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005.「問題ありすぎでしょ! これだから魔王ってやつは!」
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――魔女様を孕ませる? 魔女様と……えっ?
勇者は「いやいやいやいや」と頭と手を振り拒絶の意を魔王に伝える。
「魔王様、それは無理だよ。俺は勇者を引退するつもりはないし、魔女様とそういうことをしたいわけでも、いや、してみたいけどさ、そうじゃなくて」
『汝はあの娘に欲情しないのか』
「するよ? そりゃするけどさぁ」
『なら問題はない』
「問題ありすぎでしょ! これだから魔王ってやつは!」
人間の負の感情をエサにするくせに、その機微には興味がないのか、と勇者は憤る。
魔女が魔王に好意を持っていること、魔女にも選択権があることを、勇者は魔王に訥々と説明する。勇者と魔女が交わるには双方の気持ちが必要なのだと説得する。
「子どもが欲しいって魔女様が言ったの?」
『先日、獣がここで赤子を生んでいった折に、そのようなことを』
「あのね、それ、魔王様の子どもが欲しいっていう意味だよ。俺を巻き込まないでよ」
『……我には生殖機能がない。子をなすことはできぬ。魔王とは一代限りの存在なのだ』
「えっ、そんな立派な触手があるのに?」
触手は生殖器官ではないと魔王が説明する。ただの感覚器官なのだと。つまり、魔王と魔女がどれだけ愛し合っていても、どれだけ子どもが欲しくとも、種族の違いから子をなすことができないのだ。
「触手から精液が出ないなんて! 孕ませる機能がないなんて……がっかりだよ!」
『汝が純潔を守りたいのであれば、汝の種を我に授けてはくれまいか』
「俺の精液を、触手を通じて魔女様の中に送るの? 魔女様が本当に魔王様の子どもを望んでいるのであれば、それは一番やっちゃいけないことだと思うよ」
魔王を諭すこの状況も不思議だが、童貞なのに父親になるかもしれないという状況もかなり不可思議なことになるだろう。当事者でなければ笑える話だが、もちろん勇者には笑えない冗談だ。
『汝は我の願いを叶えてはくれぬのか……もう汝だけが頼りだというのに』
「とにかく魔女様の意見を聞いてみないと。そうじゃなきゃ俺は協力できないよ」
『あの娘が諾と言えば協力してくれるのか?』
「だっ……魔女様が抱く……そりゃ、抱いてって迫られたら俺も男だし、いやでもやっぱり勇者だからなぁ、うーん」
双方が噛み合っていないことには気づかないため、話は平行線だ。しかし、最終的な許諾は魔女が握っていることを、勇者も魔王も承知している。
『……我はもう他の手立てを思いつかぬ。あの娘にしてやれることは、もう』
魔王は寂しそうに呟く。
消滅する前に、魔女を母親にしてやりたいという魔王の気持ちは勇者にもわかる。異種族間ゆえに子どもを授けることができないのなら、同種族の人間に手伝わせるのも、手段としては悪くないだろう。
「魔王様は魔女様のことが好きなんだねぇ」
種族を超えた愛かぁ、と勇者は呟いて天を仰ぎ見る。遮る木々もなく、空は青く澄んでいる。勇者の気持ちとは裏腹に。
「ほんっと、羨ましい」
種族を超えた純愛に自分のような異物は必要ないと勇者は考えていた。昨夜の魔王と魔女の交わりは、美しいものだった。異物が介在していいものではない。
だが、二人がそれを望むのであれば、精液を提供する程度の協力くらいはできるだろう。虚しさは込み上げてくるだろうが。
「俺、勇者なんだけどなぁ……」
勇者の溜め息の理由を、魔王が知ることはない。『頼む』と短く勇者に声をかけ、魔王は静かに水底へと戻っていった。勇者は深々とうなだれるのだった。
「美味しいじゃないの」と、勇者の作った肉料理を食べて魔女は目を丸くする。小屋の裏手にある菜園から採ってきた香草と野菜を使った蒸し料理だ。夕方になってようやく起きてきた魔女に、勇者は紫の国の郷土料理を振る舞っている。
「紫の国では香草を使って肉の臭みを取るんだ。一緒に蒸したり焼いたり、煮たりして」
