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39.兄弟の提携(三)
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「え、十年前に健吾を助けたのって、あかりだったの?」
「そうみたい。私も忘れてたんだけど」
「じゃあ、健吾は初恋の人に童貞を捧げたわけ? 何それ、ちょー羨ましいんだけど」
ベッドの中、裸で抱き合いながら近況を報告し合う。ベッドでイカされて、お風呂でまたセックスをして、簡単な昼食を食べたあと、冷房の効いた客室で抱き合って過ごす。何とも贅沢な時間だ。
翔吾くんは日に焼けた。今まで白かった胸のあたりも背中も、既にこんがりと焼けている。サーフィンをして、友人たちとサッカーをして、楽しんだようだ。
今回、軽井沢には友人たちは呼んでいない。二人きりだということだ。
「初恋の人かは聞いてないけど、不思議なめぐり合わせだねぇ」
「そうだね。あー、でも、羨ましいなぁ」
「翔吾くんも初めては好きな人としたんじゃないの?」
翔吾くんは渋い顔をして唸る。
あれ、違ったの、かな?
「んー……まぁ、好奇心だよね。好きという感情よりは、性欲しかなかった気がする」
「そっか」
「あかりは? 最初からセフレが欲しかったわけじゃないでしょ?」
最初……最初、かぁ。
最初は、いつだっただろうか。空腹のあまり行き倒れていたところを、娼婦のお姉さんに助けられて、客の取り方やらを教えてもらって――初めてついた客が「初めて」だった気がする。それより前の記憶はない。処女だったのかどうかもわからないのだ。
翔吾くんが「性欲」なら、私は「生欲」が原動力だ。
生きるために、セックスをして、精液を確保する。そういう生き方しかできない。
「仕方なく、かなぁ」
「仕方なく!? そんな理由で初めてを迎えたわけ? 女の子なら、もうちょっと、こう、ロマンチックな……あぁ、もう!」
ぎゅむ、と強く抱きしめられて、翔吾くんの腕の中に閉じ込められる。相変わらず、爽やかないい匂い。香水なんかつけなくても、私は翔吾くんの匂いは好きなんだけどな。
「あかりの初めての相手が俺だったら良かったのに! そしたら、仕方なく、なんて感想にはさせなかったのに!」
「ふふ。ありがと」
翔吾くんが初めての人なら、確かに優しくしてくれただろうなぁ、なんて思う。翔吾くんが百年近く前に生まれてくれていたら、だけど。
「でも、翔吾くんにはたくさん上書きしてもらっているから」
「そう? 仕方なく俺に抱かれていない?」
「抱いてほしいから抱いてもらっているよ? ……気持ちいいし」
太腿のあたりに違和感。熱を帯びた柔らかなものが徐々に硬くなってくる。夜になるまで一眠りしたかったんだけどなぁ。
「今は?」
「ちょっと眠りたかったかな」
「寝かせない、って言ったら?」
「体が保つか心配。明日の予定がこなせないかも」
翔吾くんは唸る。性欲と明日の予定を天秤にかけているようだ。
明日は何をするのだろう。箱根では美術館を観光をしたけど、軽井沢にも美術館はあるのだろうか。森林浴をしながらの散歩でもいいんだけど。
「あんまりあかりに無理をさせたくはないんだけど……あと二回くらいなら頑張れそう?」
「夕飯のあとに二回?」
「……今から、と、夕飯のあと……やっぱ三回」
「じゃあ、明日は控えめね?」
翔吾くんは唸り、悩んだあとに「夕飯のあと二回」と小さく呟く。明日は控えめにはしたくないらしい。困った人だ。
顔を合わせて笑って、キスをする。深く求め合うとセックスをしたくなってしまうので、軽めのキスだけで止めておく。硬くなったものも徐々に小さくなるだろう。
「おやすみ、あかり」
「おやすみ、翔吾くん」
男の人の腕の中で微睡(まどろ)むのは気持ちいい。とても気持ちいい。
愛し合ってはいなくても、安心できる人のそばにいられるのは、幸せなことなんだろう。満足できるものなんだろう。
翔吾くんの吐息を感じながら、その胸元に顔を埋(うず)めて、願う。
