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第四十六話 私立探偵ディアス

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帝国の首都に滞在して三日。街の中心部にある、商売人が多く利用するホテルに私たちは滞在中だ。
今、私とジェームスは一階にあるロビーに置かれたソファで、探偵を待っていた。
ここで待ち合わせをして、個室になった商談室で、人探しを依頼する手筈になっている。

「捜し人、浮気調査、その他なんでも引き受けます。
ホイスト探偵事務所長 兼 調査員
ディアス・ホイスト……ね」

手元にあるチラシを読み上げる。
何だか、とても胡散臭い。

「確かに怪しく見えますが、これでも有能な私立探偵ですよ。
ここ数年の業績を調査しましたし、市民からも評判をリサーチ済です」

「でも、もう約束の十時になるわ。時間を守れない探偵なんて……」

「お時間まで、まだあと三十秒ございます。もう少々お待ちくださいませ」

「そうね、あんまり時間のことをうるさく言っても仕方がないわ。
そもそも結構な無理難題を依頼するんだもの。
あちらから断られちゃうかも知れないし」

私が苦笑すると、ジェームスはおやおやと言った顔をして、自分の額に手を持っていく。
彼はそのままクイッと生え際から、指を頭皮に滑り込ませる。
すると、いきなり黒い髪が取り外されて、下から艶やかな明るい金髪が現れた。
ウィッグと同時に、モノクルが外され、人工皮膚がベリッと剥がされる。
おそらくスッピンになったと思われるその顔は、深いブルーの瞳が輝く、華やかさのある美形だった。

「お嬢さん、私、ディアス・ホイストめは、大事なお客様を門前払いなどしませんよ」

ロビーの窓から見える時計台が、十時の鐘を鳴らし始める。

「えっ……!? ええっ!! ちょ、ちょっと、いつの間に……」

しばし呆然とした後、自分の顔が一気に真っ赤になったのが分かる。
思わずソファから立ち上がった私の背後から、聞き慣れたバリトンの声と足音がした。

「失礼いたしました、マリーゼ様。
彼の手腕の一部をお見せすれば、信用していただけると思ったものですから」

「な……!」

魂を見ればジェームスが本物かどうかなんて、私ならすぐ分かるのに……
だけど彼を疑った事なんてなかったから、いちいちチェックなんてしてなかった。
あー! なんだか、してやられた感じだ。

「さあ、商談エリアの個室に移動いたしましょう。
お嬢さん、さあ、お手を」

ディアスは、ごく自然に私の手を取り、甲に軽くキスをした。
そのまま彼は自分の肘を曲げると、そこにスルッと私の手を通し、あっという間にエスコートする体勢になっている。

「ちょ! ちょっと待って! 分かりました! 信用するから手を……」

「予約した部屋は三号室でしたね。ささ、急ぎ参りましょう」

私はそのままディアスに、商談室まで強引に連れて行かれてしまったのだった。



***



「人探しが二件……しかも、どちらも本名不明、住所不明で、同一人物の可能性もあり、と」

「そうです。ごめんなさい、無理ですよね?」

かなりボンヤリとした依頼に、さすがのディアスも顔を眉をひそめた。

狭い空間に横長のテーブルを挟み、私とその横にジェームス、向かいにディアスが座っている。
事務用の椅子が少し硬い。
テーブルには家から持ってきた資料と、ロビンのお母さんから聞き取りをした少年の特徴のメモが広げられている。
ディアスは資料をパラパラめくっていたが、あるページで手を止めた。

「うーん……いや、一人は指名手配犯ですからね。手配書のこの顔は知っています。
しかし変装している可能性があるんですよね?」

「はい。これがその、シェアリアが以前メイドとして働いていた頃の写真です」

「なるほど。では手配書とこの写真を照合して、骨格などを割り出しましょうか。
私にも変装の知識がありますし、基本的に骨は誤魔化せませんから。
なるべく素の本人に近い似顔絵を作成したら、この女が帝国に出入りした時期を調べましょう。
特定できたら関所で入国者リストを調べます」

「お願いします」

「少年の方は後回しになりますか?」

ジェームスが尋ねると、ディアスが数秒考えたのち、答える。

「でしたらシェアリアの似顔絵を作る際に、このメモをもとに、少年の似顔絵も作成しましょう」

「では、確かに依頼をお受けしました。
最低でも一週間以内に、途中経過を報告します」

「では前金として、探偵料の半分を先に支払います。残りは成果報酬として最後に渡しましょう」

ジェームスが金貨の入った袋を彼の前に置いた。

私はホッと胸を撫で下ろす。
ディアスは思っていたよりずっと有能だった。
これなら多少時間がかかっても、手掛かりくらいは掴めそうだ。
彼に依頼するのと並行して、私も首都を散策し、幽霊達に聞き込みをしよう。

……そんなことを考えていると、テーブルに置いていた私の両手が、不意に持ち上がった。
ディアスが私の両手を外側から覆うように握ったのだ。

「へ?」

「ビジネスの話はここまでです、お嬢さん。いえ、マリーゼ嬢。
ちょうどお昼時だ。これから食事でも一緒にいかがですか?」

「は?」

混乱する私の横で、ジェームスが席を立ち、金貨の袋をひっ掴んだ。

「コホン、やはり探偵料の支払いは、全額最後にしましょうかな?」

「あー! ちょっと待った、待った!」

慌てて私の手を離し、ジェームスから袋を取り返したディアスは、そそくさと袋と資料を自分のスーツケースに入れた。

「では、またお会いしましょう」

と何事もなかったように涼しい顔をして、颯爽と去っていく彼。
その背中を見送りながら、やっぱりどこか一抹の不安を拭いきれない私なのだった。
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