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第十一話 縁を手繰る秘術

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食事を終えた後、私とアロイス様は再び研究棟へ向かった。
通りすがる所員たちは、前回のように驚く素振りは見せなかったが、チラチラと視線を送られているのを感じる。

着いた先は前回とは違う、壁も床も真っ白な部屋だ。家具一つ置かれておらず、床には赤いチョークのような線で魔法陣が描かれている。

「昨日の部屋とは違うのですね」

「交霊室は力を内側に向かって流すのに向いていたが、この部屋は外向きに力を流すのに特化している。
しかし……御令嬢、あなたは大丈夫か?」

アロイス様の表情が、少し曇る。

「え? いえ、特に何もないですけれど……」

「そうなのか? お腹の子の力が、屋敷に来た時よりも随分と増している」

「私は大丈夫です。そう言えばパールもそんな事を言っていました。精霊達もお腹一杯だと……」

「そうか、だが術を掛ける前に体調を見ておいた方がいいな。ちょっと失礼する」

言うなり、アロイス様は私の前髪をかき分けるようにして、手を当てた。
冷んやりとした感触が、額を覆う。この人の手はいつも冷たい。そして、心地良い。

「平熱、だな」

彼は冷静に言うと手を離し、少し乱れた前髪を整えると、今度は左手首を握る。

「脈が少し速いようだが……」

「な、何でもありません、大丈夫です」

彼はごく自然に、医療行為として触れているのだろう。しかし私は、男性と接した経験が少ないせいか、どうしても意識してしまう。ともなれば、鼓動を抑えるのは難しい。

「それならいいが……では、その陣の、中央に座って欲しい。レディを床に直接座らせて、申し訳ないが……」

「座る……とは? 例えば、ピクニックなどの時のように、膝を折って座ればよろしいのですか?」

「それでいい」

魔法陣の赤い線が、擦れて消えたり、ドレスに付いたりしないか、ちょっと気になったが……その中心に立ってみると、それは塗料や画材ではなく精神の力で描かれた雰囲気があり、心配はなさそうだ。
スカートの裾を捌きながら、床にゆっくりと腰を下ろす。

「では、しばらく目を閉じて」

言われて、まぶたを伏せると、目の前は真っ暗なはずなのに、下の方から赤く照らされているのが見える。

「息をゆっくり…吸って……吐いて……右手を腹部に当てて…左手にこれを握って」

言われた通り、右手をお腹に当てて、左手を差し出すと、硬い、石のようなものを握らされた。低い声で、呪文のようなものが聞こえてくる。

その瞬間、下の方から差していた赤い光が消え、真っ白な光が、カッと四方八方から私を照らし出した。目を閉じているのに眩しい。軽くめまいがして、上半身がよろけそうになっていると、背中に腕が添えられる。

「もう目を開いてもいい。よく頑張った……立てるか?」

「た、立てます」

抱きかかえられるようにして、立ち上がった。いつまでも床にへたり込んでいるわけにもいかない。

下を見ると、床は真っ白に変わり、魔法陣は影も形もなく消えている。

握った左手に熱を感じて目の前で開いてみると、矢じりのような形をした水晶のペンデュラムが手のひらに載っていた。透き通った石の中に閉じ込められていたのは、先ほど消えた赤い魔法陣だった。

「これを使用して預言を得れば、子どもの血縁者のいる場所が分かるだろう。いちいち魔法陣を書く手間も省ける。魔力も不要だから、なんなら御令嬢、あなたでも使える」

「私でも?」

「あなたの子を中心軸にしているから、私よりも、むしろあなたが使う方が、正確な答えを得られるくらいだ」

アロイス様は水晶の根元に、チリッと魔法で小さい穴をあけ、皮紐を通す。
そして紐を私の手に持たせると、こう言った。

「ぶら下げた状態で、『指し示せ』と唱えるといい」

おそるおそる、唱えてみる。

「指し示せ」

水晶がスイッと左の方に引っ張られた。人では出せない、物が擦れるような声がする。

【西に八十クエル、北に三クエル】

(※一クエル=一キロメートル)

この子に近い縁の者は西にいる。
しかし、八十クエルとなると、国境の向こうだ。

西の隣国、エストリール。
怪しげな集団が、邪神の復活を画策し、何がしかの儀式を行ったとされる場所……

アロイス様の表情に翳りが差し、私に手を差し出した。

「御令嬢、石を私に渡してほしい。隣国には私だけで行く」

「それは……!」

一瞬、迷った。私が一緒に行っても、足手まといにしかならないのは分かる。だからといって、アロイス様を危険な土地に赴かせるのは、どうなのか。

おそらくこの人の性格だと、周囲を巻き込むのを嫌って、部下などは連れていかずに、一人で行ってしまう。この人がいくら強くても、一筋縄ではいかない集団を相手にしたら、どうなるか分からない。そんなこと……させられない。

「お願いです。無茶はなさらないで。この子の父親が誰かなんて、すぐに分からなくてもいいんです。せめて、隣国の怪しい噂が落ち着いてからでも……」

「御令嬢……あなたが急がなくても、陛下が急いでいる」

そうだ。この人が子どもの父親を割り出そうとしているのも、国王陛下の命令の一環なのだ。私が何を言おうと、どうにもならない。

絶望的な気持ちになって、口をつぐみ、視線を落とした。自分のお腹が視界に入る。
すると、体の中心から、声が聞こえた。



(……行こう……一緒に、行こう……)



まさか……この子は、隣国に行くよう、私を促している……!?
思わず息を飲んだ。
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