33 / 47
第三十一話 帰ってこれた
しおりを挟む
突然現れた黒い翼の少年は、私達の邪魔をするように、二発、三発と続けざまに銃を撃つ。私もレミナも避けるのに必死だ。
上空に急いで飛び上がったり、急降下したり、木の陰に隠れたり……
あの銃には弾数の制限がないのだろうか? 避けても避けても、いつまでも撃ってくる。
自分が逃げるのも大事だけど、栗原さんに流れ弾が飛んでいっては困る。彼女の様子を見ると、渡り廊下の出入り口で、無表情のまま立ちすくんでいた。お願い、逃げて……
私達が飛び回っていると、不意に銃声が止んだ。嫌な予感がして下を見ると、悪魔の少年は、私達から視線を逸らし、栗原さんを見ている。彼女は足下を見つめたまま、動かない。うつむいている栗原さんに向かって、悪魔はゆっくりと銃口を向け、銃爪を引いた。
「ダメーーーーーーーーーー!!」
銃声をかき消すほどに大声で叫んだのは、レミナだった。そして両手に持っていた大きな旗を、栗原さんをかばうように振り下ろす。
その瞬間、旗から光が大きく広がって、栗原さんの前に大きな壁を作り出した。飛んできた弾丸は、光の壁に阻まれ勢いを失い、そのまま地面に転がり落ちた。
「あれ? 何? 今の……」
とまどっているレミナ。ふと神様の言葉を思い出す私。
「ねえ、武器をもらった時、レミナの『応援フラッグ』はバリヤーを張れるって、説明してなかった?」
「あー!! そういえば、そんな話、あった! すっかり忘れてた! じゃあ、あたし、バリヤーを貼りまくるから、マユちん、攻撃は任せた!」
言うなり、レミナは旗を振りながら、辺りを飛び回った。たちまち、周囲は光で満ち溢れる。悪魔は焦った様子で、銃を何発か撃ってきたけど、全部、光にからまって、ポトポト地面に落ちていく。私は敵に向かって、ハンマーを振り上げながら飛びかかった。
「覚悟しなさーーーーーーい!!」
ピコン……
悪魔はとっさに腕で頭をかばい、ピコピコハンマーは左手をかすめただけだった。そして、彼はそのまま校舎の壁に溶け込むように、入り込んで消えていく。
「ダメだ、逃げられちゃった……」
さんざん飛び回った後で、疲れ切っていたのもあって、これ以上、追いかける気力もなかった。
「マユちん、栗原さんが変だよ!」
レミナに言われて振り向くと、二人の姿が目に入る。
心ここに在らずのような、視線の定まらない栗原さんと、心配げに寄り添うレミナ。
栗原さんは昨日よりひどい状態になっている気がする。
「栗原さん!」「栗原さん!」
私とレミナは何度も栗原さんの名前を呼んだ。だけど、反応がない。そうだハンマーだ!
ピッコーーーン!!
栗原さんの背中を、手加減しつつ、しっかりたたく。栗原さんの体からモクモクと紫のモヤが抜けていく。
「よかった、栗原さん、これで大丈夫……」
途中で言葉が出なくなった。栗原さんの表情が戻ってないのだ。視線も定まってない。呪いは今、解けたよね? おかしい。もう一度、背中を叩く。でも何も出てこない。ガラス玉のようなその目には、やはり生気が戻っていなかった。
「どうして……」
レミナも焦った顔で、何度も彼女を呼ぶ。
「く、栗原さん? 栗原さん!」
「栗原さん、栗原さん、聞こえないの!? 栗原さーーーん!」
名前を呼ぶうちに、涙がにじんできた。天使になる前は、ほとんど話したこともなかった彼女。だけど、一緒に過ごす時間が増えてからは……
真面目で、努力家で、周囲に気をつかう、優しい彼女は大事な友達になっていた。それが、こんなことになるなんて。
「聞こえないの? 栗原アヤセさん!」
そのとき、一瞬だけ、彼女の表情が動いたような気がした。
「栗原さん!」
その瞬間、目に宿った光が、また消えたような……
もしかして、『栗原さん』じゃ、届かないの?
「あ……アヤセ……ちゃん? アヤセちゃん? 聞こえる? 私の声、聞こえる?」
アヤセちゃんの瞳に、わずかずつ、光が宿る。それを見ていたレミナも涙目になりながら、同じように声をかけ始めた。
「アヤセちん、アヤセちん、私だよ? レミナだよ? 分かる?」
すると、アヤセちゃんの目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ始めた。続けて、残り物のような、かすかな紫のモヤが、スッと彼女の体から抜けていく。多分、今ので呪いは完全に出ていったと思う。アヤセちゃんは大きく息を吸って、両目をこすると顔を上げる。私達二人を交互に見ると、眉を八の字にしながら、笑顔で言った。
「マユちゃん、レミナちゃん、ありがとう。私、帰ってこれた」
***
「クロウラ、ありがとう。いいデータが取れたよ」
人の良さそうな微笑みで、ピースが話しかけてきた。ここは天使達が通う小学校の体育館倉庫だ。天使との戦闘を切り上げて、俺はここに戻ってきた。さっきの攻撃で、左手に痺れのような違和感が残っている。俺が跳び箱に飛び乗り、腰掛けると、ピースは話を続けた。
「あの子達の身体的な能力差や、いざという時に、三人がそれぞれ、どんな行動を取るのか……これで傾向が分かった。上から与えられるデータだけじゃ、個性までは分からないからね」
「いや、だが、優等生のデータは取れてないだろう?」
フルート使いの天使とは戦っていないのを思い出して、ピースに問うと
「じゅうぶんだよ。一番、闇に囚われやすいのが分かったからさ」
コイツは一番敵に回したくないタイプだな。たかが小学生を相手に、ここまで根回しするのか……
そんなことを思う。
「クロウラ、君が何を考えているのか、だいたい分かるけど、これは遊びじゃない。勝つためなら、なるべく効率よく、急所を狙っていかなくちゃね」
まるで毒気のない、優しそうな微笑みをたたえるピースの背後に、ドス黒いモヤが、うねるように湧き立ったのが見えた気がして、俺は軽く身震いした。
上空に急いで飛び上がったり、急降下したり、木の陰に隠れたり……
あの銃には弾数の制限がないのだろうか? 避けても避けても、いつまでも撃ってくる。
自分が逃げるのも大事だけど、栗原さんに流れ弾が飛んでいっては困る。彼女の様子を見ると、渡り廊下の出入り口で、無表情のまま立ちすくんでいた。お願い、逃げて……
私達が飛び回っていると、不意に銃声が止んだ。嫌な予感がして下を見ると、悪魔の少年は、私達から視線を逸らし、栗原さんを見ている。彼女は足下を見つめたまま、動かない。うつむいている栗原さんに向かって、悪魔はゆっくりと銃口を向け、銃爪を引いた。
「ダメーーーーーーーーーー!!」
銃声をかき消すほどに大声で叫んだのは、レミナだった。そして両手に持っていた大きな旗を、栗原さんをかばうように振り下ろす。
その瞬間、旗から光が大きく広がって、栗原さんの前に大きな壁を作り出した。飛んできた弾丸は、光の壁に阻まれ勢いを失い、そのまま地面に転がり落ちた。
「あれ? 何? 今の……」
とまどっているレミナ。ふと神様の言葉を思い出す私。
「ねえ、武器をもらった時、レミナの『応援フラッグ』はバリヤーを張れるって、説明してなかった?」
「あー!! そういえば、そんな話、あった! すっかり忘れてた! じゃあ、あたし、バリヤーを貼りまくるから、マユちん、攻撃は任せた!」
言うなり、レミナは旗を振りながら、辺りを飛び回った。たちまち、周囲は光で満ち溢れる。悪魔は焦った様子で、銃を何発か撃ってきたけど、全部、光にからまって、ポトポト地面に落ちていく。私は敵に向かって、ハンマーを振り上げながら飛びかかった。
「覚悟しなさーーーーーーい!!」
ピコン……
悪魔はとっさに腕で頭をかばい、ピコピコハンマーは左手をかすめただけだった。そして、彼はそのまま校舎の壁に溶け込むように、入り込んで消えていく。
「ダメだ、逃げられちゃった……」
さんざん飛び回った後で、疲れ切っていたのもあって、これ以上、追いかける気力もなかった。
「マユちん、栗原さんが変だよ!」
レミナに言われて振り向くと、二人の姿が目に入る。
心ここに在らずのような、視線の定まらない栗原さんと、心配げに寄り添うレミナ。
栗原さんは昨日よりひどい状態になっている気がする。
「栗原さん!」「栗原さん!」
私とレミナは何度も栗原さんの名前を呼んだ。だけど、反応がない。そうだハンマーだ!
ピッコーーーン!!
栗原さんの背中を、手加減しつつ、しっかりたたく。栗原さんの体からモクモクと紫のモヤが抜けていく。
「よかった、栗原さん、これで大丈夫……」
途中で言葉が出なくなった。栗原さんの表情が戻ってないのだ。視線も定まってない。呪いは今、解けたよね? おかしい。もう一度、背中を叩く。でも何も出てこない。ガラス玉のようなその目には、やはり生気が戻っていなかった。
「どうして……」
レミナも焦った顔で、何度も彼女を呼ぶ。
「く、栗原さん? 栗原さん!」
「栗原さん、栗原さん、聞こえないの!? 栗原さーーーん!」
名前を呼ぶうちに、涙がにじんできた。天使になる前は、ほとんど話したこともなかった彼女。だけど、一緒に過ごす時間が増えてからは……
真面目で、努力家で、周囲に気をつかう、優しい彼女は大事な友達になっていた。それが、こんなことになるなんて。
「聞こえないの? 栗原アヤセさん!」
そのとき、一瞬だけ、彼女の表情が動いたような気がした。
「栗原さん!」
その瞬間、目に宿った光が、また消えたような……
もしかして、『栗原さん』じゃ、届かないの?