「確かに臭くはないわね。緋の国では塩や酒に漬けることが多いわ」
「緋の国は海に面する地域が多いから塩がたくさん取れるもんね。ま、俺は豪快に焼くのも好きだけど」
勝手に台所を使ったことを、魔女が咎めることはない。足を引きずりながらもできる範囲で家事を行なったため、魔女が驚いているくらいだ。
「この調子だとすぐにでも帰れるわね」
「そんな簡単に追い出さないでよ。魔女様は俺がいないほうがいい?」
「ええ、もちろん」
「まぁ、気持ちはわかるよ。俺、邪魔だもんねぇ」
魔女は食べていた手を止める。小さく「邪魔?」と首を傾げ、その意味に気づいて表情を強張らせる。
「……見たの?」
「ばっちり」
「あれは」
「知ってる。だって、俺、勇者だもん。どんな姿であっても、魔王――」
魔女は素早く勇者の胸ぐらを掴み、喉元にフォークを突きつける。勇者はすぐに両手をあげて「魔王様に危害を加える気はないよ」と笑う。魔女の樺茶色の瞳に困惑の色が浮かぶ。
「魔王を滅ぼすことはできないっていうのが聖教会の教えでしょ。もう忘れちゃった?」
「魔王様と、話したのね?」
「まぁ、色々と」
ハァと短く溜め息をついて、魔女はフォークをテーブルに置いた。刺されなくて良かった、と内心ひやひやしていた勇者は安堵する。次に魔女と話をするときはナイフやフォークがない場所のほうがいいかもしれない。
「だったら話が早いわ。勇者くんには悪いけれど、早く出ていってもらいたいの。私たちは二人で静かに暮らしたいのよ」
「だよねぇ」
勇者は頷く。わかっているよ、と。
「でも、魔王様はそうは思っていないみたいだよ。ちょっと提案されたんだよね」
「提案?」
「そう、三人での生活を」
魔女の訝しげな視線に、歓迎されていない空気を感じながらも勇者は続ける。
「魔王様はあなたに子どもを生んでもらいたいみたいだよ」
ガタン、と魔女は椅子を倒して立ち上がる。魔女の顔面は蒼白で、樺茶色の瞳は怒りに満ちている。思った通りの反応に、勇者は苦笑する。
「だよねぇ。だから、俺、断ったんだけど」
魔女は弾かれたかのように小屋の外へと駆け出す。帳が下り始めた闇の中に。
勇者は足を引きずりながら、魔女を追う。聖剣ではなく、カンテラを持って。
勇者は「いやいやいやいや」と頭と手を振り拒絶の意を魔王に伝える。
「魔王様、それは無理だよ。俺は勇者を引退するつもりはないし、魔女様とそういうことをしたいわけでも、いや、してみたいけどさ、そうじゃなくて」
『汝はあの娘に欲情しないのか』
「するよ? そりゃするけどさぁ」
『なら問題はない』
「問題ありすぎでしょ! これだから魔王ってやつは!」
人間の負の感情をエサにするくせに、その機微には興味がないのか、と勇者は憤る。
魔女が魔王に好意を持っていること、魔女にも選択権があることを、勇者は魔王に訥々と説明する。勇者と魔女が交わるには双方の気持ちが必要なのだと説得する。
「子どもが欲しいって魔女様が言ったの?」
『先日、獣がここで赤子を生んでいった折に、そのようなことを』
「あのね、それ、魔王様の子どもが欲しいっていう意味だよ。俺を巻き込まないでよ」
『……我には生殖機能がない。子をなすことはできぬ。魔王とは一代限りの存在なのだ』
「えっ、そんな立派な触手があるのに?」
触手は生殖器官ではないと魔王が説明する。ただの感覚器官なのだと。つまり、魔王と魔女がどれだけ愛し合っていても、どれだけ子どもが欲しくとも、種族の違いから子をなすことができないのだ。
「触手から精液が出ないなんて! 孕ませる機能がないなんて……がっかりだよ!」
『汝が純潔を守りたいのであれば、汝の種を我に授けてはくれまいか』
「俺の精液を、触手を通じて魔女様の中に送るの? 魔女様が本当に魔王様の子どもを望んでいるのであれば、それは一番やっちゃいけないことだと思うよ」
魔王を諭すこの状況も不思議だが、童貞なのに父親になるかもしれないという状況もかなり不可思議なことになるだろう。当事者でなければ笑える話だが、もちろん勇者には笑えない冗談だ。
『汝は我の願いを叶えてはくれぬのか……もう汝だけが頼りだというのに』
