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33.傷にキス(二)

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 今までの誰とも違うキス、だった。

 拒んでいたはずの舌の侵入は、「甘いの欲しいでしょ?」という声にあっさりと降参し、言葉通りに甘くて深いキスを受け入れている。
 なに、これ?
 ケントくんの唇が、舌が、唾液が、欲しくてたまらない。もっと、欲しい。もっと、キスしたい。
 一気に、思考がおかしくなる。欲に狂ってしまったかのように、欲しくて欲しくてたまらない。
 荒い息のまま、ケントくんの舌を求める。もっとちょうだい、とねだる。

「あかりちゃん、同族とするの、初めて?」
「どう、ぞく?」
「あかりちゃんはサキュバス。僕は――」

 そうか。彼は天使なんかじゃない。私と同じ――。

「――インキュバス」

 私は精液を、ケントくんは愛液を欲する、悪魔?
 血を欲する生物がいるのなら、同族――同じように体液を求める生物もいるだろう。
 道理で、ケントくんに惹かれたわけだ。彼の精液が欲しい、と。

「キス、美味しいでしょ?」
「ん……甘い」
「それ、あかりちゃんとセックスした誰もが思っていることだから」

 甘い……みんな、私のことを「甘い」って言う。それは、こういうこと? こんな感じなの?

「僕たちの体液には媚薬みたいな催淫効果のあるものが含まれているの、知らなかった?」
「知らな、い」
「僕たちが食事に困らないように、エサから近づいてくるような体になっているんだよ。容姿だって、そうだ。好かれやすいようになっている。全部、食事のためなんだよ」

 知らない。知らない。何、それ?
 甘いものが苦手な湯川先生や宮野さんでさえ、「甘いのに美味しい」と笑うのはとても不思議だと思っていたけど、催淫効果があるなら納得できる。
 私は、私の体を利用して、セフレを獲得してきたということ? みんなが私を求めるのは、中毒症状みたいなものなの?
 そう、なの?
「好きだ」と言わせていたのは、私の体液のせい?
 みんなの、本心じゃ、ない?

「あかりちゃん、美味しい」

 力の抜けた私をベッドに押し倒して、ケントくんはブラウスのボタンを外し、カーゴパンツを器用に脱がし、肌に唇と舌を這わせていく。

「太すぎず細すぎず、胸は大きすぎず小さすぎず、くびれもあって、女らしいね、あかりちゃんの体。僕の好みだな」
「ケント、く……」
「あかりちゃんは、何十年生きて、何百回男に抱かれたの?」

 ブラのホックが外される。ケントくんが触れたところが熱い。しびれるくらいに熱い。もっと触って欲しい。
 みんなも、そうなの? そうだったの?
 こんな暴力的な性欲を、催していたの? 私が、引き起こしていたの?

「僕は第二次大戦後に産まれたみたいだけど、あかりちゃんはそれより前?」
「っふあ!」

 胸の頂きを舐められた瞬間に、達しそうになった。私の様子を見て、ケントくんはニィと笑う。

「いいよ、イッても。愛液いっぱい出して」
「やっ、あ!」
「僕も中にたくさん注いであげるから」

 乳首を吸われ、転がされ、噛まれ――気持ち良さと甘い痛みに嬌声が止められない。
 半ば強引な前戯なのに、「やめて」と言えない。体はもう、ケントくんを受け入れたがっている。それが、怖い。

「あかりちゃんは素直だね。ほら、もうこんなになってる」

 いつの間にショーツの中に指を這わせていたのか、わからなかった。割れ目を指が往復するたび、ぬるぬるニチャニチャと音が鳴る。体が、腰が、揺れる。
 具合を確かめてから、ショーツから指が引き抜かれる。もっと触っていて欲しかった……そんな切ない気持ちになる。
 そんな物欲しい顔をした私を見下ろしながら、ケントくんは指をペロリと舐めて、ショーツを一気に引き下げた。

