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002.「なんだ、魔女様、俺の独り言ちゃんと聞いてるじゃん」
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「ねぇねぇ魔女様、それ薬草? 野菜には見えないけど、食べると美味しい? 俺を助けてくれた薬草はそれ? 何ていう薬草? 薬草学はどこで勉強したの?」
魔女は勇者の質問に答えない。無言ですり鉢の中に乾燥させた葉を入れてすり潰していく。それを、勇者は目をキラキラさせながら見つめている。寝台から身を乗り出して、今にも落ちそうだ。
足の包帯を交換するとき、傷口に薬を存分に塗り込められて悶絶していた勇者だが、好奇心のほうが勝るらしい。
「魔女様はここに一人で住んでいるの? いつから? どうして? 魔女様、俺より年上だよね? この寝台、俺が使っててもいいの? 魔女様どこで寝るの? どうして俺が勇者だってわかったの? あ、そっか、聖服洗ってくれたんだね、ありがとう。そりゃ、聖教会の刺繍を見たら俺が紫の国の勇者だってわかるよねぇ」
魔女は勇者と会話を楽しむ素振りを見せない。勇者が一方的に喋っている状況だ。魔女が会話を必要としていないことに気づいていながら、勇者はニコニコと笑みを浮かべ魔女に話しかける。
「緋の国の人は魔女様が果ての森にいるって知らないよね? 誰からも説明されなかったもん。俺がいなくなったこと、紫の国の聖教会にどう説明するんだろ? 紫の勇者は行方不明になってしまいました、って説明するのかな? ちなみに、俺の名前は――んぐ」
口を大きく開けたところに緑色の丸薬を突っ込まれ、勇者は面食らったまま口をモゴモゴと動かす。強烈な苦味が口いっぱいに広がっていく。水の入ったカップを手渡された瞬間に、勇者は慌ててそれを飲んだ。
「魔女様、酷い! これ、めっちゃ苦いじゃん! もっと甘いのがいいな、俺」
「蜂蜜にも限りがあるの。余分にあげられるものはないわよ」
「ええーっ! そうなの?」
元気になったら俺が蜂蜜を取りに行くよ、と勇者は笑う。それを魔女は呆れたように見つめる。
「あと、いちいちうるさいねぇ、勇者くん」
「うん、俺、喋るの好きなんだよね。軽いとか、ヘラヘラしてるとか、よく言われるよ」
「それ、褒められていないでしょう」
「わかる? 勇者としての威厳がないって、よく聖職者とか貴族とかに怒られてる。十八なんだし、貫禄がなくても仕方ないじゃん。威厳とか貫禄より親しみやすさのほうが大事だと思うんだよね、俺は」
魔女は勇者の考えを否定も肯定もしない。勇者の話をきちんと聞いているのかどうかもわからない。無視されているのは確実だが、勇者は魔女に話しかけるのをやめようとはしない。ずっと喋り続けて、既に大きな独り言となっている。
「いや、もう本当にね、緋の国の『瘴気の澱』は最悪だったよ。もうやりたくない。どれだけ協力金を積まれても、次は断るよ。それだけ酷かった。皆、怒ったり泣いたり、蔑んだり嘆いたり、感情が昂りすぎて困ったよ。そりゃ、魔王が出現しなくなるのに何ヶ月もかかるよね」
魔女が一瞬だけチラと顔を上げたのだが、勇者はそれに気づかない。
「でも、まぁ何とか落ち着いたから、俺はもう紫の国に帰るんだけどね。あとは緋の国の聖女様と、新しい勇者が何とかしてくれるよ。俺もおじいちゃんになる前に引退しないとなぁ。国民に迷惑はかけたくないもんねぇ」
頷きながら、勇者は寝台の上から魔女を見つめる。
「ねぇねぇ、魔女様。魔女様は普通の人間だよねぇ? 嫌な気配が全くしないよ。勇者ってそういう気配に敏感だもん。どうして『魔女』なんて名乗ったの? その綺麗な濃い赤色の髪の毛、緋の国の聖女様と同じだよね?」
勇者が緋の国に来た当初は泣いてばかりだった幼い聖女も、今では立派に職業聖女を務めている。赤い巻き毛を可愛らしくまとめ、王都周辺に出現する『瘴気の澱』を祓い、人々を守っているのだ。
