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44話、弟。
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今だ。
店長は今日何度目かのクレーム処理に追われている。田中さんはホール、篠原さんはレジにいて、更衣室のほうには誰もいない。これ以上ないタイミングだ。
「あがります、板長」
「よし、行け」
板長の許しも出た。よし、帰ろう。
するりと厨房から出て、更衣室に向かう。
「あれっ、高梨、もうあがり?」
「お先に失礼しまっす」
「なんだ、もう帰っちゃうのかぁ。また来て助けてよねー」
「ではまたっ」
ホールスタッフの金子とすれ違ったが、最低限の会話で切り上げる。
手早く制服を脱いで、洗濯用のカゴに放り込む。業者が洗濯してくれるのは、ありがたいことだ。
姉ちゃんに『今から帰る』と連絡を入れておく。
Tシャツに手を通して、ふぅとため息を吐きながら顔を上げた瞬間に、背筋が凍るかと思った。
「……帰るの?」
笑顔の美郷店長がドアの近くに立っていた。ドアにもたれ、腕を組んで、小首を傾げている。
手早く荷物をまとめて、ドアに向かう。
「嘘つき。ラストまでいてくれないの?」
「用事があるので帰ります。板長から許可も得ました」
「店長の私には一言もなかったわね」
「帰ります。どいてください」
ドアの前に立ちふさがった魔女は、どうすれば撃退できるのだろう。勇者ならどう立ち向かう? 剣? 魔法? それとも、逃げる?
「お姉さん、かわいい人ね」
「ありがとうございます」
「ショウくんがずっと好きだった人って彼女のことよね」
「どいてください。帰ります」
魔女はドアの前から離れない。
「私、やっぱりショウくんがいいの」
「帰ります」
「ショウくんじゃなきゃダメなの」
「美郷店長、俺、帰ります。それ以上ドアの前に立たれたら、出られません」
「なんで私を避けるの?」
むしろ、避けられないと思える理由が知りたい。どれだけ勘違いをすれば、そんなポジティブに考えられるのか。
魔女はドアの前から少しずつ近づいてくる。
「なんで私から逃げるの?」
「美郷店長、あなたが俺に何をしたのか、お忘れですか?」
「あぁ」
魔女は微笑む。妖艶に。
「忘れるわけないじゃない。気持ちよかったもの」
「俺は全く気持ちよくありませんでしたよ。店長が俺にしたことは、強姦という、れっきとした犯罪です」
姉ちゃんとのセックスがどれだけ幸せで、どれだけ満ち足りた気分にさせてくれたか。昨日の感動を、俺は絶対に忘れないだろう。
気持ちが全くないのに、無理やりキスをされ、服を脱がされ、勃たされ、射精させられた、あのセックスとは違う。全く違う。思い出すだけで、吐き気がする。
「同意の上のことでしょ。ちゃんと勃っていたし、私は彼女だし」
「俺は同意していませんし、美郷店長を彼女にした覚えもありません。勝手に記憶を捏造しないでください」
「捏造? ひどい。なんでそういうこと言うの?」
はぁとため息をついて、美郷店長は俺を見上げた。
更衣室は狭い。いつの間にか、魔女は目の前にまで迫っていた。
「そういうこと言うんなら」
俺のTシャツの裾をぎゅっと握って、上目遣いの魔女は、にやりと笑みを浮かべた。
「お仕置きが必要ね」
魔女は笑う。自らがどんな顔をしているのかも知らずに。
店長は今日何度目かのクレーム処理に追われている。田中さんはホール、篠原さんはレジにいて、更衣室のほうには誰もいない。これ以上ないタイミングだ。
「あがります、板長」
「よし、行け」
板長の許しも出た。よし、帰ろう。
するりと厨房から出て、更衣室に向かう。
「あれっ、高梨、もうあがり?」
「お先に失礼しまっす」
「なんだ、もう帰っちゃうのかぁ。また来て助けてよねー」
「ではまたっ」
ホールスタッフの金子とすれ違ったが、最低限の会話で切り上げる。
手早く制服を脱いで、洗濯用のカゴに放り込む。業者が洗濯してくれるのは、ありがたいことだ。
姉ちゃんに『今から帰る』と連絡を入れておく。
Tシャツに手を通して、ふぅとため息を吐きながら顔を上げた瞬間に、背筋が凍るかと思った。
「……帰るの?」
笑顔の美郷店長がドアの近くに立っていた。ドアにもたれ、腕を組んで、小首を傾げている。
手早く荷物をまとめて、ドアに向かう。
「嘘つき。ラストまでいてくれないの?」
「用事があるので帰ります。板長から許可も得ました」
「店長の私には一言もなかったわね」
「帰ります。どいてください」
ドアの前に立ちふさがった魔女は、どうすれば撃退できるのだろう。勇者ならどう立ち向かう? 剣? 魔法? それとも、逃げる?
「お姉さん、かわいい人ね」
「ありがとうございます」
「ショウくんがずっと好きだった人って彼女のことよね」
「どいてください。帰ります」
魔女はドアの前から離れない。
「私、やっぱりショウくんがいいの」
「帰ります」
「ショウくんじゃなきゃダメなの」
「美郷店長、俺、帰ります。それ以上ドアの前に立たれたら、出られません」
「なんで私を避けるの?」
むしろ、避けられないと思える理由が知りたい。どれだけ勘違いをすれば、そんなポジティブに考えられるのか。
魔女はドアの前から少しずつ近づいてくる。
「なんで私から逃げるの?」
「美郷店長、あなたが俺に何をしたのか、お忘れですか?」
「あぁ」
魔女は微笑む。妖艶に。
「忘れるわけないじゃない。気持ちよかったもの」
「俺は全く気持ちよくありませんでしたよ。店長が俺にしたことは、強姦という、れっきとした犯罪です」
姉ちゃんとのセックスがどれだけ幸せで、どれだけ満ち足りた気分にさせてくれたか。昨日の感動を、俺は絶対に忘れないだろう。
気持ちが全くないのに、無理やりキスをされ、服を脱がされ、勃たされ、射精させられた、あのセックスとは違う。全く違う。思い出すだけで、吐き気がする。
「同意の上のことでしょ。ちゃんと勃っていたし、私は彼女だし」
「俺は同意していませんし、美郷店長を彼女にした覚えもありません。勝手に記憶を捏造しないでください」
「捏造? ひどい。なんでそういうこと言うの?」
はぁとため息をついて、美郷店長は俺を見上げた。
更衣室は狭い。いつの間にか、魔女は目の前にまで迫っていた。
「そういうこと言うんなら」
俺のTシャツの裾をぎゅっと握って、上目遣いの魔女は、にやりと笑みを浮かべた。
「お仕置きが必要ね」
魔女は笑う。自らがどんな顔をしているのかも知らずに。
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