17 / 49
第十七話 森の中の座標
しおりを挟む そんな風に考え、顔を曇らせてしまったためだろう。
レイゾンが「国境まであと少しだ」と白羽を励ますように言う。白羽が頷くと、
「食事はちゃんととっているのか」
白羽に尋ね、続けて、控えているサンファを見る。
遠征に出て以来、レイゾンはたびたびこの質問をするが、ここ数回は白羽にというよりもむしろサンファに向けて尋ねている様子だった。
それは、白羽が声を出せないためではなく、白羽の侍女であり、この遠征では厩務員の仕事も担っているサンファの方が正しい答えを知っている、とレイゾンが思っているからだろう。レイゾンは、白羽がやせ我慢をするとわかっているのだ。
確かに、白羽はレイゾンに大丈夫かと尋ねられれば大丈夫でなくとも大丈夫と答えてしまいがちだ。彼を心配させたくなかったし、弱い騏驥だと思われたくなかったから。
だが、こと今回の遠征については、ユーファからアドバイスを受けたこともあって、食事についても普段より頑張って食べるようにしていた。疲れすぎていて食べられないと思っていても、無理をしてでも何か口に入れるようにしていた。
もし万が一、空腹のせいで翌日に動けなくなるような醜態を見せてしまえばレイゾンに恥をかかせることになる。それも騎兵や他国からの客人のいる前でだ。そんなことは絶対にしたくなかった。ただでさえ、馬体が純白の自分は目立つのだから。
そして、サンファのおかげで、今のところはなんとかそれが叶っている。
彼女がついてきてくれて本当によかった。レイゾンがそれを許してくれて本当によかった。
付け焼刃だが、遠征の心構えを事前に学習していたのもよかったのだろう。
食べられる時に食べて休めるときには休む——。今まで未経験の遠征生活だが、これを徹底しているためか、疲れはしても大きく体調を崩すこともない。
レイゾンに尋ねられたサンファは「はい」としっかりと頷いて続けた。
「休憩ごとに、餌も食事も摂られています。体重の減少もありませんし、疲労はあっても体調に大きな問題はないかと」
「そうか」
サンファの答えを聞くと、レイゾンは改めて白羽を見つめてくる。白羽も頷くと、レイゾンは安堵したように頷いた。
「お前は煩いと思うかもしれないが、初めての遠征は気を遣うものだ。ましてや騎士である俺も初めてだからな……。騎士学校で学んではいたが、実際は何もかも手探りだ。だが、ツェンリェン殿や騏驥からの助言が役に立っているようだな。王都に戻ったら礼を言っておこう。俺もなんだかんだと助かっている。ユゥも世話になったようだし、急なことで大変だったが、得るものも大きな遠征になっている……」
そして続けるレイゾンの声は、しみじみと穏やかだ。
そう。ツェンリェンの訪問は、レイゾンの従者にもいい影響を与えていたようだった。
白羽は詳しくは知らないのだが、互いの従者同士も親しくなったらしい。そこで得た色々な知識をサンファとも共有し、情報交換をしているようで、特に白羽の馬装についてなどは、二人で相談することもあるようだった。
(これが……騎士と騏驥の遠征なのだ……)
白羽は、天幕の外から伝わってくる普段とは違う賑やかさを感じながら改めて思う。
行き交う人々の多さ。その声、聞きなれない言葉。足音。武具や剣の触れ合う音。煮炊きの香り。そしてなにより、進むごとに次々と現れる新たな景色……。
踊り子として一座の者たちと旅をしていた昔を思い出すようだ。
人であった頃の記憶をどの程度維持できるのかは騏驥によるようだが、白羽はわりと記憶している方だと思う。次第に薄れていってはいるものの、ふとした折に思い出す。
そして、忘れない——忘れられないこともある。
今のこの遠征は、普段とはまるで違う生活だ。
けれどこうして長い時間を一緒に旅していると互いの絆は確かに強くなるような気がする。お互いを労わり合って励まし合って、気遣って……。
闘う予定のない遠征だから、こんなに悠長なことが言えるのだろうか。
——そうかもしれない。
戦闘が待つ遠征なら、レイゾンももっとぴりぴりしているだろう。いや……それ以前に、そんな遠征なら自分は彼の騏驥として同行できないのではないだろうか。
(闘う……)
そんなことが、自分にできるのだろうか。
白羽は考えてみる……。がわからない。
けれど、今後もレイゾンの騏驥であるなら、その可能性は当然考えなければならないことだ。
今後。
今後の自分。そして今後の自分たち。
遠征から帰ったら自分たちはどうなるのだろう。
声のこともある。
治るまでは面倒を見ると言っていたけれど、これほど長引いているのだ。もう治らないのかもしれない。希望は持っていたいけれど。
それに、レイゾンの騎士としての今後を思えば、騏驥は自分ではない方がいいだろう。
つまり——。
白羽を返上したい彼と、彼から離れた方がいいだろうと思う自分との希望は合致している、ということだ。
でも……。
