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一章 ジョゼフィーヌ○○エンド
010.いつもと違う、展開
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「さあ、お手をどうぞ」
白いシャツに柳茶色のズボンのアルジャンの手を取り馬車を下りて、ジョゼは「わぁ」と目を見開く。色とりどりの花が咲き乱れる、美しい庭園が広がっている。
――そういえば、ここは、アルのお気に入りの場所だったわね。
庭園の一角に、白色大理石でできた東屋がある。アルジャンと結婚したあとには、よくここでゆっくりと過ごしていたことを思い出している。
既にテーブルの上には香茶やジョゼの焼いたケーキやタルトなどが準備されている。ジョゼが寝ている間に整えられていたらしい。
東屋の形に合うように作られた、大きめのソファが一つだけ置いてある。ジョゼはそこに座るよう促される。
「ドレス、よくお似合いです。あなたの瞳の色と、僕の瞳の色が刺繍されているのですね」
「はい。今日のお招きにふさわしいようにと、両親があつらえてくださいました。アルジャン王子殿下のお姿も、大変素敵です」
アルジャンは銀色の目を細め、「よい心がけです」と微笑む。どうやら伯爵家の戦略は気に入ったらしい。
「どれも美味しそうなものばかり。早速、いただきましょうか」
東屋のそばには誰もいない。執事や侍女すらも、遠く離れたところで待機しているようだ。
アルジャンは手慣れた様子でポットから香茶を注ぎ、給仕をする。「ジョゼフィーヌ嬢は僕の客人だから」と、ジョゼの手伝いを断りながら、アルジャンはケーキやタルトを切り分けていく。
「どうぞ、召し上がれ」
「アルジャン王子殿下、その、毒味はお済みですか?」
「へえ。ジョゼフィーヌ嬢は僕を毒殺するつもりなのですか?」
「いえ、そんなことは、決して……!」
「ふふ。大丈夫ですよ。そんな愚かなことをするわけはないと、知っていますから」
どうして、と尋ねる前に皿が置かれていく。甘さを控えめにしたチーズケーキと、ベリーのタルトだ。長持ちするからと作って持ってきたクッキーも並べられている。
アルジャンはジョゼの隣に座る。
「こんなにたくさん作ってきてくださって、ありがとうございます」
「約束でしたから」
「今朝までケーキを作っていたと伺いました。道理で、馬車の中が甘い匂いで満たされていたのですね」
名前を呼ばれたときのことを思い出して、ジョゼは真っ赤になる。どうやら匂いまで嗅がれていたらしい。とても恥ずかしいことだ。
「ジョゼ、と呼んでも構いませんか?」
「はい」
「では、ジョゼ。僕のことはアルとでもお呼びください」
ジョゼは頷き、アルジャンが美しい所作でケーキを口に運ぶのを見る。ジョゼの手作りのものをアルジャンが食べるのは、初めてだ。まじまじと横顔を凝視していると、その視線に気づいたアルジャンが苦笑する。
「そんなに見つめられると照れるではありませんか。とても美味しいですよ、ジョゼ」
「い、痛みいります」
ジョゼはアルジャンが切り分けたチーズケーキを口に運ぶ。王家の人々が食べているものに比べたら、大変貧相なものに違いない。それでも、アルジャンはパクパクと食べている。
――サフそっくり。血は争えないわねぇ。
アルジャンの食べる姿は、杏の菓子を食べるサフィールそっくりだ。ジョゼは微笑みながら香茶を飲む。
「ところで、ジョゼ。あなたと僕の兄はどういう関係なのでしょう?」
澄んだ銀色の瞳がジョゼの胸を射抜く。ジョゼは思わず香茶を吹き出しそうになる。
「え、あの、サフ、サフィール王子殿下のことでございますか?」
「ええ。三日前にも会っていたでしょう? 恋仲なのですか? 結婚の約束でもしているのでしょうか?」
王子殿下のことは存じ上げません、としらを切ろうとしたものの、先にアルジャンから牽制される。既に「密会している」ことは彼も把握しているのだろう。
結婚の約束は、まだしていない。サフィールのことは大切な存在だと思っているが、結婚するべきなのかどうか、彼が『真に愛する者』なのかどうか、ジョゼの中でもまだ結論は出ていない。
「……サフィール王子殿下とはただの友人です」
「そうですか。それなら良かった」
膝に置いていた右手が、アルジャンに取られる。ぴりぴりとしびれるような感覚が、また体を駆け巡る。サフィールのときと同じだ。
「あなたが兄の恋人でないのなら、結婚を申し込んでも構いませんか?」
「え」
アルジャンはジョゼの右手を恭しく持ち上げ、その甲に口づけを落とす。一度だけではなく、二度、三度と。
――求婚!? ちょっと、待って!!
