なぜか処女懐胎して婚約破棄されました

村雨 霖

文字の大きさ
上 下
28 / 49

第二十ハ話 再会と抱擁

しおりを挟む
私がアロイス様の私邸に転移してから、丸一昼夜。

「おや……? 御主人様が到着したようです」

彼の帰宅にいち早く気付いたパールと共に、玄関ホールに向かう。

そこには、一番会いたかった人がいた。
他人の家に勝手に上がり込んでいる自分に、少し引け目を感じながら、二人で屋敷の主人を迎え入れる。

「お帰りなさいませー!」
「お帰りなさい」

アロイス様は「ただいま」とパールの頭をひと撫ですると、私に向かって声を掛けた。

「今、帰還した」

「ご無事でよかったです。ずっと、心配で……」

もう少し気の利いたことを言いたいのに、言葉が浮かばない。

「あなたこそ……いろいろと大変だったようだな。もう何も心配しなくていい。私が側で守る」

そう言いながら、上背のある彼は、小さな子供にするように、私の頭を撫でた。最初、ほんの一瞬、彼の手が私の頬に伸びてきたような気がしたけれど、錯覚だったようだ。

いつも余裕があるように見えたアロイス様も、今は疲れの色が濃く見える。勝ち戦とはいえ、戦争は戦争だ。ゆっくり心を休めて欲しい。



私達は三人で、二階にあるいつもの客間へと場所を移した。陽だまりの匂いがする、落ち着く空間だ。
パールがお茶を淹れ、オレンジの花から集めた蜂蜜を添えて、バターケーキとともに供してくれる。

「では、私はしばらく片付けをしてきますね」

そう言いながらパールが出て行くと、部屋には、しばし沈黙が訪れる。その静けさを破ったのはアロイス様だった。

「手のひらに獅子の形の痣がある男と、出会ったそうだね」

城で報告を聞いたのだろう。私はあの日、起こったことをありのまま話した。

侯爵邸の庭園で、ペンデュラムを使ったら、上空に座標が表示されたこと。
やって来た赤い長髪の男が神を名乗ったこと。そしてお腹の子との親子関係は否定したこと……

アロイス様が驚いた表情で訊く。

「神だとしたら、よく向こうから来てくれたな」

「この機会を逃したら、もう座標が表示されないかもと思って、空に向かって大声で呼びかけたら、本当に来たんです!」

手柄を立てた気分で、すかさず答えると、彼はこめかみに手を当て、つぶやいた。

「頼むから、今後は一人で危険を呼び込むようなことは、控えてくれ」

「ご、ごめんなさい……あ、そうだ。今思い出したんですけど、神様に会ってから、ノエルがしばらく怒っていました」

「ノエル?」

「私、お腹の子に『ノエル』と名前を付けて、時折、話しかけているんです」

それを聞いて、アロイス様は少し複雑な表情になった。が、それ以上追及されることもなかった。



神様の件を話し終わると、話題はエストリールの国境戦に移る。

「途中まで、戦況はエストリール側が有利だった。だが、赤い光が飛来して、敵陣の後方にある森の方へと、多数の槍を打ち込んで、形勢が逆転した」

「時間的に、私のところに来た後、そちらに向かったようですね」

「どんな意図があったのかは不明だ。だが我々はそれで救われた」

「そうでしたか……」

「セプタ教団は遠からず解体されるだろう。ただ、教徒は潜伏するかもしれないが。

ところで、隣国の情勢が落ち着いたら、神の槍が落ちた森を調査したいと思っている。その時は、あなたに留守番を頼むことになるが……この屋敷なら聖霊達が護っているから、危険はないだろう」

「留守番ですか……」

思わず、目線を落とす。できればついて行きたい。でも、遊びではないのだ、私がいたら邪魔になるかもしれない。ただ、隣国には私も用事があった。

「お願いです、私も隣国に連れていってもらえませんか? エルデさんに、赤い髪の男性と会った事を話したいんです」

「しかし……」

彼から否定の答えが出る前に、私はソファから立ち上がって、続けた。

「私、あの時、体調の悪いエルデさんを置いていったのが、ずっと心に引っ掛かっていて……謝りたいんです。
それに私、神様にエルデさんのことを、結局伝えられませんでした……
せめてあの人が東の空に浮かぶ雲の上にいたことや、戦争に介入したことを、知らせた方がいいと思うんです」

アロイス様は、私の真剣な眼差しを受け止めたが、そのまま反論した。

「しかし、今回は馬車を使って悠長な旅をする余裕がない。転移魔法を使用する。お腹の子…ノエルだったか、その子に差し障りがあっては困る」

「それなら心配ありません。私が今、このお屋敷にいるのは、ノエルが転移魔法を使ったからです」

一瞬迷って、でも、付け加える。

「昨日、私が城でシェラン殿下に襲われた時、ノエルがここに連れてきてくれたんです……
主人のいない屋敷に勝手に上がり込んでいて、ごめんなさい。でもこの子が、ここに逃してくれなければ、私……」

俯いていたら、また涙がこぼれそうになって、視線を上げた瞬間。不意に視界が変わり、気が付けば、私は王立魔導士団の軍服の胸元に頭を預けていた。彼の両腕が、私を外側からそっと支えるように抱いている。

「分かった……大丈夫だ。だから、もう泣かないで……」

泣かないで、と耳元で言われて、かえって涙が止まらない。私は彼の胸で、声をあげて泣き続けた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する

ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。 その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。 シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。 皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。 やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。 愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。 今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。 シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す― 一部タイトルを変更しました。

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

処理中です...