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【回想】里見宗介の計画

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 高校二年のとき、篠宮小夜さんが教育実習生としてやってきたが、俺たちのクラスでも学年でもなく、一年の担当になった。俺たちの隣のクラスに実習生はいたが、冴えない男で、教師になりたいという気力は感じられなかった。ただ免許を取得したいだけの学生のようだった。
 稲垣も小夜さんと学年が違ってガッカリしていたが、また塾で会えるのだからと、そう気にはしていないようだった。

 稲垣と違い、接点のない俺は焦った。何とかして、彼女に近づきたい。けれど、多忙な実習生を引き止めることは難しい。
 職員室の隣の会議室の前には、実習生と話したくて仕方がない生徒たちで常に人だかりができている。そんな中をかき分けて進んで、注目を集めながら「妹と遊んでくれてありがとうございます」などと感謝の言葉を述べる勇気はなかった。

 だから、俺は、実習中は「彼女には」何もしないことにした。
 彼女がバイトをしている大塚塾の情報を集めることにしたのだ。
 幸い、稲垣以外にも大塚塾へ行っている生徒は多く、特に女子は、口が軽かった。

「しの先生はたか先生と付き合ってるよ」
「たか先生も教育実習でどこかの学校に行ってるよ」
「たか先生、カッコよくて好き! 付き合いたい! でも、しの先生に悪いかなぁ」

 俺が目をつけたのは、たか先生、とやらが大好きなクラスメイトの椿だ。椿はたか先生の数学の個人授業を履修しており、本当に惚れているようだった。そして、本気で小夜さんからたか先生を奪いたいと思っているようだった。
 利用しよう。俺は計画を綿密に立て、実行した。

 まず、大塚塾の高村礼二宛に、彼の教育実習が終わった頃を見計らって「椿さんがあなたのことを好きみたいです。彼女はいつも泣いています。一度でいいから、彼女を受け入れてあげてください」と、友人の振りをした封書を送りつけた。椿への関心を高めてもらうために。
 そして、椿には「たか先生に告白してみたら? 絶対うまくいくよ。先生も若い子のほうが好きだよ」と何度も伝え、彼女の欲望を煽った。
 その甲斐あって、一ヶ月後に椿から「たか先生と付き合うことになったよ!」と報告されたときには、本気で喜んだ。本気で嬉しかった。

 けれど、俺の計画は失敗に終わった。
 結局、小夜さんと高村礼二は別れなかった。高村礼二は、俺の想像以上に、モラルの低い人間だったのだ。
 誤算だった。
 椿と付き合うために小夜さんを捨てるだろうと思ったら、両者とも仲良く付き合う道を選んだ高村礼二。俺の辞書の中に「二股」という言葉がなかったがために、こういう結果となった。

 何度、小夜さんに「高村礼二は浮気していますよ」と告発文を送ろうとしたことか。
 結局、決心がつかずに何もできないまま、時間だけが過ぎていった。


◆◇◆◇◆


 高校三年の始業式、緊張した面持ちの小夜さんが壇上で挨拶をしているのを、俺は最高の笑顔で見つめていたように思う。

 小夜さんはそのとき高校二年の副担として着任した。授業で世話になることはない。しかし、教師なら実習生と違い、すぐにいなくなることはないし、遠慮することはない。
「国語の成績を上げたいので協力してください」と相談に来た受験生を、彼女は疑うことも面倒くさがることもせず、笑顔で受け入れてくれた。妹のことも、俺のことも、彼女はすっかり忘れていたけれど、構わない。
 国語準備室が俺の幸せな空間に変わった。

 同時に、学園内の情報を整理し、俺が大学を卒業するときにちょうど定年を迎える教師のリストを作った。中等部のリストも忘れない。
 中高一貫だから、自分が中等部に配属させられることもあるし、小夜先生が中等部に行ってしまうこともある。学園は、中等部と高等部で担任が違うので、六年間同じ生徒を見ることは少ない。単位数が少ない教科に限っては、中高どちらも授業をする教師もいる、という程度の認識だ。

 調査した結果、高等部で定年を迎えるのは、数学の佐久間先生と、化学の大石先生。数学か化学。どちらが俺に合っているか、を考えて――二年の数学教師クマ先生に会いに行った。

「俺の後任として学園に入りたい?」

 最初、クマ先生は訝しげな視線を俺に寄越した。当たり前だろう。受験生がそんなこと――受験に失敗せず、無事に卒業できたと仮定した未来のことを言うのだから。
 しかし、クマ先生は「できるわけがない」とは言わなかった。

「里見、だっけ? お前、試験はいつも何位だ?」
「三年五組の里見宗介です。総合だと二十位内には必ずいます。数学だと十位以内です。全体的な偏差値としては六十五前後です。伸ばせと言われたら、伸ばします」
「なんで教師になりたいんだ?」
「篠宮小夜を手に入れたいんです」

 クマ先生の目が見開かれる。驚いている。まぁ、普通の反応だ。「好きな女を手に入れたいから教師になる」なんて、イカれているとしか思えないだろう。俺ならそう思う。
 俺はイカれている。篠宮小夜に。
 クマ先生は長考したあと、「うぅん」と唸った。

「……しの、かぁ。あれ、男がいるぞ?」
「いつか別れます。別れさせるようにいろいろ手をまわしています」
「おま……怖えなぁ」
「目標を達成するためなら手段は選びません。だから、佐久間先生にお願いに上がっているんです。先生の後任として採用されたいんです。そのために、何をすればよいか教えてください。お願いします」

 クマ先生は、結局、俺の熱意を見込んでくれたのか、協力してくれることになった。執念深い生徒だと思われただろうから、恐れられたのかもしれないけど、それはそれで都合が良いことだった。
 クマ先生曰く、学園に採用されるには、やはり学園の大学へ行くのが手っ取り早いとのことで、誠南大学へ進学することになった。そうすれば、大学にいるクマ先生の後輩の教授に紹介してもらえるという約束も取りつけた。
 その教授のゼミは教員採用試験に強いゼミだと聞いた。ゆえに、ゼミに入ること自体難しいとも。
 願ったり叶ったりの展開に、命令されたら、クマ先生の靴でも舐められそうな気がしていた。

 新しい父は、誠南学園そして誠南大学法学部出身だった。だから、学園に俺を編入させのだ。自分の母校の教育の素晴らしさを息子にも与えたい、そんな親心だったのだと言っていた。
 義理とはいえ、親子は親子。教育にかける資金はたくさんあるので遠慮しないようにと言われた。ありがたいことだ。

 そして、ゆくゆくは俺にも法学部を卒業してもらい、司法試験に合格したあとは自分の事務所を手伝ってほしいと言われた。けれど、強制はしない、という言葉も添えて。
 だから、俺にその気はなく、誠南大学卒業後は教師になりたいことを素直に伝えたら、少し渋ったあとに許してくれた。親子そろって「誠南大学卒業」ならいいだろうと考えたのだろう。
 反対されたら奨学金で通わなければならなかったので、助かった、と思った。

 正直な話、やはりお金があってよかった。いくら母が亡くなった父の保険金を貯金していたとはいえ、母子家庭では工面するのは難しい金額だった。
 母の再婚は間違いではなかったと、心の底から二人を祝福した。
 俺は現金なヤツなのだ。

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