これが幸せなら、長く続けばいいのに、と。
◆◇◆◇◆
おそろいのTシャツを着て、ログハウスのような外観のレストランで夕食を食べたあと、明日からの食材を大きめのスーパーに買いに出かけた。軽井沢らしく高級食材も扱っており、その品揃えには驚いたけど、翔吾くんが値段も量も見ずに「これ欲しい」とカートに入れていくのにも驚いた。
「食べ切れないよ!」
「食べられなかったら捨てればいいよ」
「……ダメ。もったいないから持って帰るよ」
このあたりの感覚は、たぶん、相容れられないものだと思う。お金持ちと貧乏人の価値観の違い、というものだろうか。翔吾くんには、もったいないと感じる心が欠落しているんだろう。お金持ちには、なのかもしれないけど。
……まぁ、翔吾くんが支払ってくれたのだから、私がとやかく言うことではないのかもしれない。スーパーであんな金額、初めて見た。目玉が飛び出るかと思った。
「あかりはテニスしたことある?」
「少しだけなら」
「じゃあ、明日はテニスしようか」
森林浴をしながら散歩、は計画されていなかったらしい。
「ウェアは用意してあるから」と翔吾くんが運転しながら微笑む。その横顔が楽しそうだから、私は頷くしかない。
別荘に着いて、車から降りた瞬間に、違和感。リビングに、電気が、点いている。出てくるとき、点けたままだっただろうか。
「翔吾くん、電気点けたままだった?」
「いや……あぁ、来たんでしょ」
「え、友達?」
「まさか」
袋を持つのを手伝いながら、「まさか」と思う。まさか、ご両親ではないだろうし……まさか。まさか、ねぇ。
玄関がカラリと開いて、人が出てくる。逆光で見えづらいけど、そのシルエットは。その声は。
「あかりさん、荷物持つよ」
「俺のを持ってよ、健吾」
「何で俺が翔吾のを? 自分で持てよ」
「ちぇっ、冷てえの」
……今度は私が固まる番だ。
目の前に双子。翔吾くんと健吾くん。セックスフレンドが、二人。
軽くなってしまった両手をどうすれば良いのかわからなくて、とりあえず、パンと頬を叩いてみる。
「あかり?」
「あかりさん?」
痛い。夢じゃない。セフレが二人もいる。しかも、笑い合っている。
何が正解? どう受け取るのが、正解?
「ビックリ、した」
「俺もビックリした。初日でペアルックとか」
健吾くんは少し嫉妬を含んだ声音で私を責める。翔吾くんは「早く入らないと蚊に刺されるよ」と入室を促す。
じんじん響く頬を押さえ、私は肩を落とす。
どうするの、この展開。
一体、どうなるの――!?
◆◇◆◇◆
「翔吾が呼んだんだよ、俺を。あかりさんと一緒に軽井沢に行くけど、どうする、って」
「どう、って……」
「あかりにも選択肢を与えてあげないといけないでしょ。俺か健吾か。どっちとセックスして、どっちと寝るか」
「セッ……!?」
セックスフレンドが二人揃ったら、確かにそうなるとは思うけど。
いやいや、ならない、ならない。なに、流されてんの、私! 普通は「こっそり」するもんでしょ? そんなオープンな関係があっていいの!?
冷蔵庫に食材を突っ込んだあと、木製のベンチに座って、冷たいオレンジジュースを飲む。二人もそれぞれ椅子に座って飲み物を飲んでいる。翔吾くんなんかビールだ。一触即発という雰囲気ではないにしても、いたたまれない。
「あ、でも、今夜一緒に寝るのは俺だから。さっき、あかりと約束したから、ね」
翔吾くんがピースサインを出す。二回、という意味だ。夕食後に二回。昼間の約束。
「いいよ。今日は翔吾に譲る。久しぶりだろうし、俺も疲れてるし」
「じゃあ、明日から争奪戦ってことで」
「ああ、それで」
私、勝者に贈られるトロフィーか何か!? モノ扱いされてないか!?
「あかりもそれでいい?」
「いや、あの」
「え、ダメ? 困ったな。一対一を拒否されると、二対一になっちゃうよ?」
「っは!?」
素っ頓狂な声をあげたのは健吾くん。意味を理解した私は真っ赤になるだけだ。
「三人で、したことない?」
「え、あの、その」
「経験あるなら、いいじゃん」
そういう問題じゃなくて。そういう問題じゃなくて!