「美味しい。そんな欲しそうな顔しなくても、すぐあげるから、いい子で待ってて。僕の喉を潤したら、すぐだから」

 私の足を広げ、ケントくんはその中央に顔を埋める。舐められるのは苦手だったはずなのに、私は今、彼の舌と指を心待ちにしている。

「っあ!」

 蜜口に寄せられた唇から遠慮なく舌が伸ばされ、浅く中へ侵入する。熱く、柔らかい、ザラついた感触。ヌル、と中をつついたその一瞬で、高みへと連れてこられ――。

「――っ!」

 ガチャリと手錠が鳴り、体が震える。目の前が真っ白になり、いつものふわふわとした高揚感に包まれる。
 ……初めて、舐められただけで、達してしまった。

「いいよ、何度イッても。もっと飲ませて、あかりちゃん」

 ジュルと音を立て溢れた蜜を吸い出して、ケントくんは「美味しい」と呟く。膣内に熱い舌が挿れられるたび、荒い吐息がこぼれ、はしたなく嬌声が漏れる。
 ダメ、気持ちいい……。

 同族同士が一番相性がいい、とケントくんが言っていた。あれはたぶん本当のことだ。
 こんなの、初めて。
 こんなに感じるのは、初めて。
 私の体に溺れるのも、こんな感じ? こんなに気持ちいいものなの?
 だから、みんな、離れられないの?

「あかりちゃん」

 触れられたところが熱い。舐められたところが気持ちいい。
 もっと欲しい。
 もっと触って。
 もっと舐めて。
 もっと――気持ち良くなりたい。

「あぁ、こっちも好きだよね」

 肉芽をベロリと舐め上げられた瞬間に、また頭の中が真っ白になる。腰がびくりと跳ね、ケントくんに押さえつけられる。

「感度、いいね。ますます気に入った」

 指なのか、舌なのか、どちらが肉芽か膣口かに愛撫をし、快楽を与えてくれているのか、とろけた頭では考えることができない。溢れた唾液を飲み込みながら、喘ぎながら、次の刺激を求めるだけ。

「じゃあ、こっちの相性も確かめておこうか」

 ケントくんが上体を起こしたとき、その姿が裸であることにようやく気づく。服を脱いだことにすら気づかなかった。それだけ、快楽に没頭していた。恥ずかしい。
 ぐ、と太腿を持ち上げられ、ケントくんの腰が近づく。割れ目を撫で、クチュリと音をさせて膣口に熱が宛てがわれた瞬間に、また体が震えた。

「挿れてもいないのに、イッたの? かわいいねぇ、あかりちゃんは。ほんっと、最高」

 なんて言いながら、イッたばかりの中に押し挿ってくるのだから、ケントくんはかなり意地悪な性格だ。
 熱い、硬い、太い、楔が、収縮を繰り返す狭い膣内に侵入してくる。舌とは明らかに違う質量に、体が歓喜する。

 そうだ、これが欲しかったのだ――。

「っあぁぁ――んんっ」

 悲鳴に似た嬌声が自分から発せられたなんて、驚いてしまう。それを唇でケントくんが塞いで、さらに奥へ、熱が押し進められる。

「……っは、すごいな、中。そんなに締め付けられたら、すぐ出るよ」

 手錠を外して。抱き合いたい。
 もっと、触れ合いたい。
 全身で、ケントくんを感じたい。

「これ、みんなすぐイッちゃうでしょ? これは、何分も保たないな。熱くて吸い付いてきて、気持ち良くて、我慢できない」

 奥へ奥へ進んできた肉棒が止まる。一番奥に到達し、グリと子宮口を突く。痛いのに、甘い。気持ちいい。

「あかりちゃん、奥まで来たよ」
「ん、わか、る」
「動いて欲しいと思うけど、ちょっと待ってね。愛液、食べるから」

 私にはよくわからないけど、私が精液を吸い取るように、ケントくんも愛液を吸い取るような器官、構造があるのだろう。
 潤滑油の役目の愛液だけ残して、ケントくんは食事を楽しんでいる。茶色い目が、嬉しそうに細められる。

