壊変

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壊変

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俺、サイスニードは、よく見かける異世界転生ものと同じように雨の視界の悪い日に大型トラックにはねられて死んだ。そして、よくある異世界転生ものと同じように腐った女神様の導きによって、BLゲームの主人公に転生した。

赤ちゃんの頃から佐藤和輝としての記憶も知識もあった。そして、俺も女神様と同じ腐っていた。そして、両性愛者でもあった。BLゲームの主人公というと、受けのイメージが強いが、生粋の攻めである。

少年期に攻略対象達と出会い、友達として仲良くなり、今では親友と呼べる。

攻略対象①のアクスリズムは、この国の第三王子で、王族としては穏やかな性格をしている。花が好きで、王城から通うのではなく、学院寮で過ごす歴代一変わり者と呼ばれている王子だ。

攻略対象②のデルタアクスは、宰相の一人息子で次期宰相様だ。BLゲームにも乙女ゲームにも欠かせない大事な眼鏡キャラである。だがしかし、眼鏡キャラなのにも関わらず、敬語ではない。実に残念だ。

攻略対象③のロノイとヘインは、BLゲームならではの3P要員だ。双子で王国騎士団、団長の息子達だ。二人共ガタイがいいわけではなく、むしろ主人公である俺の方が肉付きがいい。だが、剣技の速さは二人揃って国一番だ。二人で一人って感じで常に一緒に行動している一卵性双生児でそっくりなおちゃらけキャラだ。

この四人は、特にBoysなLove的な関係はなく、男友達として仲良く王立学院に通っていた。既にこの時点で、BLゲームとしてのフラグは折られており、BLゲームとしてのイベントなどは発生しなかった。その為か、悪役令息のディーズレンとは出会わなかった。本来なら入学時に幼馴染みの4人と対立する形でディーズレンと出会う、はずだった。

―――否、出会ってはいるのだ。だが、ゲームとは全く別の状況だった。ゲームでは同じ新入生として入学するディーズレンは、既に最高学年生で学院内ではすれ違う程度だった。そして、ゲームでは常に怒りで満ち溢れていた表情は無に等しく、笑った顔を見たことがないと有名だった。生徒達からは『黒氷の貴公子』と呼ばれていた。

そんなディーズレンと会話したのは一度きり、ディーズレンの卒業式後にアクアリズムの自称親衛隊の生徒達と校舎裏で揉めて、殴り飛ばされたときにディーズレンがその場に登場したのだ。特に何か言うわけでもなく、只々、こちらを見ていただけだった。だが、自称親衛隊の生徒達はまずいと思ったのか、足早に逃げていった。

「....大丈夫ですか?」
「え?...ああ、うん。大丈夫です。」
「そうですか。ええと、一応救護室に行った方がいいかと思います。」
「...はい、ありがとうございます。」
「あと、お名前を伺っても?教師の方に伝えておきます。」
「え、あ、はい。えと、サイスニードです。サイスニード・リリエルです。」
「.....ああ、君が。.....ええと、伝えておきます。」
「?はい、ありがとうございます。」

そこに幼馴染みの4人が駆けつけてくれた。だが、俺は前世の記憶持ちだということを4人に伝えていた為、ディーズレンにいい感情を抱いてはいなかったのだ。そして、駆けつけてみれば、その「悪役」のディーズレンとふたりきりで、しかも俺は壁に寄りかかって座り込んでいる。まあ、勘違いもするわけでアクアリズムが普段見せない形相でディーズレンを突き飛ばして、俺を庇うように立った。

「....っ先輩!卒業したからって好き勝手やっていいわけじゃな「ああ、そこのに手を出したと思っているなら、勘違いも甚だしいな。そんなのに手を出すわけがないだろう?」」

その言葉と表情はBLゲームでみた、スチルそのものだった。しかし何故、今?だが、アクアリズムやデルタアクス達には、効果的だったようで、前世の記憶を教えたときにゲームのセリフなども伝えていたことにより、4人はディーズレンを完全な敵として認識してしまった。そんな、4人を放置してディーズレンは俺に「救護室には行った方がいいですよ。」と再び告げて、その場を去っていった。4人には心底心配されたが、ディーズレンの誤解を解くことができずに月日は流れてしまった。


