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Ⅶ
しおりを挟む部屋では、アリミアがお茶を淹れなおして、ハルトノエルとイノフィエミスは並んでソファに座った。
「ハルは、なんの用事で来たの?」
「用がないと、来るなってことか?」
「んーん、おれは嬉しい、と思う。」
「と思う?」
「なんか、よくわからないけど、さっき弟たちに感じたあたたかさとは違くて、でも、父様があの部屋に来たときには何も感じなかったから、愛しいとかそういうあたたかさなんだけど...難しいね。」
「っ!!!!」
目を見開いてイノフィエミスを見つめるハルトノエル。ハルトノエルの視界の隅でお茶の用意をするアリミアが拳を握って視線で訴えてくる。
『そうです!貴方達は両想いなのです!イノ殿下はそういう感情に疎いのでしっかり理解できてはいませんが、貴方と他人に感じるものが違うことは気付いていらっしゃっているのです!!今ですよ!!今!!告白するのです!!!』
その訴えを正しく汲み取り、ハルトノエルはイノフィエミスの手を取って意識を自分に向けさせる。イノフィエミスは取られた手を見てから、ハルトノエルの顔を見て小首を傾げて問いかけた。
「どうした?ハル。」
「...イノ、...イノフィエミス。」
「なに?」
「俺は、イノと出会って、一緒に過ごして、でも、クソ野郎のせいで空白の時間のほうが長くなったけど、それでも、ずっと愛していた。」
ハルトノエルは、指先にキスを落としそのまま流れるように手の甲、掌にキスを落とした。
「俺は、記憶になかった21年と戦場に行っていて会えなかった一年を含めた22年のその倍以上の時間をお前と過ごしたい。
クソ野郎に囲われてもなお生き続けてくれたお前に賞賛と敬愛を。そして、これから先の未来を共にする誓いに懇願を。
――――どうか、受け取って欲しい。」
「...、。」
「イノ殿下。ハル様の一世一代の愛の告白の途中ですが説明を必要としますか?」
「アリミアァああああ....。」
一世一代の愛の告白をしている途中のハルトノエルはイノフィエミスの手を握ったままソファに、蹲った。
「ハル...?...アリミア、お願いするよ。」
「はい、では、まず『22年のその倍以上を共に過ごす』というのは、そのままの通り、一生涯共に生きたいという意味です。」
「うん。」
「賞賛は、指先へのキスの意味でもあります。イノ殿下がクズ野郎に囲われていたにもかかわらず、死を選ぶことなく生きてくれたことを褒め称えたのです。」
「しょうさん...。」
「敬愛は、手の甲へのキスの意味ですね。感情や痛覚をなくしてしまっても生きていてくれたイノ殿下への尊敬を意味しますね。また、この場合はハル様がイノ殿下に身も心も捧げ、尽くしたいという意味があります。」
「身も、こころも...。」
「そして、懇願ですが、掌へのキスの意味であり、そのまま心からのお願いですね。この場合は、ハル様が伝えたいのは、自分だけの人になってほしい。そして、イノ殿下の愛がほしい。で、しょうかね。」
「愛....。」
「要約すると、プロポーズですね。」
「プロポーズ...。」
「さらに言うのであれば、恋人として付き合って欲しいでもなく、婚約者として婚約してほしいでもなく、結婚してほしいという意味で仰っていますね。ハル様は。」
「結婚...。」
ハルトノエルは未だ蹲ったまま、顔をあげられずにいる。イノフィエミスはアリミアの言葉を頭の中で繰り返し数分してから、ハルトノエルに声をかけた。
「...ハル。」
「........。」
「顔を見せて。」
「...いやだ。」
イノフィエミスはハルトノエルに握られている手を握り返して顔をあげさせる。イノフィエミスより体格のいいハルトノエルは力も比例してイノフィエミスより腕力があるはずだが、それにも関わらず、抵抗することなく手を退けられる。
