌を求め、唾液を交換しながら、愛液に濡れた膣襞が翔吾くんに絡みついて離れない。いや、離したくない、のかも。
じっくりと熱を高め合って、翔吾くんは私の舌を吸いながら体を震わせる。奥に吐き出された精液を搾り取りながら、何度もうわ言のように「好き」と呟く。
じわり広がっていく熱は、相変わらず気持ちが良くて、美味しい。そして、久しぶりに、泣きそうなくらいに満たされている。
心が。
叡心先生に抱かれたときと同じくらい、満たされている。
「あかり、俺、幸せすぎる」
ポタリ落ちてきた雫は、汗か、涙か。
顔を見せてくれない翔吾くんに苦笑して、けれども同じ想いを抱いている自分に気づく。
心を通わせるセックスは、こんなに気持ち良くて、こんなにも、幸せだ。幸せなのだ。
すっかり、忘れてしまっていた。
「翔吾、私も幸せ」
笑い合って、キスをして、抱き合って、またキスをする。
あぁ、幸せだ。
何度もキスをしていると、翔吾くんがまたヤル気になってしまうので、早めに繋がりを断つ。抜くときは、やっぱり少し寂しいけど、仕方ない。
「今、何時?」
「十二時。お腹空いたなぁ……ん?」
「じゃあ、私、何か作るよ。昨日のご飯も残ってるし」
青いスマートフォンのランプが点滅している。翔吾くんは「誰だろう」と首を傾げながらメッセージを読み始める。
私はショーツをはいて、ブラを身に着けながら、翔吾くんの様子がおかしいことに気づく。
「翔吾くん?」
「……嘘だろ。ちょっと、待てって。今、何時だっけ?」
「十二時、だよね?」
「……ヤバい、あかり。二時間、健吾からのメッセ放ったらかしてた……金沢から二時間ってことは」
翔吾くんのボクサーパンツを見つけ、手渡そうとしたときだ。
「しょうごー! 来たわよー!」
別荘中に響き渡る女の人の声が、リビングのほうから聞こえた。施錠は翔吾くんならちゃんとしているはずだ。でも、女の人は別荘の中に、いる。鍵を持っているということ?
「え?」
「……最悪だ」
「翔吾くん?」
「しょうごー! いるのはわかってんのよー! 早く出てこないと、こっちから行くわよー!」
全裸で頭を抱えた翔吾くんは、「それはマズい」と呟いたあと、すぐさま叫んだ。
「今から行くから、ちょっと待ってて!」
叫んだあとで、翔吾くんは私を見つめて「ごめん」と頭を下げた。
「……両親が来た」
ボクサーパンツに足を通しながら、翔吾くんは何度も「最悪だ」と呟く。
「ご両親?」
「俺と健吾の。母親の実家が金沢にあるんだ。新幹線で二時間くらい。健吾が早めに教えてくれていたのに、スマホ見てなくて」
「あ、じゃあ、挨拶してくるよ。お待たせするのも悪いし。コーヒーでいいかな?」
パパッと洗顔をして、髪を整え、ワンピースを着て、完成。すっぴんはマズいからルースパウダーだけ。念入りに化粧をしている時間はない。
「え、イヤじゃない? もう少しあとで紹介する予定だったのに」
「イヤじゃないよ? だって、二人の両親でしょ?」
姿見で一応全体を確認して、及第点を与える。まあまあ、だ。清楚なお嬢さん……に、見えないこともない。
部屋から出ていこうとしたら、背後から翔吾くんに抱きすくめられた。
「翔吾くん?」
「ごめんね、あかり。ちゃんと彼女だって……紹介してもいい?」
「いいよ。話は合わせるから」
「うん、ありがと」
だから、翔吾くん。
動揺していないで、早く服を着て、ね。
一度セックスをしたあと、翔吾くんに腕枕をしてもらいながら、叡心先生のことを思い出す。
困ったように笑う、くしゃくしゃの顔。頬に絵の具がついたままで、スイカを頬張っている顔。キャンバスに向かう真剣な横顔。私を見つめるときの優しい目。
叡心先生を思い出すと、いつも先生の屈託のない笑顔が浮かんでくる。笑うと八の字になる眉毛、目元のしわ、大きな口。大好きだった。
