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好き、嬉しい

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俺は初め、ストレス発散道具だとか夜の相手だとか思っていたが、実際は考えていた事と正反対で、きれいな部屋で3食おやつ付きの日常が与えられた。そして、しっかり養子として邸の使用人たちは、俺に良くしてくれた。

この邸の使用人は邸の広さに合わず、たったの8人で、メイドと執事が2人ずつで、料理人が3人、庭師が1人いるだけだった。しかし、その8人で邸の清潔さや毎日の食事や洗濯物は回っているのだからすごいと思う。

そして、俺を引き取った養父であるシルヴェルは、殆ど俺と顔を合わすことがなく、日常が過ぎていき2週間が経った。俺は何故、伯爵であるシルヴェルが自分を引き取ったのか謎でしかなかった。だから、シルヴェルが帰ってきてから書斎にいることを執事に聞いてから、書斎に向かった。

しかし、書斎の扉を叩いたが、返事は帰ってこなかった。

「...シルヴェルさん、入りますよ?」

中に入れば、ソファに銀が沈んでいた。シルヴェルは肩まである銀髪を結いているが、今は下ろしていて、一見すると女性に見えなくもない。シルヴェルは、常に無表情で何を考えているか分からないが、眠っているシルヴェルは幼く見える。

「...っ。...っぁ、......。」
「?...シルヴェルさん?」
「....っ。...ぃ、.........。」

幼く見えていた眠り顔は、眉間にシワがより、苦しそうに魘され始めた。そこに、執事のエメルが紅茶を持って入ってきた。

「エメルさん。....シルヴェルさんが。」
「おや、魘されていますね。」
「ど、どうすれば?」
「...そうですね、撫でて差し上げては?」
「撫で、.....え?」
「ええ、撫でて差し上げましょう。」

そう言ってエメルがシルヴェルの頭を撫で始めた。

「え、え?、え??...エメルさん???」
「ふふ、大丈夫ですよ。ほら、シルヴェル様を見てください。」
「あ、ほんとだ。...顔が和らいでる。」
「でしょう?魘されているときは、撫でて差し上げるのが1番です。」
「...でも、えと、」
「...シルヴェル様は、表情がお変わりならないだけではないのですよ。」
「え?」
「感情を知らないのです。」
「感情?」
「ええ。幼少期にご両親から酷い虐待を受けたようで、痛覚はもう分からないそうですよ。」
「....痛覚。痛みを感じないってことですか?」
「そうですね。感情に関しては、分からない、ではなく知らない、教わってない、が正しい表現ですかね。」
「....。」
「こうして、お一人のときは魘されていたり、呆けている事多いので是非一緒にいて頂ければ、感情を覚えてくださるかもしれませんね。」
「...迷惑になりませんか?」
「大丈夫ですよ。シルヴェル様はルルニア様が奴隷商に売られると聞いて、引き取ったのですから。」
「え、俺、奴隷商に売られるところだったんですか?」
「あ、しまった。」

「....ぇ、める。君、余計な、ことを言ったな。」
「おや、おはようございます。シルヴェル様。」

シルヴェルが目を覚まして、途切れ途切れでエメルに文句を言い始めた。そんな中、俺は奴隷商に売られるところだったと聞き、急に恐怖が襲ってきてガクガクと震える体を自分で抱えた。その時、急に頭を撫でられ、ビクついたのは許してほしい。

「...っあ、え??」
「...ルルニア君。大丈夫だ。...君を害す者は、この邸にはいない。安心すると良い。」
「ぇ、あ。...はい。」
「そうだな。ここは君の家だ。敬語を使わなくても良い。うん、それが良い。君が、...過ごしやすい、ように。」
「...畏まりました。では、明日から内装や庭を変更いたします。よろしいですね。」
「...ん、いい。」
「はい、では、寝室で寝ましょうか。」
「....。」
「........。はぁ、寝てしまわれたようですね。仕方ありません。ルルニア様、動けますか?」
「え、あ。はい。」
「敬語でなくていいですよ。」
「え、...うん。」
「はい、ではシルヴェル様を寝室まで運んでいただけますか?」
「え、俺、そんな体力ないでs、...ない。」
「大丈夫ですよ。シルヴェル様は全然・・食事してくれないので。軽いですよ。」

