なぜか処女懐胎して婚約破棄されました

村雨 霖

文字の大きさ
上 下
12 / 49

第十二話 西への旅立ち

しおりを挟む
「これから陛下に調査結果を報告し、エストリールに入国する旨を伝えてくる。あなたは一度、自宅に戻った方がいい」

「嫌です」

魔導士団のローブを羽織りかけたアロイス様は目を見開き、こちらを振り返った。ここまで彼の言うことを、何でも素直に聞いてきた私が、突然反抗したのに驚いた様子だ。

「御令嬢、これは観光ではない。あなたを危険な目に遭わせる訳には行かない」

「ですが、が一緒に行きたいと言っているのです」

敢えて、わざとらしくお腹をさすりながら、訴えた。
……一拍の間が空く。


「馬鹿な……!? その子が!?」


最強の魔導士が鳩に豆鉄砲を喰らった顔、というのを、私は生まれて初めて見た。

「それは、夢でお告げがあったとか、その類の話か?」

「いえ、たった今、本人から直接聞きました」

「だったら……私にも、話をさせてくれるか?」

彼が差し出した右手に、私の左手を載せる。アロイス様はしばらく目を閉じたまま、沈黙した。目蓋を開いた彼の口から、驚嘆の声が漏れる。

「間違いない、本当だ……交霊の儀を使わなくても、声が届く」

「私、この子の望みを叶えたいんです。お願いですから、一緒に連れて行ってください」

しばらく頭を抱えていたアロイス様は、何かを吹っ切ったように答えた。

「分かった……この子なら、ちょっとやそっとの事で、どうにかなったりは、しないだろう。ただし、危険と思われる場所には、絶対に近付かないこと。それだけは守ってほしい」

よかった、これで彼を一人送り出さずに済む。そう思っているとアロイス様が言葉を続けた。

「だが、あなたが同行するとなると、国王陛下以外にも、許可を得ねばならない人がいる」

言われてハッと気付く。そうだ、私の両親にも、西へ越境することを知らせなければ。だが……許してくれるだろうか?



***



「家を出て少ししか経ってないのに、何だか久しぶりだわ……」

二日振りのローデント邸。私が馬車から顔を出し、帰宅を告げると、門番はすんなり門扉を開けてくれた。

馬車を正面玄関に横付け、アロイス様のエスコートで表に出る。私の顔を見た守衛の一人が急いで中の者に話をすると、さほど間を空けず、両親が揃って玄関から出てきた。

「ユリエル、お帰りなさい! もう帰ってきていいの? さあ、早くこちらへ」
「団長殿、娘は……いや、まずは中へどうぞ」

素直に喜ぶ母と、多少の戸惑いを見せる父。そんな二人に迎えられ、私達は屋敷に足を踏み入れた。




私を送り出した日と同じ応接室で、四人、お茶を飲む。私の好きなベルガモットの香りがする。

「団長殿、娘の処遇は、どのようになったのでしょうか……?」

ためらいがちに父が尋ねた。

「まだ調査の協力を願っている最中です。本日は、それとは別のお願いがあり、やって参りました」

アロイス様が答えながら目配せをしたのを見て、私は両親に言った。

「お父様、お母様、これから私達は、西の隣国エストリールに向かいます」

「何ですって!」

いち早く声を上げたのは、お母様だった。

「西はダメよ、西は……あああ……」

立ち上がりかけたが、眩暈を起こしたように、再びソファに座り込む。父が肩に手を添え、母を支えた。

「あの日、あの日ね、私は一人で教会に行って、祈っていたの。あなたが身籠ったのも、婚約破棄も、全てが間違いでありますようにって……」

ふらつく頭を手で支えながら、お母様は話を続ける。

「祈りを終えて帰る時、エストリールの民族服を着た商人が、妙な薬の瓶を渡してきて、それをあなたに飲ませるように言われて……怪しいと思って拒絶したら、そこから意識が無くなって……私は、私は……」

「催眠効果のある呪いです。あの時に解いておいたので、ご安心を」

アロイス様が答えた。

「逆流星が流れた時、陛下や宰相と相談し、まず、魔法の素養がある者が多い貴族に、呪いがかからぬよう、精霊の加護を授けたのですが……お二人は会場にいなかったので、間に合いませんでした。申し訳ありません」

「いや、こちらこそ妻を救っていただき、感謝します。ですが、娘を西に行かせるのは……」

「もちろん、ご両親が心配するのは分かります。ただ、本人が……」

「お父様、お母様、私、絶対に西に行きます! この子の父親かもしれない人がいるの。いずれ修道院に入る身だけど、この子の身元だけはハッキリさせておきたいんです」

それを聞くなり、母が身を起こした。

「何を言ってるの!? あなたを修道院になんか、絶対入れるものですか!

その子はうちで大切に育てます。後継は甥に決まってしまったから、跡は継がせられないけれど……将来も生活に困らないように、きちんと取り計らうわ。恥も外聞もあるものですか。娘の子、私達の孫、ローデントの血を受け継いだ、その事実に間違いはないもの」

お母様の隣で、静かに頷くお父様。
目頭が熱くなってきた。両親は無償の愛で、私を子供ごと受け入れてくれたのだ。それだけで嬉しい。だけど……

「お母様、ありがとう……でも、私は西へ行きます。これは私にとって、みそぎなのです。そうしなければ、私は一歩も前に進めません。どうしても知りたいのです。この子の父親が誰なのか」

両親はしばらくの無言の後、言葉を発した。

「わかった……」

「でも、決して無理したらダメよ。辛くなったら、いつでも帰ってくるのよ」

普段は口答えなどしない、大人しい私の決意の固さに、両親は折れてくれた。感謝と申し訳なさで、胸が一杯になる。

話を終え、館を出て馬車に乗り込む。見送る両親に

「きっと、無事に戻るから……」

それだけを告げて、私達は侯爵邸を去った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。

しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。 相手は10歳年上の公爵ユーグンド。 昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。 しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。 それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。 実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。 国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。 無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。  

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

処理中です...