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第十六話 ウソよりタチが悪いもの
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一階に降りて、LDKに向かう。
ダイニングには川越くんのお父さんらしき男の人が、食卓に着いていて、すでにビールをグラスに注いでいる。
食卓には美味しそうな料理が並んでいるが、少し冷めてきているようだ。
「どうしたの?呼んだらすぐ下りて来なきゃダメじゃないの」
お母さんらしき人が立ちあがって、茶碗を取り、ご飯をよそい始める。
「どうした?ほら、そこに座れ。今日も勉強、頑張ってきたか?」
お父さんの言葉を聞いた彼は、うつむいた顔を一瞬上げて、また下を見た。
「何してるの?早くご飯食べちゃいなさい」
様子のおかしい息子を見て、怪しむ両親を前に、川越くんは後ろに隠していた答案用紙をテーブルの隅に載せると
「お父さん、お母さん……俺、80点取れなかった時があって……
でも、ここにある分だけだから。今度からは、ちゃんと言うから……だから、ごめんなさい」
キョトンとしていた両親の……父親の顔が怒りに、母親の顔が困惑に染まる。
「何を言ってるんだ!甘ったれるな!」
お父さんが、そう言いながら息子に向かって右手を振り上げた。
ぶたれる……!
そう思ったのか、川越くんは目をギュッとつぶったが、平手はいつまでも飛んでこない。
「な!なんだ?何が起こってるんだ?」
父親本人も、自分の手が動かなくて、驚いている様子だ。
私はというと……お父さんの手に両手でしがみついて、止めていた。天使になると、少なくとも大人の男の人よりも腕力が強くなるらしい。
「マユちん、ナイス!」
レミナがパンと手を叩いた。
「でも、どうしたらいいんだろう…?このままじゃ何も解決しないわ」
左のほっぺたを手で押さえながら、悩む栗原さん。
「そうだ!栗原さんのフルートの名前、『本音フルート』だったよね?もう一回吹いてみて!」
何とか動かそうと暴れる腕を、力で押さえ込んだまま、私は叫ぶ。
彼女はハッとした表情でフルートを持ち直すと、さっきと同じ曲を吹き始めた。穏やかで透き通ったメロディーが、心にしみてくる。
しかし、それとは反対にお父さんから、黒く、くすぶった煙のようなモヤが吹きだした。
さっきの川越くんのより黒くて暗いけど、三角形は出てこない。
お父さんの上半身は、たちまちモヤに包まれて、うっすらとしか見えなくなってくる。
あふれてきているのは、見栄や欲望なんかの、ドロドロしたもの。
それって、大人の都合ばかりだ。
自分の子どもに押しつけてイイものじゃない。
子供の将来を考えて導くというよりも、自分のメンツが大事なんだ。
「あ~、……あたし、こんなの応援できないなぁ」
レミナは広げた旗をクルクルと丸めた。
「どうしよう、これってハンマーでたたいちゃっていいのかな?」
だけど黒いモヤモヤは、どんどんあふれてきて、すぐ目の前まで来ちゃってる。
仕方がない、やってみよう!
私は腕から手を放すと同時に、ハンマーを振り上げて、とくにモヤが濃い、お父さんの背中の上の方をぶっ叩いた。
「お願い!反省してーーーーーーーーーーーー!!」
ピッコーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!」
一瞬、時間が止まったように感じられた。
目の前から、黒いモヤがシュウシュウと湯気のように立ち上って、少しずつ消えていく。
よかった!上手くいったみたい!
私はハンマーを両手でにぎったまんま、その場に座り込んでしまった。
お父さんは腕を下ろすと、無言になっている。
最初に冷静になった様子のお母さんが、お父さんに声を掛けた。
「あなた、どうしたの?大丈夫?」
お父さんは頭を押さえながらフラフラしている。
「いや、俺もよく分からない……あ、ああ、そうだ、ショウマ。殴ろうとしてすまなかったな。正直に言おうとしてたのに……」
「え?……お、お父さん?」
「よく分からんが、なんだか頭がスッキリしてな。そしたら俺がショウマにプレッシャーをかけすぎてたのに気が付いたんだ。テストの結果なんか何点でもイイ。おまえが頑張った結果ならな。まあ、点数が高ければ高いに越したことはないが」
「ショウマ……私も今までお父さんに何も言えなくて、ごめんなさいね。私は昔、お父さんと同じクラスだったけど、お父さんは秀才で、私は成績が悪かったから……自分の意見が正しいのか、自信がなかったの。本当にごめんね」
今度はお母さんが謝っている。
ショウマくんの目がウルウルしてきた。
「ボ、ボク、これから頑張るから!」
『オレ』が『ボク』になっている。
川越家に平和が訪れたようだ。
私達も三人揃ってホッとする。
すると、頭の中にカワイイ猫の声が響いてきた。
「はーい!お疲れ様でしたナン。本日の天使のおつとめは以上で終了となりますナン。
どうぞお帰りくださいませナン」
「えっ?えっ?えーーーーーっ?」
私達はそのまま、『今回帰りたい時間と場所』に飛ばされてしまったのだった……
ダイニングには川越くんのお父さんらしき男の人が、食卓に着いていて、すでにビールをグラスに注いでいる。
食卓には美味しそうな料理が並んでいるが、少し冷めてきているようだ。
「どうしたの?呼んだらすぐ下りて来なきゃダメじゃないの」
お母さんらしき人が立ちあがって、茶碗を取り、ご飯をよそい始める。
「どうした?ほら、そこに座れ。今日も勉強、頑張ってきたか?」
お父さんの言葉を聞いた彼は、うつむいた顔を一瞬上げて、また下を見た。
「何してるの?早くご飯食べちゃいなさい」
様子のおかしい息子を見て、怪しむ両親を前に、川越くんは後ろに隠していた答案用紙をテーブルの隅に載せると
「お父さん、お母さん……俺、80点取れなかった時があって……
でも、ここにある分だけだから。今度からは、ちゃんと言うから……だから、ごめんなさい」
キョトンとしていた両親の……父親の顔が怒りに、母親の顔が困惑に染まる。
「何を言ってるんだ!甘ったれるな!」
お父さんが、そう言いながら息子に向かって右手を振り上げた。
ぶたれる……!
