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92話、弟。

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「俺に抱かれるの、どこがいい?」

 ソファ、ベッド、キッチン……うん、玄関でも別に構わないよな。すぐそこの脱衣所からバスタオル持ってくれば、痛くはないだろうし。
 姉ちゃんは真っ赤になって、困っている。なんていうか、初々しい反応がまたかわいくて――そそるよね。

「抱かれない、っていう選択肢はないから」
「で、でも」
「でも、何? 大丈夫、避妊はするよ」

 ゴムは脱衣所のチェストの中にこっそりしまってある。前回のような間の抜けたことにはならないから、大丈夫。

「――私、ショウとのことを、忘れちゃった、ってこと?」

 あ、まずい。
 姉ちゃんの眉間にシワがよる。思い出そうとして頭が痛くなったか? それとも、隠していたことを怒ったか?

「なんでそんな大事なこと……う、ショウ、洗面器……」

 吐き気のほうでした。
 浴室から洗面器を持ってきて、体を起こした姉ちゃんに持たせる。ゲホゲホと咳き込みながら、姉ちゃんは涙を浮かべる。居酒屋で食べたものを少し戻した姉ちゃんの背中をさすり、冷蔵庫からペットボトルの水を持ってくる。

「ごめん、姉ちゃん。退院したばかりなのに」

 さすがに退院してすぐ押し倒すなんて、俺に余裕がない証拠だ。体調が戻り切っていない姉ちゃんに、申し訳ないことをした。
 落ち着いた姉ちゃんは、口をゆすいで、ぼうっと俺を見つめてくる。洗面器の中のものをトイレに流し、玄関に戻っても、姉ちゃんはぼうっとしている。

「姉ちゃん?」
「ショウと、キス、しちゃった……」
「気持ちよかったでしょ?」
「……うん」

 放心状態の姉ちゃんの頭をぽんぽんと叩いて、俺の猛りの終わりを告げる。高梨姉弟の終わりの合図に、少し驚いた様子で、姉ちゃんは俺を見上げる。

「抱かれない、っていう選択肢?」
「姉ちゃんの体調が戻るまで待つよ、っていう選択肢」
「ショウ、あの……」

 知ってる。腰、抜けてるんでしょ?
 姉ちゃんの肩の後ろと膝の下に手を通して、「さて、お姫様、どこに向かいますか」と笑いかけると、姉ちゃんはようやく笑みを浮かべてくれた。

「私、忘れちゃったんだね……」
「まぁ、いいよ。姉ちゃんの初めてを何度もプレゼントされているようなものだから」

 本当はよくないから、焦ってキスをしてしまったわけだけれど。情けないなぁ、俺。すぐ余裕がなくなってしまう。
 冷房を入れて、ソファに姉ちゃんを降ろし、その隣に座る。

「姉ちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「お風呂沸かしてくるよ」
「あ、あの、ショウ」

 立ち上がろうとした腕を姉ちゃんに引き止められる。姉ちゃんの顔は真っ赤だ。
 行かないで、ということだ。
 なに、考えてるの、姉ちゃん?

「もう一回……したい」
「一回でいい?」

 意地悪な質問だ。姉ちゃんは一瞬困ったような表情になって、「三回くらい」と訂正した。
 キスを三回。
 姉ちゃんの、望むままに。
 一回目は、軽く唇に触れるキス。姉ちゃんは照れたように笑う。
 二回目は、少し長めのキス。姉ちゃんはうっとりとしている。
 三回目は、舌を少し挿れるキス。本当に少しだけ。唇が離れると、姉ちゃんは物足りなさそうに俺を見つめてくる。

「もっと欲しくなるでしょ?」
「うん。三回じゃ全然足りないね」
「欲しい?」

 姉ちゃんの視線がさまよって、また戻ってくる。俺の頬に指で触れて、そっと唇を寄せてくる。
 四回目、姉ちゃんからのキスは、軽く触れるだけのもの。恥ずかしそうにはにかんで、姉ちゃんは俺を見つめる。
 でも、それじゃ全然物足りないはず。だよね、姉ちゃん?

「私、キス、好きだったでしょ?」
「うん」
「やっぱり。うん、好きだなぁ」

 セックスも、とは告げない。
 今夜は我慢しよう。我慢だ。我慢、できるはず。我慢……。
 五回目は、姉ちゃんが俺の首の後ろに手を回して、抱きついてきてから。遠慮がちに触れてくる姉ちゃんの唇を、そっとついばむ。

「乗って」

 俺の膝の上をぽんぽんと叩くと、姉ちゃんはゆっくり足をまたいで座る。俺に背を向けて、普通に。姉ちゃんの好きな抱きしめられかた。思わず笑ってしまう。

「……姉ちゃん、それじゃキスできないよ?」
「できるよ」

 姉ちゃんは腰を捻って、俺を見つめる。そうやって、煽らないで。姉ちゃんはわかっていないと思うけど、結構我慢しているんだから。
 六回目。姉ちゃんの肩を抱いて。舌を挿れると、素直に応じてくれる。
 我慢できずに、空いた手で姉ちゃんの胸を服の上から揉んでも、拒否はされない。姉ちゃんが小さく声を漏らす。

「……あっ」

 ブラが邪魔。乳首をつまんでも、姉ちゃんが少し声を漏らすだけ。
 本当は、その奥の柔らかいところに触れたい。汗でしっとり濡れた肌に舌を這わせたい。赤い痕をつけたい。
 ――抱きたい。

「姉ちゃん、ごめん」

 姉ちゃんの肩をつかんで、少し遠ざける。とろんとした表情の姉ちゃんは、唇が引く糸をぼんやりと見つめている。なんでキスが終わったのか、わからないようだ。

「これ以上は、我慢できなくなる」

 俺の言葉で初めて、姉ちゃんは自分のお尻の下の俺の熱に気づいたようだ。真っ赤になって、「わぁ」とつぶやく。

「こんなふうになるんだね……」
「見る?」
「いやいやいや、心の準備が」

 まぁ、当たり前か。
 今の姉ちゃんにとっては未知のモノだからなぁ。

「キス六回でショウは我慢できなくなるんだね」
「いや、まぁ、最初からだけど」

 最初からというか……今回は頑張って我慢したほうだと思うけど。
 背中を向けた姉ちゃんをぎゅうと抱きしめて、首筋にキスを落とす。ぺろりと舌で汗を舐め取ると、姉ちゃんはびくりと体を震わせる。塩辛い、普通の汗の味でさえ、姉ちゃんのものは甘美な酒に変わる。
 酔わせてよ、姉ちゃんの体で。

「――あぁあ、もう、密着していたら我慢できなくなる!」
「その割には、離してくれないね?」
「姉ちゃんの体を堪能したいもん。俺が我慢すればいいだけだからね」

 ものすっっごく、つらいけど。ものすっっごい、ジレンマだけど。
 姉ちゃんの体を抱きしめているだけで満たされた気分になれるのだから、悪くはない気分だ。
 胸を揉みたい衝動を抑えて、抑えて、抑えてから、姉ちゃんを解放する。

「……さて、俺は明日の試験の勉強をするから、姉ちゃんは先にお風呂入って、ゆっくり休んで」
「うん、そうする」

 お風呂のスイッチを入れ、リビングに戻ってきてからまた姉ちゃんにキスをする。

「言っておくけど、彼女にしろって迫ってきたのは姉ちゃんなんだからね」
「えっ?」
「彼氏が欲しい、彼氏が欲しいって言って、俺を苦しめてきた罰。この一週間のことは、教えてあげないから」

 姉ちゃんからブーイングをもらうけれど、気にしない。
 また同じことを重ねていけばいい、と思う。
 セックスから始めてしまった関係をリセットして、一からまた積み重ねていけるチャンスを与えられたのだから。
 願わくは。
 とっさに出てしまった俺の失言に、姉ちゃんが気づきませんように。


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