アルジャンからの求婚が何度目であるかは覚えていないが、この先には不幸な結末しかない。ドキドキと高鳴る胸を隠しながら、ジョゼは思わず手のひらをくるりと返してアルジャンの口を塞ぐ。
「むぐ」
「ア、アル王子殿下、それは時期尚早というものでございます。王子殿下は成人したばかり。見聞を広め、世界を見てみてはいかがでしょう?」
「僕が年下だから? 年上の兄のほうがよいと?」
「そういう、意味ではないのですが」
アルジャンの唇が手のひらで動くため、大変くすぐったい。だが、幸福な未来のために我慢しなければならない。
今アルジャンから求婚されたら、彼からは逃れられないとジョゼは知っている。王族の命令は絶対だ。おそらく、父伯爵には先に話が通っているのだろう。「断るな」と何度も言っていたことがその証左だ。
ジョゼが戸惑っている間に、アルジャンは少し困ったような表情を浮かべて「わかりました、これ以上は言いません」と微笑む。ジョゼはホッとして手のひらを引っ込め、アルジャンに無礼を詫びる。
「兄が気になりますか? やはり、ただの友人ではないようですねぇ」
「なんと、言いますか」
「三日前に会ったのが最後のはず……なるほど、求婚の手紙でももらいましたか」
どうやらすべて見通されているようである。ジョゼはカチコチに凍ってしまったかのようにぎこちない動きで香茶を飲む。既に香茶の味すらもわからない。
「三日前、僕がジョゼに求婚することは止めない、と兄は言いました」
「……え」
――サフは、わたくしがアルと結婚してもいいと言ったの?
その一瞬のジョゼの表情の変化を、アルジャンは見逃さない。
「あぁ、安心してください。そのあと、兄は『結婚式までにジョゼを奪う』と宣言いたしましたから」
「へっ、えっ!?」
「なるほど、その態度だと、奪う側になるのは僕になりそうですねぇ。相手にとって不足なし。兄とはいい勝負ができそうです」
ジョゼはますます混乱する。状況が全く飲み込めない。どちらかを選んで結婚する――こんな展開になるのは初めてだ。
「では、ジョゼ。これを」
緋色の花飾りに、ジョゼは思わず反応する。早く返してもらいたくて手を伸ばしたのが、間違いだった。
ぐいと腕を絡め取られ、ジョゼはアルジャンをソファに押し倒した形となる。アルジャンの服についている金色のボタンに鼻をぶつけ、ジョゼは「んぶ」と情けない声をあげる。
「そんなに積極的に求めてくれるなんて、嬉しいですよ」
「か、かえし――」
顔を上げ、さらに手を伸ばして、ジョゼは眼前に迫った銀色の瞳に気づく。しまった、と思ったときには遅い。唇が触れそうになり、ジョゼはぎゅうと目を閉じる。
だが、いつまでたっても、唇は重ならない。薄く目を開けると、カタカタと震えるジョゼを見つめ、アルジャンがそっと頬にキスをするところだった。
「そんなに怖がらなくても、取って食べたりはしませんよ」
「王子、殿下……」
「あぁ、でも、残念。時間切れですね」
花畑の向こうから「ジョゼー!!」と叫びながら青の王子が駆けてくる。まるで獣のような形相で、土煙を上げながら花畑の通路を走ってくる。
「……ひえ」
今すぐに帰りたくなったジョゼだが、その腰をアルジャンがしっかりと捕らえている。
「可愛いジョゼ。求婚はまたの機会にいたしましょう」
「アルジャン! ジョゼから離れろ! 今すぐにー!」
サフィールに見せつけるかのように、アルジャンはジョゼに抱きつく。二人の兄弟王子を見比べながら、ジョゼはうわ言のように「いつもと違う」と繰り返すのだった。
白いシャツに柳茶色のズボンのアルジャンの手を取り馬車を下りて、ジョゼは「わぁ」と目を見開く。色とりどりの花が咲き乱れる、美しい庭園が広がっている。
――そういえば、ここは、アルのお気に入りの場所だったわね。
庭園の一角に、白色大理石でできた東屋がある。アルジャンと結婚したあとには、よくここでゆっくりと過ごしていたことを思い出している。