「....真っ赤だ。」
「....。」
「...熱?」
「照れていらっしゃるのです。」
「照れ、恥ずかしいってこと?」
「そうですね。」
「ハル、恥ずかしいの?」
「.....そうだよ。」
「何が恥ずかしいの?」
「..........。」
「おそらく、格好良く結婚の台詞を口にしたのですが、わたくしがすべての意味を正しく理解した上で、イノ殿下に伝え、また、お付き合いをとばして、結婚を申し込んだ自分を恥じていらっしゃるのです。」
「アーリーミーアー!!!!」
「...そうなの?ハル。」
「....っそうだよ!!!」
「...そっか、結婚。おれなんかと...しちゃだめだよ。」
「イノ、『おれなんか』じゃなくて、お前が良いんだ。」
「...おれが、いい?」
「そう。」
「...だめだよ、っだめ、だって、こんな、汚い、おれなんか、皆、おかしい、こんな汚い俺に触れて、触れさせて、頭を撫でてほしいなんて言って、結婚してほしいなんて、そ、んな、っ、だめ、だめだよ。」
呼吸が浅く早くなり、肩で息をし始めるイノフィエミス。片方の手で胸元のシャツを握りしめ、その上からもう片方の手で覆い、シャツを握る手は力を入れすぎて真っ白になっている。
「っ、だめ、ッ、だめ、っさわ、らないで、きたない、だめ、っ、ッ、。」
「イノ、落ち着いて、大丈夫、イノは汚くない。」
「うそ、うそだ、ほぼ、っ、まいにち、だかれて、いたのに、そんな、ことないっ、じつの、ちちおやに、っ、。きたない、きもち、わるいっ、。」
「落ち着け、身体は風呂で綺麗に洗った。俺とアリミアで洗っただろ。」
「大丈夫ですよ。イノ殿下、今の殿下はどこも汚れていません。」
「アリスロメオも、体内に浄化魔法をかけたと言っていた。どこも汚くない。」
「でも、っでも、っ~~~~....。」
「泣け泣け、泣けるくらい負の感情が戻れば上々だ。」
ハルトノエルに抱きしめられ、背中を擦られて涙をこぼすイノフィエミス。アリミアは水の用意や、タオルや体を温める用のブランケットなどを持ってくる。二人に甲斐甲斐しく世話されて涙が止まってくると、イノフィエミスは、ハルトノエルの胸に顔を埋めて背中に手を回す。
「...どうした?」
「....。」
「言ってみな。大丈夫だから。」
「...おれのこと、きらいにならない?」
「もちろん。」
「....こんな、無表情で、笑顔一つ上手くできないのに。」
「俺は、イノが喜んでいるのが分かるから表情に出なくても問題ないな。」
「...落ちこぼれの元王太子だよ。」
「むしろ、ラッキーだ。王位継承だとか、そういう争いに巻き込まれなくて済む。」
「...ヤられ続けた淫乱だよ。」
「....同意じゃないだろ。たとえ、受け入れていたとしても、イノにはその選択肢しかなかったんだ。俺は責めないよ。クソ野郎は死んでもミンチにしたいくらい恨んでるけどな。」
「...おれ、なんか、で、いいの?」
そっと胸元から顔を離し、ハルトノエルの顔を見上げるイノフィエミス。その頬を包み込みハルトノエルはイノフィエミスの瞼に唇を落とす。
「瞼へのキスは情景、俺にはイノはもったいないくらいだよ。俺の優しくて賢くて素敵な愛しい人。」
「...こんな、おれで、よければ、もらってください。」
「もちろん。」
それから、弟王子三人達を可愛がりながら、離宮で最低限の使用人と専属侍従のアリミア、ハルトノエルとイノフィエミスで穏やかな日々を過ごしたのであった。
ちなみに、結婚式は国一番の教会で盛大に行われ、近隣諸国から重鎮、ひいては王族までもが参列したのであった。
Fin.
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