大好きだったのに。
「私が理由で自殺をして……だから、私は彼以外の誰かを愛することが怖かった。今も、怖くて怖くてたまらない」
溢れる涙を、翔吾くんの指が拭ってくれる。そして、優しくキスをしてくれる。
だから、全部話そうと、思うのだ。
「死んだ人を想う女を、好きになってくれる人なんていないと思っていたし、ましてそれを引っくるめて愛してくれる人なんて、見つからないと思ってた」
だって、どうしたって、故人には敵わない。先生への「好き」の気持ちが消えることはない。
そんな残酷な恋を、愛を、誰かに強制したくなかった。
「でも、翔吾くんの本心が知りたいなって思ったとき、そう思うのがなぜなのかって考えたとき……いつか来る別れのことを想像したとき、私、翔吾くんと離れたくないなぁって思ったの」
離れることはできるだろう。でも、きっと、寂しくなる。つらくなる。それは、離れたくない、ということではないのだろうか。
なぜ、離れたくないのか。
それは、私が翔吾くんを好ましく思っている――好きだということなのではないか。
そんな、単純な話。
今まで、セフレにこういう気持ちを抱いたことは、そう多くない。好きだなぁとぼんやり思うことはあったけれど、セフレ以上の関係を求めることはなかった。求められても、逃げるだけだった。
逃げない、という選択肢は、考えたことがなかったのだ。
逃げない。逃げないで、向き合おう。
結果がどうなったとしても、それは私の身から出た錆なのだから、受け入れよう。
「私、翔吾くんが好き。でも、同じように好きだと思っているセフレさんがまだいるの。どちらがどれくらい好きなのか、私には判断できなくて……ううん、たぶん、二人とも、同じくらい、好き」
湯川先生も、好きだ。翔吾くんと同じ気持ちを、彼にも抱いている。私は、湯川先生も同じくらい好きなんだ。
それを、翔吾くんに伝えなきゃ、どうにもならない。別れるにしても、付き合っていくにしても。
それがどんなに残酷で、自分勝手な想いだとしても。
「今のセフレの中で、俺とその人が一番?」
「……うん、一番」
相馬さんも、健吾くんも、ケントくんも、違う。一番じゃない。それぞれに多少の情はあるけれど、二人ほどの好意はない。
「じゃあ、あかりは、俺が一番好きだってことだね? 一位タイで」
「うん、そうなる、ね」
「それは健吾?」
「ううん、違う人」
ぎゅうと抱きしめられる。熱い抱擁で理解する。翔吾くんはご機嫌だ。鼻歌まで聞こえてくる。本当に、嬉しそうなのだ。
「俺もあかりが好き。一番好き。出会ったときから、あかりだけが好き」
耳元で囁かれる甘い愛の言葉は、私の心臓をドキドキさせる。顔が真っ赤になる。
でも……嬉しいなぁ、なんて、思う。
「いつか、あかりの口から『好き』だって言わせたいと思ってた。八ヶ月かかったよ。長かったなぁ。諦めなくて、良かった……」
「翔吾くんは、どう、したい?」
「あかりとどうなりたいかって? そんなの、決まってる。付き合いたい。彼女にしたい。セフレじゃなくて、恋人になりたい」
セフレじゃなくて、恋人、に。
翔吾くんらしい現実的な答えだなぁと思う。
湯川先生は「結婚したい」と言うだろう。しかも、即答で。満面の笑みで。それだけはわかる。
「もう一人の人は、私と結婚したいって、言っているんだけど……」
「え、じゃあ、俺も結婚したい」
……即答でした。こちらも即答でした。目、めちゃくちゃキラキラしています。
翔吾くんは「恋人じゃなくて夫婦もいいな」と呟いて頷いている。良くない、良くないから。
「落ち着いて、翔吾くん。日本では重婚はできないから。それに、私、結婚する気はなくて」