ちょっと、翔吾くん、話の展開についていけていないんだけど!
「……あ、今日の風呂はあかりさんと一緒に入りたい」
「風呂、かぁ。別にいいよ。俺、昼に一緒に入ったし」
「サンキュ。あかりさん、入ろ」
「え」
「綺麗に洗ってあげるから」
「健吾に綺麗にしてもらってから、俺と寝ようね、あかり」
セフレと一緒にお風呂に入って何もないわけがない。ちょっとキスをして軽くペッティングをしただけで勃起してしまうハタチの性欲は、十分理解している。
健吾くんとセックスすることを、翔吾くんが許容しているということだ。そして、それは、逆も同じ。
二人は私を「共有」することに決めたのだろう。
兄弟の中でどんな取り決めがあったのか、今はまだわからない。けれど、二人はそれで納得し、私をシェアすることにしたようだ。
翔吾くんの笑顔。
健吾くんの仏頂面。
私は、それに従うしかない。
……私の体、保つのかな……?
手っ取り早く精液を確保できるのはありがたいのだけど、それだけが心配だ。
◆◇◆◇◆
檜らしき木材が全面に使われた浴室は広い。浴槽も洗い場も、二人が住むマンションのものよりも広い。二人以上で入っても余裕のある広さ。温泉旅館の家族風呂だと言われたら納得できる。
昼は外の緑を見ながら入ったけれど、夜は庭がライトアップされていて、また雰囲気が違う。
木の匂いも好きだ。
「健吾くっ、ダメっ」
「ん、止めないよ。奥に出すから」
「や、はげし……っ」
後ろから突かれるたび、水面が激しく揺れ、浴槽から溢れた湯が洗い場に落ちていく。浴槽の縁をしっかり握りしめて、背後からもたらされる快楽を受け入れる。
健吾くんは宣言通り、私の体を隅々まで洗ってくれて、綺麗にしてくれた。泡だらけの胸をひたすら揉みしだいていたのには、笑ったけど。
でも、「外は綺麗にしたから中は俺が汚す」と息巻くのは理解ができない。性急な繋がりを求めず、ちゃんと濡らしてくれたのはありがたいけど、翔吾くんがつけたキスマークの上にさらにキスマークを重ねられるのも、理解できない。痣みたいになっちゃったんだけど!
「あかり、気持ちいい」
「やっ、あ、あ」
拙い腰使いでも、奥までは届く。加減を知らない健吾くんが、激しく自分の欲望を打ち付けてくる。
まるで獣のよう。
交尾、という言葉が一番しっくりくる。
揺れる水面、響く情事の音、交わる嬌声。すべてがいやらしく、欲情を煽る。
「あかり、そろそろ……っ」
「いいよ、来てっ」
窓ガラスに映る健吾くんの表情は、とても色っぽい。
私が見ているとも知らず、目を閉じて快感に打ち震えながら、薄く開いた唇から「イク」と小さく零す。その瞬間に、彼の体が震え、腰を私に強く押し付ける。「あぁ」と呟きながら、何度も、何度も。
ドロリと吐き出された白濁が、食欲を満たす。性欲も同時に満たしてくれる。
「あかり……あかりさん……」
本当は、軽井沢には来たくなかっただろう。だって、どうしたって、私と藍川のことを思い出してしまうはずだ。あの、暴力的な情事を。
それでも、健吾くんは来た。翔吾くんに煽られたからなのかもしれないけど、それでも彼は、来た。
過去に向き合おうとしているのかもしれない。ただ、性欲に負けたのかもしれない。どっちでも、いい。
私は、受け入れるだけなのだ。
「ご馳走様、健吾くん。気持ち良かったよ」
「俺も、気持ち良かった……」
崩れるように浴槽に肩まで沈んで、健吾くんと抱き合ってキスをしながら、体力的に無理かもしれないと思う。このあと翔吾くんと二回のセックスは、正直、厳しい。
翔吾くんに頼んで、夜と朝で二回にしてもらおうと決意する。どうしても翔吾くんが二回やりたかったら、私は寝てしまおう。だって、無理。本当に無理。
やっぱり、二人は、しんどいです……!
