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16.過日の果実(一)
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湯川先生に指定された待ち合わせ場所は、ホテルではなかった。新宿駅小田急線の西口。こんなところで待ち合わせたのは、初めてだ。「旅行に行こう」と言われたのも初めてだ。
人混みの中、壁にもたれてぼんやり湯川先生を待っている。手には小さめのボストンバッグ。着替えと洗面道具、化粧道具などが必要最低限のものだけ入っている。財布とスマートフォンは、いつしかプレゼントしてもらったブランド物のポーチの中だ。
「待った?」
不意に隣から聞こえた声に顔を上げると、ラフな格好の湯川先生が立っている。ボーダーのカットソーにカーキのシャツ、ボトムは白。夏っぽい。
「スニーカーだね、ちゃんと」
「歩くって聞いたから。どこに行くの?」
「切符見たらわかるよ」
荷物が取り上げられて、代わりに大きめの切符が手渡される。自動改札機を抜けて、切符をきちんと確認すると。
「トッキューはこね? 箱根に行くの?」
「箱根に行くの」
「温泉?」
「もちろん」
切符をポーチにしまってから、荷物を湯川先生から取り返す。驚く先生の空いた左手を取ってぎゅうと握る。ちょっと汗ばんでいるけど気にしない。そして、周りに邪魔にならないようブンブンと振る。スキップもしたくなる。
そんな上機嫌の私を見下ろしてくる先生の目は優しい。
「嬉しい?」
「もちろん!」
温泉、温泉! お・ん・せ・ん!
先生はロマンがどうの特別席がどうのと説明してくれたけど、嬉しすぎる行き先のことで頭がいっぱいではしゃぐ私には全く伝わっていなくて。浪漫トレインの特別席に座って初めて、「何、コレ!?」と再度驚かされることになるのだ。
◆◇◆◇◆
新宿から箱根湯本まで、さほど遠くはないのだと初めて知った。
冷房の効いた車内から出た瞬間に汗が噴き出すほどの暑さ。昔と比べると冷房の機能は格段に良くなったけど、夏はどんどん暑くなっているような気がする。
「ここで乗り換えるよ」
「登山鉄道!」
「そんなにはしゃがなくても」
湯川先生は苦笑する。
特別席というガラスのパーテーションで区切られた個室みたいな席で、景色を見ながらゆっくりコーヒーを飲んだのは初めてだった。さすがに朝食後の九時すぎからお弁当は食べられなかったので、次の機会があれば、席でお弁当を食べてみたいと思う。
先生からの北海道土産は、カニではなく、ハンドクリームと麦わら帽子だった。「ストローハットと言いなさい」と訂正されたけど、カワイイ感じの麦わら帽子に違いはない。しかも折り畳める。さすがに電車内ではかぶることはできないけど、夏の旅行中のアイテムとしては嬉しい。
「箱根の森駅まで行くよ」
「美術館!?」
手を繋いで歩きながら、ホームを移動する。周りの人が向かうほうへ歩くだけなので、楽だ。階段を使うことなく、歩くだけで赤い電車が見えてくる。
三連休の初日ということもあり、ホームには大勢の旅行者がいる。何回か待たないと乗車できないみたいだ。
「あかりが行列苦手じゃなくて良かったよ」
「気は長いほうだから」
それでなくとも、長い時間を過ごしてきた。行列に並ぶ時間なんてあっという間に過ぎるものだ。待つのは苦ではない。
何回か電車を見送ってから、赤い電車に乗り込む。幸いなことに二人とも座ることができた。
「美術館は好き?」
「うん、好き。博物館も、水族館も好きだよ」
「じゃあ、今度からそういうデートもしようか」
セミが鳴く山道を掻き分けるように電車が登っていく。鉄橋で川を超える音は耳に心地よく、その先のスイッチバックなんて初めて見た。楽しい。外の景色を見ながら、湯川先生と小声で話して笑い合う。
