【R18】サキュバスちゃんの純情

千咲

文字の大きさ
上 下
2 / 75

02.情事と事情(二)

しおりを挟む
 土曜日の夜はたいてい、湯川先生に会う。先生はホテルを予約しておいてくれるから、指定されたホテルへ向かうだけだ。日曜日の昼までゆっくりして、昼食をご馳走になることもあれば、朝食だけ食べて解散することもある。
 先生が出張で会えなければ、他の人に会う。大学生の翔吾くんは平日の夜、会社員の宮野さんや相馬さんは土曜日か日曜日。
 食事は最低でも週に一度、誰かとセックスできればよい。誰とも予定が合わないときは、仕方がないのでナンパをすることが多い。

 来週、誰かと予定を合わせなければ。
 湯川先生との相性はバッチリだけど、出張で会えないこともあるのが難点。大きな病院の先生は大変だ。

「あかり」
「あ、一口食べたかった?」
「いや、大丈夫」

 ラウンジでベリータルトケーキを食べながら、眺めの良い外を見る。快晴。今日は富士山も見える。その他目に入るのは同じような高層の建物。素敵な眺めだ。
 このあたりが一面焼け野原だった頃を知っているけれど、ここまでビルがにょきにょき建つとは思わなかった。時代は変わる。
 先生が頼んだコーヒーが置かれる。今日もコーヒーだけ。

「それ、今日も食べてるの?」
「好きなの。美味しいよ」

 リンゴのシブーストも、クレームブリュレも好き。季節のタルトも。
 私の主食は精液だけど、甘いものは別。エネルギーにはならないから、心置きなく食べることができる。
 このホテルの上階ラウンジは静かで、タダで美味しいケーキが食べられるから気に入っている。

「今日は暇?」
「……先生は暇なんだね?」

 少し温くなったダージリンティーをコクリと飲んで、隣に座る先生を見つめる。襟と袖に藍色のラインが入ったシャツ、私が選んだものだ。

「今日は暇。夜まで一緒にいる?」
「ううん、帰る。ご馳走になったし」
「つれないなぁ」

 夜まで一緒にいるメリットがない。すでに満腹だ。理由もない。私は先生が好きだけど、それは食事相手としての好意でしかない。
 私と湯川先生との間に、愛だの恋だのといった艶のある関係は必要ない。私はそう思っている。
 先生はデートをして私にいろいろ買い与えたいみたいだけど、ブランド物のバッグも財布もアクセサリーも興味はない。甘いものめぐりなら喜んで付き合うけど、先生は甘いものが苦手なはずだ。

「私はオトモダチだからね」
「わかってるよ。オトモダチとして、二つお節介」

 先生がメモ用紙を差し出してきた。折り畳まれたそれを開くと、名前と番号が書いてある。

「いい医者、の連絡先」
「別に治したいわけじゃないんだけど」
「お守り。何かあったら連絡してみなよ。俺の同期で友人の精神科医だから、安心だよ」

 仕方ないなぁとポケットに入れ、ダージリンを飲み干す。
 先生は過保護だ。私を甘やかしてくれる。その理由も何となくわかる。先生が言わない言葉の続きは想像できる。

「でも、そいつとはセックスしないで」
「善処するね」
「んー、まぁ、あかりとしては及第点か」
「で、二つ目のお節介は?」

 また紙が手渡される。映画か何かのチケットだろうかと思って目を落とすと。

「ケーキ、バイキングっ!?」
「タダ券もらったけど、俺は行けないから。日にち限定だけど、代わりに行ける?」
「行く! 有給取って行く!」

 名のあるホテルで実施されるケーキバイキングのチケット。しかもタダ! 今仕事は忙しくないし、休みも取れるはず。行かない手はない。
 どうしよう、ほんとは甘いもの好きの荒木さんを誘いたいけど……一人分みたいだし。一人で楽しむしかないかなぁ。

