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しおりを挟む「…あの…ま、まだ…ですか…?」
シルクのシーツの上に体を横たえたまま、僕は目の前の男に許しを乞うた。
かれこれ10分ほど、ずっと同じ体勢をしている。
そろそろ心身共に耐えられなくなってきた。
背中も痛いし、太ももだってプルプル痙攣している。
「まだだ。もう少し目に刻みつけてから…食べたい。」
あっさり僕の願いを却下した男。
彼の視線は、裸の僕の上に乗った"作品"へと、ひたすらに注がれていた。
僕は甘いものが好きだ。
特に洋菓子。プリンにシュークリーム、ケーキなど。
人間と話すのは下手くそな自分にも、味覚を用いた彼らとの対話は、この上ない至福のひと時をもたらしてくれる。
僕にとって彼らは、癒しを恵んでくれる天使のような存在だ。
その日は遠出したついでに、話題のケーキ屋さんに寄ってみた。
いつもはスーパーとかコンビニで調達しているけれど、たまには贅沢をしてみたくて。
ただ、それだけだった…のに、
「あの、チョコレートボ
ガシッ!!!
「俺の、俺のケーキの…
"assiette "(皿)になってくれないか?」
おかしな言葉をかけてきたのは、大柄で武骨な雰囲気を纏う男だった。
ケーキ屋さんの制服だろう白いコックコートを、柔道や空手の道着のように着こなしている。
僕の手を掴んだまま男は、この店のパティシエなのだと自己紹介してくれた。
確かに彼は、パティシエらしさ溢れる格好で店のカウンターに立っていた。
だが失礼ながら、この繊細で美しいお菓子たちを作り出したのが目の前の人物だとは、どうにも結びつかなかった。
(…それにしても、なんでずっと僕の手を掴んでいるんだろう…?
握手って感じでもないし…なんか、まるで…)
逃がさない、そんな意志を感じさせる手だった。
話だけでもさせてほしいと、僕はパティシエのBさんに店のスタッフルームに通された。
店員の休憩所も兼ねているらしいそこには、よくある折り畳み机とパイプ椅子数脚が並べられていた。
奥の席を勧められたので、「失礼します」と呟いてから浅く腰掛けた。
(知らない人と、初めて来た場所で、2人きり……)
人見知りには大変きついシチュエーションである。背もたれを使うのだって、はばかられた。
Bさんは、そんな縮こまっている僕にわざわざティーポットで紅茶を入れてくれた。
アッサムの甘く豊かな香りが、ふわりと鼻をくすぐってくる。
蒸らし時間に紅茶にミルクと砂糖は入れるか聞かれたが、僕は反射的に「大丈夫です」と答えていた。
(ミルクを入れたい気もしたけど…クリアな紅茶の方がケーキをより味わえそうだしな…)
いや本当は、人に自分の余計な意見を言うのが恐かっただけだ。
相手が初対面の方なら尚更、慎重になりたかった。
慣れた手つきで紅茶を淹れ終えたBさんが、静かにカップを僕の前に置いてくれた。
(…こ、こういうのって、どのタイミングで口を付けたらいいんだっけ…?)
鮮やかな紅が堂々とおさまっているカップを見ながら、僕はおどおどと考えた。
(確か、勧められてからか、相手が口を付けた後かだったよな…?)
なんとかビジネスマナーの知識を引っ張り出し、向かいに座る人物をうかがい見る。
Bさんは紅茶の味を、じっくり確かめていた。
が、こちらの視線に気づいたのか、カップを置いた。
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