(レイゾンさまと、離れる……)
以前は強く願っていたことなのに、今それを再考すると胸の奥がきりきりするのだ。
互いのためにその方がいいのだろうとわかっていても、割り切れない。
この遠征で、その気持ちを一層強くした。
彼は無骨で愛想に乏しく綺麗な物とも縁がない。どちらかと言えば無粋だし、優美さを絵にかいたような普通の騎士たちとはまるで違う。
けれど——。騏驥に乗る騎士としては本当に優れているのだ。白羽が騏驥として未熟だからこそ、なおさらそう感じる。彼は、騏驥の能力を自然と上げてくれるような乗り方をしてくれる。
野性的な風貌からは想像もできないような細やかさで、こちらの負担を軽くしてくれている。今まで、調教の時に乗ってもらったときにもそれは感じていたが、長く乗ってもらって一層そう感じるのだ。
そしてそれを感じるたびに、もっともっと——彼に乗ってもらいたい、彼と一緒にいたいと……そう思ってしまう。
(これは……わたしが騏驥だからなのだろうか……)
たまらなく彼に惹かれて瞬間があることに、白羽はもう気付いている。
と、
「そうだ。——白羽、これを」
レイゾンの声がした。
はっと見ると、彼は懐から何か取り出し、白羽に差し出してくる。
手から手に渡されたそれは、二つの布袋だ。一つを開けると、そこには白羽の好きな干し果実が入っていた。
驚いてレイゾンを見ると、彼は「あと一息だからな」と微笑んだ。
「王都から持ってきていたのだ。初日から渡してもよかったのだが、あまり数多く手に入らなくてな……いつ渡そうか迷っていた」
彼は幾分すまなそうに言うが、白羽は彼の心遣いに嬉しさしかなかった。
出立前は彼も忙しかったのに、白羽の好きなものを覚えていてくれて用意してくれていたなんて。
すぐに[ありがとうございます]と書き、[嬉しいです]と書き添え、声に出せなくてもそう伝える。サンファも驚いた顔で喜んでいる。
そしてもう一つの袋はといえば、小石のような塊が入っていた。色は優しい乳色。小石と違うのはそれよりも柔らかいことだ。そしてすべすべしている。
なんだろう……? と目を瞬かせる白羽に、レイゾンは「それは薬効のある塗り薬らしい」と説明してくれた。
薬、という言葉が気になったのだろう。サンファが近づいてくる。レイゾンはそれを特に咎めることもなく、さらに続けた。
「騎兵のものたちが、馬の蹄に使ってているもののようだ。温めると少しずつ溶けて、蹄の補強になるらしい」
「これを塗る、ということでしょうか」
サンファが尋ねる。
「ああ。使ってるのを見たが、蹄の辺りを何度かなぞるようにしていたな。力加減を工夫すればマッサージにもなるようだ。自分の手で溶かして馬の足を撫でてやっている者もいた」
レイゾンの言葉に、サンファは小さく感嘆の声を零す。
白羽が差し出したそれを受け取り、しばらく撫でたり眺めたりしては、物珍しそうに目を輝かせている。
再び白羽の手にそれが戻ると、レイゾンは「使ってくれ」と微笑んで言った。
「騏驥なら、人の姿の時にも使えるかもしれないな。どう使うかは、お前に任せる。香りはないようだが、白羽が気にするようなら無理に使う必要もないだろう」
最後の言葉は、サンファに向けてだ。今は白羽の厩務員として体調管理をしてくれている彼女は、「かしこまりました」と丁寧に頭を下げる。
白羽も「ありがとうございます」と声に出さずに頭を下げた。
手中にすっぽり収まるそれは、その柔らかさが心地良いからか、なんだかずっと持っていたいほどだ。
すると、
「本当なら、騏驥の身の回りのことは俺がやってやりたいところなのだがな……」
レイゾンは微かに苦笑しながら言う。
白羽は頭を振ると、
[気になさらないでください。人目があります]
と書き記す。
騎士は騎士になるための知識の一つとして、騏驥の世話の方法を学ぶ。だからやろうと思えば厩務員としての仕事も一通りできるはずだが、実際に騎士になったのちにそれをやる騎士などいないのが実情だ。
騎士は騏驥に命令し、騎乗し、従わせる者なのだ。そんな騎士が、甲斐甲斐しく世話を焼くような真似はしない。
白羽の言葉を見て、レイゾンは、わかっている、というように「ああ」と頷く。けれどどこか残念そうだ。
「だが、できるなら何もかも自分でやりたいというのが本音だ。世話は厩務員に任せておけという者もいるし、その意見もわかるが……俺にとっても初めての遠征だからな。騏驥の変化を——お前の変化をつぶさに知りたいという望みもあった……」
噛み締めるように語られる声は、白羽の胸にゆっくりとしみ込んでくる。
と同時に、じわじわと過日が思い起こされた。彼に触れられた様々な時のことが。
疲れた脚を労わるように撫でさすってくれた、彼の手。心地よかった。
この道中も、彼に首筋を慰撫されるとたまらなく気持ちが良くて……。
思い出すたびに、じわじわと耳が熱くなる。
頬まで熱くなっている気がして俯きかけた時。
(?)
