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第二十一話 マユとマルの約束
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天国への扉を抜けると、そこには初めて見る、夜の『ひみつ天国』の景色があった。
エンゼリアまで続く、天国大通りの道路そのものが、ほんのり白く光っている。そして、左右に立ち並ぶパステルカラーのお店や家を照らすように、ピンクやブルー他、いろんな淡い色の光が飛び交っている。イルミネーションみたいなそれは、よく見るとたくさんのホタルだった。昼間のような賑やかさはないけれど、夜行性の動物達が、あちらこちらで立ち話をしている。
足下の光る道をたどって、私は街の奥に向かって走った。
エンゼリアの一階、インフォメーションの受付窓口には、いつものようにハナさんが座っている。
「おや!マユさんじゃないですか。こんな時間に、一体どうしたんですナン?」
ハナさんは驚いているようだ。
「お願い、マルに会いたいの。会わせて……」
また涙がこぼれてきた。思わずしゃがみこんでしまった。
「待って、待って、落ち着いて。約束もなしに天国の誰に会いにいくのは禁止なのナン。だけど…マルくんは忙しいから、なかなか普通には会うこともできなかったでしょうし……」
そう言って私の背中をさするハナさんが、続けてこう言った。
「あ、そう言えば、マユさんは、神様から『小さい願い事を一つかなえる権利』をもらっているナン?だったらそれを今から使っちゃいましょう!それでイイですかナン?」
!!…マルに……今、会えるの……?
「はい……お願いします」
私は揺れる視界の向こうのハナさんに、すぐに返事をした。
「それじゃあ、マルくんは仕事帰りで疲れているから、呼び出すのもかわいそうだし、二人でマルくんの家まで行きましょう」
マルの家……?天国でマルがどんな生活をしているかは、ずっと気になっていた。そっか、マルの家に行くんだ。なんだかちょっとドキドキしてくる。
私とハナさんが一緒にエンゼリアを出て、天国大通りを半分くらい戻ったところで、右側の小道に入ると、遠くに積み木で組み立てたような家が見えた。
「あれですよ、マルくんの家は」
赤い屋根に白い壁の、いかにもマルに似合ってる、可愛い家だ。玄関先まで来ると、ハナさんが人差し指の肉球でインターホンを押した。
ピンポーン。
「ハーイ、どなたですかー?」
マルがドアを開けて出てくる。郵便屋さんの制服を着ていない、赤い首輪だけをした、昔のようなマルだ。二本足で立ってるけど。ハナさんの後ろに立っている私に気付いたマルは驚いた顔をした。
「マユちゃん!どうしてここに?」
「実は、かくかくしかじかで……」
ハナさんがいきさつを説明する。
「そうなんだ……ねえ、マユちゃん、目が赤いよ?大丈夫?」
こちらに組み直ったマルが心配そうに私を見上げた。
腰を落として、マルと視線の高さを合わせると、私は家であったことをマルに説明した。
家族が新しいペットを飼おうと言い出したこと。
それを聞いた私が、皆マルのことを忘れたのかと、責めてしまったこと。
「マルが願いを叶えたくて仕事を頑張っているのに、もしも家に新しいペットが来て、マルの願いがかなわなくなっちゃったら、どうしようかと思ったの……
私、もうこれ以上、マルに辛い思い、悲しい思いをさせたくない」
また鼻がつーんとしてきた。
もう一年分くらい涙を流した後なのに。
そんな私を見るマルは、私の頭に短い前足をそっと乗せて、ゆっくりとなで始める。
「ねえ、マユちゃん、ボクを見て。ボク、辛そうに見える?不幸に見える?
ボクはマユちゃんと、あのおウチにいて、とても楽しかった。幸せだった。今も、そう。楽しくて、幸せ。
ボクの一生は短かったし、寂しい時もあったけど、そんなの帳消しになるくらい、マユちゃんからも、パパさんからも、ママさんからも、お兄ちゃんからも、いっぱい愛情をもらったよ。だから、今も幸せ。
お願いだから、泣かないで。マユちゃんが泣いたら、ボクも泣いちゃう」
マルは一瞬悲しそうな顔をしたけれど、すぐ穏やかな表情に戻って、話を続けた。
「僕が何を願っているかは、マユちゃんにも教えられないけど、新しいペットを飼っても、ぜんぜん影響しないよ。
むしろ、困っている動物がいたら、手を差し伸べてあげて欲しいんだ。人間の世界には、どこにも行く宛てがない、ご飯もちゃんと食べられない動物がたくさんいるでしょ?どうしてもとは言わないけど、もしそんな子と縁があったら、またマユちゃん家で愛情をあげてくれたら、ボクもうれしい。
……だって、新しい家族が増えたからって、マユちゃんは、ボクのこと忘れたりしないでしょ?」
「そんなの……!忘れるわけないよ!マルは大事な家族だもん!」
そう言ったら、マルは嬉しそうな表情になる。その顔のすぐ下に着けているマルの首輪は、私がおこづかいを貯めて買ったものだった。私はマルに抱き着いた。
「うん、分かった!家族にも謝るし、新しいペットのことも、話してみるよ。
……マル、心配かけて、本当にごめんね。ありがと……」
「マユさん、そろそろお時間ですナン」
ハナさんが声を掛けてくる。
「じゃあ、マル、夜遅い時間にごめんね。またお仕事頑張ってね。きっと願いをかなえてね」
「うん、頑張るよ。僕が願いをかなえたら、いつか一緒に遊びに行こうね」
帰る途中、ちょっと振り向くと、遠くでマルが手を振っているのが見えて、手を振り返す。
涙はすっかり治まって、代わりに胸がポカポカと温まってきていた。
エンゼリアまで続く、天国大通りの道路そのものが、ほんのり白く光っている。そして、左右に立ち並ぶパステルカラーのお店や家を照らすように、ピンクやブルー他、いろんな淡い色の光が飛び交っている。イルミネーションみたいなそれは、よく見るとたくさんのホタルだった。昼間のような賑やかさはないけれど、夜行性の動物達が、あちらこちらで立ち話をしている。
足下の光る道をたどって、私は街の奥に向かって走った。
エンゼリアの一階、インフォメーションの受付窓口には、いつものようにハナさんが座っている。
「おや!マユさんじゃないですか。こんな時間に、一体どうしたんですナン?」
ハナさんは驚いているようだ。
「お願い、マルに会いたいの。会わせて……」
また涙がこぼれてきた。思わずしゃがみこんでしまった。
「待って、待って、落ち着いて。約束もなしに天国の誰に会いにいくのは禁止なのナン。だけど…マルくんは忙しいから、なかなか普通には会うこともできなかったでしょうし……」
そう言って私の背中をさするハナさんが、続けてこう言った。
「あ、そう言えば、マユさんは、神様から『小さい願い事を一つかなえる権利』をもらっているナン?だったらそれを今から使っちゃいましょう!それでイイですかナン?」
!!…マルに……今、会えるの……?
「はい……お願いします」
私は揺れる視界の向こうのハナさんに、すぐに返事をした。
「それじゃあ、マルくんは仕事帰りで疲れているから、呼び出すのもかわいそうだし、二人でマルくんの家まで行きましょう」
マルの家……?天国でマルがどんな生活をしているかは、ずっと気になっていた。そっか、マルの家に行くんだ。なんだかちょっとドキドキしてくる。
私とハナさんが一緒にエンゼリアを出て、天国大通りを半分くらい戻ったところで、右側の小道に入ると、遠くに積み木で組み立てたような家が見えた。
「あれですよ、マルくんの家は」
赤い屋根に白い壁の、いかにもマルに似合ってる、可愛い家だ。玄関先まで来ると、ハナさんが人差し指の肉球でインターホンを押した。
ピンポーン。
「ハーイ、どなたですかー?」
マルがドアを開けて出てくる。郵便屋さんの制服を着ていない、赤い首輪だけをした、昔のようなマルだ。二本足で立ってるけど。ハナさんの後ろに立っている私に気付いたマルは驚いた顔をした。
「マユちゃん!どうしてここに?」
「実は、かくかくしかじかで……」
ハナさんがいきさつを説明する。
「そうなんだ……ねえ、マユちゃん、目が赤いよ?大丈夫?」
こちらに組み直ったマルが心配そうに私を見上げた。
腰を落として、マルと視線の高さを合わせると、私は家であったことをマルに説明した。
家族が新しいペットを飼おうと言い出したこと。
それを聞いた私が、皆マルのことを忘れたのかと、責めてしまったこと。
「マルが願いを叶えたくて仕事を頑張っているのに、もしも家に新しいペットが来て、マルの願いがかなわなくなっちゃったら、どうしようかと思ったの……
私、もうこれ以上、マルに辛い思い、悲しい思いをさせたくない」
また鼻がつーんとしてきた。
もう一年分くらい涙を流した後なのに。
そんな私を見るマルは、私の頭に短い前足をそっと乗せて、ゆっくりとなで始める。
「ねえ、マユちゃん、ボクを見て。ボク、辛そうに見える?不幸に見える?
ボクはマユちゃんと、あのおウチにいて、とても楽しかった。幸せだった。今も、そう。楽しくて、幸せ。
ボクの一生は短かったし、寂しい時もあったけど、そんなの帳消しになるくらい、マユちゃんからも、パパさんからも、ママさんからも、お兄ちゃんからも、いっぱい愛情をもらったよ。だから、今も幸せ。
お願いだから、泣かないで。マユちゃんが泣いたら、ボクも泣いちゃう」
マルは一瞬悲しそうな顔をしたけれど、すぐ穏やかな表情に戻って、話を続けた。
「僕が何を願っているかは、マユちゃんにも教えられないけど、新しいペットを飼っても、ぜんぜん影響しないよ。
むしろ、困っている動物がいたら、手を差し伸べてあげて欲しいんだ。人間の世界には、どこにも行く宛てがない、ご飯もちゃんと食べられない動物がたくさんいるでしょ?どうしてもとは言わないけど、もしそんな子と縁があったら、またマユちゃん家で愛情をあげてくれたら、ボクもうれしい。
……だって、新しい家族が増えたからって、マユちゃんは、ボクのこと忘れたりしないでしょ?」
「そんなの……!忘れるわけないよ!マルは大事な家族だもん!」
そう言ったら、マルは嬉しそうな表情になる。その顔のすぐ下に着けているマルの首輪は、私がおこづかいを貯めて買ったものだった。私はマルに抱き着いた。
「うん、分かった!家族にも謝るし、新しいペットのことも、話してみるよ。
……マル、心配かけて、本当にごめんね。ありがと……」
「マユさん、そろそろお時間ですナン」
ハナさんが声を掛けてくる。
「じゃあ、マル、夜遅い時間にごめんね。またお仕事頑張ってね。きっと願いをかなえてね」
「うん、頑張るよ。僕が願いをかなえたら、いつか一緒に遊びに行こうね」
帰る途中、ちょっと振り向くと、遠くでマルが手を振っているのが見えて、手を振り返す。
涙はすっかり治まって、代わりに胸がポカポカと温まってきていた。
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