「もしかして、魔女様って聖女様の親戚? 森に閉じ込められちゃっているの? じゃあ、俺と一緒に森の外へ出る?」
「絶対に嫌よ」
「なんだ、魔女様、俺の独り言ちゃんと聞いてるじゃん」
寝台の上で、勇者は笑う。とても幸せそうに。
勇者は嬉しかった。一方的であっても、人とのんびりと話すのは本当に久しぶりのことだった。お喋り好きな勇者がそれを忘れるほどに忙殺されていたのだ。
しかも、話し相手は勇者好みの年上美女。鼻の下も伸びるものだ。
「魔女様はここに閉じ込められているわけじゃないんだね? 野菜も肉も薬草も水も手に入るなら、確かにここで生活するのもいいねぇ。いいなぁ。俺もここにいていい?」
「怪我が治ったら追い出すわよ」
「痛いなー! 頭も痛いし、足も痛い! いや、全身が痛いなー! これじゃあ当分森の外には出られないなー!」
「嘘ばかり。勇者くんには聖母神の加護があるでしょう。すぐ治るわよ」
バレたかぁ、とつまらなさそうに呟いて、勇者は天井を仰ぎ見る。
神託を授けられた勇者と聖女は、聖母神の加護によって守られる。傷の治りは早く、体力の回復も早い。頑丈にできているのだ。
幼い頃から、勇者には嫌な気配を感じ取る力が備わっていた。小さな『瘴気の澱』を祓う能力もあった。
職業勇者となり、聖母神の加護を身に着けてからは、幼少期のものとは桁違いの浄化能力に驚かされたものだ。聖母神の加護は、勇者や聖女の能力を最大限にまで増幅させるものなのだ。
「……あれ、でも、魔女様はどうして加護のことを知っているの? 勇者と聖女の能力についてはあまり周知されていないはずだけど」
魔女は答えない。ただ静かに何かをすり潰している。
「緋の国ではそうじゃないのかな。国によって聖職者の考え方も違うし、そういうものなのかな……ふああ」
天井を見つめながら考え事をしているうちに、勇者は眠りについていた。急に大人しくなった勇者をチラと見て、魔女は無表情で毛布をかけてやる。そうして、またすり鉢に向かう。
静かで穏やかな時間だ。勇者のいびきさえ聞こえてこなければ。しかし、魔女は気にする様子もなく、ゴリゴリと音を立てながらすり鉢で葉や枝、根をすり潰すのだった。
魔女は勇者の質問に答えない。無言ですり鉢の中に乾燥させた葉を入れてすり潰していく。それを、勇者は目をキラキラさせながら見つめている。寝台から身を乗り出して、今にも落ちそうだ。
足の包帯を交換するとき、傷口に薬を存分に塗り込められて悶絶していた勇者だが、好奇心のほうが勝るらしい。
「魔女様はここに一人で住んでいるの? いつから? どうして? 魔女様、俺より年上だよね? この寝台、俺が使っててもいいの? 魔女様どこで寝るの? どうして俺が勇者だってわかったの? あ、そっか、聖服洗ってくれたんだね、ありがとう。そりゃ、聖教会の刺繍を見たら俺が紫の国の勇者だってわかるよねぇ」
魔女は勇者と会話を楽しむ素振りを見せない。勇者が一方的に喋っている状況だ。魔女が会話を必要としていないことに気づいていながら、勇者はニコニコと笑みを浮かべ魔女に話しかける。
「緋の国の人は魔女様が果ての森にいるって知らないよね? 誰からも説明されなかったもん。俺がいなくなったこと、紫の国の聖教会にどう説明するんだろ? 紫の勇者は行方不明になってしまいました、って説明するのかな? ちなみに、俺の名前は――んぐ」
口を大きく開けたところに緑色の丸薬を突っ込まれ、勇者は面食らったまま口をモゴモゴと動かす。強烈な苦味が口いっぱいに広がっていく。水の入ったカップを手渡された瞬間に、勇者は慌ててそれを飲んだ。
「魔女様、酷い! これ、めっちゃ苦いじゃん! もっと甘いのがいいな、俺」
「蜂蜜にも限りがあるの。余分にあげられるものはないわよ」
「ええーっ! そうなの?」
元気になったら俺が蜂蜜を取りに行くよ、と勇者は笑う。それを魔女は呆れたように見つめる。
「あと、いちいちうるさいねぇ、勇者くん」
「うん、俺、喋るの好きなんだよね。軽いとか、ヘラヘラしてるとか、よく言われるよ」
