【R18】サキュバスちゃんの純情

千咲

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05.情事と事情(五)

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 翔吾くんが住んでいるマンションは、高層だけでなく高級でもある。ロビーは広いし、プールやジムなどの共同施設も充実している。コンシェルジュは常駐しているし、セキュリティも万全だ。芸能人が住んでいても不思議ではない。
 部屋もそれぞれがやたら広くて、至るところに大理石が使われていて、夜景が一望できるよう窓も広い。洗面台もキッチンもオシャレだ。そんな内装に合うように家具も家電も高そうなものが置かれているし、週に一度はハウスキーパーさんが来るように手配されているという。

 大学生が住むには高級すぎると思うけど、広々とした湯船に熱い湯を張って、足を伸ばして入浴できるのはありがたい。バラの香りの入浴剤まで入れて、ゆっくりバスタイム。こんな贅沢、私のワンルームのアパートではできない。

 翔吾くんは私が入浴している間に買い物へ行ってしまった。私の下着を買ってくると言っていたけれど、下着だけですむとは思えない。私には不似合いな服を買ってきてしまいそうで恐ろしい。
 そうなったら、一着だけもらってあとは返品してもらおう。「いらない」と言っているのにプレゼントをしたがる男の気持ちは、本当に理解できない。

 真っ白なバスタオルはふわふわ。めちゃくちゃ吸水性が良い。濡れた髪の水分もぐんぐん吸い取ってくれる。翔吾くんは洗濯なんてしそうにないから、クリーニングにでも出すのだろう。まっさらな匂いがする。
 翔吾くんが準備してくれていたTシャツはぶかぶかで、私のおしりまですっぽり隠してくれる。これならノーパンでも大丈夫そうだ。

「っあー、いいお湯だったぁ!」

 髪はまだ生乾きのまま、脱衣所から出て伸びをする。大理石の床の冷たさが心地よい。

「……下着くらいはけば?」

 翔吾くんとは温度差のある声に、私は伸びをしたまま硬直する。目だけ動かして声の主をキッチンに見つけると、慌てて両手を下ろしてTシャツの前を押さえた。
 ヤバイ、見られた!?
 まぁ、減るもんでもないから構わないけど、多少の羞恥心くらいは持ち合わせている。肩にかけていたバスタオルを慌てて腰に巻く。見られる恥ずかしさと格好悪い恥ずかしさなら、迷わず後者を選ぶ。

「け、健吾くん、帰って……」
「あー、俺の名前は聞いてるんだ。じゃあ、翔吾の彼女?」
「いえ、ただの友達です」

 セックスするだけのお友達です。

「ふぅん、風呂まで借りるオトモダチ、ねえ」

 ペットボトルの水をラッパ飲みして、冷たい視線を私に寄越す健吾くん。
 怒っているのか、そう見えるだけなのか判断がつかない。でも、とにかく歓迎はされていない。言葉に棘がある。そんな気がする。
 同じ顔のはずなのに、雰囲気が全く違う。翔吾くんはお日様みたいに明るく暖かな人だけど、健吾くんは夜みたいに冷たい感じ。

「翔吾がどんな女と付き合おうと俺には関係ないけど、あんまり深入りしないほうがいいよ。どうせ俺たちには自由なんてないんだし、翔吾もあんたと結婚なんてしないから」
「あ、大丈夫です。本当にただの友達なので」

 健吾くんの眉がピクリと動いた、気がした。
 自由に恋愛しても、結局は親の決めた人と結婚することになるだろう――翔吾くんの口癖だ。だから、割り切った付き合いのほうが都合がいいと翔吾くんは言っていた。彼をセフレにしたのは、私にとっても彼の境遇が都合が良かったからだ。

「本当に大丈夫。私はお金も高価なプレゼントもいらないし、翔吾くんの未来にも興味はないから」
「……さぁ、どうだか」

 健吾くんが何を疑っているのか、よくわからない。
 翔吾くんから昔の女に利用されていたなんて話も、女から結婚をせがまれたなんて話も聞いたことがない。だとすると、翔吾くんのことではなく、健吾くんのことなのだろうか? なるほど、女関係で手痛い経験をしたことがあるから、翔吾くんを心配していると考えると、確かに自然だ。
 なんだ、優しい弟くんじゃないか。

 少しほっとして、リビングのソファに座る。ふかふかで柔らかい手触りのソファ。たぶん、高価。寝転ぶとめちゃくちゃ気持ちがいいのだけど、さすがに健吾くんの前でそこまでは寛げない。

「あなたの大事な翔吾くんを傷つけたりはしないから、安心して」

 健吾くんの目が真ん丸になっているのをソファの背にもたれながら見て、笑う。ほんと、男の子はかわいい。表情が崩れると二人はそっくりだ。
 けれど、それも一瞬のことで、健吾くんはすぐに能面のような冷たい表情に戻る。

「なんか、そういう言い方は気に入らないな」
「あ、ごめんね。怒らせるつもりはなかったんだけど」

 双子だからお互いのことを大事にしているんだろうと思ったけど……違ったのかな。もしかしたら、なかなかに複雑な感情があるのかもしれない。私が踏み込んではいけないような、何かが。

「……あんた」
「月野あかり」
「……月野さん、あんた、どうせ翔吾のセフレなんだろ?」

 水を冷蔵庫にしまって、健吾くんはじぃっと私を見つめてくる。そして、ゆっくり近づいてくる。
 ……まずいな。本格的に怒らせちゃった?

