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二章 サフィール○○エンド

018.舞踏会への誘い

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 貴族の娘は、社交界デビューをしてから二十歳までの間に結婚が決まるものだ。そして、十八で成人してからは、すぐに結婚式を挙げる者たちが多い。
 ジョゼの父、ロベール伯爵もその結婚適齢期の間に結婚が決まるようにと画策しているようで、ジョゼのために夜会や舞踏会の招待状をたくさん持ち帰るようになった。
 サフィールから特に何の連絡もない上、招待を無下にするわけにもいかず、ジョゼは伯爵に連れられて夜会や舞踏会へ出席することが増えた。同じような境遇の令嬢令息は多く、よく見かける若者たちとは何となく話をするようになった。適当に話を合わせておけば、親は安心するのだ。

「へえ、ヴィルドヘルム国から?」
「はい。ガルバー公爵家のブランカと申します。どこの国へ嫁いでも大丈夫なように、見聞を広めている最中でございます」

 色白で可愛らしい、隣国の公爵令嬢が出席している夜会もあった。令息たちは皆ブランカに夢中になっていたため、令嬢たちがへそを曲げてさっさと帰ることもあった。

「きみは香水臭くなくていいね。その薄化粧も僕好みだ」

 レナルドが清楚な令嬢を追いかけ回している場面に出くわしたこともある。令嬢がげっそりとしていたのが印象的だった。慌てて化粧を濃くしようと控室に向かったら、同じことを考える令嬢たちが大勢いて苦笑することもあった。
 そうして、ジョゼは顔見知りになった令嬢や令息とおしゃべりをして、必要があればダンスをして、恋の話をして、冬の間は漫然と過ごすのだった。

 そして、冬も終わりに差し掛かったその日、侯爵家で行われた夜会では、令嬢も令息もダンスを踊ることなく、あることを話題にしていた。もちろん、ジョゼもその話題に加わる。

「今度の仮面舞踏会、どんなドレスを着ましょうか」
「いやいや、仮面も大切だよ。どんな宝石を散りばめようか」
「せめて、独身かそうでないかがわかるといいのだけれど」
「会場は二つに分けられるのではなかったか? 独身と既婚者と」
「それなら安心ですわね」

 秋に始まった議会及び社交期は、春に終わる。その春の終わりに、王家が主催する仮面舞踏会が開かれることとなったのだ。
 フランペル国内の貴族を集め、慰労のための舞踏会を開くことは今までにあっただろうか、とジョゼは葡萄ソーダを飲みながら思い返す。しかし、記憶の中にはない。

 ――これも、いつもと違うからかしら?

 令嬢たちはどんなドレスを仕立てようかとそれぞれが悩み、令息たちはどんな仮面にしようかと話し合っている。とても楽しく、微笑ましい時間だ。
 親たちのほうも、「自分の妻にはわかるように目印をつけておかなければ」「もし人妻から誘われたときにはどうすれば」などと話をしているようだ。大人には大人の事情があるのだろう。
 ジョゼたち若者は「意中の人を見つけられるだろうか」「身分違いの恋をしてしまったら」などと大人と同じような話題となっている。
 考えることは同じなのねぇ、と思いながらも、ジョゼもただ一つのことを期待している。

 ――サフィールに出会ってしまったら、どうしましょう。

 ジョゼもただの若い令嬢だ。夢見がちな想像をするものなのだ。



 伯爵家は男爵家よりも財力があるとは言え、伯爵夫妻の燕尾服とドレス、社交界に出たばかりの娘の分のドレス、そして宝石を散りばめた仮面をすべて新調するほど浪費もできない。
 そのため、ジョゼは衣装部屋の中からドレスを選び、刺繍や飾りをつけることにした。三人分の仮面は、イザベルとアレクサンドラが仕上げることとなった。ひと冬、刺繍や裁縫の勉強を頑張ってきた二人の集大成だ。

 姉妹そろって仕立て屋へ行き、糸や布などを買うのは楽しいものだ。イザベルとアレクサンドラが「これはお父様の」「こっちはお母様にどう?」ときゃあきゃあ言いながら品定めをしているのを見るのも、大変幸福な時間だ。

「見て、ベルお姉様! 金と銀の竜鱗よ!」
「素敵! これで飾りつけたらきっと綺麗よねぇ」
「……でも、お値段が高いわ」
「そうね。予算内には収まらないわ」

 貴族の娘でも手を出すことができないものは、ケースに入れて保管されている。イザベルとアレクサンドラはそれを眺めながら「綺麗ねぇ」「素敵ねぇ」と笑っている。
 ジョゼは糸を眺めながら、ふとそれを手に取る。美しい藍色の糸。懐かしさが込み上げ、涙が零れそうになる。

「綺麗な藍色。お姉様の海のドレスに似合うわねぇ」
「そうかしら? わたしはこっちの銀色も素敵だと思うけれど」

 ジョゼは少し考え、どちらの糸も買うことにする。藍色と銀色を縫い合わせれば、きっと美しいだろう。そんなふうに思いながら。

 そうして、仮面作成とドレスの刺繍が始まった。裾の縁取りに銀糸と藍糸を縫い合わせ、輝きを増やす。胸元にも藍糸の花をあしらっていく。
 ジョゼは朝から晩まで、ドレスの刺繍に没頭した。同じように、アレクサンドラとイザベルも仮面制作に没頭した。無言で作業をしていても、姉妹にとっては楽しい時間であった。

「お姉様、素敵!」
「本当に! 波打ち際みたい」

 白藍のシンプルなドレスに、銀糸の蔦、藍糸の花飾りを刺繍したドレスは、最初からそのような作りであったかのようにまとまっている。華美なものではないが、ジョゼも満足だ。

「お姉様にも素敵な方が見つかるかもしれないわねぇ」
「ダ、ダメ! お姉様はまだ結婚しないの!」
「サンドラは本当にジョゼお姉様のことが好きねぇ」
「わたしはジョゼお姉様だけでなくベルお姉様も好きよ? 三姉妹、離れたくないの。ずっと一緒がいいわ」

 アレクサンドラの言葉に感動したイザベルは、ぎゅうぎゅうと彼女を抱きしめている。可愛らしい戯れだ。

「あぁ、そうだわ。お姉様、これをどうぞ」

 イザベルが差し出してきたのは、真っ赤な花飾り。どうやら母の仮面を作っている最中に、同じ生地を使って作っておいたらしい。

「胸元に縫いつけると、華やかになるのではないかしら」
「まあ、海に浮かぶ花みたい! ベルお姉様、頑張って作ってらしたものね」
「ありがとう、イザベル」

 ロベール伯爵には黒を基調にした仮面、夫人には真紅の仮面。ジョゼには藍色の仮面。羽飾りや蝶の飾り、宝石などがふんだんに使われている。それぞれ、衣装に合わせた二人の自信作だ。

「わたしたちも早く舞踏会に行きたいわ」
「あともう少しが待ちきれないわね」

 二人が社交界デビューをするときは、それぞれに何か贈り物をしなくてはならないとジョゼは思う。こんなにも家族思いの妹を持って、ジョゼはとても幸せだった。


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