「それ、褒められていないでしょう」
「わかる? 勇者としての威厳がないって、よく聖職者とか貴族とかに怒られてる。十八なんだし、貫禄がなくても仕方ないじゃん。威厳とか貫禄より親しみやすさのほうが大事だと思うんだよね、俺は」
魔女は勇者の考えを否定も肯定もしない。勇者の話をきちんと聞いているのかどうかもわからない。無視されているのは確実だが、勇者は魔女に話しかけるのをやめようとはしない。ずっと喋り続けて、既に大きな独り言となっている。
「いや、もう本当にね、緋の国の『瘴気の澱』は最悪だったよ。もうやりたくない。どれだけ協力金を積まれても、次は断るよ。それだけ酷かった。皆、怒ったり泣いたり、蔑んだり嘆いたり、感情が昂りすぎて困ったよ。そりゃ、魔王が出現しなくなるのに何ヶ月もかかるよね」
魔女が一瞬だけチラと顔を上げたのだが、勇者はそれに気づかない。
「でも、まぁ何とか落ち着いたから、俺はもう紫の国に帰るんだけどね。あとは緋の国の聖女様と、新しい勇者が何とかしてくれるよ。俺もおじいちゃんになる前に引退しないとなぁ。国民に迷惑はかけたくないもんねぇ」
頷きながら、勇者は寝台の上から魔女を見つめる。
「ねぇねぇ、魔女様。魔女様は普通の人間だよねぇ? 嫌な気配が全くしないよ。勇者ってそういう気配に敏感だもん。どうして『魔女』なんて名乗ったの? その綺麗な濃い赤色の髪の毛、緋の国の聖女様と同じだよね?」
勇者が緋の国に来た当初は泣いてばかりだった幼い聖女も、今では立派に職業聖女を務めている。赤い巻き毛を可愛らしくまとめ、王都周辺に出現する『瘴気の澱』を祓い、人々を守っているのだ。
「もしかして、魔女様って聖女様の親戚? 森に閉じ込められちゃっているの? じゃあ、俺と一緒に森の外へ出る?」
「絶対に嫌よ」
「なんだ、魔女様、俺の独り言ちゃんと聞いてるじゃん」
寝台の上で、勇者は笑う。とても幸せそうに。
勇者は嬉しかった。一方的であっても、人とのんびりと話すのは本当に久しぶりのことだった。お喋り好きな勇者がそれを忘れるほどに忙殺されていたのだ。
しかも、話し相手は勇者好みの年上美女。鼻の下も伸びるものだ。
「魔女様はここに閉じ込められているわけじゃないんだね? 野菜も肉も薬草も水も手に入るなら、確かにここで生活するのもいいねぇ。いいなぁ。俺もここにいていい?」
「怪我が治ったら追い出すわよ」
「痛いなー! 頭も痛いし、足も痛い! いや、全身が痛いなー! これじゃあ当分森の外には出られないなー!」
「嘘ばかり。勇者くんには聖母神の加護があるでしょう。すぐ治るわよ」
バレたかぁ、とつまらなさそうに呟いて、勇者は天井を仰ぎ見る。
神託を授けられた勇者と聖女は、聖母神の加護によって守られる。傷の治りは早く、体力の回復も早い。頑丈にできているのだ。
幼い頃から、勇者には嫌な気配を感じ取る力が備わっていた。小さな『瘴気の澱』を祓う能力もあった。
職業勇者となり、聖母神の加護を身に着けてからは、幼少期のものとは桁違いの浄化能力に驚かされたものだ。聖母神の加護は、勇者や聖女の能力を最大限にまで増幅させるものなのだ。
「……あれ、でも、魔女様はどうして加護のことを知っているの? 勇者と聖女の能力についてはあまり周知されていないはずだけど」
魔女は答えない。ただ静かに何かをすり潰している。
「緋の国ではそうじゃないのかな。国によって聖職者の考え方も違うし、そういうものなのかな……ふああ」
天井を見つめながら考え事をしているうちに、勇者は眠りについていた。急に大人しくなった勇者をチラと見て、魔女は無表情で毛布をかけてやる。そうして、またすり鉢に向かう。
静かで穏やかな時間だ。勇者のいびきさえ聞こえてこなければ。しかし、魔女は気にする様子もなく、ゴリゴリと音を立てながらすり鉢で葉や枝、根をすり潰すのだった。
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