【R18】サキュバスちゃんの純情

千咲

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10.週末の終末(四)

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「……ん」

 目を開けたら、好きで好きでたまらない人の寝顔があればいいのに。残念ながら、好きではあるけれど、今日別れる人の寝顔である。
 宮野さんはぐっすり眠っている。私が起き上がっても目が覚めないくらいの深い眠りだ。それも仕方ない。宮野さんが何度も私を抱くから、いつの間にか夜になり、私の腰は砕ける寸前だ。今も下腹部が痛い。ちょっとヤリすぎた。

 リビングのソファで、宮野さんの願い通り何度も抱き合った。
 勃ったら挿れる、だなんてセックスはあまりしたことがない。宮野さんは果てなくてもただ挿入っていたい、そういう気持ちだったようだ。挿入るなら精液を出して欲しい私には理解しがたい感情と行動だ。
 昨夜は抱き潰されてぐったりしたまま、宮野さんお手製のカルボナーラを食べて、シャワーを浴びながら一回、ベッドで一回ヤッてから寝てしまったようだ。もうお腹いっぱいだ。

 宮野さんから借りたシャツに手を通し、音を立てないように部屋を出る。
 リビングのテーブルの上に、宮野さんのスマートフォンを見つける。ロックは数字で解除するタイプ。
 一、一、二、五、と入力するとロックが解除される。十一月二十五日は、宮野さんと私が出会った日。彼が死のうとした日だ。
 電話帳から私の名前を探す。「月野あかり」は難なく見つかった。真面目な宮野さんは、変なニックネームなんかで名前は登録していなかった。助かった。
 月野あかりの連絡先を迷うことなく消去する。ついでに、アプリの連絡先も履歴も。これで、連絡は取れなくなるはずだ。

 脱衣所に干してあった服と下着は乾いている。さすがに独身寮のベランダで女物の服は乾かせないし、雨も降っていたので、一晩で乾きそうなものだけ洗ったのが良かったようだ。シャツを脱いで、それらを身につける。

「靴下、靴下」

 白い薄手の靴下はどこへ放ってしまったのか。脱衣所にもキッチンにも、リビングにもない。だとすると、寝室かな。
 ペタペタと足音が鳴らないように、宮野さんが眠る寝室へと入る。シングルベッドと本棚くらいしかない部屋の中、目当ての靴下はすぐ見つかった。ベッドのそばに落ちていた靴下を拾い上げて履く。

「……」

 軽い寝息を立てる宮野さんの短い髪を撫で、目を細める。ベッドの脇に座って、しばらく寝顔を見つめる。
 彼とセフレであった期間は三年。短いようで、長かった。彼は私への執着をひた隠しにしていたから、関係が長く続いたのだろう。私の「心」まで欲しがり、それを伝えてくる人は、すぐに断ち切ってしまうから、宮野さんは稀有な存在だと言える。

 宮野さんには、幸せになって欲しい。
 損失をカバーするために生涯かけて銀行に尽くすのだと決めた彼を、その仕事ぶりを、常務が「娘を嫁に出してもいい」と買ってくれたのだ。宮野さんは自由がなくなると嘆くけれど、きっと常務は彼を公私共に支えてくれるはずだ。
 そして、父親の勧めだとはいえ、結婚を決意した常務の娘さんが、彼をしっかり守ってくれる人だといいな。
 ……なんて、私が考えることではないのだけど。

「もう、死ぬことを考えないでね」

 生きることだけ考えて欲しい。その価値が、彼にはあるのだから。

 最後に額にキスをして、寝室を出る。
 一晩一緒に過ごしたのだから、もういいはずだ。宮野さんがいつまで私にいてもらいたかったのかは、わからないけど。長くいればいるだけ、離れがたくなってしまうものだから。
 カバンを取って、パンプスを履く。傘を持って、さて、鍵はどうしようかなと思った瞬間に、後ろからぎゅうと抱きしめられた。

