なぜか処女懐胎して婚約破棄されました

村雨 霖

文字の大きさ
上 下
33 / 49

第三十三話 神の棲家

しおりを挟む
期限が来た。私の時が刻まれ始める。
顔が日差しで照らされて、眩しくて目を覚ました。

…………ここは、どこ?

棺桶の中ではない。
ローデント侯爵邸の、私の部屋でもない。
アロイス様の私邸の客間でも、森の隠れ家でもなさそうだ。

天井も、壁も、床も、半透明の白いすりガラスのような素材で、光がよく通る。初めて見る建物。
絹で作られたような、柔らかく、すべすべの、大きなクッションの上に、私は寝かされていた。

「ようやく起きたか。小賢しい術をかけた者がいるな。おかげで随分と待たされた」

足元の方から、聞き覚えのある声が聞こえた途端、緊張感で全身が固まる。
これは……赤い髪の神様……そう、ゾンネ様だ。

「そんなに固くなる事はない。用があるのは、その小僧だけだ」

赤い獅子の痣がある手の、人差し指を立て、彼は、私のお腹を指差した。

小僧……ノエルのこと? そうか、ノエルは男の子だったのか。
私は無意識にお腹を庇うような手つきになる。

「エルデの居場所を教えろ」

ゾンネ様は、ドスの効いた声で、ノエルに凄んだ。

「それなら私が知ってます。隣国で会いました。
エストリールの首都、クレストの東の町外れにある、アパートメントの二階です。
建物の屋根は青で、入り口に小さな木の看板があって、『ウィルアパートメント』と刻まれています」

「そうか」

私が答えるなり、ゾンネ様は部屋を飛び出していく。その直後、半透明の壁の向こうを、赤い光が飛び去って行くのが見えた。そんなに奥さんに会いたかったのだろうか。エルデさんが言うには、ずっと彼女を放置していたらしいのに……

それより、ここから逃げることを考えなくては。
ゾンネ様は気まぐれな感じがする。今は無事でも、次に戻ってきた時に機嫌が悪かったら、何をされるか分からない。

私はクッションから下りて、部屋を出た。

この建物は、部屋も、廊下も、どこもかしこも、同じように白い半透明の天井、壁、床が続く。ときどき見かけるクッションや椅子らしき物も、一様に白い。気を付けなければ、すぐに迷いそうだ。

そろりそろり、音を立てずに進んでいると、一カ所だけ、あまり光を通さない部屋が見えた。
そっと近付き、中を覗き込むと、そこにあったのは、積み上げられた書物の山、山、山……
そのほとんどが埃をかぶっている。

山の片隅にある、黄色いハードカバーの分厚い本が、ふと目に入った。埃もなく、まだ持ち込まれて日が浅い様子だ。
表紙の文字はエストリール語だった。

これは……セプタ教団から持ち出された経典なのでは……?
私は急ぎ、パラパラとページをめくる。言い回しは古いけれど、何とか読めそうだ。

ふと、あるページに目が止まる。



【星の呪いについて】

地底の女神・マーモアの放つ『星の呪い』は、呪いの対象の生命力と精神力の大半を奪う。

そして呪いの対象の精神の軸に最も大きな傷を与える。
対象が最も愛し、必要とする存在から遮断される。
その姿を見る事はできず、声を聞くことは叶わず、触れようにも、手が素通りする。
存在そのものを感じ取ることができなくなる。
呪いの鍵を外さぬ限り、それは永遠に持続する。

星の呪い……
逆流星のことが頭に浮かぶ。

エルデさんは、この呪いを受けたと言っていた。
だから、夫であるゾンネ様と連絡が取れなくなっているんだろうか。

ダン……!

建物が揺れた。少し向こうに赤い光が見える。ゾンネ様が帰ってきてしまった。大股で、こちらへ歩いて来るのが見える。
慌てて本を閉じて、元あった場所に戻すと、部屋に大声が響いた。

「おい! どういうことだ! エルデはいなかったぞ! どこにもいなかった!」

空気がビリビリと震える。

「あの……『星の呪い』のせいではないのでしょうか?」

「呪い!? あやつが放った最初の星はエルデに命中したが、二度目の星を私は避けた。髪の先にかすりはしたが、呪いに触れた髪は、即座に切った。だからこうして、力も失っていない」

神は手近にあった書物を一冊手に取り、即、燃やしてみせた。

「かすったのですか」

「……そこの黄色い書物を見せろ」

経典を彼に渡すと、おそらくさっき私が見たページを読み返している。

「そんな馬鹿な……ほんの一束の髪の先でも、触れたら呪われるのか?
星が来るまでは、世界中のどこにエルデがいても、居場所を察知できたのだぞ?」

ゾンネ様は蒼白になった。本気で自分に呪いがかかっていないと信じていたのだろう。
経典を床に叩きつけると、その場に膝をつく。

……しばらく無言で髪をかきむしっていた彼が、床に両手をつき、言葉を発した。

「お前達はもう用無しだ、出て行け」

「あの、経典にもう少し何か書いてあるかもしれません」

「それも、もう要らぬ。呪いの解き方は書かれてなかった。欲しいならくれてやる」



私は無言で、経典を拾い上げると「失礼いたします」とだけ答えて、その場を離れた。さっきゾンネ様が帰ってきた場所を玄関だと推測して、そちらに向かう。

だが、玄関まで行って、私は絶望した。目の前にはちぎれかけた雲があり、青い空がある。下を見ると、遥か下に積み木のような建物が見える。ここは空中の城なのだ。

少し不安はあるけれど、ノエルに転移魔法を使ってもらうしか、地上に戻る方法はないだろう。

「ノ、ノエル、聞こえる?大丈夫?」

お腹からの返事はない。さっきゾンネ神に脅されて、萎縮してしまったのかもしれない。

「どうしたらいいの……アロイス様、私……」

心許なくて、つい、彼の名前を呼んでしまう。
すると、ごく近くから、声がした。



「御令嬢、そこはグリスローダ上空だ」

「えっ」

私の死装束の胸元から、蝶が一匹、飛び出してきた。その蝶から、彼の声が聞こえてくる。

「私の使いをあなたの服に紛れ込ませた。多分、ノエルを起こせるだろう」

蝶は輪を描くように私のお腹の周りを舞うように飛ぶと、私のお腹の真ん中にとまった。
しばらくすると、蝶が光の粒となって消え、ノエルの目覚めを感じる。

一息吸って、お腹に話しかけた。

「おはよう、ノエル。寝起きに申し訳ないけれど、森の隠れ家に連れて行ってくれる?」

空の色が濃く、薄く、変化すると、空間が開いて、私を飲み込んでいく。

降り立った先は森に囲まれた、新しい私達の家。
玄関からパールが飛び出してきて、後からアロイス様がゆっくり歩いて来る。

「よかった……帰って来れた……」

目の前の光景に、心の底から安心感が湧き上がった。

これでようやく、私とノエルの新しい生活が始まるのだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する

ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。 その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。 シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。 皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。 やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。 愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。 今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。 シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す― 一部タイトルを変更しました。

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

「お姉様ばかりずるいわ!」と言って私の物を奪っていく妹と「お姉さんなんだから我慢しなさい!」が口癖の両親がお祖父様の逆鱗に触れ破滅しました

まほりろ
恋愛
【完結済み】 妹はいつも「お姉様ばかりずるいわ!」と言って私の物を奪っていく。 誕生日プレゼントも、生誕祭のプレゼントも、お祖父様が外国に行ったときのお土産も、学園で首席合格しときに貰った万年筆も……全て妹に奪われた。 両親は妹ばかり可愛がり「お姉さんなんだから我慢しなさい!」「お前には妹への思いやりがないのか!」と言って私を叱る。 「もうすぐお姉様の十六歳の誕生日ね。成人のお祝いだから、みんな今までよりも高価な物をプレゼントして下さるはずよね? 私、新しい髪飾りとブローチとイヤリングとネックレスが欲しかったの!」 誕生日の一カ月前からこれでは、当日が思いやられます。 「ビアンカはお姉さんなんだから当然妹ののミアにプレゼントを譲るよな?」 「お姉さんなんだから、可愛い妹のミアのお願いを聞いてあげるわよね?」 両親は妹が私の物を奪っていくことを黙認している、いえ黙認どころか肯定していました。 私は妹に絶対に奪われないプレゼントを思いついた、贈った人も贈られた人も幸せになれる物。その上、妹と両親に一泡吹かせられる物、こんな素敵な贈り物他にはないわ! そうして迎えた誕生日当日、妹は私が頂いたプレゼントを見て地団駄を踏んで悔しがるのでした。 全8話、約14500文字、完結済み。 ※妹と両親はヒロインの敵です、祖父と幼馴染はヒロインの味方です。 ※妹ざまぁ・両親ざまぁ要素有り、ハッピーエンド。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 他サイトにも投稿してます。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/07/17、18時、HOTランキング1位、総合ランキング1位、恋愛ランキング1位に入りました。応援して下さった皆様ありがとうございます!

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...