不意に、天幕の外にそれまでになかった気配を感じた。
レイゾンが「国境まであと少しだ」と白羽を励ますように言う。白羽が頷くと、
「食事はちゃんととっているのか」
白羽に尋ね、続けて、控えているサンファを見る。
遠征に出て以来、レイゾンはたびたびこの質問をするが、ここ数回は白羽にというよりもむしろサンファに向けて尋ねている様子だった。
それは、白羽が声を出せないためではなく、白羽の侍女であり、この遠征では厩務員の仕事も担っているサンファの方が正しい答えを知っている、とレイゾンが思っているからだろう。レイゾンは、白羽がやせ我慢をするとわかっているのだ。
確かに、白羽はレイゾンに大丈夫かと尋ねられれば大丈夫でなくとも大丈夫と答えてしまいがちだ。彼を心配させたくなかったし、弱い騏驥だと思われたくなかったから。
だが、こと今回の遠征については、ユーファからアドバイスを受けたこともあって、食事についても普段より頑張って食べるようにしていた。疲れすぎていて食べられないと思っていても、無理をしてでも何か口に入れるようにしていた。
もし万が一、空腹のせいで翌日に動けなくなるような醜態を見せてしまえばレイゾンに恥をかかせることになる。それも騎兵や他国からの客人のいる前でだ。そんなことは絶対にしたくなかった。ただでさえ、馬体が純白の自分は目立つのだから。
そして、サンファのおかげで、今のところはなんとかそれが叶っている。
彼女がついてきてくれて本当によかった。レイゾンがそれを許してくれて本当によかった。
付け焼刃だが、遠征の心構えを事前に学習していたのもよかったのだろう。
食べられる時に食べて休めるときには休む——。今まで未経験の遠征生活だが、これを徹底しているためか、疲れはしても大きく体調を崩すこともない。
レイゾンに尋ねられたサンファは「はい」としっかりと頷いて続けた。
「休憩ごとに、餌も食事も摂られています。体重の減少もありませんし、疲労はあっても体調に大きな問題はないかと」
「そうか」
サンファの答えを聞くと、レイゾンは改めて白羽を見つめてくる。白羽も頷くと、レイゾンは安堵したように頷いた。
「お前は煩いと思うかもしれないが、初めての遠征は気を遣うものだ。ましてや騎士である俺も初めてだからな……。騎士学校で学んではいたが、実際は何もかも手探りだ。だが、ツェンリェン殿や騏驥からの助言が役に立っているようだな。王都に戻ったら礼を言っておこう。俺もなんだかんだと助かっている。ユゥも世話になったようだし、急なことで大変だったが、得るものも大きな遠征になっている……」
そして続けるレイゾンの声は、しみじみと穏やかだ。
そう。ツェンリェンの訪問は、レイゾンの従者にもいい影響を与えていたようだった。
白羽は詳しくは知らないのだが、互いの従者同士も親しくなったらしい。そこで得た色々な知識をサンファとも共有し、情報交換をしているようで、特に白羽の馬装についてなどは、二人で相談することもあるようだった。
(これが……騎士と騏驥の遠征なのだ……)
白羽は、天幕の外から伝わってくる普段とは違う賑やかさを感じながら改めて思う。
行き交う人々の多さ。その声、聞きなれない言葉。足音。武具や剣の触れ合う音。煮炊きの香り。そしてなにより、進むごとに次々と現れる新たな景色……。
踊り子として一座の者たちと旅をしていた昔を思い出すようだ。
人であった頃の記憶をどの程度維持できるのかは騏驥によるようだが、白羽はわりと記憶している方だと思う。次第に薄れていってはいるものの、ふとした折に思い出す。
そして、忘れない——忘れられないこともある。
今のこの遠征は、普段とはまるで違う生活だ。
けれどこうして長い時間を一緒に旅していると互いの絆は確かに強くなるような気がする。お互いを労わり合って励まし合って、気遣って……。
闘う予定のない遠征だから、こんなに悠長なことが言えるのだろうか。
——そうかもしれない。
戦闘が待つ遠征なら、レイゾンももっとぴりぴりしているだろう。いや……それ以前に、そんな遠征なら自分は彼の騏驥として同行できないのではないだろうか。
(闘う……)
そんなことが、自分にできるのだろうか。
白羽は考えてみる……。がわからない。
けれど、今後もレイゾンの騏驥であるなら、その可能性は当然考えなければならないことだ。
今後。
今後の自分。そして今後の自分たち。
遠征から帰ったら自分たちはどうなるのだろう。
声のこともある。