そんな俺達も最高学年となり春の短い休みを楽しんでいた。城下町に行き、買い食いをしながら歩く。春のバザールは賑やかで、人も沢山いた。ロノイとヘインが、そんな人混みに酔ってしまったので噴水のある広場まで行き、休憩していると突然声をかけられた。その声はいつかに聞いた高くもなく低くもない声で、顔を上げれば、俺の前に立っていたのはディーズレンだった。服装や髪型が学院生時代と違い、長い前髪で右目を隠し、学院生時代から変わらずの黒い手袋を嵌めていた。そして、見えている左目には学院生時代よりも暗く影が落とされていた。

アクスリズム達がディーズレンだと気付くと、今にも殴りそうな瞳で「なんのようだ。」と問いかけた。

「...ええ、と、多分大事なものだろうと思いまして、追いかけて来たのですが...。」
「大事な、もの?」
「ええ、はい。どうぞ。」

ディーズレンが差し出した拳の中にあったのは、幼馴染み4人から1枚ずつもらった花弁を組み合わせると完成するブローチだった。

「え?うそ、落ちてたの?」
「...ええ、確か制服にも着けていたと思い出しまして、君のもので良かったです。」
「...ありがとうございます。」
「いえ、では、失礼し「あ、あの!」」
「はい。」
「明日、お礼に行ってもいいですか?」
「家にですか?」
「えと、はい。」

後ろからに「何を言っているんだ」という視線を浴びながら問いかければ、「いいですよ。」と了承の返事を貰い、明日ディーズレンの家に行くことになった。そして、幼馴染み4人は誤解したままなので「俺たちも行く」とディーズレンに抗議すると、あっさり了承の返事を貰い、鳩が豆鉄砲を食らったようにきょとんとした顔で去っていくディーズレンを見ていた。

寮に戻ってから俺は散々と問い詰められた。

「なぜ、ディーズレンの家に行くんだ?」
「だって、お礼は必要だろ?」
「そうだが...。」

「悪役なんだろう?何故会いにいく?」
「....なんか、俺の知ってるディーズレンとは違うみたいだ。」
「.....どういうことだ?」
「...だって、俺達の関係性だって俺の行動だってゲームとはもう違うんだ。それにディーズレンだってゲームでは同い年の筈なのに2年も歳上だ。」
「....たしかに。」
「だから、明日確かめる。それで、あの時のことも聞く。」

「....あの時って?」
「お前等が、俺が襲われていると勘違いした卒業式の日の話。」
「ああ、アクアの自称親衛隊に殴られて~って話ぃ?」
「そう。」
「僕たち、まだ信じてないからねぇ?」
「だから、明日真実を聞くんだって。」
「ま、僕たちが一緒なんだから問題ないね!」
「頼りにしてるよ。」
「ロノイもヘインも強いからね。俺も頼りにしてほしいな。」
「ああ、アクアもな。」
「俺は頼りにしてくれないのか?」
「してるよ、いつも。ありがと、デルタ。」

ハーレムルートみたいな会話だが、ゲーム内にハーレムルートはない。純粋な友情の好意だ。今後も頼りにしていきたい。


そして、手土産を持ってディーズレンの家に着けば、家令が客間まで案内してくれた。お茶を用意され客間で待っていると、Yシャツにスラックスというラフな格好のディーズレンが部屋に入ってきた。

「...待たせてすみません。」
「大丈夫ですよ。あ、これお礼です。」
「ありがとうございます。」
「...あの、」
「なんですか?」
「...ぶり返すようで悪いのですが、」
「はい。」
「卒業式の日、なんであんな誤解されるような事を?」
「...?ああ、あれは侯爵様・・・が、君の周りの貴族をかき乱してほしいと言われたので、あのようなことを言ったまでです。」
「...かき乱す?」
「ええ、君の周りには高位貴族のデルタアスク様とロノイ様とヘイン様、王族のアクアリズム様がいますからね、君に手を出したと装えば、貴族達は多少混乱するでしょう。」
「まあ、確かに。あの後、議会が混乱していたな。」
「本当ですか?アクアリズム様。ああ、侯爵様・・・の言いつけを守れてよかったです。」
「....?....ねぇ、ディーズレン先輩?」
「僕はもう学院生ではないので、先輩と呼ばなくていいですよ。それに、そちらの方が爵位は上でしょう?どうぞ、呼び捨てで結構ですよ。」
「え、と、ディーズレン。は、なんで侯爵様って呼んでるの?....父親でしょ?」