「美術館で昼食食べようか」
「うん。美術館のあとは?」
「時間があれば、他の美術館へ行ってもいいかな。チェックインは三時以降だよ」
「旅館? 温泉は広いかな? 露天風呂あるかな? 何回入ろうかな?」
「んー、温泉はちょっと狭いかもしれない」
まぁ、うちの湯船よりは大きいでしょ! 足が伸ばせれば、それで十分だ。
「あと、何回でも好きなだけ入れるよ。一緒に入ろう」
「……え?」
湯川先生の意地の悪そうな笑みが私を見下ろしている。
混浴だという意味では、ない、よね、きっと。
「客室露天風呂付きの旅館をわざわざ選んだんだ。いつでも一緒に入れるよ」
湯川先生はぎゅうと繋いだ手を握りしめた。それはまるで「絶対だよ」と言っているようで――温泉に入ったあとに浴衣を着て、さて先生を何回食べちゃおうかしら、なんて下品なことを考えていた私の、斜め上を行くプランだったのだ。
部屋の中すべてが戦場だ。
「……楽しみ」
顔を真っ赤にしながら、湯川先生の手を握り返す。恥ずかしすぎて彼の顔は見られなかったけど、繋いだ手の強さが、私たちの期待を物語っている。
あぁ、とても、楽しみだ。
◆◇◆◇◆
箱根の森駅から箱根の森美術館へ。荷物はコインロッカーに詰め込んで、先に館内のビュッフェで昼食をすませる。
ポーチを肩にかけ、UVカットの薄手のパーカーを羽織り、麦わら――ストローハットをかぶって、彫刻が並ぶ庭を歩く。地面から足が出ているものや、子どもたちが遊べるものもあり、とても面白い。
「湯川先生はここは初めて?」
「何回か来たことがあるよ。高校生のときが初めてだったかなぁ」
箱根の森美術館は彫刻が有名だと言うくらいだから、日本画は……村上叡心の絵はここにはないだろう。ピカソ館にもきっとないに違いない。そこだけは安心できる。
「先生が連れていきたいって言っていた場所は、ここ?」
「ここじゃないよ。それは明日と明後日に予定してる。もちろん、まだ内緒」
木陰を選んで歩きながら、湯川先生とこうしてのんびり歩くのは初めてだなぁと思う。買い物では何度か一緒に歩いたことはあるけど、自然の中でゆっくり過ごすのは初めてだ。
まぁ、私たちの関係上、ホテルでセックスをするだけのことが多かったから。
「……楽しいね」
ボクシングをするうさぎの像を見ながらしみじみと先生は呟く。私はうさぎたちの減量の具合がスゴいなぁと思いながら、闘う二匹を見つめる。
……この彫刻のどこに楽しい要素があるのか、私にはわからない。先生ならわかるのだろうか。
「あかり。旅館に着いたら……」
「うん?」
「すぐに抱きたい」
思わず湯川先生を見上げてしまう。欲情と懇願。熱を帯びた視線が私を射抜く。見つめ合ったまま、動けなくなる。
……あ、捕らえられた。
湯川先生の人差し指がするりと唇を撫で、キスをしたいと告げてくる。繋いだ手の指が絡められ、早く押し倒したいと主張してくる。
目が、声が、指が、強く私を欲する。
「せん、せ」
「……これでも結構、我慢しているんだ、朝から」
「……うん」
「正直に白状すると、今すぐ抱きたいくらい」
「……え」
「あかりがかわいすぎるのが悪い。なんで、こんなにかわいいの、ほんと」
そう、かなぁ? なんて、野暮なことは聞かない。
体は正直だ。キスも愛撫もされていないのに、「欲しい」と伝えられただけで下腹部が熱を持つ。熱を鎮めるにはどうすればいいかなんて、わかりきっている。
あたりを見回して人がいないことを確認して。繋いだ手をぐいと引っ張って、湯川先生に耳打ちする。
「先生、私も……早く抱いて欲しい」
そして、驚いてこちらを見た先生の唇に軽くキスをして、笑う。
「早く、抱いて」
湯川先生が出入り口のほうへ足を向けたのを、私は止めない。止めたくなかったのだ。
◆◇◆◇◆