すごく全然を強調している。そっと寝てしまったシルヴェルを抱えると、本当に軽かった。実際今年16歳の俺よりシルヴェルは10cmほど小さいので腕にすっぽりおさまる。

「では、ルルニア様、お願いしますね。」
「...は、うん。」
「はい。では、おやすみなさい。」
「...おやすみなさい。」

書斎を出て、シルヴェルの寝室に向かい入れば、生活感のない部屋で、窓から差し込む月明かりで室内の照明や棚のガラス戸などがキラキラと輝いてどこか幻想的だった。

シルヴェルをベッドに寝かせて首元を緩めると、普段見えない首元には、致命傷に思える傷が出来ていて鎖骨まわりには未だ消えないのか痣が薄く残っていた。

「...痛そう。」
「...ん、るるにあくん?」
「はい、ルルニアです。」
「きたないもの、みせてごめんね。」
「いいえ、大丈夫です。」
「けっこう、たつのに、きえないんだ。」
「痛いですか?」
「わからないな。なにも、わからない。」
「あの、」
「なんだい?」
「明日から、」
「うん。」
「一緒にいてもいいですか?」
「?」
「エメルさんが一緒にいれば、」
「...。えめるが、またよけいな、ことをいったかな?」
「いえ、一緒にいたいです。だめですか?」
「いいよ、きみは、じゆうだからね。」
「本当ですか。」
「うん、それじゃあ、あしたは、いっしょに。しょくじをしようか。」
「え、」
「...いやかな?」
「いえ、うれしいです。」
「それは、よかった。....。」
「あ、すみません。眠かったですよね。」
「いいよ、....ん、おそいからきみもここでねてしまおうか。」
「え???...え?!!!」
「んぅ、はい、おいで。」

布団をあげて、自分の隣をぽんぽんと叩くシルヴェルは既に寝かけている。仕方なく隣に寝そべれば、背中をぽんぽんと叩かれて安心してしまった。

翌朝、目を覚まして驚いたことは俺だけの秘密だ。

隣で寝息をたてて眠るシルヴェルが小さく魘され始めたので声をかければ、ゆっくり瞼をあげたが、いつも以上に緑の瞳に光がなかった。

「...っ、シルヴェルさん!」
「...、はい。」
「俺が誰かわかりますか?」
「...ぁ、るる、にあ、くん。」
「よかった。大丈夫ですか?」
「...ぇ、なに?」
「震えてますよ。悪夢でも見ましたか?」
「ぇ、ぁ、ゆめ?...ゆめか。」
「大丈夫ですよ。俺もエメルさんたちもいますから。」
「うん、昨日、私が言ったことのお返しだね。」
「...ぁ、すみません////」
「ふふ、いいよ。ありがとう。」

「おはようございます。シルヴェルさん。」
「うん、おはよう。ルルニア君。」

その時、扉が叩かれて、「入りますよ」と声がかかり、室内に入ってきたエメルともう一人の執事のディルア。

「おはようございます。シルヴェル様、ルルニア様。」
「おはようございます。お二方。...ところで、なぜ一緒に寝てるんだい?エメル。」
「昨夜、また・・書斎で寝ていたシルヴェル様を運んでもらったんですが、大方そのまま一緒に寝たのでしょう。」
「...シルヴェル様。また・・ですか?」
「...う。」

気まずそうに顔を背けるシルヴェル。
「いいですか?シルヴェル様、いくら痛くならないからといっても体には負担がかかっているんです。」
「....。わかっている。」
「分かっていませんね。」
「大丈夫ですよ。ディルア。今日からは。」
「何故だい?」
「今日からはルルニア様がシルヴェル様が一緒に過ごしてくれるようですから。」
「ほんとかい?それは良い。
ルルニア様、食事も一緒ですか?」
「あ、はい。朝食も一緒に摂ろうと、昨日...。」
「なら、シルヴェル様に完食して貰わなければな。料理長たちに伝えてこよう。」

そう言って、ディルアは部屋を出ていってしまった。

「え、どういう?」
「実はですね、シルヴェル様は殆ど朝食を摂らないんですよ。それに昼食も夕食もろくに摂らないものですから、料理人たちが毎回少ない量にどれだけの栄養を入れるか工夫してるんですよ。」
「....シルヴェルさん。」
「....。」
「食事は大事です。」
「...知っている。」
「...なんで、食べないんd、の。」
「....。」
「シルヴェルさん?」
「...ん、あのエメルたちにも言っていなかったんだが、...えと。」
「...シルヴェル様、ゆっくりでいいですよ。お教え頂けるなら我等使用人一同は貴方様の奴隷です。シルヴェル様が食事を楽しまれるように致します。」

使用人の皆が奴隷だということを初めて知ったが、話に聞く、奴隷の扱いとは全くの別だったので気付かなくて当たり前だったのかもしれない。

「...私は、君たちを奴隷だと思ったことは...。」
「いいのですよ。それで、我々はその言葉だけで嬉しいのですから。」
「...ああ。」
「お教えいただけますか?」
「...うん。えと、その、固形物が、食べられないんだ。」
「...固形物。それは何故かお聞きしても?」
「...昔から、ろくに食べたことがないから、食べ方が分からないんだ。液体は飲み込むだけだから、大丈夫なんだけど。噛んで、飲み込むだけなんだけど、難しくて....。その。」
「分かりました。では、本日の朝食はスープにしましょう。パンは食べられますか?」
「...。」
「難しそうですね。ミルク粥も用意します。ルルニア様、シルヴェル様はメイドたちに任せて、お部屋で着替えてからシルヴェル様を食堂に連れてきてください。絶対・・に。」
「分かりました。」