そして、俺達は気付いてしまった。ディーズレンもゲームとは全く別の人生を歩んでいることに。しかも、良くない方向へと。


「....侯爵様は、侯爵様ですよ?...ちち、おや?とはなんですか?」
「え?」
「?、ちち?なんです?」
「え、あ、お母さんとかいる?よね?」
「おか?なんですか?それ。」

「(どういうこと?)」
「(もしかしたら、最悪な状態かもしれない。)」
「(デルタ、どういうこと?)」

「....ディーズレン、」
「はい。?」
「お前、いつ生まれた?」
「?え、と...?」
「誕生日はいつだ?」
「たん、じょうびってなんですか?」

「(デルタ?これは...。)」
「(最悪の状態だ。)」
「(...お人形ねぇ。)」
「(人形?)」
「(昔いたらしいよぉ。自分の子供を従順にして人形みたいに自分の意のままにした貴族。)」
「(...人形。)」
「(無表情で、誰でも分かるようなことを知らない。侯爵を親と認識していない。....人形によく見られたっていう状態だね。)」


そんなとき、客間の扉を開けて、侯爵が入ってきた。全員で「お邪魔しています。」と言えば、笑顔で「ごゆっくりどうぞ。」と返された。

「ディーズレン。」
「はい、侯爵様・・・。」
「よくやった。そのままやる・・んだ。」
「はい、侯爵様・・・。」
「私は出かけてくるよ。」

そう言って、侯爵は吸っていた煙草を口から離すと、ディーズレンを呼び寄せた。

ディーズレンは、呼ばれるまま侯爵に近付くと頑なに外さなかった黒手袋を外し、侯爵に向けて手を差し出した。そして、侯爵は何も躊躇わずディーズレンのてのひらに火のついた煙草を押し付けた。その瞬間、俺達は息を呑んで何も発せなかった。ディーズレンは確実に痛い筈なのに、顔も歪めないで平然とした様子で吸い殻となった煙草を受け取り、「行ってらっしゃいませ。」と言って侯爵を見送った。そして、てのひらに乗る吸い殻はディーズレンの闇魔法により異空間に消えていった。

「...っは、?....え?」
「?!、手!ディーズレン!てのひら、見せて!!」

焦りすぎて呼び捨てになったのは許してほしい。だが、それどころではない。ディーズレンにてのひらを見せてもらうと、そこは大量の火傷で皮膚が自己再生が不可能なほど傷ついていた。

「...っ、自分のことを大事にして!!」
「?ええ、しています。」
「どこが?こんなに火傷しているのに?」
「...?だって、死んでいません・・・・・・・。」
「っ、だめ、だめだ。」
「...ニード、サイスニード。落ち着け。」
「...あ、くあ。」
「...大丈夫だ。俺がなんとかする。」
「...ほ、んと?」
「ああ。」

「......ディーズレン。」
「はい。」
「悪いが、貴殿の意思も侯爵の意思も関係なく貴殿を連れて行かせて貰う。これは王命と同義だ。」
「?...はい。」


そのまま、侯爵が帰ってくる前に侯爵家を出て、学院寮に連れ帰った。取り敢えず、一番広い部屋を使ってるアクアリズムの部屋で全員が落ち着いた。

「...ニード。多分、呪魔法がかけられている。」
「...分かった、レオンを呼ぶ。」

俺は主人公補正なのか、聖魔法が使え、聖獣である白獅子のレオンハートと契約している。レオンは聖魔法特化型の聖獣で、聖魔法と闇魔法は対立する関係。闇魔法を唯一、弱体化させる魔法を使える。

「我が呼び声に応えよ、我が名はサイスニード。」

俺の足元に魔法陣が現れ、対になるように足元の魔法陣の真ん前の床に魔法陣が現れる。そして、2対の魔法陣が光り輝くのと同時に、白獅子が現れる。

『呼び声に応えよう。我が名はレオンハート。』

「...レオン、ディーズレンに魔法がかかっているか見てくれない?」
『良いぞ。』

アクアリズムの部屋に入ってから、部屋の主であるアクアリズムは勿論、デルタアクスもロノイもヘインも、かく言う俺も備えられたソファに腰掛けたのにも関わらず、ディーズレンは座らずに扉の前で立っていた。だから、ディーズレンを俺の横に無理矢理座らせていた。