治るまでは面倒を見ると言っていたけれど、これほど長引いているのだ。もう治らないのかもしれない。希望は持っていたいけれど。
それに、レイゾンの騎士としての今後を思えば、騏驥は自分ではない方がいいだろう。
つまり——。
白羽を返上したい彼と、彼から離れた方がいいだろうと思う自分との希望は合致している、ということだ。
でも……。
(レイゾンさまと、離れる……)
以前は強く願っていたことなのに、今それを再考すると胸の奥がきりきりするのだ。
互いのためにその方がいいのだろうとわかっていても、割り切れない。
この遠征で、その気持ちを一層強くした。
彼は無骨で愛想に乏しく綺麗な物とも縁がない。どちらかと言えば無粋だし、優美さを絵にかいたような普通の騎士たちとはまるで違う。
けれど——。騏驥に乗る騎士としては本当に優れているのだ。白羽が騏驥として未熟だからこそ、なおさらそう感じる。彼は、騏驥の能力を自然と上げてくれるような乗り方をしてくれる。
野性的な風貌からは想像もできないような細やかさで、こちらの負担を軽くしてくれている。今まで、調教の時に乗ってもらったときにもそれは感じていたが、長く乗ってもらって一層そう感じるのだ。
そしてそれを感じるたびに、もっともっと——彼に乗ってもらいたい、彼と一緒にいたいと……そう思ってしまう。
(これは……わたしが騏驥だからなのだろうか……)
たまらなく彼に惹かれて瞬間があることに、白羽はもう気付いている。
と、
「そうだ。——白羽、これを」
レイゾンの声がした。
はっと見ると、彼は懐から何か取り出し、白羽に差し出してくる。
手から手に渡されたそれは、二つの布袋だ。一つを開けると、そこには白羽の好きな干し果実が入っていた。
驚いてレイゾンを見ると、彼は「あと一息だからな」と微笑んだ。
「王都から持ってきていたのだ。初日から渡してもよかったのだが、あまり数多く手に入らなくてな……いつ渡そうか迷っていた」
彼は幾分すまなそうに言うが、白羽は彼の心遣いに嬉しさしかなかった。
出立前は彼も忙しかったのに、白羽の好きなものを覚えていてくれて用意してくれていたなんて。
すぐに[ありがとうございます]と書き、[嬉しいです]と書き添え、声に出せなくてもそう伝える。サンファも驚いた顔で喜んでいる。
そしてもう一つの袋はといえば、小石のような塊が入っていた。色は優しい乳色。小石と違うのはそれよりも柔らかいことだ。そしてすべすべしている。
なんだろう……? と目を瞬かせる白羽に、レイゾンは「それは薬効のある塗り薬らしい」と説明してくれた。
薬、という言葉が気になったのだろう。サンファが近づいてくる。レイゾンはそれを特に咎めることもなく、さらに続けた。
「騎兵のものたちが、馬の蹄に使ってているもののようだ。温めると少しずつ溶けて、蹄の補強になるらしい」
「これを塗る、ということでしょうか」
サンファが尋ねる。
「ああ。使ってるのを見たが、蹄の辺りを何度かなぞるようにしていたな。力加減を工夫すればマッサージにもなるようだ。自分の手で溶かして馬の足を撫でてやっている者もいた」
レイゾンの言葉に、サンファは小さく感嘆の声を零す。
白羽が差し出したそれを受け取り、しばらく撫でたり眺めたりしては、物珍しそうに目を輝かせている。
再び白羽の手にそれが戻ると、レイゾンは「使ってくれ」と微笑んで言った。
「騏驥なら、人の姿の時にも使えるかもしれないな。どう使うかは、お前に任せる。香りはないようだが、白羽が気にするようなら無理に使う必要もないだろう」
最後の言葉は、サンファに向けてだ。今は白羽の厩務員として体調管理をしてくれている彼女は、「かしこまりました」と丁寧に頭を下げる。
白羽も「ありがとうございます」と声に出さずに頭を下げた。
手中にすっぽり収まるそれは、その柔らかさが心地良いからか、なんだかずっと持っていたいほどだ。
すると、
「本当なら、騏驥の身の回りのことは俺がやってやりたいところなのだがな……」
レイゾンは微かに苦笑しながら言う。
白羽は頭を振ると、
[気になさらないでください。人目があります]
と書き記す。
騎士は騎士になるための知識の一つとして、騏驥の世話の方法を学ぶ。だからやろうと思えば厩務員としての仕事も一通りできるはずだが、実際に騎士になったのちにそれをやる騎士などいないのが実情だ。
騎士は騏驥に命令し、騎乗し、従わせる者なのだ。そんな騎士が、甲斐甲斐しく世話を焼くような真似はしない。