そう思ったのか、川越くんは目をギュッとつぶったが、平手はいつまでも飛んでこない。
「な!なんだ?何が起こってるんだ?」
父親本人も、自分の手が動かなくて、驚いている様子だ。
私はというと……お父さんの手に両手でしがみついて、止めていた。天使になると、少なくとも大人の男の人よりも腕力が強くなるらしい。
「マユちん、ナイス!」
レミナがパンと手を叩いた。
「でも、どうしたらいいんだろう…?このままじゃ何も解決しないわ」
左のほっぺたを手で押さえながら、悩む栗原さん。
「そうだ!栗原さんのフルートの名前、『本音フルート』だったよね?もう一回吹いてみて!」
何とか動かそうと暴れる腕を、力で押さえ込んだまま、私は叫ぶ。
彼女はハッとした表情でフルートを持ち直すと、さっきと同じ曲を吹き始めた。穏やかで透き通ったメロディーが、心にしみてくる。
しかし、それとは反対にお父さんから、黒く、くすぶった煙のようなモヤが吹きだした。
さっきの川越くんのより黒くて暗いけど、三角形は出てこない。
お父さんの上半身は、たちまちモヤに包まれて、うっすらとしか見えなくなってくる。
あふれてきているのは、見栄や欲望なんかの、ドロドロしたもの。
それって、大人の都合ばかりだ。
自分の子どもに押しつけてイイものじゃない。
子供の将来を考えて導くというよりも、自分のメンツが大事なんだ。
「あ~、……あたし、こんなの応援できないなぁ」
レミナは広げた旗をクルクルと丸めた。
「どうしよう、これってハンマーでたたいちゃっていいのかな?」
だけど黒いモヤモヤは、どんどんあふれてきて、すぐ目の前まで来ちゃってる。
仕方がない、やってみよう!
私は腕から手を放すと同時に、ハンマーを振り上げて、とくにモヤが濃い、お父さんの背中の上の方をぶっ叩いた。
「お願い!反省してーーーーーーーーーーーー!!」
ピッコーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!」
一瞬、時間が止まったように感じられた。
目の前から、黒いモヤがシュウシュウと湯気のように立ち上って、少しずつ消えていく。
よかった!上手くいったみたい!
私はハンマーを両手でにぎったまんま、その場に座り込んでしまった。
お父さんは腕を下ろすと、無言になっている。
最初に冷静になった様子のお母さんが、お父さんに声を掛けた。
「あなた、どうしたの?大丈夫?」
お父さんは頭を押さえながらフラフラしている。
「いや、俺もよく分からない……あ、ああ、そうだ、ショウマ。殴ろうとしてすまなかったな。正直に言おうとしてたのに……」
「え?……お、お父さん?」
「よく分からんが、なんだか頭がスッキリしてな。そしたら俺がショウマにプレッシャーをかけすぎてたのに気が付いたんだ。テストの結果なんか何点でもイイ。おまえが頑張った結果ならな。まあ、点数が高ければ高いに越したことはないが」
「ショウマ……私も今までお父さんに何も言えなくて、ごめんなさいね。私は昔、お父さんと同じクラスだったけど、お父さんは秀才で、私は成績が悪かったから……自分の意見が正しいのか、自信がなかったの。本当にごめんね」
今度はお母さんが謝っている。
ショウマくんの目がウルウルしてきた。
「ボ、ボク、これから頑張るから!」
『オレ』が『ボク』になっている。
川越家に平和が訪れたようだ。
私達も三人揃ってホッとする。
すると、頭の中にカワイイ猫の声が響いてきた。
「はーい!お疲れ様でしたナン。本日の天使のおつとめは以上で終了となりますナン。
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「えっ?えっ?えーーーーーっ?」
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