「とにかく魔女様の意見を聞いてみないと。そうじゃなきゃ俺は協力できないよ」
『あの娘が諾と言えば協力してくれるのか?』
「だっ……魔女様が抱く……そりゃ、抱いてって迫られたら俺も男だし、いやでもやっぱり勇者だからなぁ、うーん」
双方が噛み合っていないことには気づかないため、話は平行線だ。しかし、最終的な許諾は魔女が握っていることを、勇者も魔王も承知している。
『……我はもう他の手立てを思いつかぬ。あの娘にしてやれることは、もう』
魔王は寂しそうに呟く。
消滅する前に、魔女を母親にしてやりたいという魔王の気持ちは勇者にもわかる。異種族間ゆえに子どもを授けることができないのなら、同種族の人間に手伝わせるのも、手段としては悪くないだろう。
「魔王様は魔女様のことが好きなんだねぇ」
種族を超えた愛かぁ、と勇者は呟いて天を仰ぎ見る。遮る木々もなく、空は青く澄んでいる。勇者の気持ちとは裏腹に。
「ほんっと、羨ましい」
種族を超えた純愛に自分のような異物は必要ないと勇者は考えていた。昨夜の魔王と魔女の交わりは、美しいものだった。異物が介在していいものではない。
だが、二人がそれを望むのであれば、精液を提供する程度の協力くらいはできるだろう。虚しさは込み上げてくるだろうが。
「俺、勇者なんだけどなぁ……」
勇者の溜め息の理由を、魔王が知ることはない。『頼む』と短く勇者に声をかけ、魔王は静かに水底へと戻っていった。勇者は深々とうなだれるのだった。
「美味しいじゃないの」と、勇者の作った肉料理を食べて魔女は目を丸くする。小屋の裏手にある菜園から採ってきた香草と野菜を使った蒸し料理だ。夕方になってようやく起きてきた魔女に、勇者は紫の国の郷土料理を振る舞っている。
「紫の国では香草を使って肉の臭みを取るんだ。一緒に蒸したり焼いたり、煮たりして」
「確かに臭くはないわね。緋の国では塩や酒に漬けることが多いわ」
「緋の国は海に面する地域が多いから塩がたくさん取れるもんね。ま、俺は豪快に焼くのも好きだけど」
勝手に台所を使ったことを、魔女が咎めることはない。足を引きずりながらもできる範囲で家事を行なったため、魔女が驚いているくらいだ。
「この調子だとすぐにでも帰れるわね」
「そんな簡単に追い出さないでよ。魔女様は俺がいないほうがいい?」
「ええ、もちろん」
「まぁ、気持ちはわかるよ。俺、邪魔だもんねぇ」
魔女は食べていた手を止める。小さく「邪魔?」と首を傾げ、その意味に気づいて表情を強張らせる。
「……見たの?」
「ばっちり」
「あれは」
「知ってる。だって、俺、勇者だもん。どんな姿であっても、魔王――」
魔女は素早く勇者の胸ぐらを掴み、喉元にフォークを突きつける。勇者はすぐに両手をあげて「魔王様に危害を加える気はないよ」と笑う。魔女の樺茶色の瞳に困惑の色が浮かぶ。
「魔王を滅ぼすことはできないっていうのが聖教会の教えでしょ。もう忘れちゃった?」
「魔王様と、話したのね?」
「まぁ、色々と」
ハァと短く溜め息をついて、魔女はフォークをテーブルに置いた。刺されなくて良かった、と内心ひやひやしていた勇者は安堵する。次に魔女と話をするときはナイフやフォークがない場所のほうがいいかもしれない。
「だったら話が早いわ。勇者くんには悪いけれど、早く出ていってもらいたいの。私たちは二人で静かに暮らしたいのよ」
「だよねぇ」
勇者は頷く。わかっているよ、と。
「でも、魔王様はそうは思っていないみたいだよ。ちょっと提案されたんだよね」
「提案?」
「そう、三人での生活を」
魔女の訝しげな視線に、歓迎されていない空気を感じながらも勇者は続ける。
「魔王様はあなたに子どもを生んでもらいたいみたいだよ」
ガタン、と魔女は椅子を倒して立ち上がる。魔女の顔面は蒼白で、樺茶色の瞳は怒りに満ちている。思った通りの反応に、勇者は苦笑する。
「だよねぇ。だから、俺、断ったんだけど」
魔女は弾かれたかのように小屋の外へと駆け出す。帳が下り始めた闇の中に。
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