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第九話 エンジェル・トライア

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エスカレーターで上った先には和室のようなふすまがあり、すぐ横に『秀才道場』と書かれた看板が掲げられていた。その下には「土足禁止」と書かれている。

「失礼しますナン」

ハナさんが一声かけて、襖をノックすると、奥から「どうぞ」と女の子の声がした。

靴を脱いで襖を開くと、そこは一面に畳が敷かれていて、いかにも道場らしい。窓は障子になっていて、外に日本庭園が見える。あれ?ここは三階じゃなかったっけ……?

ともかく空気が澄んでいて、庭園にある川がさらさら流れる水音と、竹で作られた鹿ししおどしがたまにコーンと鳴る音だけが響く、不思議な静けさのある空間だ。

部屋の奥の方には低くて横に長いテーブルと、座布団が並んでいる。
その一角に、栗原さんが足を伸ばして座っていた。正座はしなくてもイイらしい。教科書とノートを出して、自習している様子だ。さっきの「どうぞ」は彼女の声だろう。

「ここは…?」

「セルフサービスの塾なんだナン。ここで勉強すると、なんでも一回で頭に入るんだナン。覚えたいことは覚えられるし、分からないことがあっても、どこからか正解が頭に降ってきて、ちゃんと理解できるようになるのナン」

「えっ!?すごい!」

思わず声に出すと、レミナが

「でも、とりあえず勉強自体はしなくちゃいけないんだよねぇ。何もしなくても頭に入ってくればいいのに」

と残念そうに言った。

「何言ってるの、やれば絶対結果が出るなんて、ホントどれだけ楽になることか……」

栗原さんがやれやれといった表情で顔を上げて、呆れている。
そんな私達を見ていたハナさんが、肉球でポヨポヨの前足をポフンと合わせた。

「それじゃあ三人そろったから、変身の呪文を教えますナン」

「変身?」と私。

「呪文?」と栗原さん。

「難しい?」とレミナ。

ハナさんはニョホホと笑いながら

「難しいことなんか、ないんだナン。でも万が一忘れてしまうことがないように、この部屋で教えるのナン。
では皆さん、まず【エンジェル・リセット】って言ってみるナン」

「「「エンジェル・リセット」」」

そう声に出した途端、頭上の天使の輪が消え、翼が引っ込んで、髪の毛も普通の色に戻り……
私達はいつもの小学生に戻っていた。

「天国にいるときは自動的に天使になって、人間界に戻ると人間になるのは、皆知ってるナン?
でもフルフルが人間界で悪さをしたら、向こうで天使に変身したり、元に戻ったりしないといけないのナン。

人間に戻る時の呪文は【エンジェル・リセット】

そして天使に変身する時の呪文は【エンジェル・トライア】

皆、覚えたナン?」

「うん……覚えた……っていうか、頭に入った……」

簡単な呪文ではあるけれど、物心がついた頃から当たり前に知っている言葉のようにしっくりきたから、ちょっとびっくりした。

「ねえ、変身ポーズは要るぅ?」

レミナが目をキラキラさせている。

「う~ん、ポーズ取りたかったら取ってもいいナン。フリースタイルだナン」

サラリと受け流すハナさん。



これから本格的に封天使としての仕事が始まるんだ。

私はそんな思いを噛み締めながら、ふと窓の外に目をやると……


「何!あれ!?」


青い空に、丸く、まがまがしくかかっていたのは、真っ黒な虹だった。
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