レオンがソファに腰掛けるディーズレンを見ると、目を見開いた。

『...なんだ、此れは。』
「どうしたの?」
『有り得る呪魔法の殆どが掛けられている。其れ等が絡み合って、複雑で大規模な呪魔法になっている。』
「...なに、それ。...解けるの?」
『解くことは可能だが、此の者は呪魔法を掛けられたまま育っている。つまり、解いた場合、精神が後退するぞ。』
「...それは、いいけれど。身体に害とかは?」
『其処は大丈夫だろう。だが、此の者は既に痛覚を失くなっている。それに、髪で隠しているようだが、右の眼も見えていないだろう。』
「...っ。取り敢えず、呪魔法を解こう。」
『了解した。』

レオンがディーズレンの額に自分の鼻先をつけると、ディーズレンの身体あからドス黒いもやが溢れ出し、次の瞬間、それらが光り輝き、霧散した。光が収まり、目に飛び込んできたのは、真っ黒だった髪の色が抜け落ち、白銀になった髪を揺らす、ディーズレン。その瞳には、光は灯っていないが暗い影は差し込んでいなかった。ディーズレンはそのまま、横に倒れ込みそうになり、ヘインが慌てて支えた。目を瞑って、ヘインに膝枕をされるディーズレンは2歳上とは思えないほど、幼い顔つきで眠っている。

「...ねえ?....このあと、どうするのぉ?」
「...そうだよぉ?侯爵に黙って連れてきてるしぃ?」
「問題ないだろう。高位貴族と第三王子だぞ?何も言えるわけ無いだろう。」
「...何か言われても、俺に任せろ。これでも、第三王子なんでね。」
「....頼もしいね。」

ディーズレンは眠りについてから、3時間後には目を覚ました。だが、表情や感情が動かなくなり、一度も目が合わなかった。名前を呼びかけても、わからない。といった感じなのが雰囲気で伝わってきた。

「....君の名前は、ディーズレンだよ。」

そう教えれば、こくこくとうなずいて小さく「でぃーず、れん。」と呟いていた。その後も色々質問をすると、精神年齢は、大方、5歳くらいだと考えた。そして、長年の強制的な活動による反動か、すぐ眠気がくるようで、ウトウトと舟を漕ぎ始めたディーズレンの頭を撫でようとした瞬間に、ディーズレンが頭の前で腕を交差して、「ごめんなさい」と小さな声で連呼しながら小刻みに震え始めた。

「...寝てません。...ごめんなさい。...もう寝ません。...ごめんなさい。...ごめ、なさっ。」

そんなディーズレンを横からヘインが抱き締めて「だいじょーぶ。誰も打たないよぉ。」と言いながら、後頭部の方をゆっくり撫でると安心したように、ディーズレンは強張った体から力を抜いた。

「...ん。....もっと。」

ヘインが撫でるのをやめて、離れようとするとディーズレンがそのヘインの服の裾をきゅっと摘んで、頭を撫でることを強請った。上目遣いのディーズレンにやられたのか、ヘインも、その横に座るロノイも「「ん"ん"ん"~。かわいい~ねぇ~♡」」と言って、むぎゅむぎゅと抱き締めては、「いい子。いい子。」と頭や頬を撫で始めた。それにディーズレンは、嬉しそうに目を細めていた。

その日、流石に全員でアクアリズムの部屋で寝泊まりするのは忍びなかったので、安全面からもディーズレンはそのままアクアリズムの部屋で今日は過ごして、他は自分の部屋に戻ることになった。



夜、アクアリズムが風呂に入るしたときに、ディーズレンも一緒に入ることになった。

「...服は自分で脱げるか?」
「...ん。」

すると、一人で服を脱ぎ始めたが、それを見ていたアクアリズムの顔色はどんどん険しいものになっていった。なぜなら、肌が顕になったディーズレンの身体は全身、打撲痕や切傷、火傷痕があったからだ。アクアリズムは目を逸らしたくなるような傷痕を悪化させないように優しく身体を洗ってあげた。ディーズレンは湯船に浸かることを、酷く怖がったのでアクアリズムが抱き抱えて湯船に入れば、ビクついたが、アクアリズムの足の間で、慣れると力を抜いてアクアリズムに寄りかかり、温まり始めた。