既にテーブルの上には香茶やジョゼの焼いたケーキやタルトなどが準備されている。ジョゼが寝ている間に整えられていたらしい。
東屋の形に合うように作られた、大きめのソファが一つだけ置いてある。ジョゼはそこに座るよう促される。
「ドレス、よくお似合いです。あなたの瞳の色と、僕の瞳の色が刺繍されているのですね」
「はい。今日のお招きにふさわしいようにと、両親があつらえてくださいました。アルジャン王子殿下のお姿も、大変素敵です」
アルジャンは銀色の目を細め、「よい心がけです」と微笑む。どうやら伯爵家の戦略は気に入ったらしい。
「どれも美味しそうなものばかり。早速、いただきましょうか」
東屋のそばには誰もいない。執事や侍女すらも、遠く離れたところで待機しているようだ。
アルジャンは手慣れた様子でポットから香茶を注ぎ、給仕をする。「ジョゼフィーヌ嬢は僕の客人だから」と、ジョゼの手伝いを断りながら、アルジャンはケーキやタルトを切り分けていく。
「どうぞ、召し上がれ」
「アルジャン王子殿下、その、毒味はお済みですか?」
「へえ。ジョゼフィーヌ嬢は僕を毒殺するつもりなのですか?」
「いえ、そんなことは、決して……!」
「ふふ。大丈夫ですよ。そんな愚かなことをするわけはないと、知っていますから」
どうして、と尋ねる前に皿が置かれていく。甘さを控えめにしたチーズケーキと、ベリーのタルトだ。長持ちするからと作って持ってきたクッキーも並べられている。
アルジャンはジョゼの隣に座る。
「こんなにたくさん作ってきてくださって、ありがとうございます」
「約束でしたから」
「今朝までケーキを作っていたと伺いました。道理で、馬車の中が甘い匂いで満たされていたのですね」
名前を呼ばれたときのことを思い出して、ジョゼは真っ赤になる。どうやら匂いまで嗅がれていたらしい。とても恥ずかしいことだ。
「ジョゼ、と呼んでも構いませんか?」
「はい」
「では、ジョゼ。僕のことはアルとでもお呼びください」
ジョゼは頷き、アルジャンが美しい所作でケーキを口に運ぶのを見る。ジョゼの手作りのものをアルジャンが食べるのは、初めてだ。まじまじと横顔を凝視していると、その視線に気づいたアルジャンが苦笑する。
「そんなに見つめられると照れるではありませんか。とても美味しいですよ、ジョゼ」
「い、痛みいります」
ジョゼはアルジャンが切り分けたチーズケーキを口に運ぶ。王家の人々が食べているものに比べたら、大変貧相なものに違いない。それでも、アルジャンはパクパクと食べている。
――サフそっくり。血は争えないわねぇ。
アルジャンの食べる姿は、杏の菓子を食べるサフィールそっくりだ。ジョゼは微笑みながら香茶を飲む。
「ところで、ジョゼ。あなたと僕の兄はどういう関係なのでしょう?」
澄んだ銀色の瞳がジョゼの胸を射抜く。ジョゼは思わず香茶を吹き出しそうになる。
「え、あの、サフ、サフィール王子殿下のことでございますか?」
「ええ。三日前にも会っていたでしょう? 恋仲なのですか? 結婚の約束でもしているのでしょうか?」
王子殿下のことは存じ上げません、としらを切ろうとしたものの、先にアルジャンから牽制される。既に「密会している」ことは彼も把握しているのだろう。
結婚の約束は、まだしていない。サフィールのことは大切な存在だと思っているが、結婚するべきなのかどうか、彼が『真に愛する者』なのかどうか、ジョゼの中でもまだ結論は出ていない。
「……サフィール王子殿下とはただの友人です」
「そうですか。それなら良かった」
膝に置いていた右手が、アルジャンに取られる。ぴりぴりとしびれるような感覚が、また体を駆け巡る。サフィールのときと同じだ。
「あなたが兄の恋人でないのなら、結婚を申し込んでも構いませんか?」
「え」
アルジャンはジョゼの右手を恭しく持ち上げ、その甲に口づけを落とす。一度だけではなく、二度、三度と。
――求婚!? ちょっと、待って!!
