なぜか処女懐胎して婚約破棄されました

村雨 霖

文字の大きさ
上 下
42 / 49

第四十ニ話 懺悔のシスター

しおりを挟む
「まさか、真の聖女が出現するとは」

「サザークも聖女には違いないのですが……」

「エルデ神の加護を受けた者だぞ? マーモア様の加護を受けた聖女が、別に現れたのだ。大地と豊穣の女神の加護だ。どれだけの恩恵がこの国にもたらされることか。
敵国たるグリスローダが信奉する、闇の神の加護を受けた者なぞ、置いておけるわけがなかろう」

「あれの深淵魔法にも充分、恩恵を受けて来たはずですが? それにたとえ敵国の神であっても、加護を受けた聖女を処刑するなど……どんな祟りがあるか分かりませんぞ?」

「ならば、要職からは外し、一介のシスターとして、末端の教会にでも送れ」



……これが、当時の国王とマーモア神教教皇のやり取りである。
それから間もなく、聖騎士団の集会が秘密裏に執り行われた。



「これから作戦の概要を説明する。今回の任務は、偽の聖女を確保することである」

何も知らずに出席した、前世のアロイスは二の句が告げなかった。

ば、馬鹿な……あの御方が偽物であるはずがない。間違いなく神の奇跡を使える人物だ。
人柄だって間違いない。それなのに……

動揺する彼に、上司である隊長がネックレスのような、紐に通した群青色の貴石を、手渡してきた。

「上からの命令によれば、聖女サザークについては、神殿より追放するだけで、命までは奪わないとのことだ。
しかし、抵抗するようなことがあれば、我々は彼女を『聖女を騙る魔女』として討たなければならなくなる。
だから……彼女に一番近しいお前が、この魔封じの枷を掛けるのだ」

「わ、私が……」

「任務が失敗すれば、私の首がねられる可能性もある」

「!」



……結局、集会のあとアロイスに残されたのは、極秘の任務と濃い青のネックレスだった。



***



聖女は毎朝、誰よりも早く神殿へと出仕し、石像に祈りを捧げる。信者がいないこの時間を狙い、アロイスは聖女に声を掛けた。いつもは挨拶しかしない彼女へ、普通に話し掛けるのは、これが初めてだった。

「聖女様、お話があります」

「何でしょう?」

「あの、素晴らしいネックレスを手に入れたので、是非とも聖女様に身に付けていただきたいと思いまして……」

断ってくれ……内心そう思いながら、魔封じの枷を彼女の目の前に差し出した。
群青色の石が綺麗に繋がるそのネックレスを、しばらく見ていた彼女は、不意に視線を上げ、私の目を見つめた。

「ありがとう。あなたが首に掛けてくださる?」

彼女の微笑みが、切なげに見えて、胸に刺さる。
アロイスが首に魔封じの枷を掛け終わった瞬間、周囲のドアが一斉に開いた。

「偽聖女、ユリエル・サザーク! 貴様を連行する!」

私と彼女を、大勢の騎士が取り囲む。彼女は表情を全く変えなかった。
まるで、そうなることを知っていたかのように。



***



作戦は成功したが、彼女がどこに送られ、どのような処遇を受けたのか、我々に知らされることはなかった。
その後、アロイスは副隊長に任命されたが辞退し、自ら、辺境の警護にあたることを選んだ。

辺境は、ならず者や魔獣が出没する危険地帯だ。彼は部隊の中でも、一番厄介な仕事をわざわざ引き受ける。
あの一件以来、夜中に何度も目を覚まし、まともに寝た試しがない。
危険に身を晒していると、自らの罪が許されるような気がしたのだ。

ある夜、酒場で、酔っ払った仲間の騎士に、ひどく絡まれた。

「お前は馬鹿なのか。なんで自分を大事にしない?」

この男とは普段は気さくに冗談を言ったりする間柄だったが、相手はしばしば深酒をするタイプだった。

「こんなつまらん場所に来てまで、魔物に引き裂かれて死にたいのか? 
辺境に来るのは、脛に傷持つ奴しかいねえが、後悔を胸にしまい込んでるなら、近所の教会にでも行って、懺悔して来い。少しは楽になる」

男はさんざんクダを巻いた挙句、潰れて寝てしまった。

「懺悔か……」

酔っ払いから解放されたアロイスは、一つ、ため息を吐いた。



ある日、彼はいよいよ良心の呵責に耐えかねて、宿舎から一番近い教会へと足を運ぶことにした。
神父に事情を話し、程なくして懺悔室に通され、待つように言われる。

しばらくして、無言で現れたのは、黒い布で目隠しをした一人のシスターだった。
黒く長い髪に、細身で長身の、少しやつれた……

ユリエル・サザークだ。

心臓に大きな穴が空いたような衝撃を覚える。
目元が見えなくても、分かった。毎日、焦がれながら、ずっと側にいたのだ。間違いない。

少し下に目をやれば、首に刻まれた、声帯除去手術の跡がとても痛々しい。
言葉を失っていると、こちらが無言なのを察した彼女が「どうぞ」というように、利き手を差し出した。
その手には親指がない。

姿を見られることがなく、聞いた話を他人にしゃべることも、文字を書いて伝えることもできない。

すりガラスなどは通さずに、あえてシスターの姿を見せ、秘密が守られるのを証明する。
それが、この教会における、懺悔のシスターだ。一生、人の罪の話を聞かされ続けるだけの存在。

彼女に何を言えばいい。彼女をそんな目に合わせた者どもの一員である自分が、彼女に、何を……



無言で席を立ち、逃げ帰ったアロイスは、そこから数日後、人気のない森に入り、首を吊った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する

ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。 その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。 シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。 皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。 やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。 愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。 今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。 シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す― 一部タイトルを変更しました。

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。

サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――

婚約破棄で見限られたもの

志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。 すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥ よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。

処理中です...