「事実婚がいい? それなら、いいか。二人の内縁の夫に、何人かのセフレってことでしょ?」
「……いいの? そんな関係で」
「いいよ。あかりが俺を愛してくれるなら。他に男がいても構わない」
翔吾くんは、自分が言っている言葉の意味をきちんと理解しているのだろうか。その関係は、倫理とか世間体とか、色々欠如してしまっているというのに。
「あ、でも、就職してしばらくは恋人のままでいい? だから、夫一人、恋人一人、セフレ何人か、って状態だね。やっぱり、ちゃんと稼げるようになってからじゃないと結婚しちゃいけないと思うから」
……そこは現実的なんだね、翔吾くん。
話していることのギャップに、苦笑してしまう。
「会社は健吾に譲るよ。役員として補佐はするかもしれないけど、社長にはならない。もしかしたら、別の会社に就職するかも。それでもいい?」
「それは、うん、もちろん」
「子どもは作らないから、後継者争いにもならないだろうし……両親を説得しなくちゃいけないけど、何とかするよ、そこは」
翔吾くんは今後のことをパパッと簡単に決めていく。家や会社のことをそんな簡単に決めちゃっていいものか、私にはさっぱりわからないけど。
「住むところはどうする? もう一人の相手とあかりをシェアするなら、交代制にするか、一緒に住むかしないといけないけど」
「翔吾くん、ちょっと待って。私の頭が追いつかないよ!」
「そうだね。大事なことだから、ゆっくり考えればいいか。俺は今すぐにでも一緒に暮らしたいけど、もう一人の意見もあるし、あかりの生活もあるし」
頷いて、翔吾くんは勝手に納得する。この思考力は、一体どこから来るものなのか。八ヶ月、ずっと考えていたとでも言うのだろうか。
「あかり、返事聞いてない」
「え?」
「俺と付き合ってください」
付き合う……付き合う……のは、実は初めてだ。夫婦になったのは、叡心先生が最初で最後だけれど、叡心先生とは付き合ってはいない。夫婦になる前は娼婦と客の関係だった。
恋人は、翔吾くんが、初めてなのだ。
「あかり、真っ赤」
「だっ、て」
「好きだよ、あかり。俺の彼女になって」
翔吾くんの顔を見ないように、ぎゅうと首筋に抱きついて、私はただ一言を、彼に告げる。
「……よろしく、お願いします」
百年生きてきた私の、初めての、一歩だった。
セフレから、恋人に。
この恋の結末はわからないけれど、間違いなく、それは大きな大きな、一歩だったのだ。
◆◇◆◇◆
「あかり、好き……好きだよ」
深く穿たれるたび、体が歓喜する。もっと奥まで来てほしいと願ってしまう。繋がっている箇所からはだらしなく蜜が溢れ、卑猥な音を立てて羞恥心を煽る。
翔吾くんは、ただひたすらに愛の言葉を囁いてくれる。今まではセーブしていたのだと笑うけれど、できれば今後もセーブして欲しい。
……恥ずかしすぎる。
「あかり、気持ちいい?」
「っ、ん、きもち、い」
「俺も。中がいつもより締まってる。ねぇ、何に感じてるの? もっと奥まで挿入っていい?」
「しょ、ごく、恥ずかし」
「愛してるよ、あかり。今はぜんぶ俺のものだよね? キレイな体も、やらしい中も、この奥も」
手のひらが心臓の上に置かれる。じんわり暖かい体温が、告げる。心も俺のものだと。
胸の頂きに吸い付かれて、体が跳ねる。声が漏れる。短い髪をくしゃりと撫でて、上目遣いで私の様子を見てくる翔吾くんに「キスして」と訴える。
「彼女、って、何をすれば?」
キスの合間に翔吾くんに尋ねる。
セフレとどう違うのか、いまいちわからない。「彼女」になったことがないから、なのか。
「そばにいて欲しいときに、そばにいて」
「う、ん」
「たまに『好き』って言って」
「んっ、わかっ、た」
「たまに、我が儘に付き合ってくれたら嬉しい」
我が儘?
