40 / 49
第四十話 ノエルの母
しおりを挟む
ちょ、ちょっと待って!?
エルデさんの赤ちゃん!?
ノエルが?
いきなり走った衝撃に、混乱が止まらない。
言葉を発しようと、口だけパクパクさせていると、どこかに弾き飛ばされたような感じがした。
気付けば、私がいたのは、エルデさんのアパートメントだった。
ベッドの横の椅子に座る私のお腹に、横向きになったエルデさんがしがみついている。パールはベッドの側で、驚き固まっていた。
「あの……」
声を掛けると、エルデさんはハッとしたように、お腹から離れ、両の手のひらを見る。
「ああ、力の流れが循環してる……すっかり治ってるわ……」
彼女は、ベッドから降り立つと、その場でステップを踏むように、クルリと一回転した。
すると、束ねられた長い髪が解け、簡素な男物のシャツとズボンが消え、深層意識で見た時と同じ、淡い虹色をしたローブをまとっている。それは、まるで神話を読んで想像した女神そのもの。まさに神々しい姿だ。
「よかった、この子は最初の『呪いの星』が飛んで来たとき、咄嗟に逃したの。
この世界で、私以外で闇属性の力が一番溢れる場所に向けて、ね。
でもそこから、この子の気配が世界から消えてしまって、探しても全く分からなくなってしまったのよ。
……まさか、あなたのお腹に行ってしまっていたなんて」
ああ、逆流星の呪いに間違いない。
『一番愛する者の存在を、一切感じられなくなる』という、酷い呪い。
「それじゃ、この子のお母さんは、本当に……」
「そう、私。父親はゾンネよ」
何だか、いろいろなことが起こって、頭を整理できない。
ノエルが私の子じゃなくて、神様二人の子どもだったなんて……
お腹の中で、ノエルがくるんと動く。エルデさんの方に頭を向けた気がする。
「エルデまま……ぼく、ノエル」
「え」
エルデさんが固まった。
「ユリエルままが、名前、付けた」
「あ……ごめんなさい……てっきり私の赤ちゃんだと思って……話しかける時に、名前があると便利だから……」
慌てて謝罪すると、彼女は再び笑顔に戻った。
「いえ、いいのよ。この子……ノエルを守ってくれてありがとう。
それより大事なお願いがあって。
……この子を、私に返して欲しいの」
一瞬、言葉に詰まった。
もう何ヵ月も自分の子どもだと思って、朝な夕なに話しかけ、慈しんできた。
すっかり母親の気持ちになっていた。
でも、この子と血の繋がった本当の母親がいるのなら……
そして、その母親と一緒に暮らすのがノエルの幸せなら……私の出る幕じゃない。
「……分かりました」
「ありがとう。それじゃ、ベッドで横になって」
エルデさんと入れ替わりに、仰向けに寝る。
私のお腹に触れるか触れないか、という高さに、白い手が、かざされた。
数秒もすると、私のお腹から、赤と白が交互に輝く光の玉が、スーッと出る。
光はそのまま、エルデさんのお腹に入っていくのが見えた。
「ちょっと待ってね、あなたの身体も、何もなかった頃に戻すから」
彼女は私のお腹から胸にかけて手をかざし、妊娠の兆候が出る前の身体に戻す。
お腹に手をやると、真っ平らだ。皮膚が伸びたような形跡も全く残っていない。
これで、本当にノエルとお別れなんだ。
目尻から耳に向かって、涙が伝った。
そのまま寝かされて、十分ほどが経ち、エルデさんが私の頬に手を添え、言う。
「もう起きても大丈夫よ。それにしても……なんとお礼を言ったらいいか」
「だ、だったら、アロイス様をお助けくださいませ!」
声を上げたのは、ここまで沈黙を守っていたパールだった。
「3つ目の『呪いの星』を阻止しようとして、行方不明なんです!
まだ私と契約が切れた気配がないので、生きているはずです!
