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第二十七話 この数秒すら
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「ユリエル様! どうしたんですか!? 泣かないで下さい」
声を抑えてしゃくり上げる私に、パールが心配そうに抱きついた。
「大丈夫、何でもないの。すぐに治まるから……」
実年齢は分からないけれど、まだ子どもに見えるパールに、さっきの出来事を説明するのは、はばかられた。手で涙を拭っていると、お腹に抱きついていたパールの表情が急に険しくなる。
「うっわ!! 最っ低!!! 事情はお子様から聞きました。そんな奴、シッシッ!ですよ! 私が守ってあげますから、今夜はここにお泊り下さい!」
どうやらパールはノエルと会話ができるらしい。彼女はそのまま、先日泊まった部屋に私を通すと、南国で育つフルーツの香りがするお茶を淹れ、リーフパイを添えてくれた。
「甘いものを摂ると気分が和らぎますよ。御主人様が帰って来るのは明日ですが、気持ちが落ち着くまで、ずーっと、このお屋敷にいていいですからね。ユリエル様の御両親には、今すぐ連絡を入れますから、ご安心を」
パタンとドアが閉まると、部屋は一気に静かになった。急に空腹を感じ、パイをサクッと一口齧ると、ほんのりと優しい甘みが口の中に広がる。それと共に、お腹の底から無限に湧き出そうだった怒りの感情も、すっと引いていくのが分かった。
アロイス様が帰るのは、明日。急に押しかけるような形でここに来てしまって、居座るのもどうかと思ったけれど、やはり彼が無事に帰ってくるなら、すぐにでも会いたい。獅子の痣がある人の件も知らせなくてはならない。
とりあえず、私はパールの言葉に甘えることにした。
***
同じ時、グリスローダ城では。
「兄上! 出して下さい! なぜ俺をこんなところへ……!」
「なぜと来たか」
ここは城のとある場所に位置する、貴族牢。牢とはいっても、家具は貴族宅に置かれていても違和感のない物が揃えられているし、食事も一般的な子爵家や男爵家レベルのものが出されている。己の不始末を棚に上げ、扉の鉄格子を握り締めて叫ぶ弟王子に、第一王子ジェールは心底、呆れ返った。
「貴族令嬢を城内で不当に拉致監禁し、その上……」
「未遂です」
「そういう問題ではない」
「絶対おかしい、彼女は何かに操られてるんだ。あんなの本来のユリエルじゃない。いきなり暴力を振るうなど……」
「お前の頭にコブと、腹に大きな青痣を作ったらしいな。しかしそれも、自業自得だろう。あの後、近衛騎士がすぐ人を呼びに来たが、ユリエル嬢は姿を消しているし、お前は床で転げ回っているし……
あの騎士は一週間の謹慎に処せられた。
それより、シェラン。お前こそ身分を傘にきて、逆らえない者に無理やり命令を聞かせるなど、言語道断。王族としての誇りはあるのか? 罰だ。最低三か月はここで大人しくしてもらう」
「三か月!? 長過ぎる!」
「ふざけるな! あの後、私がどれだけローデント侯爵に頭を下げたと思う? 全ての衛兵に通達した。もうお前を彼女に近付ける事はない。反省しろ」
「ちょっと、待ってくれ! 兄上! 兄上ーーーーー……」
まるで反省の色がない弟に背を向け、眉間のしわを押さえつつ、第一王子は貴族牢を後にした。
***
翌日、国境に遠征していた部隊が、城へ帰還した。重傷者は四名、そのうちの一人は騎士団長だ。他はほぼ軽傷ばかりで、怪我人は皆すぐに救護室へと運ばれていく。ほどなくして、謁見の間にて、魔道士団長による今回の戦の報告が行われた。
「第一王子殿下。アロイス・アードラー魔導士団長、只今戻りました」
「ご苦労だった。死者が出ず、何よりだ。セプタ教は怪しげな術を使うと聞いていたが、大丈夫だったか?」
「いえ……教団の魔導士は、一兵卒でも我が魔導士団の連隊長クラスの実力を持つ者ばかり。一時は撤退を考えたのですが……、途中で赤い光が飛来し、敵国に多数の光の槍を打ち込んだのです。おそらく、先に報告した教団の人間に憑依していた物と同じかと」
そこまで聞き、ジェール第一王子は、驚きの表情を見せた。
「何だと……!? ならば、それも神の仕業なのか……?」
「神……ですか?」
「ああ、団長は戦地に赴いていたから、知らなかったかもしれないな。二日前、ローデント侯爵令嬢と、赤い光を帯びた、神を名乗る者が接触した。その男は、手に獅子の横顔の形をした痣を持っていたという」
アロイスが目を見開き、固唾を飲む。その様子を見て、ジェールは続けた。
「後は、令嬢本人から話を聞いてくれ。彼女はそなたの家に滞在しているらしい」
「なぜ、彼女が……?」
「申し訳ない、我が弟と、いろいろあって……彼女はその、当分の間、そなたが匿ってやって欲しい」
アロイスの表情が固くなる。
「承知いたしました。今後、第二王子殿下の動向は、ジェール殿下がしっかり管理して下さいますよう、切に願います」
「分かった。戦の後始末はこちらで手配をしておくから、本日は帰宅するといい」
謁見室を一歩踏み出したアロイスは、その場で即座に転移した。もちろん自宅へだ。普段なら、城内から転移魔法など、使ったりしないが、今は一刻も早くユリエルに会わなければ、と思う気持ちが強かった。
自分の留守中に、彼女を巡って、どれだけのことが動いたのか。