「そうみたい。私も忘れてたんだけど」
「じゃあ、健吾は初恋の人に童貞を捧げたわけ? 何それ、ちょー羨ましいんだけど」
ベッドの中、裸で抱き合いながら近況を報告し合う。ベッドでイカされて、お風呂でまたセックスをして、簡単な昼食を食べたあと、冷房の効いた客室で抱き合って過ごす。何とも贅沢な時間だ。
翔吾くんは日に焼けた。今まで白かった胸のあたりも背中も、既にこんがりと焼けている。サーフィンをして、友人たちとサッカーをして、楽しんだようだ。
今回、軽井沢には友人たちは呼んでいない。二人きりだということだ。
「初恋の人かは聞いてないけど、不思議なめぐり合わせだねぇ」
「そうだね。あー、でも、羨ましいなぁ」
「翔吾くんも初めては好きな人としたんじゃないの?」
翔吾くんは渋い顔をして唸る。
あれ、違ったの、かな?
「んー……まぁ、好奇心だよね。好きという感情よりは、性欲しかなかった気がする」
「そっか」
「あかりは? 最初からセフレが欲しかったわけじゃないでしょ?」
最初……最初、かぁ。
最初は、いつだっただろうか。空腹のあまり行き倒れていたところを、娼婦のお姉さんに助けられて、客の取り方やらを教えてもらって――初めてついた客が「初めて」だった気がする。それより前の記憶はない。処女だったのかどうかもわからないのだ。
翔吾くんが「性欲」なら、私は「生欲」が原動力だ。
生きるために、セックスをして、精液を確保する。そういう生き方しかできない。
「仕方なく、かなぁ」
「仕方なく!? そんな理由で初めてを迎えたわけ? 女の子なら、もうちょっと、こう、ロマンチックな……あぁ、もう!」
ぎゅむ、と強く抱きしめられて、翔吾くんの腕の中に閉じ込められる。相変わらず、爽やかないい匂い。香水なんかつけなくても、私は翔吾くんの匂いは好きなんだけどな。
「あかりの初めての相手が俺だったら良かったのに! そしたら、仕方なく、なんて感想にはさせなかったのに!」
「ふふ。ありがと」
翔吾くんが初めての人なら、確かに優しくしてくれただろうなぁ、なんて思う。翔吾くんが百年近く前に生まれてくれていたら、だけど。
「でも、翔吾くんにはたくさん上書きしてもらっているから」
「そう? 仕方なく俺に抱かれていない?」
「抱いてほしいから抱いてもらっているよ? ……気持ちいいし」
太腿のあたりに違和感。熱を帯びた柔らかなものが徐々に硬くなってくる。夜になるまで一眠りしたかったんだけどなぁ。
「今は?」
「ちょっと眠りたかったかな」
「寝かせない、って言ったら?」
「体が保つか心配。明日の予定がこなせないかも」
翔吾くんは唸る。性欲と明日の予定を天秤にかけているようだ。
明日は何をするのだろう。箱根では美術館を観光をしたけど、軽井沢にも美術館はあるのだろうか。森林浴をしながらの散歩でもいいんだけど。
「あんまりあかりに無理をさせたくはないんだけど……あと二回くらいなら頑張れそう?」
「夕飯のあとに二回?」
「……今から、と、夕飯のあと……やっぱ三回」
「じゃあ、明日は控えめね?」
翔吾くんは唸り、悩んだあとに「夕飯のあと二回」と小さく呟く。明日は控えめにはしたくないらしい。困った人だ。
顔を合わせて笑って、キスをする。深く求め合うとセックスをしたくなってしまうので、軽めのキスだけで止めておく。硬くなったものも徐々に小さくなるだろう。
「おやすみ、あかり」
「おやすみ、翔吾くん」
男の人の腕の中で微睡(まどろ)むのは気持ちいい。とても気持ちいい。
愛し合ってはいなくても、安心できる人のそばにいられるのは、幸せなことなんだろう。満足できるものなんだろう。
翔吾くんの吐息を感じながら、その胸元に顔を埋(うず)めて、願う。
これが幸せなら、長く続けばいいのに、と。
◆◇◆◇◆
おそろいのTシャツを着て、ログハウスのような外観のレストランで夕食を食べたあと、明日からの食材を大きめのスーパーに買いに出かけた。軽井沢らしく高級食材も扱っており、その品揃えには驚いたけど、翔吾くんが値段も量も見ずに「これ欲しい」とカートに入れていくのにも驚いた。
「食べ切れないよ!」
「食べられなかったら捨てればいいよ」
「……ダメ。もったいないから持って帰るよ」
このあたりの感覚は、たぶん、相容れられないものだと思う。お金持ちと貧乏人の価値観の違い、というものだろうか。翔吾くんには、もったいないと感じる心が欠落しているんだろう。お金持ちには、なのかもしれないけど。
……まぁ、翔吾くんが支払ってくれたのだから、私がとやかく言うことではないのかもしれない。スーパーであんな金額、初めて見た。目玉が飛び出るかと思った。
「あかりはテニスしたことある?」
「少しだけなら」
「じゃあ、明日はテニスしようか」
森林浴をしながら散歩、は計画されていなかったらしい。
「ウェアは用意してあるから」と翔吾くんが運転しながら微笑む。その横顔が楽しそうだから、私は頷くしかない。
別荘に着いて、車から降りた瞬間に、違和感。リビングに、電気が、点いている。出てくるとき、点けたままだっただろうか。
「翔吾くん、電気点けたままだった?」
「いや……あぁ、来たんでしょ」
「え、友達?」
「まさか」
袋を持つのを手伝いながら、「まさか」と思う。まさか、ご両親ではないだろうし……まさか。まさか、ねぇ。
玄関がカラリと開いて、人が出てくる。逆光で見えづらいけど、そのシルエットは。その声は。
「あかりさん、荷物持つよ」
「俺のを持ってよ、健吾」
「何で俺が翔吾のを? 自分で持てよ」
「ちぇっ、冷てえの」
……今度は私が固まる番だ。
目の前に双子。翔吾くんと健吾くん。セックスフレンドが、二人。
軽くなってしまった両手をどうすれば良いのかわからなくて、とりあえず、パンと頬を叩いてみる。
「あかり?」
「あかりさん?」
痛い。夢じゃない。セフレが二人もいる。しかも、笑い合っている。
何が正解? どう受け取るのが、正解?
「ビックリ、した」
「俺もビックリした。初日でペアルックとか」
健吾くんは少し嫉妬を含んだ声音で私を責める。翔吾くんは「早く入らないと蚊に刺されるよ」と入室を促す。
じんじん響く頬を押さえ、私は肩を落とす。
どうするの、この展開。
一体、どうなるの――!?
◆◇◆◇◆
「翔吾が呼んだんだよ、俺を。あかりさんと一緒に軽井沢に行くけど、どうする、って」
「どう、って……」
「あかりにも選択肢を与えてあげないといけないでしょ。俺か健吾か。どっちとセックスして、どっちと寝るか」
「セッ……!?」
セックスフレンドが二人揃ったら、確かにそうなるとは思うけど。
いやいや、ならない、ならない。なに、流されてんの、私! 普通は「こっそり」するもんでしょ? そんなオープンな関係があっていいの!?
冷蔵庫に食材を突っ込んだあと、木製のベンチに座って、冷たいオレンジジュースを飲む。二人もそれぞれ椅子に座って飲み物を飲んでいる。翔吾くんなんかビールだ。一触即発という雰囲気ではないにしても、いたたまれない。
「あ、でも、今夜一緒に寝るのは俺だから。さっき、あかりと約束したから、ね」
翔吾くんがピースサインを出す。二回、という意味だ。夕食後に二回。昼間の約束。
「いいよ。今日は翔吾に譲る。久しぶりだろうし、俺も疲れてるし」
「じゃあ、明日から争奪戦ってことで」
「ああ、それで」
私、勝者に贈られるトロフィーか何か!? モノ扱いされてないか!?
「あかりもそれでいい?」
「いや、あの」
「え、ダメ? 困ったな。一対一を拒否されると、二対一になっちゃうよ?」
「っは!?」
素っ頓狂な声をあげたのは健吾くん。意味を理解した私は真っ赤になるだけだ。
「三人で、したことない?」
「え、あの、その」
「経験あるなら、いいじゃん」
そういう問題じゃなくて。そういう問題じゃなくて!
ちょっと、翔吾くん、話の展開についていけていないんだけど!
「……あ、今日の風呂はあかりさんと一緒に入りたい」
「風呂、かぁ。別にいいよ。俺、昼に一緒に入ったし」
「サンキュ。あかりさん、入ろ」
「え」
「綺麗に洗ってあげるから」
「健吾に綺麗にしてもらってから、俺と寝ようね、あかり」
セフレと一緒にお風呂に入って何もないわけがない。ちょっとキスをして軽くペッティングをしただけで勃起してしまうハタチの性欲は、十分理解している。
健吾くんとセックスすることを、翔吾くんが許容しているということだ。そして、それは、逆も同じ。
二人は私を「共有」することに決めたのだろう。
兄弟の中でどんな取り決めがあったのか、今はまだわからない。けれど、二人はそれで納得し、私をシェアすることにしたようだ。
翔吾くんの笑顔。
健吾くんの仏頂面。
私は、それに従うしかない。
……私の体、保つのかな……?
手っ取り早く精液を確保できるのはありがたいのだけど、それだけが心配だ。
◆◇◆◇◆
檜らしき木材が全面に使われた浴室は広い。浴槽も洗い場も、二人が住むマンションのものよりも広い。二人以上で入っても余裕のある広さ。温泉旅館の家族風呂だと言われたら納得できる。
昼は外の緑を見ながら入ったけれど、夜は庭がライトアップされていて、また雰囲気が違う。
木の匂いも好きだ。
「健吾くっ、ダメっ」
「ん、止めないよ。奥に出すから」
「や、はげし……っ」
後ろから突かれるたび、水面が激しく揺れ、浴槽から溢れた湯が洗い場に落ちていく。浴槽の縁をしっかり握りしめて、背後からもたらされる快楽を受け入れる。
健吾くんは宣言通り、私の体を隅々まで洗ってくれて、綺麗にしてくれた。泡だらけの胸をひたすら揉みしだいていたのには、笑ったけど。
でも、「外は綺麗にしたから中は俺が汚す」と息巻くのは理解ができない。性急な繋がりを求めず、ちゃんと濡らしてくれたのはありがたいけど、翔吾くんがつけたキスマークの上にさらにキスマークを重ねられるのも、理解できない。痣みたいになっちゃったんだけど!
「あかり、気持ちいい」
「やっ、あ、あ」
拙い腰使いでも、奥までは届く。加減を知らない健吾くんが、激しく自分の欲望を打ち付けてくる。
まるで獣のよう。
交尾、という言葉が一番しっくりくる。
揺れる水面、響く情事の音、交わる嬌声。すべてがいやらしく、欲情を煽る。
「あかり、そろそろ……っ」
「いいよ、来てっ」
窓ガラスに映る健吾くんの表情は、とても色っぽい。
私が見ているとも知らず、目を閉じて快感に打ち震えながら、薄く開いた唇から「イク」と小さく零す。その瞬間に、彼の体が震え、腰を私に強く押し付ける。「あぁ」と呟きながら、何度も、何度も。
ドロリと吐き出された白濁が、食欲を満たす。性欲も同時に満たしてくれる。
「あかり……あかりさん……」
本当は、軽井沢には来たくなかっただろう。だって、どうしたって、私と藍川のことを思い出してしまうはずだ。あの、暴力的な情事を。
それでも、健吾くんは来た。翔吾くんに煽られたからなのかもしれないけど、それでも彼は、来た。
過去に向き合おうとしているのかもしれない。ただ、性欲に負けたのかもしれない。どっちでも、いい。
私は、受け入れるだけなのだ。
「ご馳走様、健吾くん。気持ち良かったよ」
「俺も、気持ち良かった……」
崩れるように浴槽に肩まで沈んで、健吾くんと抱き合ってキスをしながら、体力的に無理かもしれないと思う。このあと翔吾くんと二回のセックスは、正直、厳しい。
翔吾くんに頼んで、夜と朝で二回にしてもらおうと決意する。どうしても翔吾くんが二回やりたかったら、私は寝てしまおう。だって、無理。本当に無理。
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