「っ、宮野さん!?」
「なんで、もう、行くの」
「……離れたくなくなっちゃうから」

 私が、ではなく、宮野さんが、だけど。
 私を抱きすくめながら、宮野さんは苦しそうな声で、私に告げる。

「……行かないで。まだ、そばにいて」

 悪いけど、執着心を見せ始めた彼の言葉は聞けない。泣かれたって、喚かれたって、無理なものは無理だ。

「宮野さん。ダメだよ」
「名前で呼んでよ」
「潤、もうダメなの」

 苦しいくらいに力の入った腕をポンポンと撫でる。色白で細い腕。繊細で優しい指。今まで私を抱いてくれてありがとう、ね。

「こんなに、あかりのことが好きなのに?」
「うん」
「あかりしかいらない。あかりだけが欲しいのに?」
「うん」
「あかりだけを、愛しているのに?」
「うん」

 別れのときは、いつだって苦しいし悲しい。私にだって心はあるのだから、気持ちが揺さぶられることもある。

「……あかりと、結婚、したかった」
「ダメだよ。私は結婚できない」
「子どもができないなら、それでもいいんだ。あかりと二人で、生きていきたかった」
「潤」
「だってあかりは、俺を救ってくれた、天使だから」

 ……宮野さん、残念。サキュバスは、天使じゃなくて悪魔に分類されるんだよ。
 私はそんな、清らかで綺麗なものじゃないの。ごめんね。

「あかり、お願い」
「ダメだよ」
「……じゃあ、最後に、キスだけ」

 宮野さんとのキスはセックスしたくなるからなぁ。どうしようかな。んー……断ろう。
 と、少し悩んだのがまずかった。

「じゅ、っ、んっ」

 無理やり顔を後ろに向かされて、乱暴に唇が奪われる。噛みつくように唇が吸われ、空気を求めて開いた瞬間に、舌が口内へ挿入ってくる。
 ブラウスの裾から手が差し込まれ、キャミソールの下を指が這い、無造作にブラの中に指が侵入する。

「やっ、あっ」

 柔らかい突起に甘い刺激が与えられる。その先の快楽を知っている下腹部が疼く。逃れようとすればするほど、腕がきつく私を抱き寄せる。
 トランクスに隠された男根が硬く勃ち上がり、おしりのあたりにわざと当てられる。
 ……キス、だけじゃ、ないじゃんっ!

「んっ、ふ」

 スルリとスカートが撫でられ、裾をめくり上げ――指が一気にショーツを膝上まで引き下ろす。くぐもった悲鳴は、宮野さんの舌の上で響くだけ。むき出しになったおしりに、熱いものが密着する。

「痛かったら、ごめんね」

 余裕のない、けれども、最大限の気遣い。その優しさが宮野さんらしい。

「っあ!」

 据え付けられた白い下駄箱にしがみついた瞬間に、痛みが走る。濡れてもいない解されてもいない隘路を割って、肉棒が挿入された痛みだ。

「痛い? ごめん、あかり」

 泣きたくなるほど痛いです、宮野さんのバカ!

「でも、止めないから」
「あっ、あ……」
「逃さないよ」

 耳元で響く低音に、ドキドキしてしまう。
 乱暴にされるのは、嫌いではない。いつもは優しい宮野さんが、私に遠慮することなく、本能で中に挿入ってきた――そんな状況に、興奮しないわけがない。
 ぎゅうと手を握りしめて痛みに耐えながら、じわじわと広がってくる快楽を享受する。ゆっくり押し進められていた楔が、湧き出る蜜に手助けされ、簡単に奥へと到達する。