神様! お願いです!」
精霊の契約が切れてないのは、私も今、初めて聞いた。
彼はまだ生きているの!? 胸に希望が灯る。
「エルデ様! 私からもお願いします! 彼を助けて!」
「分かったわ。できる限りのことはしてあげる。ただし、私にはノエルがいるから、マーモアと直接やり合うことはしたくないの。悪いけど、ここから力を送ることしかできないわ。それでもいい?」
「それでも、かまいません。彼のところに行きたいんです。助けたいんです。お願いします、エルデ様!」
「了解、すぐに送り届けるわ。あと、『エルデ様』は止めて。あなたに限り『エルデさん』でいいから」
「はい、エルデさん」
「それじゃ、そこの、クローゼットの影の上に立って」
言われて、その通りに立つ。パールがついて来ようとすると、エルデさんに止められた。
「あなたはここで待っていた方がいい。戦う力がない子には、他にやるべきことがあるはずよ」
パールは一瞬不服そうな顔をしたけれど、すぐに気を取り直したのか
「お嬢様、私の分まで、頑張ってください!」
と私の手を握り、すぐに離して、影から遠ざかった。
「それじゃ、昔、マーモアの拠点があった、死火山に送るわよ……」
エルデさんの言葉と共に、私は足元から伸びてきた闇に包まれた。
空間を裂く転移魔法とは違い、闇の神が使う転移は、暗く静かだ。
足元から風が吹き、降り立った場所は、大きな岩の陰だった。
ここは、死火山……?
前に来た時とは、地形が変わっている。地面が隆起して、平らだった土地が、小山のようになっていた。
山の頂を見上げると、何か、光っているものが見える。
何か、大きな水晶の柱のようだ。
目を凝らすと、水晶の中心に、人影のような輪郭が見えた。
今すぐ確認しろと、直感が告げる。
ヨロヨロと急な坂をよじ登り、水晶に張り付くように顔を寄せた。
「そんな、どうして……」
結晶が隔てる、彼の、決して動かない横顔に、私は立ち尽くした。
エルデさんの赤ちゃん!?
ノエルが?
いきなり走った衝撃に、混乱が止まらない。
言葉を発しようと、口だけパクパクさせていると、どこかに弾き飛ばされたような感じがした。
気付けば、私がいたのは、エルデさんのアパートメントだった。
ベッドの横の椅子に座る私のお腹に、横向きになったエルデさんがしがみついている。パールはベッドの側で、驚き固まっていた。
「あの……」
声を掛けると、エルデさんはハッとしたように、お腹から離れ、両の手のひらを見る。
「ああ、力の流れが循環してる……すっかり治ってるわ……」
彼女は、ベッドから降り立つと、その場でステップを踏むように、クルリと一回転した。
すると、束ねられた長い髪が解け、簡素な男物のシャツとズボンが消え、深層意識で見た時と同じ、淡い虹色をしたローブをまとっている。それは、まるで神話を読んで想像した女神そのもの。まさに神々しい姿だ。
「よかった、この子は最初の『呪いの星』が飛んで来たとき、咄嗟に逃したの。
この世界で、私以外で闇属性の力が一番溢れる場所に向けて、ね。
でもそこから、この子の気配が世界から消えてしまって、探しても全く分からなくなってしまったのよ。
……まさか、あなたのお腹に行ってしまっていたなんて」
ああ、逆流星の呪いに間違いない。
『一番愛する者の存在を、一切感じられなくなる』という、酷い呪い。
「それじゃ、この子のお母さんは、本当に……」
「そう、私。父親はゾンネよ」
何だか、いろいろなことが起こって、頭を整理できない。
ノエルが私の子じゃなくて、神様二人の子どもだったなんて……
お腹の中で、ノエルがくるんと動く。エルデさんの方に頭を向けた気がする。
「エルデまま……ぼく、ノエル」
「え」
エルデさんが固まった。
「ユリエルままが、名前、付けた」
「あ……ごめんなさい……てっきり私の赤ちゃんだと思って……話しかける時に、名前があると便利だから……」
慌てて謝罪すると、彼女は再び笑顔に戻った。
「いえ、いいのよ。この子……ノエルを守ってくれてありがとう。
それより大事なお願いがあって。
……この子を、私に返して欲しいの」
一瞬、言葉に詰まった。
もう何ヵ月も自分の子どもだと思って、朝な夕なに話しかけ、慈しんできた。
すっかり母親の気持ちになっていた。
でも、この子と血の繋がった本当の母親がいるのなら……
そして、その母親と一緒に暮らすのがノエルの幸せなら……私の出る幕じゃない。
「……分かりました」
「ありがとう。それじゃ、ベッドで横になって」
エルデさんと入れ替わりに、仰向けに寝る。
私のお腹に触れるか触れないか、という高さに、白い手が、かざされた。
数秒もすると、私のお腹から、赤と白が交互に輝く光の玉が、スーッと出る。
光はそのまま、エルデさんのお腹に入っていくのが見えた。
「ちょっと待ってね、あなたの身体も、何もなかった頃に戻すから」
彼女は私のお腹から胸にかけて手をかざし、妊娠の兆候が出る前の身体に戻す。
お腹に手をやると、真っ平らだ。皮膚が伸びたような形跡も全く残っていない。
これで、本当にノエルとお別れなんだ。
目尻から耳に向かって、涙が伝った。
そのまま寝かされて、十分ほどが経ち、エルデさんが私の頬に手を添え、言う。
「もう起きても大丈夫よ。それにしても……なんとお礼を言ったらいいか」
「だ、だったら、アロイス様をお助けくださいませ!」
声を上げたのは、ここまで沈黙を守っていたパールだった。
「3つ目の『呪いの星』を阻止しようとして、行方不明なんです!
まだ私と契約が切れた気配がないので、生きているはずです!
神様! お願いです!」
精霊の契約が切れてないのは、私も今、初めて聞いた。
彼はまだ生きているの!? 胸に希望が灯る。
「エルデ様! 私からもお願いします! 彼を助けて!」
「分かったわ。できる限りのことはしてあげる。ただし、私にはノエルがいるから、マーモアと直接やり合うことはしたくないの。悪いけど、ここから力を送ることしかできないわ。それでもいい?」
「それでも、かまいません。彼のところに行きたいんです。助けたいんです。お願いします、エルデ様!」
「了解、すぐに送り届けるわ。あと、『エルデ様』は止めて。あなたに限り『エルデさん』でいいから」
「はい、エルデさん」
「それじゃ、そこの、クローゼットの影の上に立って」
言われて、その通りに立つ。パールがついて来ようとすると、エルデさんに止められた。
「あなたはここで待っていた方がいい。戦う力がない子には、他にやるべきことがあるはずよ」
パールは一瞬不服そうな顔をしたけれど、すぐに気を取り直したのか
「お嬢様、私の分まで、頑張ってください!」
と私の手を握り、すぐに離して、影から遠ざかった。
「それじゃ、昔、マーモアの拠点があった、死火山に送るわよ……」
エルデさんの言葉と共に、私は足元から伸びてきた闇に包まれた。
空間を裂く転移魔法とは違い、闇の神が使う転移は、暗く静かだ。
足元から風が吹き、降り立った場所は、大きな岩の陰だった。
ここは、死火山……?
前に来た時とは、地形が変わっている。地面が隆起して、平らだった土地が、小山のようになっていた。
山の頂を見上げると、何か、光っているものが見える。
何か、大きな水晶の柱のようだ。
目を凝らすと、水晶の中心に、人影のような輪郭が見えた。
今すぐ確認しろと、直感が告げる。
ヨロヨロと急な坂をよじ登り、水晶に張り付くように顔を寄せた。
「そんな、どうして……」
結晶が隔てる、彼の、決して動かない横顔に、私は立ち尽くした。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います
ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には
好きな人がいた。
彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが
令嬢はそれで恋に落ちてしまった。
だけど彼は私を利用するだけで
振り向いてはくれない。
ある日、薬の過剰摂取をして
彼から離れようとした令嬢の話。
* 完結保証付き
* 3万文字未満
* 暇つぶしにご利用下さい

【完結】婚約破棄されたから静かに過ごしたかったけど無理でした
かんな
恋愛
カトリーヌ・エルノーはレオナルド・オルコットと婚約者だ。
二人の間には愛などなく、婚約者なのに挨拶もなく、冷え切った生活を送る日々。そんなある日、殿下に婚約破棄を言い渡され――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる