上 下
31 / 47

第二十九話 天使の追いかけっこ

しおりを挟む
天国から、給食が終わった後の時間の屋上に戻った私。

「エンジェル・トライア!」

天使に変身して、両手に太鼓判ハンマーを握りしめた。絶対に、二人の呪いを解かなくちゃ。急いで、四年三組に直行する。天使の姿になると、人の目には見えなくなるから、私がこんな姿で走っていても、誰も不思議に思わない。

教室に行くと、レミナも栗原さんも、ちょうど、食器を片付け終えたところだった。

「レミナ!おとなしくして!」

私は近くにいたレミナの呪いを解こうとして、その頭にハンマーを振り下ろすと……

スカッ!

……えっ!? 空振り!?

レミナは、すごい反射速度で、反復横跳びのように、私の攻撃を避けたのだ。

「うそ……!」

こんなスピード、今までバトルの最中にだって、見せたことがなかったのに。何度ハンマーを振り回しても、かすりもしない。全部避けられてしまう。

そこで、私はハッと気付いた。秀才道場で、いろんな武道の修行を積んで、私達は以前からは考えられないくらい、戦闘も、防御もレベルアップしていた。もちろん、敵の攻撃を避ける技術も……レミナはボクシングを気に入っていて、ディフェンシングなんかをかなり練習していたのだ。まさか、こんなことで裏目に出るなんて……
せめて私が剣道でも学んでいたら、また違っただろうか。

レミナは私のハンマーを避けながら、少しずつ教室の出入り口に近寄って行って、とうとう廊下を走って逃げてしまった。あわてて、後を追う私。

レミナは校舎の正面玄関を出て、校庭の端っこまで駆け抜けていくと

「エンゼル・トライア……」

感情のこもらない、平坦な声で呪文をとなえ、天使の姿になった。

うわあ! ……天使になったら、ますますパワーアップしちゃう!
っていうか、空を飛んじゃう! ますます叩くのが大変になっちゃう!

困惑で、自分の表情が引きつったのが分かる。
あああ、だけど! 何とかしなきゃ!

私は飛びながら、学校の上空を逃げるレミナを追いかけまわした。何度か、もう少しでハンマーが届くところまで追いつめたけど、そのたび直前でサッとよけられてしまう。

こんなことが続いて、私は徐々に疲れてきてしまった。翼に力が入らなくなってくる。それは相手も同じことのようで、だんだん飛ぶ高さが低くなり始めた。中庭にあるバスケットのゴールにレミナが近付いた、その瞬間。

「キャ……!」

下からゴールに向かって投げられたバスケットボールが、レミナの肩に直撃した。こちらに気を取られて、飛んできたボールに気が付かなかったようだ。このチャンスを逃す手はない!

ピッコーーーーーーーーーン!!

ハンマーが、背中に思いっきりヒットした。
そのまま地面に着地したレミナの体中から、濃い紫色の煙がモクモクと立ち上る。
自分の腕を抱きかかえるように膝をついた彼女が、ゆっくりとこちらを向いた。そのつぶらな両目から、涙がポロポロこぼれて落ちる。

「マユちーーーーん……怖かったぁ……!」

よかった、正気に戻ってる!
レミナが伸ばしてきた腕を取り、私達は肩を抱き合って、わぁわぁ声を上げて泣いてしまった。
そういえば、全力で叩いちゃったんだけど……心配になってレミナにたずねる。

「ねえ、大丈夫? どこか痛いとことか、ない?」

「平気だよ、ハンマーって、あれ、ぜんぜん痛くないんだね」

カモメ男も言ってたけど、このハンマーの攻撃は本当に痛くないらしい。少しホッとした。
私達は立ち上がると、周囲に人気がない校舎と植木の間に隠れて、人間の姿に戻る。

そしてバスケットゴールの下に転がっているボールを見て、ふと気付いた。
あれ? そういや、あのバスケットボールを投げたの、誰だったんだろう……?

気が付いたら、中庭には人がいなくなっていた。休憩時間が終わりそうだから、教室に戻ったんだろうか。まあ、私達の姿が見えていたとは思えないけど……ちょっと気になるかも。

キーン コーン カーン コーン……

「ああっ! 午後の授業が始まっちゃう!」

「ああっ! あたし上履きのまま、外に出てるっ!」

私とレミナは大急ぎで校舎を目指して走り出した。
しおりを挟む

処理中です...