彼女は今、何を思っているのか。傷付いているのではないか、悲しんでいるのではないか。
時空の狭間を進む、この数秒ですら、惜しかった。
声を抑えてしゃくり上げる私に、パールが心配そうに抱きついた。
「大丈夫、何でもないの。すぐに治まるから……」
実年齢は分からないけれど、まだ子どもに見えるパールに、さっきの出来事を説明するのは、はばかられた。手で涙を拭っていると、お腹に抱きついていたパールの表情が急に険しくなる。
「うっわ!! 最っ低!!! 事情はお子様から聞きました。そんな奴、シッシッ!ですよ! 私が守ってあげますから、今夜はここにお泊り下さい!」
どうやらパールはノエルと会話ができるらしい。彼女はそのまま、先日泊まった部屋に私を通すと、南国で育つフルーツの香りがするお茶を淹れ、リーフパイを添えてくれた。
「甘いものを摂ると気分が和らぎますよ。御主人様が帰って来るのは明日ですが、気持ちが落ち着くまで、ずーっと、このお屋敷にいていいですからね。ユリエル様の御両親には、今すぐ連絡を入れますから、ご安心を」
パタンとドアが閉まると、部屋は一気に静かになった。急に空腹を感じ、パイをサクッと一口齧ると、ほんのりと優しい甘みが口の中に広がる。それと共に、お腹の底から無限に湧き出そうだった怒りの感情も、すっと引いていくのが分かった。
アロイス様が帰るのは、明日。急に押しかけるような形でここに来てしまって、居座るのもどうかと思ったけれど、やはり彼が無事に帰ってくるなら、すぐにでも会いたい。獅子の痣がある人の件も知らせなくてはならない。
とりあえず、私はパールの言葉に甘えることにした。
***
同じ時、グリスローダ城では。
「兄上! 出して下さい! なぜ俺をこんなところへ……!」
「なぜと来たか」
ここは城のとある場所に位置する、貴族牢。牢とはいっても、家具は貴族宅に置かれていても違和感のない物が揃えられているし、食事も一般的な子爵家や男爵家レベルのものが出されている。己の不始末を棚に上げ、扉の鉄格子を握り締めて叫ぶ弟王子に、第一王子ジェールは心底、呆れ返った。
「貴族令嬢を城内で不当に拉致監禁し、その上……」
「未遂です」
「そういう問題ではない」
「絶対おかしい、彼女は何かに操られてるんだ。あんなの本来のユリエルじゃない。いきなり暴力を振るうなど……」
「お前の頭にコブと、腹に大きな青痣を作ったらしいな。しかしそれも、自業自得だろう。あの後、近衛騎士がすぐ人を呼びに来たが、ユリエル嬢は姿を消しているし、お前は床で転げ回っているし……
あの騎士は一週間の謹慎に処せられた。
それより、シェラン。お前こそ身分を傘にきて、逆らえない者に無理やり命令を聞かせるなど、言語道断。王族としての誇りはあるのか? 罰だ。最低三か月はここで大人しくしてもらう」
「三か月!? 長過ぎる!」
「ふざけるな! あの後、私がどれだけローデント侯爵に頭を下げたと思う? 全ての衛兵に通達した。もうお前を彼女に近付ける事はない。反省しろ」
「ちょっと、待ってくれ! 兄上! 兄上ーーーーー……」
まるで反省の色がない弟に背を向け、眉間のしわを押さえつつ、第一王子は貴族牢を後にした。
***
翌日、国境に遠征していた部隊が、城へ帰還した。重傷者は四名、そのうちの一人は騎士団長だ。他はほぼ軽傷ばかりで、怪我人は皆すぐに救護室へと運ばれていく。ほどなくして、謁見の間にて、魔道士団長による今回の戦の報告が行われた。
「第一王子殿下。アロイス・アードラー魔導士団長、只今戻りました」
「ご苦労だった。死者が出ず、何よりだ。セプタ教は怪しげな術を使うと聞いていたが、大丈夫だったか?」
「いえ……教団の魔導士は、一兵卒でも我が魔導士団の連隊長クラスの実力を持つ者ばかり。一時は撤退を考えたのですが……、途中で赤い光が飛来し、敵国に多数の光の槍を打ち込んだのです。おそらく、先に報告した教団の人間に憑依していた物と同じかと」
そこまで聞き、ジェール第一王子は、驚きの表情を見せた。
「何だと……!? ならば、それも神の仕業なのか……?」
「神……ですか?」
「ああ、団長は戦地に赴いていたから、知らなかったかもしれないな。二日前、ローデント侯爵令嬢と、赤い光を帯びた、神を名乗る者が接触した。その男は、手に獅子の横顔の形をした痣を持っていたという」
アロイスが目を見開き、固唾を飲む。その様子を見て、ジェールは続けた。
「後は、令嬢本人から話を聞いてくれ。彼女はそなたの家に滞在しているらしい」
「なぜ、彼女が……?」
「申し訳ない、我が弟と、いろいろあって……彼女はその、当分の間、そなたが匿ってやって欲しい」
アロイスの表情が固くなる。
「承知いたしました。今後、第二王子殿下の動向は、ジェール殿下がしっかり管理して下さいますよう、切に願います」
「分かった。戦の後始末はこちらで手配をしておくから、本日は帰宅するといい」
謁見室を一歩踏み出したアロイスは、その場で即座に転移した。もちろん自宅へだ。普段なら、城内から転移魔法など、使ったりしないが、今は一刻も早くユリエルに会わなければ、と思う気持ちが強かった。
自分の留守中に、彼女を巡って、どれだけのことが動いたのか。
彼女は今、何を思っているのか。傷付いているのではないか、悲しんでいるのではないか。
時空の狭間を進む、この数秒ですら、惜しかった。
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