「あかりは甘いものが好きだからね」

 うん、好き。大好き。

「先生ありがとう!」

 どういたしまして、と笑う先生の意図に、結局、私は気づかなかった。


◆◇◆◇◆


 私がいつ生まれたのか、なんて遠い記憶すぎて覚えていない。
 戦争があったり、時代が変わったり……いろんなことがあったけれど、食べるものには困らなかった。いつの世も、「女」を武器にすれば食事にありつける。そういうものだ。

 しかし、老いない体は存外、今の世では生きづらい。
 偽造された身分証を使って、私は「普通」の暮らしを手に入れた。けれど、二十歳そこそこの体の私は、化粧を施してもさすがに四十代までが限度。身分証を新しくすると同時に、生活も人間関係も、すべてリセットしている。
 私は、今、二十五歳。東京で派遣社員をやっている。

「荒木さん、頼まれていた資料できました」
「ありがとう、月野さん。今朝頼んだのにもうできたの?」
「仕事ですから」

 株式会社サキタの営業部を補佐するのが私の仕事だ。プレゼン用の資料を作ったり、見積書や納品書を作ったりする。営業部の社員から頼まれたことを淡々とこなすこの仕事は、悪くない。そう思って半年が過ぎた。
 荒木さんは営業部の若手社員で、かなり人懐こい性格の爽やか青年だ。しかもイケメン。
 常に後光が差しているかのように、キラキラと輝いている――のは、隣の席の美山さんの頭頂部も関係しているのかもしれない。美しく何もない山、だ。
 荒木さんは資料を確認して、頷く。そして笑顔を私に向けてくれる。その、困ったように笑う顔が、たまらなく好きだ。

「相変わらず月野さんの資料は見やすくてミスがないね。ありがとう、また頼むよ」
「い、いえ、そんな」

 褒められると嬉しい。それが、好きな人なら、特に。
 あぁ、やっぱ、一緒にケーキバイキング行きたいなぁ。チケットが二枚あると嘘をついて誘おうかな。彼と一緒にケーキを食べられるなら、チケットが高くても我慢しよう。

「あ、あの、荒木さん」
「うん?」
「そ、その」

 一緒にケーキバイキングに行きませんか?
 どうして、その一言が言えないのだろう。
 私とセックスして、なら簡単に言えるのに。

「ケーキ……」
「荒木くーん!」

 私のなけなしの勇気は、総務部の日向陽子さんの声によって打ち消された。手を振りながらこちらへ駆けてくる彼女の姿を見つけて、すぐに荒木さんに頭を下げて自分の席へと戻る。

 日向さんに目をつけられたくはない。
 荒木さんと同期の日向さんは、彼のことが大好きなのだ。

 荒木さんへの好意を隠そうともしない彼女は、ライバルの存在を許さない人だ。目をつけられたら、派遣社員なんてすぐ首を切られてしまう。
 総務部と人事部は部署も隣で風通しが良い。実際、何人も、根も葉もない噂を理由に辞めさせられている。先輩の派遣社員さんから、彼女の仕業だと聞いてから、彼女とは距離を取っている。
 美人で笑顔がかわいくて、オシャレでモテるのに、ものすごく恐ろしい人――それが日向さんだ。

「ねぇねぇ、今日は外回り?」
「いや、内勤だけど」
「じゃあ、ランチ一緒に行かない? 美味しいデザートビュッフェがあるとこ見つけちゃって」
「デザートビュッフェ……」
「種類も豊富なの」
「じゃあ、行く」

 荒木さんはあっさりと承諾し、日向さんは私ができなかったことをあんなに簡単に成し遂げた。
 彼女の底なしの積極性は、羨ましいとさえ思う。本当に、羨ましい。どうすれば荒木さんを誘えるんだろう。本当に、見習いたい。

『週末、暇? 土曜日なら空いてる』

 宮野さんからのメッセージに、すぐ返事する。

『私も暇。土曜日の昼にいつものところでいい?』

 好きでもない人を誘うことならこんなに簡単なのに、どうしてうまくいかないんだろう。
 まだ仲良く喋っている二人を見て、ちょっとのヤキモチを押し込めて、深呼吸。
 お仕事、お仕事。
 週末の甘いものとホテル代のために、稼がなくちゃ!

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...