なぜか処女懐胎して婚約破棄されました

村雨 霖

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第三十五話 禁呪の頁(ページ)

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「では、また来る。次は明後日の午後二時頃になると思う」

「分かりました。またいらして下さい。お元気で」

普段通りに戻ったアロイス様を、玄関先で見送った。
さっきのあれは、たまたまだったのかもしれない。そう思いたい。

再び仕事部屋に戻り、翻訳を再開する。

セプタ教団の経典を私が持ち帰ったことは、私とアロイス様だけの秘密だ。
戦争に参戦していたセプタの魔導士達は、異常なまでに強化されていた。そして、力を失った後、干からびて命を落とした者が多数いる。おそらくこの経典に書かれた秘術が使われたのだろう。

こんなものを、どこの国であれ、権力者に渡してはいけないとアロイス様は判断した。私もそう思う。でも、神様……特にエルデさんに掛けられた『星の呪い』は解呪しなければ。それが済んだら、この書物はどこかに封印することになる。

強力な念が篭った書物は、破ったり、焼いたりしようとすると、災いが起こる可能性が高く、封印するしかないらしい。いつの世も、人の念というものは厄介なものだ。



それにしても、経典を訳していると、複雑な気分になる。

この本において『地底の魔人』と『地底の魔女』は、『地底の魔神』と『地底の女神』であり、ゾンネ様やエルデさんと同等の存在だ。しかも、地底の神達は、慈愛の精神に満ちた者として描かれている。

誰かが何かを書くとき、完全に客観視されていることは少ない。多かれ少なかれ、自分に都合がいいように書かれるものだ。
だけど、この記述には、一概に嘘だと決め付けられない何かがあった。
私は八百年前を知らないから、何が本当かなんて、分からないけれど。



気を紛らわそうと、私は少し休憩することにした。何気に、まだ翻訳していない、しばらく先の方のページをめくってみる。すると、何か違和感を覚えた。よく見ると、経典の中に、誰かが後から下線を引いた部分がある。朱色のインクの質感が新しい。

それは地底の魔女・マーモアの魔法を解析した章だった。
最初は何でもない、基礎的な術ばかりだったのが、あるところから、突然、禁呪が列記され始めていた。

『声に出して実際に唱えてはいけない』

そう注釈が書かれている。本を持つ手が小刻みに震えた。
声に出して読み上げた訳でもないのに、視界に入る文字から毒が染み出してきそうな、嫌な感じがする。
意味が分からないのに、とてつもなく恐ろしい。

私は思わず、ページを閉じてしまった。

……ここは訳しても、いいんだろうか?
すごく迷う。
少なくとも、これは私一人で判断すべきじゃない。明後日、アロイス様に相談しよう。

陽も少しずつ落ちてきている。今日の仕事はここまでにして、夕食を待つことにした。
本をパタンと閉じて、席を立つ。



すると……目の前で、閉じたはずの本が開いた。
窓が開いてないのに、紙が風にさらわれたように、パラパラとめくれる。
本の動きが止まり開かれたページは、さっきの禁呪のページだった。

なぜ、こんな……
気味が悪くなり、経典をその場に置いたまま、部屋を逃げ出した。
急いでリビングに向かう。

「お嬢様、どうしたんですか? お食事ならもう少し後ですよ?」

パールが私を宥めるように言いながら、キッチンから出てきた。

「助けて! 本がおかしいの! 勝手に危険なページが開いて……
キャアアアア!!」

リビングのテーブルの上に、経典が、さっきのページを開いたまま、置かれていた。
血相を変えたパールが叫ぶ。

「シュメタリン! 御主人様を呼んできて!」

パールのそばに、白い蝶が一匹現れ、すぐに消えた。

テーブル上の本から、誰か分からない大勢の声がする。


唱えよ……唱えよ……唱えよ……
唱えよ……唱えよ……唱えよ……
唱えよ……唱えよ……唱えよ……
唱えよ……唱えよ……唱えよ……


経典が、その内容を見せつけるように立ち上がり、宙に浮かんだ。
そのまま、空中をふわりふわりと、こちらに近付いてくる。

「お嬢様! 私の後ろに!」

パールが駆け寄って、私を庇うように立った。

怖い……どうしたら……
ノエルも怖がっている。こんな悪意の塊に触れるのは、おそらく初めてだろう。
お腹から恐怖の感情が膨れ上がりながら私の元にやって来て、思うように動けない。
すると、私の目の前にいるパールから、無理やり絞られるような声が漏れてきた。

「グネヘリ・グネヘル」

途端に、パールの全身を濁った暗闇が覆った。精霊の少女は、そのまま膝から崩れ落ちる。

「や、やめて!!」

精一杯、声を張り上げても、呪いの声は止まらない。

唱えよ……唱えよ……唱えよ……
唱えよ……唱えよ……唱えよ……
唱えよ……唱えよ……唱えよ……
唱えよ……唱えよ……唱えよ……

もつれる足で後ろに下がったが、壁に阻まれてしまった。
パールを覆っていた闇が、私の足元に、にじり寄る。
本は空を浮き沈みしながら、すぐそこまで近付いていた。

両腕でお腹を隠すようにしながら、目を閉じて、口を引き結び、歯を食いしばる。

絶対に、唱えない……!

そう心の中で叫んだ瞬間、閉じていたドアや窓が全て、一斉に開いた。



「遅れてすまない」



一番近くの窓からこちらに飛び込んで、本から庇うようにして、私の前に立ったのは、アロイス様だった。
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