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81話、姉。
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口実を探していた。もちろん、今の仕事を投げ出すわけにはいかないけれど。タイミングを探していた。うまくいけば、外出できるかもと期待して。
けれど、なかなかうまい口実もタイミングも見つからなくて、結局はここにたどり着いてしまう。
「課長、あの、今日外回りの仕事、ありませんか? ちょっとしたお使いでもいいんですけど」
「どうしたの、高梨さん。外に出たいの?」
課長はビックリして私を見る。まぁ、私が外に出たいなんて言ったの、初めてだもんなぁ。
戸籍謄本が欲しいんです、とはなかなか言えない。
「ちょっとだけ市役所に用があって、できれば今日行っておきたくて……パスポート取るのに、戸籍が必要だって言われたので……」
「なるほど。夏休みの旅行に間に合わせるなら、今申請しないと時間かかるからねぇ。別に明日有給取ってもらっても構わないけど……今日がいいんだよね?」
「はい。できれば。何かお手伝いできることありますか?」
私のしどろもどろな説明を、上手に解釈までしてもらって、ありがたい。パスポートのためではないので、課長には嘘をつくことになるのだけれど。
課長は時計を見て、きれいに整頓されたファイルの中から、一部の資料を取り出した。
「ちょうどいい仕事があるよ。これを中野電機さんに持って行ってもらえるかな? 確か市役所の近くだから」
「わ、ありがとうございます!」
「高梨さんは今キリがいいとこまで仕事終わらせてあるんだよね?」
「はい!」
「じゃあ、今から行ってきて、昼休憩が終わるまでに帰ってきてもらえればいいよ」
今は十一時。市役所で用事を済ませても、昼ごはんを食べても、十分な余裕がある。
準備をして出かけようとした私を、川口が興味津々といった表情で見つめてくる。
「旅行ってどこ行くの? 彼氏と?」
「……」
「いいなぁ。俺も早く彼女欲しいなぁ」
「川口くん、仕事!」
課長に叱られ、川口は肩をすくめる。
ごめんよ、川口。いい子がいたら、紹介してあげるから。
「あ、高梨さん。このケースを持って行って。中野電機さんから、ちょっと重い資料をもらわないといけないから」
「はい、わかりました」
手渡されたのは、身代金が入りそうな感じのジュラルミンケース。
私、ジュラルミンケースとか、初めて持ちますよ、課長。
ちょっとテンションが高くなる。
「結構重いから女性社員に任せたくなかったんだけど……ごめんね?」
「大丈夫です、頑張ります!」
――と大見得きった手前、重い!とは言えない。たぶん、二十キロくらいのものが入っていると思われる。カタログか何かか? これを振り回したら、人を殺せる気がする。
先に市役所に行って戸籍を確認すれば良かった……なんて思っても、後の祭り。
立ち止まっては休んで、汗を拭いて、の繰り返しで、ようやく市役所にたどり着く。足もくたくただ。近くの自販機で水を買い、一気に飲むと、ようやく冷房の風が感じられるようになった。
ハンカチタオルで汗を拭き、戸籍課の位置を館内地図で確認する。二階のようだ。
エスカレーターが近くにあったので、慎重に足を乗せて上がっていく。ケースを持つ手が痛い。手のひらを見ると真っ赤になっている。持ち手にハンカチタオルを巻きつけて、これ以上手のひらにダメージが行かないようにする。
窓口へ行ってしまえば、落ち着けるだろう。きっと。
エスカレーターから下りて、ふう、と一息ついたときだ。
「受理できないってどういうことですか!?」
フロア中に響き渡るような大声が聞こえてきた。
けれど、なかなかうまい口実もタイミングも見つからなくて、結局はここにたどり着いてしまう。
「課長、あの、今日外回りの仕事、ありませんか? ちょっとしたお使いでもいいんですけど」
「どうしたの、高梨さん。外に出たいの?」
課長はビックリして私を見る。まぁ、私が外に出たいなんて言ったの、初めてだもんなぁ。
戸籍謄本が欲しいんです、とはなかなか言えない。
「ちょっとだけ市役所に用があって、できれば今日行っておきたくて……パスポート取るのに、戸籍が必要だって言われたので……」
「なるほど。夏休みの旅行に間に合わせるなら、今申請しないと時間かかるからねぇ。別に明日有給取ってもらっても構わないけど……今日がいいんだよね?」
「はい。できれば。何かお手伝いできることありますか?」
私のしどろもどろな説明を、上手に解釈までしてもらって、ありがたい。パスポートのためではないので、課長には嘘をつくことになるのだけれど。
課長は時計を見て、きれいに整頓されたファイルの中から、一部の資料を取り出した。
「ちょうどいい仕事があるよ。これを中野電機さんに持って行ってもらえるかな? 確か市役所の近くだから」
「わ、ありがとうございます!」
「高梨さんは今キリがいいとこまで仕事終わらせてあるんだよね?」
「はい!」
「じゃあ、今から行ってきて、昼休憩が終わるまでに帰ってきてもらえればいいよ」
今は十一時。市役所で用事を済ませても、昼ごはんを食べても、十分な余裕がある。
準備をして出かけようとした私を、川口が興味津々といった表情で見つめてくる。
「旅行ってどこ行くの? 彼氏と?」
「……」
「いいなぁ。俺も早く彼女欲しいなぁ」
「川口くん、仕事!」
課長に叱られ、川口は肩をすくめる。
ごめんよ、川口。いい子がいたら、紹介してあげるから。
「あ、高梨さん。このケースを持って行って。中野電機さんから、ちょっと重い資料をもらわないといけないから」
「はい、わかりました」
手渡されたのは、身代金が入りそうな感じのジュラルミンケース。
私、ジュラルミンケースとか、初めて持ちますよ、課長。
ちょっとテンションが高くなる。
「結構重いから女性社員に任せたくなかったんだけど……ごめんね?」
「大丈夫です、頑張ります!」
――と大見得きった手前、重い!とは言えない。たぶん、二十キロくらいのものが入っていると思われる。カタログか何かか? これを振り回したら、人を殺せる気がする。
先に市役所に行って戸籍を確認すれば良かった……なんて思っても、後の祭り。
立ち止まっては休んで、汗を拭いて、の繰り返しで、ようやく市役所にたどり着く。足もくたくただ。近くの自販機で水を買い、一気に飲むと、ようやく冷房の風が感じられるようになった。
ハンカチタオルで汗を拭き、戸籍課の位置を館内地図で確認する。二階のようだ。
エスカレーターが近くにあったので、慎重に足を乗せて上がっていく。ケースを持つ手が痛い。手のひらを見ると真っ赤になっている。持ち手にハンカチタオルを巻きつけて、これ以上手のひらにダメージが行かないようにする。
窓口へ行ってしまえば、落ち着けるだろう。きっと。
エスカレーターから下りて、ふう、と一息ついたときだ。
「受理できないってどういうことですか!?」
フロア中に響き渡るような大声が聞こえてきた。
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