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二章 サフィール○○エンド
021.二人のハッピーエンド計画
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ブランカは誰かに鍵を開けさせることもなく、控室の前から去り、どこかへ行ってしまったようだ。何の音も聞こえなくなる。
「……サフィール、痛いわ」
「あ、ああ、すまない」
緊張していたらしいサフィールの腕が強すぎたため、ジョゼは苦笑する。
サフィールが成人してから十五日ほど。記憶を取り戻した彼は、随分と考えて立ち回ったのだろう。ジョゼと再会してからようやく気が抜けたのか、安堵したのか、今は少し疲れているように見える。
「こういう状況なんだ。彼女と結婚したくないと突き放すのは簡単だが、実際に婚約を解消するのは難しい」
「今回も彼女の押しが強すぎるのね?」
「ああ。なぜなのかはわからないが……」
婚約したいという申し出があってから、ブランカはずっとフランペル王宮に滞在している。国王は客室の一つを与えているらしい。
「ブランカ嬢はどうしてヴィルドヘルム王国に帰らないのでしょう?」
「帰りたくない何かがあるのかもしれないな」
「それが解消できたら、婚約も取りやめになるかしら?」
ジョゼの言葉にサフィールは「なるほど」と唸る。どうやらサフィールは「婚約なんて嫌だ、結婚なんてしない」と言うばかりで、ブランカの事情を知ろうともしていなかったらしい。ジョゼは呆れたようにサフィールを睨んで、「最低」と言い放つ。
「サフは人の行動に興味を持つべきよ。なぜ、どうして……その理由がわかれば、対処の仕方も変わってくるでしょう」
「そう簡単に言ってくれるなよ。好きでもない女に興味を持つことなんて、できるわけがないだろう」
「一途なことは男としての美徳なのかもしれないけれど、他人に興味がないと言うのなら、次期国王としての素質には難があるとしか思えないわよ」
サフィールは言葉に詰まる。ジョゼはハァと一つ溜め息をついて、香茶を飲む。
「ブランカ嬢とは夜会で挨拶をしたことがあるわ。一度、我が家の茶会へ招いてみようかしら」
「事情を聞いてみると?」
「ええ。何かわかるかもしれない。サフもガルバー公爵家の様子を探らせてみてはどう?」
「そうだな……やらせてみる」
サフィールもその提案に頷く。どうやら、ジョゼの言うことに一定の理解は示してくれるようだ。
「ところで、次はいつ会える? 明日? 時鐘塔ではもう会わないほうがいいだろうから、ジョゼを宮殿に招くほうがいいかな。じゃあ、明後日?」
「……サフ」
「あぁ、ごめん、気持ちだけがはやってしまって。ロベール伯爵にも話をしておかなければ」
「サフィール」
おしゃべりが過ぎるサフィールの頬を、ジョゼはムギュと両手で挟み込む。アヒルのような口になるサフィールを、ジョゼは睨む。
「公表されていないとは言え、国王陛下がお認めになった婚約でしょう。では、正式な手順で解消しなければならないわ」
「ま、待ってくれ。それまで会えないと言うんじゃ」
「ええ、会わないわ」
「そんな!!」
両手をジョゼの手に重ね合わせたサフィールは、困ったように彼女を見つめる。
「どうしてそんな意地悪を言うんだ? 俺はずっと、ジョゼのことを想っていたのに。『真に愛する者』だと思っていたのに」
「それはありがとう。でも、わたくしたちの目標は、ただ結婚するだけではないでしょう?」
「……幸福な結末」
「そう。幸福な結末を目指しているの。そのためには、想い合っているだけではダメなのよ。『真に愛する者』同士だと慢心していてはダメ。不幸の芽を摘んでおかなければ」
サフィールは「ジョゼを恨む者もいない」と言っていたが、もしかしたらどこかで恨みを買っていたのかもしれない。自らが清廉潔白な人間ではないことを、ジョゼは十分に知っている。イザベルや母親と一緒になってアレクサンドラをいじめていたときの記憶はまだ残っている。そのときの罪悪感を抱えたまま、生きている。
「先回りして、不幸の芽を取り除いておくということか?」
「できるでしょう、同じことを繰り返しているわたくしたちになら」
「……なるほど。今までの記憶がすべて武器になるということか」
「ええ」
サフィールは頷きながら、ジョゼの手を引き寄せる。そして、優しく抱きしめる。
「もう二度とあんな思いはしたくない。もう二度と、ジョゼを失いたくない」
「わたくしもよ、サフ。あんな最期は嫌。あなたのそばで、笑って死にたいわ」
「刺されるのは痛いからな。毒も割としんどいぞ」
「夫から見向きもされずに孤独に死んでいくのも、子どもの顔を見ずに死ぬのも、なかなかつらいわよ」
過去のことを思い出し、二人は溜め息をつく。
「……ジョゼ、キスをしても、いい?」
ジョゼはそっとサフィールの頬にキスをする。サフィールは微笑み、ジョゼの鼻の頭にキスをする。そうして、二人は微笑み合い、ようやく唇を重ね合わせる。
「ジョゼ、今度こそ、二人で生きよう」
「そうね、サフ。頑張りましょう」
「はぁ……離れがたいな。もう少し、このままでいてもいい?」
甘えたように抱きついてくるサフィールの髪を撫で、ジョゼは微笑む。彼と幸せな結婚をするために、幸せな結末を迎えるために、何としてでも不幸の芽を摘み取っておかなければならない。ジョゼは改めて、胸に誓うのだった。
「……サフィール、痛いわ」
「あ、ああ、すまない」
緊張していたらしいサフィールの腕が強すぎたため、ジョゼは苦笑する。
サフィールが成人してから十五日ほど。記憶を取り戻した彼は、随分と考えて立ち回ったのだろう。ジョゼと再会してからようやく気が抜けたのか、安堵したのか、今は少し疲れているように見える。
「こういう状況なんだ。彼女と結婚したくないと突き放すのは簡単だが、実際に婚約を解消するのは難しい」
「今回も彼女の押しが強すぎるのね?」
「ああ。なぜなのかはわからないが……」
婚約したいという申し出があってから、ブランカはずっとフランペル王宮に滞在している。国王は客室の一つを与えているらしい。
「ブランカ嬢はどうしてヴィルドヘルム王国に帰らないのでしょう?」
「帰りたくない何かがあるのかもしれないな」
「それが解消できたら、婚約も取りやめになるかしら?」
ジョゼの言葉にサフィールは「なるほど」と唸る。どうやらサフィールは「婚約なんて嫌だ、結婚なんてしない」と言うばかりで、ブランカの事情を知ろうともしていなかったらしい。ジョゼは呆れたようにサフィールを睨んで、「最低」と言い放つ。
「サフは人の行動に興味を持つべきよ。なぜ、どうして……その理由がわかれば、対処の仕方も変わってくるでしょう」
「そう簡単に言ってくれるなよ。好きでもない女に興味を持つことなんて、できるわけがないだろう」
「一途なことは男としての美徳なのかもしれないけれど、他人に興味がないと言うのなら、次期国王としての素質には難があるとしか思えないわよ」
サフィールは言葉に詰まる。ジョゼはハァと一つ溜め息をついて、香茶を飲む。
「ブランカ嬢とは夜会で挨拶をしたことがあるわ。一度、我が家の茶会へ招いてみようかしら」
「事情を聞いてみると?」
「ええ。何かわかるかもしれない。サフもガルバー公爵家の様子を探らせてみてはどう?」
「そうだな……やらせてみる」
サフィールもその提案に頷く。どうやら、ジョゼの言うことに一定の理解は示してくれるようだ。
「ところで、次はいつ会える? 明日? 時鐘塔ではもう会わないほうがいいだろうから、ジョゼを宮殿に招くほうがいいかな。じゃあ、明後日?」
「……サフ」
「あぁ、ごめん、気持ちだけがはやってしまって。ロベール伯爵にも話をしておかなければ」
「サフィール」
おしゃべりが過ぎるサフィールの頬を、ジョゼはムギュと両手で挟み込む。アヒルのような口になるサフィールを、ジョゼは睨む。
「公表されていないとは言え、国王陛下がお認めになった婚約でしょう。では、正式な手順で解消しなければならないわ」
「ま、待ってくれ。それまで会えないと言うんじゃ」
「ええ、会わないわ」
「そんな!!」
両手をジョゼの手に重ね合わせたサフィールは、困ったように彼女を見つめる。
「どうしてそんな意地悪を言うんだ? 俺はずっと、ジョゼのことを想っていたのに。『真に愛する者』だと思っていたのに」
「それはありがとう。でも、わたくしたちの目標は、ただ結婚するだけではないでしょう?」
「……幸福な結末」
「そう。幸福な結末を目指しているの。そのためには、想い合っているだけではダメなのよ。『真に愛する者』同士だと慢心していてはダメ。不幸の芽を摘んでおかなければ」
サフィールは「ジョゼを恨む者もいない」と言っていたが、もしかしたらどこかで恨みを買っていたのかもしれない。自らが清廉潔白な人間ではないことを、ジョゼは十分に知っている。イザベルや母親と一緒になってアレクサンドラをいじめていたときの記憶はまだ残っている。そのときの罪悪感を抱えたまま、生きている。
「先回りして、不幸の芽を取り除いておくということか?」
「できるでしょう、同じことを繰り返しているわたくしたちになら」
「……なるほど。今までの記憶がすべて武器になるということか」
「ええ」
サフィールは頷きながら、ジョゼの手を引き寄せる。そして、優しく抱きしめる。
「もう二度とあんな思いはしたくない。もう二度と、ジョゼを失いたくない」
「わたくしもよ、サフ。あんな最期は嫌。あなたのそばで、笑って死にたいわ」
「刺されるのは痛いからな。毒も割としんどいぞ」
「夫から見向きもされずに孤独に死んでいくのも、子どもの顔を見ずに死ぬのも、なかなかつらいわよ」
過去のことを思い出し、二人は溜め息をつく。
「……ジョゼ、キスをしても、いい?」
ジョゼはそっとサフィールの頬にキスをする。サフィールは微笑み、ジョゼの鼻の頭にキスをする。そうして、二人は微笑み合い、ようやく唇を重ね合わせる。
「ジョゼ、今度こそ、二人で生きよう」
「そうね、サフ。頑張りましょう」
「はぁ……離れがたいな。もう少し、このままでいてもいい?」
甘えたように抱きついてくるサフィールの髪を撫で、ジョゼは微笑む。彼と幸せな結婚をするために、幸せな結末を迎えるために、何としてでも不幸の芽を摘み取っておかなければならない。ジョゼは改めて、胸に誓うのだった。
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