「あかりちゃん、僕のパートナーになる?」
「パー、トナー……?」
「そう。人間で言うところの結婚。体液を交換し合うだけで飢えることはない、お互いにとって最高の相手だよ」

 ズブ、とケントくんの腰が動く。中の襞が、一斉に悦ぶ。もっと動かして。もっと高みへと連れて行って。

「相性はたぶん最高。今までのどのサキュバスより、あかりちゃんの中が気持ちいいし、味も美味しい」

 既に何人かのサキュバスと関係を持っている、というような口ぶりに、驚きを隠せない。私は戦前から生きていても、同族に会ったのはケントくんが初めてだ。
 いや、会っているのかもしれないけど、正体を知ったのはこれが初めてだ。

「ヨーロッパには、たくさんいるんだ。日本ではあかりちゃんが初めてだけど」

 ゆっくり、じわりと体が揺れる。性急なセックスではなく、穏やかな抽挿。それでも、思考はぐずぐずにとろけている。

「向こうのほうが過ごしやすいよ、僕たちみたいな種族は。協会、っていうのかな? 保護団体みたいなものもあるから、身分を変えることも難しくない」

 それは、確かに、魅力的な話だ。日本では身分を変えるのも一苦労。代行してくれるなら、ありがたい。

「ね、あかりちゃん」
「あっ、あ、そこ、ダメっ」
「僕とのセックス、気持ちいいよね? ずっとしていたいよね?」

 亀頭が中のいいところを突く。何度も何度も突いて、私を絶頂へと導いていく。

「僕、初めて会ったときから、あかりちゃんを抱きたくて、味わいたくて仕方なかった」

 甘い誘惑。
 溺れてしまいそうなくらいに、甘い波。
 緩やかだった波が一気に大きくうねり、体をさらい、深みへと連れて行く。

「でも、今夜まで我慢したんだ。連絡するのも、女を抱くのも。まぁ、あの女を抱いても良かったけど、お腹が空きすぎて寝ちゃったし。結果的にあかりちゃんに会えたから、いいんだ」

 欲しい。君が欲しい。君のすべてが。
 ケントくんの気持ちがこぼれて、ポタリ落ちる。肌を滑っていく汗は、やはり熱い。

「……濃いの、注いであげる。逃げないでね」

 腰を強く掴むケントくんの笑みが、歪む。

「まぁ、逃げられないか。手錠もしてあるし、気持ちいいし」
「ケントく……?」
「そのままおとなしく、僕の子を孕んで」

 同族――その意味に、私はようやく気づく。
 人間の精液では妊娠しないけれど、同族なら、それが、可能? そんな、まさか。
 その可能性に、ゾッとする。
 手錠が、不気味に音を立てる。

「っや、やだ!」
「拒まないで、僕を」
「ケントく、やめて!」
「やめない。孕んで、あかりちゃん」
「いや! いやだ!」
「あかり」

 足をジタバタさせようとしても、動かない。手首は痛い。手錠が抜けない。上体を捻ろうとしても、押さえつけられる。
 無駄な抵抗なの?
 ぜんぶ、無駄なの?
 はぁと息を吐いて、中を抉るかのように強く強く腰を押しつけて――ケントくんは、笑う。

「ぜんぶ飲み干してね」
「お願い、いやっ」
「――っ、出すよ」
「やだぁっ!!」

 天使なんかじゃない。
 彼は、悪魔だ。

 ドクン、と最奥が震えた。
 それは、ケントくんの絶頂か、私のものか、わからなかった。
 強い強い快感に、ぜんぶ、持って行かれる。
 何度も何度も体が震え、何度も何度も受け入れる。受け入れてしまう。嫌なのに。ダメなのに。生きたいという本能が、ご飯を拒否をすることはない。
 濃い、との言葉通り、ケントくんの射精が止まらない。笑顔のまま、彼は何度も腰を振る。

「あかり、気持ちいい」

 セックスは、食事。
 精液は、ご飯。

 それ以上のことは、求めないで。
 求めないで――。

「愛してるよ、あかり」

 ケントくんの言葉に応えることなく、私の意識は深い闇に落ちていった。

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