唇が塞がれ、尋ねることができない。翔吾くんの我が儘って、何だろう? 想像がつかない。
けれど、私も「心は許さない」という我が儘を聞いてもらっていたのだから、今度は私が翔吾くんの我が儘を聞く番なんだろう。
「あかり、好き」
「……好きだよ、翔吾」
甘い吐息が、お互いを求める視線が、絡む。何度も何度もキスをして、深く繋がり合って、想いを言葉で伝え合って、体を高め合う。
気持ちいい、と思う。
裸で抱き合って、溶け合いたいと思うくらいに。
「あかり、イキそ……」
「いいよ、翔吾。中にたくさ……っ」
舌を求め、唾液を交換しながら、愛液に濡れた膣襞が翔吾くんに絡みついて離れない。いや、離したくない、のかも。
じっくりと熱を高め合って、翔吾くんは私の舌を吸いながら体を震わせる。奥に吐き出された精液を搾り取りながら、何度もうわ言のように「好き」と呟く。
じわり広がっていく熱は、相変わらず気持ちが良くて、美味しい。そして、久しぶりに、泣きそうなくらいに満たされている。
心が。
叡心先生に抱かれたときと同じくらい、満たされている。
「あかり、俺、幸せすぎる」
ポタリ落ちてきた雫は、汗か、涙か。
顔を見せてくれない翔吾くんに苦笑して、けれども同じ想いを抱いている自分に気づく。
心を通わせるセックスは、こんなに気持ち良くて、こんなにも、幸せだ。幸せなのだ。
すっかり、忘れてしまっていた。
「翔吾、私も幸せ」
笑い合って、キスをして、抱き合って、またキスをする。
あぁ、幸せだ。
何度もキスをしていると、翔吾くんがまたヤル気になってしまうので、早めに繋がりを断つ。抜くときは、やっぱり少し寂しいけど、仕方ない。
「今、何時?」
「十二時。お腹空いたなぁ……ん?」
「じゃあ、私、何か作るよ。昨日のご飯も残ってるし」
青いスマートフォンのランプが点滅している。翔吾くんは「誰だろう」と首を傾げながらメッセージを読み始める。
私はショーツをはいて、ブラを身に着けながら、翔吾くんの様子がおかしいことに気づく。
「翔吾くん?」
「……嘘だろ。ちょっと、待てって。今、何時だっけ?」
「十二時、だよね?」
「……ヤバい、あかり。二時間、健吾からのメッセ放ったらかしてた……金沢から二時間ってことは」
翔吾くんのボクサーパンツを見つけ、手渡そうとしたときだ。
「しょうごー! 来たわよー!」
別荘中に響き渡る女の人の声が、リビングのほうから聞こえた。施錠は翔吾くんならちゃんとしているはずだ。でも、女の人は別荘の中に、いる。鍵を持っているということ?
「え?」
「……最悪だ」
「翔吾くん?」
「しょうごー! いるのはわかってんのよー! 早く出てこないと、こっちから行くわよー!」
全裸で頭を抱えた翔吾くんは、「それはマズい」と呟いたあと、すぐさま叫んだ。
「今から行くから、ちょっと待ってて!」
叫んだあとで、翔吾くんは私を見つめて「ごめん」と頭を下げた。
「……両親が来た」
ボクサーパンツに足を通しながら、翔吾くんは何度も「最悪だ」と呟く。
「ご両親?」
「俺と健吾の。母親の実家が金沢にあるんだ。新幹線で二時間くらい。健吾が早めに教えてくれていたのに、スマホ見てなくて」
「あ、じゃあ、挨拶してくるよ。お待たせするのも悪いし。コーヒーでいいかな?」
パパッと洗顔をして、髪を整え、ワンピースを着て、完成。すっぴんはマズいからルースパウダーだけ。念入りに化粧をしている時間はない。
「え、イヤじゃない? もう少しあとで紹介する予定だったのに」
「イヤじゃないよ? だって、二人の両親でしょ?」
姿見で一応全体を確認して、及第点を与える。まあまあ、だ。清楚なお嬢さん……に、見えないこともない。
部屋から出ていこうとしたら、背後から翔吾くんに抱きすくめられた。
「翔吾くん?」
「ごめんね、あかり。ちゃんと彼女だって……紹介してもいい?」
「いいよ。話は合わせるから」
「うん、ありがと」
だから、翔吾くん。
動揺していないで、早く服を着て、ね。
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感想募集中。更新中は励みになりますし、完結後は次回作への糧になります。
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