【R18】勇者と魔女と、時々、魔王

千咲

文字の大きさ
上 下
5 / 15

005.「問題ありすぎでしょ! これだから魔王ってやつは!」

しおりを挟む
 ――魔女様を孕ませる? 魔女様と……えっ?

 勇者は「いやいやいやいや」と頭と手を振り拒絶の意を魔王に伝える。

「魔王様、それは無理だよ。俺は勇者を引退するつもりはないし、魔女様とそういうことをしたいわけでも、いや、してみたいけどさ、そうじゃなくて」
『汝はあの娘に欲情しないのか』
「するよ? そりゃするけどさぁ」
『なら問題はない』
「問題ありすぎでしょ! これだから魔王ってやつは!」

 人間の負の感情をエサにするくせに、その機微には興味がないのか、と勇者は憤る。
 魔女が魔王に好意を持っていること、魔女にも選択権があることを、勇者は魔王に訥々と説明する。勇者と魔女が交わるには双方の気持ちが必要なのだと説得する。

「子どもが欲しいって魔女様が言ったの?」
『先日、獣がここで赤子を生んでいった折に、そのようなことを』
「あのね、それ、魔王様の子どもが欲しいっていう意味だよ。俺を巻き込まないでよ」
『……我には生殖機能がない。子をなすことはできぬ。魔王とは一代限りの存在なのだ』
「えっ、そんな立派な触手があるのに?」

 触手は生殖器官ではないと魔王が説明する。ただの感覚器官なのだと。つまり、魔王と魔女がどれだけ愛し合っていても、どれだけ子どもが欲しくとも、種族の違いから子をなすことができないのだ。

「触手から精液が出ないなんて! 孕ませる機能がないなんて……がっかりだよ!」
『汝が純潔を守りたいのであれば、汝の種を我に授けてはくれまいか』
「俺の精液を、触手を通じて魔女様の中に送るの? 魔女様が本当に魔王様の子どもを望んでいるのであれば、それは一番やっちゃいけないことだと思うよ」

 魔王を諭すこの状況も不思議だが、童貞なのに父親になるかもしれないという状況もかなり不可思議なことになるだろう。当事者でなければ笑える話だが、もちろん勇者には笑えない冗談だ。

『汝は我の願いを叶えてはくれぬのか……もう汝だけが頼りだというのに』
「とにかく魔女様の意見を聞いてみないと。そうじゃなきゃ俺は協力できないよ」
『あの娘が諾と言えば協力してくれるのか?』
「だっ……魔女様が抱く……そりゃ、抱いてって迫られたら俺も男だし、いやでもやっぱり勇者だからなぁ、うーん」

 双方が噛み合っていないことには気づかないため、話は平行線だ。しかし、最終的な許諾は魔女が握っていることを、勇者も魔王も承知している。

『……我はもう他の手立てを思いつかぬ。あの娘にしてやれることは、もう』

 魔王は寂しそうに呟く。
 消滅する前に、魔女を母親にしてやりたいという魔王の気持ちは勇者にもわかる。異種族間ゆえに子どもを授けることができないのなら、同種族の人間に手伝わせるのも、手段としては悪くないだろう。

「魔王様は魔女様のことが好きなんだねぇ」

 種族を超えた愛かぁ、と勇者は呟いて天を仰ぎ見る。遮る木々もなく、空は青く澄んでいる。勇者の気持ちとは裏腹に。

「ほんっと、羨ましい」

 種族を超えた純愛に自分のような異物は必要ないと勇者は考えていた。昨夜の魔王と魔女の交わりは、美しいものだった。異物が介在していいものではない。
 だが、二人がそれを望むのであれば、精液を提供する程度の協力くらいはできるだろう。虚しさは込み上げてくるだろうが。

「俺、勇者なんだけどなぁ……」

 勇者の溜め息の理由を、魔王が知ることはない。『頼む』と短く勇者に声をかけ、魔王は静かに水底へと戻っていった。勇者は深々とうなだれるのだった。



「美味しいじゃないの」と、勇者の作った肉料理を食べて魔女は目を丸くする。小屋の裏手にある菜園から採ってきた香草と野菜を使った蒸し料理だ。夕方になってようやく起きてきた魔女に、勇者は紫の国の郷土料理を振る舞っている。

「紫の国では香草を使って肉の臭みを取るんだ。一緒に蒸したり焼いたり、煮たりして」
「確かに臭くはないわね。緋の国では塩や酒に漬けることが多いわ」
「緋の国は海に面する地域が多いから塩がたくさん取れるもんね。ま、俺は豪快に焼くのも好きだけど」

 勝手に台所を使ったことを、魔女が咎めることはない。足を引きずりながらもできる範囲で家事を行なったため、魔女が驚いているくらいだ。

「この調子だとすぐにでも帰れるわね」
「そんな簡単に追い出さないでよ。魔女様は俺がいないほうがいい?」
「ええ、もちろん」
「まぁ、気持ちはわかるよ。俺、邪魔だもんねぇ」

 魔女は食べていた手を止める。小さく「邪魔?」と首を傾げ、その意味に気づいて表情を強張らせる。

「……見たの?」
「ばっちり」
「あれは」
「知ってる。だって、俺、勇者だもん。どんな姿であっても、魔王――」

 魔女は素早く勇者の胸ぐらを掴み、喉元にフォークを突きつける。勇者はすぐに両手をあげて「魔王様に危害を加える気はないよ」と笑う。魔女の樺茶色の瞳に困惑の色が浮かぶ。

「魔王を滅ぼすことはできないっていうのが聖教会の教えでしょ。もう忘れちゃった?」
「魔王様と、話したのね?」
「まぁ、色々と」

 ハァと短く溜め息をついて、魔女はフォークをテーブルに置いた。刺されなくて良かった、と内心ひやひやしていた勇者は安堵する。次に魔女と話をするときはナイフやフォークがない場所のほうがいいかもしれない。

「だったら話が早いわ。勇者くんには悪いけれど、早く出ていってもらいたいの。私たちは二人で静かに暮らしたいのよ」
「だよねぇ」

 勇者は頷く。わかっているよ、と。

「でも、魔王様はそうは思っていないみたいだよ。ちょっと提案されたんだよね」
「提案?」
「そう、三人での生活を」

 魔女の訝しげな視線に、歓迎されていない空気を感じながらも勇者は続ける。

「魔王様はあなたに子どもを生んでもらいたいみたいだよ」

 ガタン、と魔女は椅子を倒して立ち上がる。魔女の顔面は蒼白で、樺茶色の瞳は怒りに満ちている。思った通りの反応に、勇者は苦笑する。

「だよねぇ。だから、俺、断ったんだけど」

 魔女は弾かれたかのように小屋の外へと駆け出す。帳が下り始めた闇の中に。
 勇者は足を引きずりながら、魔女を追う。聖剣ではなく、カンテラを持って。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...