「...かわいいな。」
「...?」
「いや、なんでもないよ。」

そう言って、髪を梳くように頭を撫でれば、目を細めて気持ちよさそうだった。濡羽色だった髪は、白銀に変わり、濡れたその白銀は透き通るようだった。

「...ディーズレン。」
「?...な、に?」
「風呂は怖いか?」
「おふろ?こわくない。」
「じゃあ、水は怖いか?」
「っ。....ゃ。こわく、...ない。」
「...怖いか。」
「...ん。ごめ、さ。」
「謝らなくていい。何が怖い?」
「....ぁ、みずは、つめたい。」
「そうだな。」
「...ふゆに、かけられると。さむい。いたい。」
「...そうか。怖かったな。」
「...ん。でも、あったかいのは、すき。」
「そうだな。また入ろうな。」
「...ん。」

そのまま、風呂を出て優しく身体拭いて、服を着たディーズレンをソファに座らせると、アクアリズムは、得意の風魔法で白銀の髪を乾かすと、キラキラと輝いていた。ディーズレンは乾かしているうちに眠ってしまったらしく、体をガクガクと揺らしていた。アクアリズムは、そんなディーズレンを抱えて、ベッドに入り眠りについた。



次の日、朝早くから俺はアクアリズムの部屋にやってきて、黄色い悲鳴をあげた。理由は、簡単。アクアリズムがディーズレンを抱え込んで眠っているのだから。腐っている俺としては歓喜の涙だ。そんな中、ディーズレンが起きて、もぞもぞとベッドから出てくると、「お、はよ。」と俺の服の裾を摘んで言うものだから、俺は、悶ながら「おはよう」とかえした。

「ディーズレン、何もなかった?」
「?うん。」

俺はソファに座り、「おいで」と言って隣にディーズレンを座らせた。その時、アクアリズムが起きて、服を着替え始めた。

「おはよう。ニード。」
「おはよう。アクア。」
「ディーズレンも、おはよう。」
「おは、よ。」
「...ディーズレンって長いね。何か愛称とかないの?」
「...あい、しょ?」
「うーん、なかったよね。んー....。」
「なら、レンでいいんじゃないか?」
「レン?...いいね。」
「どう?レン。」

そう聞くと、ディーズレンは自分を指差しながら「れん?」と首を傾げた。

「そう、ディーズレンもレンも名前。」
「...ん。」

こくこくと頷いて、しばらくボーッとしていたが、不意にディーズレンの周りに花が舞ったような雰囲気が漂ってきた。

「...嬉しい?」
「...?うれ、し?」
「そう。」
「ココが、ぽかぽかする。」

そう言って、胸のあたりを擦るディーズレン。そんなディーズレンに「それが、嬉しいって気持ち。」と教えれば、「ふふっ」と声を出して笑い始めた。

「うれしい、うれしい。」
「そう、よかったね。」
「うん。うれしい。れん。なまえ。うれしい。」

喜ぶディーズレンの頭を優しく撫でながら、俺は内心思う。「こんなに、純情でかわいい子を人形にして何も感じさせなくした侯爵は馬鹿なのか。」と。

着替え終えたアクアリズムが、俺の隣に座ると、急に部屋の扉が叩かれた。そして、中に入ってきたデルタアクスが放った言葉に、アクアリズムも俺も「来たか。」としか思わなかった。


「早朝、帰宅した侯爵がディーズレンの不在に気付き、王命で第三王子に連れられて出て行った主旨を聞き、怒り顕わのまま王宮に乗り込んで来た。」

このデルタアクスの言葉を聞き、俺達は王宮に来ていた。アクアリズムのあとについていき、俺はディーズレンの手を握って歩いた。一つの扉の前で立ち止まると、扉の両サイドに立っていた騎士が扉を開けた。

