なぜか処女懐胎して婚約破棄されました

村雨 霖

文字の大きさ
上 下
15 / 49

第十五話 エストリールへの道程

しおりを挟む
混迷する西の国、エストリール。

アロイス様と私は、西に向かい、荷馬車で移動していた。御者台の部分に、二人、並んで座っている。
彼は予想通り、部下の魔導士を一切、同行させなかった。

認識阻害の魔法で、アロイス様は顔の彫りが浅くなり、短髪に見える。私は瞼を一重にして、顔の中心にそばかすを浮かせた。噂には聞いていたが、魔法でこんなこともできるのかと、鏡を見ながら感心したものだ。

市街地以外では馬車にも認識阻害がかけられており、盗賊や動物、魔物などにも狙われる恐れがない。座席にも魔法がかけられ、振動をほとんど感じず、至れり尽くせりだった。

一応、私達は商人の兄妹という設定で、口裏を合わせている。夫婦の方が自然ではないかと思ったけれど

「それをしては、宿で同じ部屋を取らねば、不自然になる」

と言われ、却下された。

普段、馬車では客室の小さな窓から外を眺めるだけだったが、こうして外の空気に触れ、のどかな景色に包まれながら移動するのは気持ちが良い。黙々と荷車を引く馬の背中にも、感謝の念が湧く。町か村に着いたら、餌の他に、荷台にある人参を分けてあげよう。

移動は今のところ楽しいが、ふと、一つの疑問が湧き上がる。

「あの……私、隣国程度の距離だったら、アロイス様なら転移魔法を使うのかと思っていました」

彼は正面を見据えたまま答える。

「一人なら、そうした。だが、あなたがいる。空間にひずみを作るのだ、母体に影響があってはいけない」

「そうでしたか……申し訳ありません」

初っ端から足を引っ張ることになってしまい、意気消沈する。

「いや、私もエストリールの地理にはそこまで明るくない。情勢も不穏だ。馬車で少しずつ情報を集めながら進むのがいいだろう。そうだ、方角を見てもらえるか?」

私は服の中に隠していたペンデュラムを襟元から出して、革紐を首から外し、左手にぶら下げると、唱えた。

「指し示せ」

水晶がグッと、進行方向に浮き上がって引っ張られ、引き攣る声が、座標を告げる。

【西に六十七クエル、北に零クエル】

「間違いないな、ありがとう」

私に手伝えるのは、これくらいしかない。
西の方角、六十七クエル向こうに、お腹の子の父親かもしれない、誰かがいる。
不安はあるけれど、何故、どうやって、こんなことをしたのか、聞きたい気持ちの方が強い。



***



それから二十七、八クエルほど進み、少しずつ陽が傾いてきた頃、左手に白い柵が見えてきた。柵の向こうには、白黒のまだら模様の牛達が、牧草を食んでいる。レヌ村の辺りだろうか。国境からはまだ遠いこの土地は、のどかな雰囲気を醸している。

「今日はこの辺りで休むとするか。ほら、お前も荷馬車に揺られて、疲れただろう」

不意に、アロイス様から『お前』と呼ばれて、目をパチパチさせた。
そ、そうだ、私達は兄妹という設定だった。
いきなり距離が近くなった気がしてドキッとしたが、そうだった。

「あ、うん、お兄ちゃん、私、どこかでゆっくりしたいな」

彼を見上げて、妹っぽく、ねだるように言ってみる。

「そうだな、今夜の宿でも探すか」

『兄』は、子どもの相手をするみたいに、私の頭をくしゃっと撫でた。




村の宿屋は一軒だけだった。他に客はおらず、シングルを二部屋、すんなり取れる。白髪混じりの主人が、ペンと宿泊簿を差し出しながら、こぼす。

「前はねぇ、隣国からの旅行者や、商売人のお客さんが多かったんですけどねぇ……」

主人は私の方をチラッと見ながら、続けた。

「あんた達、エストリールに行くのかい? ここ二年くらい、あっちは物騒だから、行くなら気をつけた方がいいよ。できれば女の子は連れてかない方がいいんだけどねぇ……」

「ありがとう。でも、どうしても外せない用事があってね」

アロイス様は代金を前払いすると、二つの部屋の番号を聞き、私を連れて二階に上がった。
そして、そのまま二人で、私が泊まる部屋に入るとドアノブに向かって、何がしかの魔法をかける。

「この村なら心配はないと思うが、念のため、あなた以外の人間がこのドアを開けられないように細工した。チェックアウトするまでは有効だ。しばらく休んだら、一階の酒場で食事を済ませよう。その時にまた迎えに来る」

そう言うと、彼はそそくさと部屋を出ていった。

「ふう……」

少し硬いベッドの端に腰掛けると、ため息をつく。知らず知らずのうちに、疲れていたようだ。お腹に手を当て、話しかける。

「ねえ、ノエル、大丈夫だった?」

特に返事はない。

私はこっそり、お腹の子に名前を付けていた。
『ノエル』、男でも女でも通用する名前だ。
漠然と『赤ちゃん』と思うより、名前で呼びかける方が、この子に気持ちが届きやすいような気がしたからだ。

「ノエル、もしも行きたいところや、逆に行きたくない場所とかがあったら、ちゃんと教えてね。なるべくその通りにするから」

やはり返事はなかった。

だけど、なぜか、心が通じているような、不思議な安心感がある。これは、そう、婚約披露のパーティーで、精霊の加護を受けた時の心地良さと、相通じるものがあった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。

しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。 相手は10歳年上の公爵ユーグンド。 昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。 しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。 それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。 実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。 国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。 無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。  

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

処理中です...