駅前でタクシーに乗って、旅館へ向かう三時少し前。先生は旅館に電話をして、到着時間が早くなることを伝えている。どうやら、五時くらいを予定していたようだ。
固く握られた手は、熱いままだ。
小ぢんまりとした旅館は、全客室が十部屋しかないらしい。けれど、外観は古すぎず綺麗で、赤い絨毯が敷かれていたり、革張りのソファがあったりして、内装は少しモダンな色合いの旅館だ。コンセプト通り、和室と和洋室があるらしい。
湯川先生がチェックインをすませて、荷物を持った仲居さんに部屋まで案内してもらう。非常口などを確認しながらも、手の甲を指でなぞってみたりして、お互いの欲を伝え合う。
「わぁ……すごい」
部屋は和モダンな雰囲気で、和室の奥にフローリングの寝室がある。マットレスは低めで、布団を敷いているのと変わらない状態だ。
脱衣所の奥はトイレと外へ続く木の引き戸。カラリと引いて開けてみると、黒い石の大きな浴槽が目に入った。絶え間なく湯が流れ込む音が聞こえる。浴槽の向こうに、風で揺れる木の緑が見える。
……すごい。
「気に入った?」
「気に入った!」
振り向いた瞬間に、乱暴に抱き寄せられ、荒々しく口づけをされる。
「せんせ、仲居さんがっ」
「もういないよ。一通り話して、退散してもらったから」
「せんせ、ベッドにっ」
「ん、我慢できない」
キスをされたまま、壁に押し付けられる。お互いの舌を、熱を求め合いながら、その熱に浮かされそうになる。
スカートの裾から差し込まれた指がショーツを一気にずり下げる。外気に晒された秘所は既にそれ自体が熱を持っている。先生の指が割れ目から溢れる蜜に気づいて、くちゅくちゅとわざと音を立てさせる。
「なんで、こんなになってるの?」
「先生だって、カチコチだよ」
ベルトを緩め、ボクサーパンツの中身を確認しながら、私も笑う。私の体で硬くしてくれることが嬉しい。抱きたいと思ってくれていることが嬉しい。
「……まだ我慢しなきゃ、ダメ?」
先生の喉が鳴る。中を解していた指の動きが止まる。
「あかり」
「私も我慢できない」
わざとずるりと背中を滑らせてやる。慌てた湯川先生が私を抱きしめながら、冷たいフローリングに横たえてくれる。真上に見える先生の目に、私が映る。
部屋は、全部、戦場だ。
「指じゃ我慢できないの」
「あかり、俺、すぐ」
「いいよ。中に出して」
すぐ出るから、なに? 満足させられないんじゃないかとか、一回抜いてからとか、そんなこと、考えないでよ。
「……挿れた瞬間に出そうなんだよ」
「じゃあ、入り口で出して。白いので私の中を掻き混ぜてよ」
「あかり……っ」
先生がボクサーパンツに手をかけるのを見て、本当に、かわいいと思う。早すぎる、のは私にはありがたいことなのに。
「ちゃんと中に出してね」
奥に出されるのが一番満腹を感じるのだけど、湯川先生に限って言えば、回数を確保できるので気にしない。今日も明日も明後日も、時間はたっぷりある。
「あかり、俺」
「来て、せんせ」
膣口に宛てがわれた亀頭が恐る恐る浅く挿入される。その瞬間に、宣言通り、先生は顔をしかめた。
びくびくと吐き出される精液の熱を感じる。どろりと膣襞に絡み付いて、私の中を満たしていく。
……美味しい。
それにしても、私は満足しているのに、先生の表情は晴れない。曇っているどころか、雨が降りそうだ。
「……っ、ごめん、あかり」
「せんせ。謝らないで。いつも言っているけど、そんなの、必要ないんだよ」
早漏が情けないなんて、誰が言ったの。誰が先生を傷つけたの。こんなにかわいい人を、なんで必要以上に苦しめるの。
「せんせ、掻き混ぜて」
「っ、あ」
「私のと先生ので、ぐちゃぐちゃにして」
精一杯腕を伸ばして、先生の腰を抱きしめる。膣をきゅっと締める。
先生が私を求めてくれるのは嬉しい。だから、私も先生を求める。先生も嬉しい? それとも、残酷だって思ってる?
「もっと奥まで、繋がりたいの」
セックスは食事。
精液はごはん。
愛はいらない。
体だけ、ちょうだい。
「あかり」
ゾクゾクする低音で、私の体だけ求めて。
「愛しているよ」
落ちてくる唇と、沈んでくる腰で、優しく愛を囁かないで。
私は、先生を――。
「愛してる」
……まぁ、今はとりあえず、もっと、精液ください。
人混みの中、壁にもたれてぼんやり湯川先生を待っている。手には小さめのボストンバッグ。着替えと洗面道具、化粧道具などが必要最低限のものだけ入っている。財布とスマートフォンは、いつしかプレゼントしてもらったブランド物のポーチの中だ。
「待った?」
不意に隣から聞こえた声に顔を上げると、ラフな格好の湯川先生が立っている。ボーダーのカットソーにカーキのシャツ、ボトムは白。夏っぽい。
「スニーカーだね、ちゃんと」
「歩くって聞いたから。どこに行くの?」
「切符見たらわかるよ」
荷物が取り上げられて、代わりに大きめの切符が手渡される。自動改札機を抜けて、切符をきちんと確認すると。
「トッキューはこね? 箱根に行くの?」
「箱根に行くの」
「温泉?」
「もちろん」
切符をポーチにしまってから、荷物を湯川先生から取り返す。驚く先生の空いた左手を取ってぎゅうと握る。ちょっと汗ばんでいるけど気にしない。そして、周りに邪魔にならないようブンブンと振る。スキップもしたくなる。
そんな上機嫌の私を見下ろしてくる先生の目は優しい。
「嬉しい?」
「もちろん!」
温泉、温泉! お・ん・せ・ん!
先生はロマンがどうの特別席がどうのと説明してくれたけど、嬉しすぎる行き先のことで頭がいっぱいではしゃぐ私には全く伝わっていなくて。浪漫トレインの特別席に座って初めて、「何、コレ!?」と再度驚かされることになるのだ。
◆◇◆◇◆
新宿から箱根湯本まで、さほど遠くはないのだと初めて知った。
冷房の効いた車内から出た瞬間に汗が噴き出すほどの暑さ。昔と比べると冷房の機能は格段に良くなったけど、夏はどんどん暑くなっているような気がする。
「ここで乗り換えるよ」
「登山鉄道!」
「そんなにはしゃがなくても」
湯川先生は苦笑する。
特別席というガラスのパーテーションで区切られた個室みたいな席で、景色を見ながらゆっくりコーヒーを飲んだのは初めてだった。さすがに朝食後の九時すぎからお弁当は食べられなかったので、次の機会があれば、席でお弁当を食べてみたいと思う。
先生からの北海道土産は、カニではなく、ハンドクリームと麦わら帽子だった。「ストローハットと言いなさい」と訂正されたけど、カワイイ感じの麦わら帽子に違いはない。しかも折り畳める。さすがに電車内ではかぶることはできないけど、夏の旅行中のアイテムとしては嬉しい。
「箱根の森駅まで行くよ」
「美術館!?」
手を繋いで歩きながら、ホームを移動する。周りの人が向かうほうへ歩くだけなので、楽だ。階段を使うことなく、歩くだけで赤い電車が見えてくる。
三連休の初日ということもあり、ホームには大勢の旅行者がいる。何回か待たないと乗車できないみたいだ。
「あかりが行列苦手じゃなくて良かったよ」
「気は長いほうだから」
それでなくとも、長い時間を過ごしてきた。行列に並ぶ時間なんてあっという間に過ぎるものだ。待つのは苦ではない。
何回か電車を見送ってから、赤い電車に乗り込む。幸いなことに二人とも座ることができた。
「美術館は好き?」
「うん、好き。博物館も、水族館も好きだよ」
「じゃあ、今度からそういうデートもしようか」
セミが鳴く山道を掻き分けるように電車が登っていく。鉄橋で川を超える音は耳に心地よく、その先のスイッチバックなんて初めて見た。楽しい。外の景色を見ながら、湯川先生と小声で話して笑い合う。
「美術館で昼食食べようか」
「うん。美術館のあとは?」
「時間があれば、他の美術館へ行ってもいいかな。チェックインは三時以降だよ」
「旅館? 温泉は広いかな? 露天風呂あるかな? 何回入ろうかな?」
「んー、温泉はちょっと狭いかもしれない」
まぁ、うちの湯船よりは大きいでしょ! 足が伸ばせれば、それで十分だ。
「あと、何回でも好きなだけ入れるよ。一緒に入ろう」
「……え?」
湯川先生の意地の悪そうな笑みが私を見下ろしている。
混浴だという意味では、ない、よね、きっと。
「客室露天風呂付きの旅館をわざわざ選んだんだ。いつでも一緒に入れるよ」
湯川先生はぎゅうと繋いだ手を握りしめた。それはまるで「絶対だよ」と言っているようで――温泉に入ったあとに浴衣を着て、さて先生を何回食べちゃおうかしら、なんて下品なことを考えていた私の、斜め上を行くプランだったのだ。
部屋の中すべてが戦場だ。
「……楽しみ」
顔を真っ赤にしながら、湯川先生の手を握り返す。恥ずかしすぎて彼の顔は見られなかったけど、繋いだ手の強さが、私たちの期待を物語っている。
あぁ、とても、楽しみだ。
◆◇◆◇◆
箱根の森駅から箱根の森美術館へ。荷物はコインロッカーに詰め込んで、先に館内のビュッフェで昼食をすませる。
ポーチを肩にかけ、UVカットの薄手のパーカーを羽織り、麦わら――ストローハットをかぶって、彫刻が並ぶ庭を歩く。地面から足が出ているものや、子どもたちが遊べるものもあり、とても面白い。
「湯川先生はここは初めて?」
「何回か来たことがあるよ。高校生のときが初めてだったかなぁ」
箱根の森美術館は彫刻が有名だと言うくらいだから、日本画は……村上叡心の絵はここにはないだろう。ピカソ館にもきっとないに違いない。そこだけは安心できる。
「先生が連れていきたいって言っていた場所は、ここ?」
「ここじゃないよ。それは明日と明後日に予定してる。もちろん、まだ内緒」
木陰を選んで歩きながら、湯川先生とこうしてのんびり歩くのは初めてだなぁと思う。買い物では何度か一緒に歩いたことはあるけど、自然の中でゆっくり過ごすのは初めてだ。
まぁ、私たちの関係上、ホテルでセックスをするだけのことが多かったから。
「……楽しいね」
ボクシングをするうさぎの像を見ながらしみじみと先生は呟く。私はうさぎたちの減量の具合がスゴいなぁと思いながら、闘う二匹を見つめる。
……この彫刻のどこに楽しい要素があるのか、私にはわからない。先生ならわかるのだろうか。
「あかり。旅館に着いたら……」
「うん?」
「すぐに抱きたい」
思わず湯川先生を見上げてしまう。欲情と懇願。熱を帯びた視線が私を射抜く。見つめ合ったまま、動けなくなる。
……あ、捕らえられた。
湯川先生の人差し指がするりと唇を撫で、キスをしたいと告げてくる。繋いだ手の指が絡められ、早く押し倒したいと主張してくる。
目が、声が、指が、強く私を欲する。
「せん、せ」
「……これでも結構、我慢しているんだ、朝から」
「……うん」
「正直に白状すると、今すぐ抱きたいくらい」
「……え」
「あかりがかわいすぎるのが悪い。なんで、こんなにかわいいの、ほんと」
そう、かなぁ? なんて、野暮なことは聞かない。
体は正直だ。キスも愛撫もされていないのに、「欲しい」と伝えられただけで下腹部が熱を持つ。熱を鎮めるにはどうすればいいかなんて、わかりきっている。
あたりを見回して人がいないことを確認して。繋いだ手をぐいと引っ張って、湯川先生に耳打ちする。
「先生、私も……早く抱いて欲しい」
そして、驚いてこちらを見た先生の唇に軽くキスをして、笑う。
「早く、抱いて」
湯川先生が出入り口のほうへ足を向けたのを、私は止めない。止めたくなかったのだ。
◆◇◆◇◆
駅前でタクシーに乗って、旅館へ向かう三時少し前。先生は旅館に電話をして、到着時間が早くなることを伝えている。どうやら、五時くらいを予定していたようだ。
固く握られた手は、熱いままだ。
小ぢんまりとした旅館は、全客室が十部屋しかないらしい。けれど、外観は古すぎず綺麗で、赤い絨毯が敷かれていたり、革張りのソファがあったりして、内装は少しモダンな色合いの旅館だ。コンセプト通り、和室と和洋室があるらしい。
湯川先生がチェックインをすませて、荷物を持った仲居さんに部屋まで案内してもらう。非常口などを確認しながらも、手の甲を指でなぞってみたりして、お互いの欲を伝え合う。
「わぁ……すごい」
部屋は和モダンな雰囲気で、和室の奥にフローリングの寝室がある。マットレスは低めで、布団を敷いているのと変わらない状態だ。
脱衣所の奥はトイレと外へ続く木の引き戸。カラリと引いて開けてみると、黒い石の大きな浴槽が目に入った。絶え間なく湯が流れ込む音が聞こえる。浴槽の向こうに、風で揺れる木の緑が見える。
……すごい。
「気に入った?」
「気に入った!」
振り向いた瞬間に、乱暴に抱き寄せられ、荒々しく口づけをされる。
「せんせ、仲居さんがっ」
「もういないよ。一通り話して、退散してもらったから」
「せんせ、ベッドにっ」
「ん、我慢できない」
キスをされたまま、壁に押し付けられる。お互いの舌を、熱を求め合いながら、その熱に浮かされそうになる。
スカートの裾から差し込まれた指がショーツを一気にずり下げる。外気に晒された秘所は既にそれ自体が熱を持っている。先生の指が割れ目から溢れる蜜に気づいて、くちゅくちゅとわざと音を立てさせる。
「なんで、こんなになってるの?」
「先生だって、カチコチだよ」
ベルトを緩め、ボクサーパンツの中身を確認しながら、私も笑う。私の体で硬くしてくれることが嬉しい。抱きたいと思ってくれていることが嬉しい。
「……まだ我慢しなきゃ、ダメ?」
先生の喉が鳴る。中を解していた指の動きが止まる。
「あかり」
「私も我慢できない」
わざとずるりと背中を滑らせてやる。慌てた湯川先生が私を抱きしめながら、冷たいフローリングに横たえてくれる。真上に見える先生の目に、私が映る。
部屋は、全部、戦場だ。
「指じゃ我慢できないの」
「あかり、俺、すぐ」
「いいよ。中に出して」
すぐ出るから、なに? 満足させられないんじゃないかとか、一回抜いてからとか、そんなこと、考えないでよ。
「……挿れた瞬間に出そうなんだよ」
「じゃあ、入り口で出して。白いので私の中を掻き混ぜてよ」
「あかり……っ」
先生がボクサーパンツに手をかけるのを見て、本当に、かわいいと思う。早すぎる、のは私にはありがたいことなのに。
「ちゃんと中に出してね」
奥に出されるのが一番満腹を感じるのだけど、湯川先生に限って言えば、回数を確保できるので気にしない。今日も明日も明後日も、時間はたっぷりある。
「あかり、俺」
「来て、せんせ」
膣口に宛てがわれた亀頭が恐る恐る浅く挿入される。その瞬間に、宣言通り、先生は顔をしかめた。
びくびくと吐き出される精液の熱を感じる。どろりと膣襞に絡み付いて、私の中を満たしていく。
……美味しい。
それにしても、私は満足しているのに、先生の表情は晴れない。曇っているどころか、雨が降りそうだ。
「……っ、ごめん、あかり」
「せんせ。謝らないで。いつも言っているけど、そんなの、必要ないんだよ」
早漏が情けないなんて、誰が言ったの。誰が先生を傷つけたの。こんなにかわいい人を、なんで必要以上に苦しめるの。
「せんせ、掻き混ぜて」
「っ、あ」
「私のと先生ので、ぐちゃぐちゃにして」
精一杯腕を伸ばして、先生の腰を抱きしめる。膣をきゅっと締める。
先生が私を求めてくれるのは嬉しい。だから、私も先生を求める。先生も嬉しい? それとも、残酷だって思ってる?
「もっと奥まで、繋がりたいの」
セックスは食事。
精液はごはん。
愛はいらない。
体だけ、ちょうだい。
「あかり」
ゾクゾクする低音で、私の体だけ求めて。
「愛しているよ」
落ちてくる唇と、沈んでくる腰で、優しく愛を囁かないで。
私は、先生を――。
「愛してる」
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