「第三王子、アクアリズム様がご到着されました。」

その声のあとに中に入れば、侯爵がこちらを殺意の籠もった瞳で睨んでいた。ここは談話室らしく国王陛下と皇后様がいらして、その前に侯爵が座っていた。

「陛下!!ご覧ください!!第三王子が我が愛しい息子・・を連れ去ってしまったのです!!しかも、王命を使って!!詐称に、誘拐ですよ!!」

「違うでしょう。侯爵。」
「...何がですか?」
息子・・ではなく、人形・・の間違いでしょう?」
「...っなにを!!」
「陛下、いえ父上。侯爵は自分の息子であるディーズレンを『人形』として育てています。」
「...言い切るのだな。...証拠は?」
「ここにいる、ディーズレン本人が証拠ですよ。」
「ほお、聞こおではないか。」
「...レン。おいで。」
「?...こわい?」
「怖くないよ。俺の手を握っていればいい。」
「ん。」
「ニードもおいで。」
「うん。」
「....まあ、今の会話だけでも分かるように、今、レン。ディーズレンは精神が後退しています。」
「何故だ?」
「光の御子、サイスニードの力で、ディーズレンにかけられた呪魔法を払い消し、呪魔法をかけられ『人形』になる前の一番新しい記憶の年齢まで戻っているようです。」
「まあ、そんなことがあって?」
「はい、母上。今のレンは可愛らしいですよ。」
「あらあら、おいで。レン君。」
「...?だれ?」
「皇后様だよ、国王陛下の奥様。アクアのお母さん。」
「...おか、さ?」
「大丈夫だから行っておいで。」

俺はディーズレンを皇后様の前まで連れていき、そう言えば、ゆっくりおずおずとした様子で皇后様に近づき、皇后様に言われ、隣に座った。

「こ、ごうさま?」
「ええ、それからアクアリズムのお母さんですよ。」
「おかあ、さん。...なに?」
「う~んと、子を産んで育てた女性のことを言うのよ。」
「...?おかあ、さん。?」
「あなたのお母さんは別にいるわ。お父さんも目の前にいるでしょう?」
「...おと、?だれ?」
「あら、侯爵のことよ。お父さんじゃないの?」
「おと、さん。なに?」

「あらあら、まあまあ。侯爵。言い逃れができないわね。」

そう侯爵に問いかける皇后様の顔は真っ黒な笑顔で、鳥肌が立った。隣に座るディーズレンの頭を撫でながら、「あら?あなたの髪は濡羽色ではなかった?」と呟いたので、すかさず俺がフォローに入った。

「皇后様、発言のお許しを。」
「構わないわ。」
「ありがとうございます。ディーズレンはこの世に存在する呪魔法を一身に受けており、『人形』となっていましたが、我が召喚獣である聖獣、白獅子のレオンハートの力により、それらの呪魔法を浄化できました。そして、濡羽色の髪が白銀に戻った・・・という方が正しいのでしょう。」
「...そう。綺麗な髪ね。透き通るようで美しいわ。」
「...?あり、がと。ございます。」
「ええ。お礼が言えて偉いわ。」

そう言って、皇后様がディーズレンの頭を撫でると気持ちよさそうにしていた。

「侯爵、后は貴殿の息子・・を気に入ったようだ。我が国での『人形』を造った・・・者は有無を言わさず死刑なのを知っておるか?」
「...っ何を!仰っているのかっ!!」
「護衛騎士よ。侯爵を捕えよ。」
「「はっ!!」」
「っ離せ!俺のだぞ!!その『人形』は俺のだ!!」

侯爵はそのまま連れて行かれ、数日後、処刑され晒し首にされたらしい。

ディーズレンは皇后に王家の養子として引き取られた。ディーズレンはアクアリズムを「にいさま」と呼ぶようになり、王室教師をつけてもらい、知識を身に着けていった。それと同時に、光の御子である俺は、書類上では年齢順の王位継承順位一位になったディーズレンと婚約をした。精神年齢やディーズレンの状態を省みても王が務まるわけがないので、実際、王位継承順位は変わらずで光の御子が王家の婿養子として入ることになり、国中が活気に満ちた。

ディーズレンは、知識としては成人に追いついた。話し方もいくらか『人形』時代によってしまったが、戻ってきた。

そして、今日。晴れて俺とディーズレンの結婚式が行われた。その夜は、もちろん初夜を済ませ、その時のディーズレンはとてつもなく可愛かった。『人形』ではなくなったディーズレンは幼さがあり、可愛かったが、あの赤面した色を持ったディーズレンも可愛かった。めっちゃかわいい。一生大事にする。俺は、そう心に誓ったのだった。



Fin
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