白羽の言葉を見て、レイゾンは、わかっている、というように「ああ」と頷く。けれどどこか残念そうだ。
「だが、できるなら何もかも自分でやりたいというのが本音だ。世話は厩務員に任せておけという者もいるし、その意見もわかるが……俺にとっても初めての遠征だからな。騏驥の変化を——お前の変化をつぶさに知りたいという望みもあった……」
噛み締めるように語られる声は、白羽の胸にゆっくりとしみ込んでくる。
と同時に、じわじわと過日が思い起こされた。彼に触れられた様々な時のことが。
疲れた脚を労わるように撫でさすってくれた、彼の手。心地よかった。
この道中も、彼に首筋を慰撫されるとたまらなく気持ちが良くて……。
思い出すたびに、じわじわと耳が熱くなる。
頬まで熱くなっている気がして俯きかけた時。
(?)
不意に、天幕の外にそれまでになかった気配を感じた。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する
ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。
その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。
シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。
皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。
やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。
愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。
今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。
シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す―
一部タイトルを変更しました。

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

「お姉様ばかりずるいわ!」と言って私の物を奪っていく妹と「お姉さんなんだから我慢しなさい!」が口癖の両親がお祖父様の逆鱗に触れ破滅しました
まほりろ
恋愛
【完結済み】
妹はいつも「お姉様ばかりずるいわ!」と言って私の物を奪っていく。
誕生日プレゼントも、生誕祭のプレゼントも、お祖父様が外国に行ったときのお土産も、学園で首席合格しときに貰った万年筆も……全て妹に奪われた。
両親は妹ばかり可愛がり「お姉さんなんだから我慢しなさい!」「お前には妹への思いやりがないのか!」と言って私を叱る。
「もうすぐお姉様の十六歳の誕生日ね。成人のお祝いだから、みんな今までよりも高価な物をプレゼントして下さるはずよね? 私、新しい髪飾りとブローチとイヤリングとネックレスが欲しかったの!」
誕生日の一カ月前からこれでは、当日が思いやられます。
「ビアンカはお姉さんなんだから当然妹ののミアにプレゼントを譲るよな?」
「お姉さんなんだから、可愛い妹のミアのお願いを聞いてあげるわよね?」
両親は妹が私の物を奪っていくことを黙認している、いえ黙認どころか肯定していました。
私は妹に絶対に奪われないプレゼントを思いついた、贈った人も贈られた人も幸せになれる物。その上、妹と両親に一泡吹かせられる物、こんな素敵な贈り物他にはないわ!
そうして迎えた誕生日当日、妹は私が頂いたプレゼントを見て地団駄を踏んで悔しがるのでした。
全8話、約14500文字、完結済み。
※妹と両親はヒロインの敵です、祖父と幼馴染はヒロインの味方です。
※妹ざまぁ・両親ざまぁ要素有り、ハッピーエンド。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
他サイトにも投稿してます。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/07/17、18時、HOTランキング1位、総合ランキング1位、恋愛ランキング1位に入りました。応援して下さった皆様ありがとうございます!

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる