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第四十四話 バリークレスト帝国へ

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中央大陸屈指の軍事国家、バリークレスト帝国の南側の関所で、私マリーゼとジェームスは入国許可証の確認待ちをしていた。私は馬車の中で、手続きが終わるのを、待っている。
門番はヒョイと許可証を返しながら、窓口に立つジェームスに気安く話し掛けた。

「へえ、アンタの主人、幽霊屋敷の主なのか」

「御存じでしたか」

「まあね、幽霊屋敷を見にわざわざ出国した貴族が何人か、ここを通ったんでね。
ホント、金持ちってのはモノ好きだよ。
それよりアンタら、まさか、を一緒に連れてきたりしてないよな?」

「いやいや、御冗談を」

「アハハ! そりゃあそうだろうな。
今時の幽霊屋敷なんて、仕掛けが凝ってる娯楽施設みたいなもんだろう」

ゲラゲラ笑いながら去っていく門番の背中に

(いやいや、今あなたが会話してたの、正真正銘の本物なんですけど)

などと、馬車からツッコミを入れつつ、私達は無事バリークレストに足を踏み入れた。



関所を抜けてすぐに、かなり大きな宿場町が開けていた。人通りも多い。
さすが帝国ともなると、首都から離れても街の規模が違う。
周囲を一瞥したジェームスが声を掛けてきた。

「一応シェアリアの出身地、バローアソート街を目指しはしますが、手掛かりはまるでありませんからね。
なるべく馬をゆっくり進めますので、歩行者たちの魂をじっくり観察してください。
もし気になる幽霊がいたら、片っ端から話を聞いて構いませんよ」

「そうね……じゃあ、行ってくるわ!」

タン、と足を踏みこんだ私は、身体を座席に残し、馬車の天井から外にふわりと舞い上がった。
馬車の上に立ち、両目の上に右手を添えて、視界を陽射しから守りながら、辺りを見回す。
しかし、極端に怪しい魂は認められなかった。

シェアリアの魂は異常に大きく、激しくうねっているから、見れば一発で分かるのだけれど……
人の魂を見るのは、目がとても疲れる。
しかも、この何百人いるか分からない人混みでは、けっこう辛い。
いったん魂センサーをオフにして、幽霊への聞き込みをすることにした。

活気のある人混みに霊がこっそり混ざっているのは、ここも例外ではない。
ときどきぼんやり立っている浮遊霊を捕まえては、シェアリアの写真を見せるが、知っている者はいなかった。
写真の中の、ジュリエナさんのメイドをしていた頃のシェアリアは、地味な顔立ちの少女だ。
でも私の元夫、ハリーをたらし込んだ時には、とても愛くるしい顔をしていたし、メイク次第でかなり顔を変えられるようだ。
彼女を探すのは相当な無理難題だと改めて感じ、しょんぼりしながら馬車の屋根の上に戻ると、膝を抱えて座り込む。

途方に暮れた目で何を見るともなく、ぼんやり周囲を眺めていると……
馬車の進行方向の道端にいる少年が気になった。
ずっと同じ場所に立ち止まって、チラチラと馬車道を気にしている。

……ちょっと嫌な予感がする。

うちの馬車が彼の側を通りかかるのと同時に、少年が馬達の前に、身を投げ出した。

「待ちなさーーーーーーい!!」

馬が跳ね飛ばす寸前、私は少年の身体に抱きついて、庇いながら道の端までゴロゴロ転がった。
ふう……危ない、危ない。

超特急で馬車のシートにグニャンと座った自分の本体に戻った私は、敢えてバタンと大きな音を立てて馬車の扉を開ける。
そして、道端に座り込んでいる少年の前に出て、両手を腰に当てて仁王立ちをした。

「あなた、今わざと馬車の前に飛び出したわね!?」

「あ……いや……あの、その……」

何が起こったのか訳が分からない、といった表情の少年は、何か話そうとしているようだが、要領を得ない。

「ケガを軽くしようと、ゆっくり走ってる馬車を選んで当たろうとしたんでしょうけど……
運が悪ければどんな状況だって、命に危険があるのよ!?
どんな事情があるのか知らないけれど、こんなことしちゃいけないわ」

「ご、ごめんなさい……」

少年はすっかり泣きそうになっていた。
茶色の髪に茶色の瞳。肌にはうっすらソバカスが浮かんでいる。歳の頃は十三、四歳といったところか。
やや小柄で、綿の白いシャツに焦茶色のベスト、動きやすそうな黒いズボンを身に着けた彼。
その捲った袖から覗く腕には小さな擦り傷があり、うっすら血が滲んでいた。

「あっ!! あなた、ケガしてるじゃないの! ちょっと待って……」

私は大急ぎで御者台のところに走った。

「ジェームス! どうしよう!? あの子、ケガしてるわ。
馬車で病院に連れて行っていいかしら」

「私は構いませんよ。命ある者が最優先です」

私は少年のところに駆け戻り、彼の手を引っ張り上げるように立たせた。

「さっきはいきなり大声を出してごめんなさいね。今から一緒に病院に行きましょう。
ばい菌が入ったら大変だわ。治療費は出すから安心して」

「あ、あの……こんなことを言ってすみませんけど……
病院に行くなら、ぼ、僕はいいので、母さんを連れて行ってもらえないでしょうか?」

「お母さんは病気なの?」

「は、はい。もう何日も熱があって……でもお金が無くて……だから、僕……」

「分かったわ。だったら、あなたの家に行きましょう。さ、馬車に乗って。
あなた、名前は?」

「ロビン、です。ロビン・ケーファー」

こうして私達は、急遽、ロビンの家に向かうことになったのだった。
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