「あ……アヤセ……ちゃん? アヤセちゃん? 聞こえる? 私の声、聞こえる?」
アヤセちゃんの瞳に、わずかずつ、光が宿る。それを見ていたレミナも涙目になりながら、同じように声をかけ始めた。
「アヤセちん、アヤセちん、私だよ? レミナだよ? 分かる?」
すると、アヤセちゃんの目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ始めた。続けて、残り物のような、かすかな紫のモヤが、スッと彼女の体から抜けていく。多分、今ので呪いは完全に出ていったと思う。アヤセちゃんは大きく息を吸って、両目をこすると顔を上げる。私達二人を交互に見ると、眉を八の字にしながら、笑顔で言った。
「マユちゃん、レミナちゃん、ありがとう。私、帰ってこれた」
***
「クロウラ、ありがとう。いいデータが取れたよ」
人の良さそうな微笑みで、ピースが話しかけてきた。ここは天使達が通う小学校の体育館倉庫だ。天使との戦闘を切り上げて、俺はここに戻ってきた。さっきの攻撃で、左手に痺れのような違和感が残っている。俺が跳び箱に飛び乗り、腰掛けると、ピースは話を続けた。
「あの子達の身体的な能力差や、いざという時に、三人がそれぞれ、どんな行動を取るのか……これで傾向が分かった。上から与えられるデータだけじゃ、個性までは分からないからね」
「いや、だが、優等生のデータは取れてないだろう?」
フルート使いの天使とは戦っていないのを思い出して、ピースに問うと
「じゅうぶんだよ。一番、闇に囚われやすいのが分かったからさ」
コイツは一番敵に回したくないタイプだな。たかが小学生を相手に、ここまで根回しするのか……
そんなことを思う。
「クロウラ、君が何を考えているのか、だいたい分かるけど、これは遊びじゃない。勝つためなら、なるべく効率よく、急所を狙っていかなくちゃね」
まるで毒気のない、優しそうな微笑みをたたえるピースの背後に、ドス黒いモヤが、うねるように湧き立ったのが見えた気がして、俺は軽く身震いした。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
こちら第二編集部!
月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、
いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。
生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。
そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。
第一編集部が発行している「パンダ通信」
第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」
片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、
主に女生徒たちから絶大な支持をえている。
片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには
熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。
編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
ヴァンパイアハーフにまもられて
クナリ
児童書・童話
中学二年の凛は、文芸部に所属している。
ある日、夜道を歩いていた凛は、この世ならぬ領域に踏み込んでしまい、化け物に襲われてしまう。
そこを助けてくれたのは、ツクヨミと名乗る少年だった。
ツクヨミに従うカラス、ツクヨミの「妹」だという幽霊、そして凛たちに危害を加えようとする敵の怪異たち。
ある日突然少女が非日常の世界に入り込んだ、ホラーファンタジーです。
がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ
三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』
――それは、ちょっと変わった不思議なお店。
おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。
ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。
お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。
そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。
彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎
いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。
ヒョイラレ
如月芳美
児童書・童話
中学に入って関東デビューを果たした俺は、急いで帰宅しようとして階段で足を滑らせる。
階段から落下した俺が目を覚ますと、しましまのモフモフになっている!
しかも生きて歩いてる『俺』を目の当たりにすることに。
その『俺』はとんでもなく困り果てていて……。
どうやら転生した奴が俺の体を使ってる!?
【完結】魔法道具の預かり銀行
六畳のえる
児童書・童話
昔は魔法に憧れていた小学5学生の大峰里琴(リンコ)、栗本彰(アッキ)と。二人が輝く光を追って最近閉店した店に入ると、魔女の住む世界へと繋がっていた。驚いた拍子に、二人は世界を繋ぐドアを壊してしまう。
彼らが訪れた「カンテラ」という店は、魔法道具の預り銀行。魔女が魔法道具を預けると、それに見合ったお金を貸してくれる店だ。
その店の店主、大魔女のジュラーネと、魔法で喋れるようになっている口の悪い猫のチャンプス。里琴と彰は、ドアの修理期間の間、修理代を稼ぐために店の手伝いをすることに。
「仕事がなくなったから道具を預けてお金を借りたい」「もう仕事を辞めることにしたから、預けないで売りたい」など、様々な理由から店にやってくる魔女たち。これは、魔法のある世界で働くことになった二人の、不思議なひと夏の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる