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城下街と楽しい、痛覚。〜それから〜
しおりを挟むシルヴェルは俺と共に寝てから、少しずつだが確実に魔力が戻ってきた。シルヴェルは誰かと共に眠ったことがなかったのか初めは寝付きが悪く魘されていたが、最近ではぐっすりでしまいには抱きついてくる。かわいい。
顔色も良くなり銀の髪がより艶を増した。食事もいくらか早く食べれるようになったが、それでも俺を基準とするとまだ遅い。しかし、3食しっかり食べるようになり、体重も増え体格がしっかりしてきた。前まで今にも消えてしまいそうな線の細さだったが、儚い印象は変わらないが消えそうには見えない。表情も前よりは豊かにはなった。これまた、俺を基準とすると少々、いやかなり乏しいが。使用人一同は感激して号泣していたのは記憶に新しい。
そんな休暇中のある日、ちょうど休暇が始まって1年が経った頃だ。ミミラとメリアがいつものように庭のガゼボにティーセットとスイーツ、シルヴェルのお気に入りの色々な味のゼリーを持ってやってきたとき、ミミラとメリアが提案をしてきた。
「シルヴェル様、ルルニア様、城下にお出かけされてはいかがですか?」
「城下!」「城下?」
二人で顔を見合わせてキョトンとした顔を一緒にした。それを見ていたミミラとメリアはくすくすと上品に笑っていた。
「出かけてもいいの?」
「はい、シルヴェル様も一緒に連れて行ってくださいな。」
「シルヴェルさんも城下に行こう?」
「...なぜ?」
「え?」
「...なぜ、城下に行くんだ?」
「え、と。いろいろ見たり、食べたりできるからだよ。」
「...商人に来てもらえば良いのではないか?」
「...はあ、ルルニア様、シルヴェル様はこのような感じなのです。」
「...そうなのです。私達を買いに来たときは城下に行かれたのですが、その幼少期の英才教育のおかげで、貴族思想ではないのですが、その少々.....。」
「...私は、また、間違えて、しまったのか?」
「シルヴェル様は間違っていませんよ。間違っていたのはシルヴェル様の元ご両親です。」
「そうですよ、大丈夫です。そんな不安そうな顔をしないでくださいな。」
「...うん。」
シルヴェルは城下町の楽しさを知らないらしく、ならば余計に楽しさを知ってほしい。そう思い、もう一度誘ってみた。
「シルヴェルさん、一緒に行こう?」
「...。」
「城下町っていうのはね、食べながら歩いたり、町の人が開いている露店を見てまわるのが楽しいんだ。」
「...ほお。」
「だから、自分の足で歩いて行ったほうが楽しいよ。」
「...たのしい?」
「そう、楽しい。ウキウキしたりドキドキしたりするんだ。」
「...また、知らない感情だ。」
「じゃあ、それを知るついでに城下に行こう。」
「....新しい感情か。いいな。行く。」
「やった。」
そんなこんなで、翌日馬車で城下までおり、繁華街の近くで降りて散策し始めた。シルヴェルは全てが初めての幼子のように辺りを観察しながらまわった。だから、シルヴェルがじっくり見れるように俺もゆっくりとした足取りで歩いた。
シルヴェルが休暇に入ってから気付いたが、シルヴェルは基本的に人よりゆっくりのペースで行動する。食事もそうだし、歩くのもそうだ。しかし、仕事になるとテキパキとこなすシルヴェル。これができる大人だ。
そんな考えに耽っていると、急に服の裾を引っ張られ、現実世界に戻る。すると、シルヴェルが俺の城下の人々に近しい服の裾を小さく引っ張っていた。くそかわいい。誰だ教えたやつ。(僕が教えました。byディルア)
「なに?シルヴェルさん。」
「あれ、は、なに?」
そう言って、指さしたのは色のついたガラス玉を繋げてお守りと称して売っている一般市民にとって典型的なアクセサリーの露店だった。だが、シルヴェルは今日の全てのことに対してはじめましてであって、さらには衣装などにも興味を持っていないから宝石なども見ないのだろう。
ーーーーシルヴェルが幼児にしか見えなくて困る。
アクセサリーの露店に近付き、色とりどりのガラス玉のブレスレットを見ていると、シルヴェルが9個色違いで買おうとしていた。露店の店主はシルヴェルが金貨を出したため、値段を誤魔化すかと思ったが、杞憂に終わった。しかも「おにいさん、こんなガラス玉をそんなに買ってどうするんだい?宝石じゃあないんだよ?」なんて声をかけてもらっている。店主の人柄が良くてよかった。
「...知っている。しかし、こんなに綺麗な色のついたガラス玉は初めて見たんだ。」
「...そ、そうかい。//」
「...それに、使用人たちにあげるんだ。高いとつけてくれないのだろう?」
「...まあ、たっかい宝石なんかつけて皿洗いなんかしたくないねえ。」
「ああ、だからこの綺麗なガラス玉でいいんだ。」
そう言うと店主はさらに顔を赤らめて照れていた。
ラッピングして貰い、シルヴェルの収納魔法の中にに入れて再び歩き出した。
「シルヴェルさん、楽しい?」
「...凄く心臓がうるさいんだ。」
「ドキドキ?」
「ああ、おそらく。」
「それはきっと楽しいって思っているってことだよ。」
「...たの、しい。」
「良かったね。」
「...ん。」
そんな仄仄していたとき、進行方向前方から刃物を振りまわしながら男が走ってきた。繁華街を動く人々は、その男を避けながら小さく悲鳴をあげたりしている。そんな中、避け遅れた子供たちが男の前に飛び出した。男の振りまわす刃が子供にあたると思った。だが、あたらなかった。
――――シルヴェルが庇ったのだ。
「シルヴェルさんっ!!!」
シルヴェルに駆け寄ると斬り付けられた当の本人は子供に安否を聞き、他の子供たちのところに返した。そのまま、シルヴェルを連れて馬車まで戻ると馬車で待機していたエメルとディルアが顔を青くさせてシルヴェルの治療をし始めた。
「シ、シルヴェル様っ。何故、お怪我を。」
「...大丈夫だ。」
「...大丈夫じゃないです!!」
「...なぜだ。」
本当に何もないように平然とした様子のシルヴェル。斬り付けられた腕はぱっくりと裂かれており少なくない赤が溢れ出している。見ているだけで痛々しい。
―――そして、思い出した。シルヴェルが痛みを感じないことを。
「...シルヴェルさん。痛くないですか?」
「...いたい?」
「...やはり痛覚がないのですね。」
「...仕方ないですよ。」
「...シルヴェルさん、怪我しても気付かなそうですね。」
「...ええ、ですから我々でいつも細心の注意を払っています。」
シルヴェルの腕を治癒魔法をかけてさらに包帯で覆うと、一安心したようにエメルとディルアが力を抜いた。シルヴェルは血が足りなくなったのか、俺の肩に頭を乗せて眠っていた。屋敷に戻り、寝室に寝かせるとその日から、3週間ほど目を覚まさなかった。前に医者に言われた日数より多く眠りについていた。目を覚ましたシルヴェルは、弱々しく食事をしていなかったことも相まって以前の線が細くげっそりとした見た目に戻ってしまっていた。
「...おはよう。シルヴェルさん。」
「...――――、―――――。...?」
シルヴェルは声が出せなくなり、医者が言うには出血の際に枯渇している魔力が溢れ出して、その影響で身体の各所で異常を出しているのだ、と。今のところは、声帯だけだそうだ。
そんなシルヴェルを心配して使用人たちはより一層過保護になっている。夜、いつも通り同じベッドに入り、シルヴェルを抱き寄せた。
「――――?(どうした?)」
「俺は、怒ってるんです。」
「――?(なぜ?)」
「当たり前じゃないですか。」
「??」
「痛みが分からないのなら、なぜ気を付けないんです!!俺たちが!...っ、どれっ、だけ、心配したと思ってるんです!!」
「...、―――。(わるい。)」
申し訳無さそうに、俺を抱きしめ返してくるシルヴェル。俺の背中をぽんぽんと叩いて眠りに誘う。
「るる、にあ"。...わ"、たしの、いとしい"、こ。」
無理矢理声を出して、俺に額に口付けをしてくれた。俺は、その言葉とキスだけで嬉しくなり、ポロポロと涙をこぼしながらシルヴェルの首元に顔を埋めながら眠りについた。
翌日から、再びシルヴェルは胃に優しい物を食べ、昼間は晴れていればガゼボでのんびりとするという日常を過ごし始めた。時偶、国王陛下がお忍びでやってきてはガゼボで共にお茶をした。陛下は、シルヴェルを離職させ、退職金として大金を使わなければ一生生きていけるだけの金額をくれた。陛下曰く、「シルヴェルが魔力枯渇で死んでしまったら俺は大事な親友を喪ってしまう。そんなことは嫌だからな。」と言った。そして、「シルヴェル、お前は離職した。つまり俺とお前は主従関係はなくなり、親友に戻る訳だ。もう、陛下と呼んでくれるなよ。」そう言うと、シルヴェルは、可笑しそうに少し顔を緩めて陛下の名を口にした。
陛下はそれはもう嬉しそうにして城に帰っていった。あとから聞いた話だが、その後の陛下が出された政策やら隣国との和平だとか交渉がとても上手くいったそうだ。
シルヴェルが買ったガラス玉のブレスレットは、広すぎる屋敷に対し、少なすぎる8人の使用人と俺の手首に外されることなく俺たちが死んで墓に入れられるその時まで永久に身に着けているだろう。
Fin
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