【R18】勇者の姉君は塔の上

千咲

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第一章

07.オルガと少年の逢瀬

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 夜、「誰か」が私を「使う」場合、夕飯に瓶がつけられる。けれど、星降祭りになってからは誰もやって来ない。聖職の付いた地方貴族は大抵夫婦揃って王都にやって来るため、彼らが大きく羽目を外すことはない。また、聖教会内の聖職者たちも忙しくしているため、私のことなんて気にしていられないみたいだ。
 だから、リュカとゆっくり計画を立てることができている。

 私の部屋の鍵は総主教が持っている。ただ、鍵は一つではない。セドリックも持っている。鍵の形が違うことは、一年で確認済みだ。鍵がいくつあるのかはわからないけれど、最低でも二つ。
 セドリックが持っている鍵は指輪の形。それ以外の鍵は腕輪の形。扉には錠があるのではない。特殊な仕掛けが施されている。

「総主教様は銀色の腕輪を毎日身につけています。それがこの部屋の鍵でしょう」
「赤い宝石が嵌められているなら、そうだと思う。指輪にも腕輪にも赤い宝石が一つだけ嵌められているから」
「ならば、やはり成人の儀では外す可能性が高いですね。儀式の聖衣は聖教会の神聖色である青で統一されますから、装飾品も青にするでしょう。総主教様の世話係にはなれなくても、出入りする方法は何とか見つけました」
「それ、リュカは危ない目に遭わないの?」

 総主教の世話係でなければ、執務室にも衣装部屋にも立ち入ることはできないだろう。総主教の世話係には信仰心が厚い子が選ばれるため、買収は難しいと思うのだけど。

「大丈夫ですよ。総主教様の世話係の子と仲良くなったんです。儀式の衣装を運ぶなどの手伝いに紛れ込めれば良いんですが……まぁ、最終的には秘策があるので」
「秘策?」
「総主教様の好みは把握していますから」

 リュカはサラリとおぞましいことを口にする。私が動揺していると、リュカは苦笑する。

「うまく誘惑できれば、取り入ることができます」
「それは……大丈夫なの? リュカの、その」
「体のことなら心配しなくても大丈夫です。何日か我慢すればいいだけですし、いざとなったら逃げれば良いんですから」
「ダメ、やっぱりダメよ、リュカ! 私のようになってはダメ!」

 リュカの貞操が守られるとは限らない。私のように、薬を飲まされる可能性だってある。そうなったら、逃げること自体が難しくなるはずだ。
 総主教が未成人の少年に劣情を催すような人なのかはわからないけれど、もしそういう恐れがあるのなら、リュカが危険だ。

「心配してくださってありがとうございます。大丈夫ですよ」
「でも……!」
「僕の心配をなさる前に、ご自分の心配をなさっては?」

 するり、とリュカの人差し指が私の胸元を撫でる。服の上から優しく触れられると、薬を飲んでいないのにすぐに反応してしまう。触ってほしいと主張するかのように立ち上がった蕾を、リュカが手のひらで押し潰す。
 もっと触って欲しいのに、リュカは服の上から優しく触れるだけ。乱暴に揉みしだかれても構わないのに、とよこしまな思いすら抱いてしまう。
 格子の向こう側のリュカが舌を出す。何が求められているのかをすぐに理解して、私はそっとその舌に吸い付く。リュカの唇と舌は、甘い。果実水でも飲んできたのかもしれない。お互いの柔らかさと熱を確認しながら、手が届く範囲で抱き合い、求め合う。

「今のところ、星降祭りで手一杯のようで、誰も姉君様を求めては来ないようですね」
「そう……」
「僕が独占できたらいいのに。あなたの体も、心も」

 何度も何度も唇を重ね、舌を味わう。体の芯に火がついたかのように熱い。私を求めてくれる人がいる――夢のような、幸せなことだ。
 けれど、格子に阻まれて抱き合う以上の行為はできない。リュカを抱きしめようとして格子に弾かれ、現実に引き戻される。
 リュカに触れてもらいたい。触れてあげたい。今まで、誰にもそんなことを思ったことがなかった。
「もっと触れ合えたらいいのに」と呟くと、リュカは微笑んで私の頬にキスをしてくれる。「触れ合うだけで満足できるんですか? 僕はオルガ様と、もっと抱き合いたいというのに」耳元に落とされた言葉に、さらに体が熱くなる。変ね、薬なんて飲んでいないのに。

「リュカ、でも、それ以上は」
「僕が未成人だから、ダメですか?」
「そう、ね」
「我慢できるかどうかわかりませんが、善処します」

 お互いに触れ合いたくてたまらないのに、キスだけで我慢する。欲のままに抱き合うなんて、獣のすることだ。私を抱く男たちと、リュカは違う。全然、違う。可愛くて、愛しくて、仕方がない。
 星降祭り三日目までは、私たちの純粋な逢引を邪魔する男はいなかった。無粋な男は、四日目に、現れたのだ。



 星降祭り四日目の夜。夕飯に瓶がついていなかったから、いつものようにリュカと話をしながら、時折キスをして、楽隊の演奏に合わせて踊ったりして夜を過ごしていた。
 けれど。

「静かに。足音が聞こえます」

 リュカが耳を澄まし、私は固唾を飲む。確かに、かすかに階段を上ってくる足音が聞こえてくる。ゾッとする。今日は薬を飲んでいない。もし相手が薬を持っていなかったら――そんなこと、考えたくない。

「どうしよう。リュカ、どうしよう? ここに薬なんてないのに」
「持参しているかもしれません。もし相手が薬を持っていないようだったら、総主教様に頼んで持ってきます。だから、その間、姉君様は……口を使ってください」
「口を? え、あ、そっか、口を使えば妊娠しなくてすむわね。わかった、頑張る」
「では、行ってきます」

 リュカが夕飯のトレイとカンテラを持ち、階下へと降りていくのを見送る。本当は心細いけれど、リュカをここに引き止めておくこともできない。
 階下でリュカと相手が何か話をしているのが聞こえた。内容まではわからないけれど、「何をしていたのか」とか「朝まで立ち入るな」とか言われただけだろう。言い争う声も聞こえてこない。
 床に置いてあった毛布を片付け、ベッドに腰かける。寝たふりをするのでも構わないけど、薬を持っているかどうかを確認しなければ安心できない。
 カンテラの明かりが徐々に近づいてくるのを待つ。階下から影が揺れながら現れる。そして、照らされた顔を見て、私は、絶望するのだ。

「セドリック……」

 カンテラを壁に下げ、セドリックは何か別のものを持ったまま、部屋に入ってくる。それは、薬の瓶ではない。トレイの上にあったのは、暗い色をした大きな瓶と、グラス。いつもの小さな薬瓶ではない。最悪だ。

「果実酒は好きか?」

 セドリックの言葉に、私は困惑する。この男が夜にここに来ることも、果実酒を持って来たことも、大変意外なことだ。グラスは二つある。本気らしい。本気で、私と酒を飲みたいらしい。
 ……どういう風の吹き回し?
 ベッドの近くの小さなテーブルに準備を始めたセドリックを、私は見守るしかできないのだ。


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