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事件簿010 『藁人形』その7
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西念が数珠を振って形だけの念仏を終わらせると、お熊は風呂を勧めた。
「たいしたお礼もできないから、せめてお湯にでも浸かってゆっくりしてってくださいな。」
かれこれ20年以上風呂など入っていない西念。
お気遣い無く、と言いながらもそそくさと湯殿に向かった。
永年の垢を落とし、さっぱりした西念が部屋に戻ると、二人分の食事が準備してあった。
「さ、さ、こちらに。料理が冷めないうちに。」
「いやいや。念仏をあげただけでここまでしていただくとかえって心苦しい。湯を借りただけで十分ですじゃ。」
「そう言わず。今夜だけあたしと一緒にご飯を食べてくださいな。西念さんを見てたら、なんだか死んだお父と一緒にいるような気がしてさ。これも供養だと思って。お願いします。」
「わかりました。これも御仏の思し召しでしょう。ありがたくいただきます。」
二人で向かい合ってお膳の食事をつついていると、お熊が突然泣き始めた。
突然のお熊の涙に西念は驚いた。
「ど、どうした?」
「小さい頃は、こうやっていつもお父やお母と一緒にご飯を食べてたわ。身請けされて普通の暮らしに戻っても、もう家族はいない。それが悲しくて寂しくて。」
「そうでしたか・・・。しかし、亡くなられた方は戻ってはこれません。お熊さんが幸せになれば、きっとお父様も安心されますよ。」
「身請けされたといってもあたしは妾。旦那が泊まる夜以外は屋敷にずっと一人。寂しくて耐えられないわ!」
「しかし、ここにいるよりは普通の屋敷で暮らすほうがなんぼか幸せでしょう。」
「いい家が見つかったんだけど、一人で暮らす決心がつかなくて・・・。」
うつむいてしまったお熊が突然顔をあげた。
「そうだ!西念さん、あたしと一緒に暮らさない?」
「な、なにを突然!?」
「変な意味じゃないの。お父様の代わり。そうしたらあたしも寂しくないし、西念さんもおまんまの心配しなくて済むでしょ。」
どうやらお熊は本気らしい。
寺で修行する本物の僧ではないことも承知の上のようだ。
西念は考えた。
どうせこれからも長屋での一人暮らし。
歳も50を越えた。歩けなくなれば・・・。
ボロ長屋で餓死した自分の死骸が見えた気がしてブルッと身震いした。
「お熊さん。本当にいいのなら、そうさせてもらうよ。」
「たいしたお礼もできないから、せめてお湯にでも浸かってゆっくりしてってくださいな。」
かれこれ20年以上風呂など入っていない西念。
お気遣い無く、と言いながらもそそくさと湯殿に向かった。
永年の垢を落とし、さっぱりした西念が部屋に戻ると、二人分の食事が準備してあった。
「さ、さ、こちらに。料理が冷めないうちに。」
「いやいや。念仏をあげただけでここまでしていただくとかえって心苦しい。湯を借りただけで十分ですじゃ。」
「そう言わず。今夜だけあたしと一緒にご飯を食べてくださいな。西念さんを見てたら、なんだか死んだお父と一緒にいるような気がしてさ。これも供養だと思って。お願いします。」
「わかりました。これも御仏の思し召しでしょう。ありがたくいただきます。」
二人で向かい合ってお膳の食事をつついていると、お熊が突然泣き始めた。
突然のお熊の涙に西念は驚いた。
「ど、どうした?」
「小さい頃は、こうやっていつもお父やお母と一緒にご飯を食べてたわ。身請けされて普通の暮らしに戻っても、もう家族はいない。それが悲しくて寂しくて。」
「そうでしたか・・・。しかし、亡くなられた方は戻ってはこれません。お熊さんが幸せになれば、きっとお父様も安心されますよ。」
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西念は考えた。
どうせこれからも長屋での一人暮らし。
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「お熊さん。本当にいいのなら、そうさせてもらうよ。」
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