三百年地縛霊だった伯爵夫人、今世でも虐げられてブチ切れる

村雨 霖

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第三十九話 「お前なんか、家族じゃない。私の娘はリンダだけだ」

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グランデ公爵家に連れて行かれた私は、その翌日にブライト様との結婚式を挙げた。
私の本名「ジェンナ』は、この国の貴族名鑑に記載されていない。父の正妻が頑として受け入れなかったのだ。そのため、私は『リンダ』として侯爵家に嫁いだ。

本物のリンダは名前を変えて、隣国のパル男爵家の長男に嫁ぐらしい。爵位こそ低いが領内に金鉱を持ち、グランデ侯爵家と太い取引があるため羽振りが良い。父達も喜んでその話を受け入れたという。

式の当日、私は無表情のまま、シルク製の肌触りが良い純白のドレスに身を包まれていた。
持たされた白い薔薇のブーケからも、被せられたベールに添えられた生花の薔薇からも、棘が完全に取り除かれている。

出席者は私と新郎のブライト様、そして侯爵様のみだ。
侯爵家の息のかかった教会で、誓約書に嘘の名前を書き入れる。
隣には不貞腐れたブライト様が、殴り書きした文字があった。
誓いのキスは、顔を近付けて振りをするだけだ。
これは式の直前に、侯爵様が直々に息子に指示を出していた。
「触れるな」と。

偽物尽くしの結婚式を終え、私達は屋敷に戻った。

メイドに手伝われて、ウェディングドレスから普段着に着替える。
家から持ってきた衣類はすぐに捨てられてしまい、侯爵様が自ら選んだという、高級で清楚なデザインのドレスに取り替えられた。それらはいずれも布地が柔らかく、着心地が良い。

身支度が済んだところでメイド長がやって来た。

「リンダ様。本日よりこの屋敷での過ごし方について、御主人様より指示がありました。
こちらをお守りくださいませ」

そう言って、一枚の紙を渡される。

________________

◎外出は一切禁止。

◎食事は自室で摂る。出された食事は必ず残さず食べること。

◎1日に四千歩から五千歩、屋敷内を歩くこと。これより多くても少なくてもいけない。

◎毎日指定した運動を行うこと。

◎仕事や社交には関わらない。

◎入浴は毎日。皮膚と髪の手入れは欠かさないこと。

◎毎日必ず八時間寝ること。

◎刃物、尖った物を持たない。火を扱わない。

◎階段を上り下りしない。

◎怪我や病気、体調の不良があれば、ごく僅かでも申告する。

◎閨は一切禁止。ブライトと顔を合わせる必要はなし。

◎週に一回、侯爵とお茶の時間を取り、その際必ず計測に協力すること。

________________


強い違和感を感じた。
正直なところ、社交や閨の義務がないのは、むしろ安心したが、全体に妙な束縛がある。
単に健康を気遣ったというだけでは済まされない、何か。
夫と顔を会わせなくていいのに、侯爵様とは週一度、会わなければいけない?
計測? 何だろう。
だけど逆らう訳にはいかなかった。



翌朝から、指示書通りの生活が始まった。
私の部屋に運ばれてくる食事は、最高級と思われる素材で、バランスが取れたものだ。
しかしそのほとんどが生か、ただ加熱され、最低限の塩分が加えられただけの、料理とは呼べないものだった。刺激のある調味料などは一切使われず、焦げ目なども付いていない。

だが出された分は、必ず食べきらねばならない。
生でも差し障りのない果物が、とてもありがたかった。

食後はメイドに付き添われて、屋敷内を散歩する。
メイドは歩数を数えているので話しかけることができず、無言だ。
所定の歩数を歩き終わると、部屋に戻って、体操をする。

「今週は膝から上を重点的に鍛えるようにとのことです」

メイドに言われて、両手を頭の後ろで組んで、膝を曲げたり伸ばしたりを繰り返した。

この生活は健康にはすこぶる良かったようで、ガリガリだった私の身体にも少しずつメリハリがつき、肌がツヤツヤしてきたと思う。

子爵家にいた頃と比べて、言葉にも身体にも暴力はほとんど振るわれない。
だけど、喜びもない。ひたすら無機質な生活。

しかし、たまに私の部屋に、ブライトが怒鳴り込んでくることがある。
最初の頃は徹底的に無視されていたが、私の姿が変化するにつれ、彼の私を見る目も変化していた。

「お前、何を考えてるんだ。お前は俺の妻だろう。
何でいつまでも寝室が別々なんだ」

「それは、お義父様がそうしろと……」

「お前の夫は親父か? いい加減にしろ!」

そんな時は、メイドが真っ先に部屋から走り出し、すぐに警備の者を連れてくる。
一度だけ間に合わず、彼に頬を打たれたことがあったが、次に会った時、ブライトは頭に包帯を巻き、片腕を三角巾で吊っていた。
それ以来、彼が部屋に押しかけて来たことは無い。



***



「リンダ様、本日この後、お茶の時間です。
アトリエへ、どうぞお越しくださいませ」

淡々とメイドが告げる。
この変化のない茫洋とした生活が、一気に灰色に染まる時間が訪れた。

侯爵領を治め、人形作りの大家でもある義父のアトリエには、まるで生きているかのような蝋人形が何体も立ち並んでいる。
その片隅に置かれたテーブルと、ダイニング用の椅子が二脚。
そのうちの一脚に御主人様は座り、私に向かいの椅子を勧めた。

「よく来たね、そこに掛けなさい」

会話はない。
義父の話を私が聞いて、ひたすら相槌を打つだけのティータイムだ。

「子爵やブライトは向こうのリンダの方が美人だと思っているが、そなたの方が遥かに美しい。彼奴等きゃつらは化粧と男あしらいの巧みさに誤魔化される愚か者だ。
美と芸術、純粋な形の美しさが何たるかを、まるで理解していない」

「そうでしょうか」

「そなたがいれば、私は至高の傑作をこの世に残すことができる」

「そうですか……」

「手を見せなさい」

私が黙って差し出した手を、義父が上下から挟むように己の両手を重ね、私の手の甲をさする。

「うむ、いい肌理きめだ。手荒れもほとんど消えたな。
では服を脱ぎなさい」

まただ。
内心では嫌々だが顔には出さず、着ているものを全て脱ぎ、腕などで前の方を隠すようにして立つ。
侯爵は私の腕をどけると、胸周り、胴回り、腰回りと言わず、腕や脚の太さなど、五センチごとに巻き尺をずらして詳細にサイズを測り、それぞれの数値は彼のノートに逐一記録されていく。

「均整が取れてきたな。前は枯れ枝のようだったが。
だがもう少し肉が必要だ。オーツ麦を毎食20g追加するように言っておく」

……計測以上のことは何もされないが、私はこの時間が厭わしくてたまらない。
本当だったら、すぐにでも逃げ出したい。
だけど逃げる場所はどこにもない。



この屋敷に来る直前の、子爵邸での最後の別れを思い出す。

「お、お父様、私……怖い……です」

グランデ侯爵家の馬車に乗る直前、私は母を亡くしてから初めて、父を父と呼んだ。

「私を父と呼ぶな。ジェンナ、お前なんか、家族じゃない。私の娘はリンダだけだ。
戻って来ようなどと考えるな。お前がひとり生贄になれば、全て丸く収まるんだ」

険しい表情の子爵から返ってきたその言葉に、ただ打ちのめされ、大人しく馬車に乗るしかなかったのだ。
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