「挿入っ、た……」

 根元までしっかり挿れられると、最奥が圧迫感で痛くなる。けれど、甘い痛みだ。やめてほしくない痛みだ。

「あかり」

 宮野さんが上体を少しかがませると、また角度が変わって先端が違う場所に当たる。甘美な不意打ちに、声が漏れる。

「っふあ……奥、当たって……気持ちい……」
「本当? 激しくしても大丈夫?」

 宮野さんの心配そうな声に、笑ってしまいそうになる。あんなに乱暴に挿入ってきたくせに、今さらそれを聞くの? 本当に、バカなんだから。

「……激しくして、いいよ」

 背後にいる宮野さんを、上目遣いで見上げる。彼の喉がゴクリと鳴る。男の人の煽り方は熟知しているのだ。

「最後に、いっぱい、私の奥に出して」
「あかりっ!」

 肉棒が一気に膣口まで引き抜かれ、また一気に奥まで挿入される。何度か抽挿されると、蜜が膣内全体に広がり、肉棒の滑りを良くする。そうなると、本当に、気持ちいい。

「やっ、あ、っ、あ」
「外に声が聞こえちゃうよ、あかり」

 そうは言っても。後ろから突かれると、どうしても声が漏れてしまう。声を我慢するなんて難しい。
 それに、昨日からの腰への負担で、足がガクガク震えてきた。たぶん、あと数分で立っていられなくなる。

「じゅ、ダメ、足がっ」
「つらい? じゃあ、四つん這いになる?」

 うんうんと頷いて、ゆっくり床へと倒れ込む。傘もカバンも床に落ちた。ひんやりとしたフローリングがほてった体に気持ちいい。

「んっ、ん、あ」
「あかり、かわいい。おしり突き出して、エロい」

 深く浅く、宮野さんは自らの欲を打ち付けてくる。腰をつかむ指の熱が好き。犯されているみたいで、たまらなくエロい。

「潤、に、犯され、てるっ」
「そう、あかりを無理やり犯してるの」
「あ、ん、んっ、きもち、い」

 気持ちいい。正常位も後背位も、好き。
 そこに、愛も心もなくても。体だけの繋がりであったとしても。

「……あかり、イキそう」
「いいよ、中にっ」
「最後は、あかりの顔を見ながらイキたい」

 ずるりと熱が引き抜かれる。膣が快楽を求めて切なくひくつく。くるりとひっくり返って、宮野さんを見つめる。泣き出しそうな顔で、宮野さんは。

「あかり、好き……好き、だった」

 溢れる蜜口に亀頭を宛てがって、泣き出しそうな顔のまま、宮野さんは体重をかけてくる。

「っあ……」
「あかり、愛してる……愛してた」

 過去形。
 宮野さんにもわかっている。これが最後のセックスで、決別のセックスだと。

「あかり、結婚したかった……君と一緒に……生きて」

 落ちてくる涙。言葉にならない愛。届かない心。
 彼がどれだけ私を愛し、大事にしてきたか。わからないわけじゃない。彼から大切に扱われているという実感はあった。「好きだ」と言われなくても、私に興味を示してくれなくても、好意は感じていた。
 それが本当は、深い愛情だったなんて、夢にも思わなかったけれど。
 すべて、見ないように、感じないようにしていたのは、私自身のせいなのかもしれない。

「潤、私も、好きだったよ」

 宮野さんの体を抱きしめて、嗚咽を耳元で聞きながら、彼に囁く。

「潤、来て」

 びくんと腰が跳ねる。宮野さんは少し起き上がって、涙に濡れた目で私を見下ろす。

「一番奥に、来て」
「あかりっ」

 速くなる律動に、舌を求め合うキス。こうやって、キスをしながら受け入れるの、好きだったよ。

「あかり、イクっ」

 小さく呟いたあと、すぐに唇を塞いで。宮野さんは、一番奥で、私の大好きなご馳走を出してくれた。
 最後まで、私の中と唇を味わって、宮野さんは嗚咽混じりの言葉で、セックスを終えた。

「……ありがとう」
「うん」
「最後に、好きって、言ってくれて、ありがとう」

 何度も口付けられる頬や額。徐々に柔らかくなっていく楔。

「あかり」

 私を見下ろして、宮野さんは、笑った。

「さよなら」

 触れるだけのキス。少ししょっぱい、最後のキス。

 こちらこそ、三年間、ありがとう。
 本当に、ありがとうございました。

 さようなら、宮野潤さん。
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