「本当は金もらってんだろ?」
「もらっていないよ」
「社長婦人の椅子を狙ってんだろ?」
「興味ないよ」
「じゃあ、子どもか? 中出しさせて、妊娠したいんだろ?」
「私、卵巣がないから妊娠できないよ」

 卵巣がないのは嘘だけど、妊娠できないのは本当。いや、病院で調べたことがないから、私に生殖機能があるのかどうかさえわからない、というのが正解だ。

「顔が好みなのか?」
「顔も体も好きだけど、好み、ではないかな」
「体の相性か?」
「……」

 それは、まぁ、いいほうだと思う。翔吾くんは中折れしたこともないし、ちゃんと私の中で果ててくれるし。でも、それを健吾くんに伝えるわけにはいかない。困った。
 健吾くんが近づきながら無言になった私を睨んでくる。怖い、怖い、近い、ちか……っ!

「ひゃ!」
「っ、と」

 健吾くんを避けるためにソファから落ちそうになったところを、当の健吾くんが腕をぐいとつかんで引き寄せてくれた。おかげでソファから落ちずにすんだのだけれど。けれども。

「……け、んご、く」
「いい匂いだな、あんた」

 見慣れた顔であっても、初対面の人にノーブラノーパンTシャツ一枚で抱きしめられるのは、ちょっと、いや、かなり、恥ずかしい。しかも、髪の匂いまで嗅がれた!

「……あんた、顔がそっくりな姉かイトコいるか?」
「え?」
「……いや、いないなら、いいんだ。あんたにそっくりな人を知っていたから……」

 唐突な質問に面食らっていると、さらにぎゅうと強く抱きしめられる。ちょっと、痛い。
 こんなところ、翔吾くんに見られたら誤解されてしまう。
 誤解されて――彼がセフレじゃなくなってしまうのは、大変だ。死活問題だ。貴重な食料……食材……ご飯……とにかく精液が手に入れられなくなるのは困る。

「月野さん、あんた、翔吾の顔は好きだって言ったよな?」
「……え、うん」
「だったら、同じ顔の俺とでも寝られるだろ?」

 強く抱きしめられた上で、スルリと背中を撫でられる。その微妙な指の加減に、ぞくりと肌が粟立つ。
 腰を強く引き寄せられ、健吾くんの顔が近くなる。近いどころか。あと少しで、唇が触れてしまうくらいの距離だ。冷たい目が私を見下ろす。

「俺にもヤラせろよ」

 セックスをすること自体はイヤではない。イヤではないけれども。ねだられることと、強要されることは、違う。プレイとレイプくらい、違う。

「バカにしないで」

 健吾くんを睨んで見上げる。

「私にも選ぶ権利はあるの」
「じゃあ、俺を選べよ」
「選ばない」
「なんで?」

 震える指先、真っ青な唇、泳ぐ視線。精一杯の虚勢だとすぐにわかる。そこまでして、彼は何を守りたいのだろうか。私にはわからない。

「筆下ろしなら別の人に頼んで」
「なっ、ん」

 腕が緩んだ隙に体を捻って健吾くんから離れる。簡単に逃げることができたけど、真っ赤な顔をして私を睨んでくる健吾くん。「なぜそれを知っている?」と言いたそうな顔だ。
 私の性質上、男が精通を迎えているか、病気を持っているか、くらいはわかる。それがわからなければ、セックス――食事をする意味がないからだ。
 セックスをしたことがあるか――童貞か否か、は何となくわかる程度だけど、それほど外れたことはない。

「私は翔吾くんの友達で、プロじゃないの。勘違いしないで」

 ヤラせてください、お願いします、と土下座でもされたら考えるけど、高慢な童貞なんて一番面倒なものに手を出すつもりはない。
 健吾くんを睨み返したまま、間合いを取る。もう捕まるわけにはいかない。

「ただいまー! あかりー!」

 そんな一触即発の空気を壊してくれたのは、私のかわいいセフレくんだ。救いの神様だ。

「かわいいのがありすぎて悩んじゃったよ。あれ、健吾帰ってたんだ?」
「……ああ」
「あかり、おいで。部屋で着てみてよ」
「うん」

 バスタオルが落ちないように気をつけながら、翔吾くんのほうに近づく。私のおかしな格好を見ても、翔吾くんは笑わない。優しい人だ。

「翔吾、俺すぐ出ていくから」
「あ、そうなの? 夕飯は?」
「食べてくる。心置きなく仲良くヤレば?」
「じゃあ、心置きなく仲良くしようか、あかり」

 紙袋をたくさん持った翔吾くんに腰を優しく抱き寄せられ、健吾くんとの差に納得する。女の体を知っている男の動作は、やはり違う。すべてが優しくて柔軟だ。

「翔吾くん、買いすぎじゃない? 私、そんなにいらないよ」
「そんなに買ってないよ。母さんなんてもっと浪費するんだから」

 ぐいぐいと背後から肩を押されて翔吾くんの部屋のドアの前に連れて来られる。健吾くんの顔を見ることができたのは、翔吾くんに抗議するために一瞬振り向いたときだけだ。

「翔吾くん、そんなに押さないで……」

 翔吾くんの向こう側にいる健吾くんは、何だか切なそうな表情のまま、ぼんやり立っていた。その視線は、私と一瞬だけ絡んで、翔吾くんとドアによって遮られたのだった。
 その視線の本当の意味に私が気づくのは、少し先の話だ。
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