アルジャンからの求婚が何度目であるかは覚えていないが、この先には不幸な結末しかない。ドキドキと高鳴る胸を隠しながら、ジョゼは思わず手のひらをくるりと返してアルジャンの口を塞ぐ。
「むぐ」
「ア、アル王子殿下、それは時期尚早というものでございます。王子殿下は成人したばかり。見聞を広め、世界を見てみてはいかがでしょう?」
「僕が年下だから? 年上の兄のほうがよいと?」
「そういう、意味ではないのですが」
アルジャンの唇が手のひらで動くため、大変くすぐったい。だが、幸福な未来のために我慢しなければならない。
今アルジャンから求婚されたら、彼からは逃れられないとジョゼは知っている。王族の命令は絶対だ。おそらく、父伯爵には先に話が通っているのだろう。「断るな」と何度も言っていたことがその証左だ。
ジョゼが戸惑っている間に、アルジャンは少し困ったような表情を浮かべて「わかりました、これ以上は言いません」と微笑む。ジョゼはホッとして手のひらを引っ込め、アルジャンに無礼を詫びる。
「兄が気になりますか? やはり、ただの友人ではないようですねぇ」
「なんと、言いますか」
「三日前に会ったのが最後のはず……なるほど、求婚の手紙でももらいましたか」
どうやらすべて見通されているようである。ジョゼはカチコチに凍ってしまったかのようにぎこちない動きで香茶を飲む。既に香茶の味すらもわからない。
「三日前、僕がジョゼに求婚することは止めない、と兄は言いました」
「……え」
――サフは、わたくしがアルと結婚してもいいと言ったの?
その一瞬のジョゼの表情の変化を、アルジャンは見逃さない。
「あぁ、安心してください。そのあと、兄は『結婚式までにジョゼを奪う』と宣言いたしましたから」
「へっ、えっ!?」
「なるほど、その態度だと、奪う側になるのは僕になりそうですねぇ。相手にとって不足なし。兄とはいい勝負ができそうです」
ジョゼはますます混乱する。状況が全く飲み込めない。どちらかを選んで結婚する――こんな展開になるのは初めてだ。
「では、ジョゼ。これを」
緋色の花飾りに、ジョゼは思わず反応する。早く返してもらいたくて手を伸ばしたのが、間違いだった。
ぐいと腕を絡め取られ、ジョゼはアルジャンをソファに押し倒した形となる。アルジャンの服についている金色のボタンに鼻をぶつけ、ジョゼは「んぶ」と情けない声をあげる。
「そんなに積極的に求めてくれるなんて、嬉しいですよ」
「か、かえし――」
顔を上げ、さらに手を伸ばして、ジョゼは眼前に迫った銀色の瞳に気づく。しまった、と思ったときには遅い。唇が触れそうになり、ジョゼはぎゅうと目を閉じる。
だが、いつまでたっても、唇は重ならない。薄く目を開けると、カタカタと震えるジョゼを見つめ、アルジャンがそっと頬にキスをするところだった。
「そんなに怖がらなくても、取って食べたりはしませんよ」
「王子、殿下……」
「あぁ、でも、残念。時間切れですね」
花畑の向こうから「ジョゼー!!」と叫びながら青の王子が駆けてくる。まるで獣のような形相で、土煙を上げながら花畑の通路を走ってくる。
「……ひえ」
今すぐに帰りたくなったジョゼだが、その腰をアルジャンがしっかりと捕らえている。
「可愛いジョゼ。求婚はまたの機会にいたしましょう」
「アルジャン! ジョゼから離れろ! 今すぐにー!」
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