自分の部屋に戻り、着替えてからシルヴェルを迎えに行くといつも通りのかっちりした服装ではなくフリル袖のブラウスにベストというラフな格好だった。
「お迎え、ありがとう。」
「いえ、珍しいですね。」
「ああ、今日は休みだからね。」
「そうなんですか?なら、ゆっくり休まないとですね。」
「....。」
「シルヴェルさん。」
「....なんだい?」
「お休みは大事です。」
「...知っている。しかし、一人でいると、」
「なら平気ですね。今日は俺と一緒に過ごすんでしょう?」
「...そう、だね。」
「じゃあ、食堂に行きましょう。」
「ああ。」

食堂について、席に座れば料理人のジェイとリアムが食事を運んできてくれた。
「おはようございます、シルヴェル様、ルルニア坊。」
「おはよう、ジェイ。」
「おはよう、坊はやめてってば///」
「おはようございます。シルヴェル様。ルルニア様。」
「うん、おはよう。リアム。」
「おはようございます。リアムさん。」

ジェイは、俺と年が近く敬語なしで話しているくらい仲はいいと思う。相変わらず坊呼びなのが恥ずかしいが....。リアムさんは貴族のような、しなやかな動きで食器を置いてくれる。

「...スープ。」
「ええ、ディルアが今日からシルヴェル様も召し上がると聞きまして、仕込んでいたらエメルが急に駆け込んできて、嬉しそうに『液体なら食べれるそうですよ。』なんて言うものだから、野菜たっぷりですよ。完食してくださると嬉しいですね。」
「...ああ、もちろん。」
「それから、主食も大事なので、ミルク粥です。食べられますか?」
「...食べたことがないから分からないが、食べれそうだ。」
「....それは、良かったです。ゆっくりで良いですから、ご自分のペースで食べてくださいね。」
「ああ、ありがとう。」

「ルルニア様は、普通のだけれど、良かったかい?」
「はい、同じものでも良かったのですが。」
「ルルニア君、君は成長期?なんだからしっかり食べないと。」
「シルヴェル様、成長期分かってないじゃんか。」
「君たちみたいな、10代の子たちはいっぱい食べるのだろう?」
「まあ、そんなもんか。誰に教わったんです?」
「本に、書いてあった。」
「あー、そうですか。まあ、そうね。合ってますよ。」
「よかった。だから、ルルニア君も勿論ジェイとリアムもたくさん食べるんだよ。」
「「「...はい。」」」

「ふふ、よろしい。では、いただこうか。」
「どうぞ、召し上がってください。」

シルヴェルはゆっくりと野菜のスープを口に運んでいる。ジェイもリアムも不安そうに見つめているが、シルヴェルが野菜のスープを完食すると嬉しそうに顔をほころばせていた。ミルク粥に手を付けようとしていたシルヴェルが、俺が食べ終わっているのに気がついて食べるのを躊躇いかけたから「大丈夫ですよ。ゆっくりでいいんです。食べてください。」と声をかければ頷いて初めてのミルク粥を口に含んだ。顔を歪ませたが、少しだけ咀嚼して飲み込んだあと、珍しく目を見開いていた。

「シルヴェル様、どうかしましたか?」
「ん、これ、」
「ミルク粥です。」
「これ、甘くていいね。多分、」
「多分?」
「?...?」
「シルヴェル様?」
「何て言うのか分からなくて、甘くて、えと。」
「シルヴェルさん、それは『好き』ですよ。」
「『好き』?...すき。...うん、これ、すき。」
「「...っ、」」
「ジェイ?リアム?」
「シルヴェル様の主食は決まったな。」
「そうですね。シルヴェル様、毎朝ミルク粥が出るのは嫌ですか?」
「ううん、これ、美味しい。また食べたいな。」
「分かりました。明日からも朝食にお出ししますね。」
「本当?嬉しいね。」
「良かったですね、シルヴェルさん。」
「ああ、....?うれ、しい?」
「『嬉しい』ですか?」

そこにエメルが入ってきて、不思議そうにこちら見ていたからか、ジェイが説明すると、シルヴェルに補足するように声をかけた。

「シルヴェル様、嬉し・・かったですか?」
「...うれし、かった。」
「そうですか、大丈夫です。それは良いことです。」
「良いこと。」
「はい、覚えていてください。『嬉しい』という感情は大切です。その感覚を忘れてはいけません。」
「...うれしい。...うん。」
「ルルニア様もありがとうございます。」
「え、俺はなにも、」
「一緒に食事をしてもらわなければ我々は、主人が固形物を食べられないこと知り得ませんでした。そして、シルヴェル様も『好き』と『嬉しい』を知ることができませんでした。」
「そ、んな。」
「ルルニア君、ありがとう。」

そう言った、シルヴェルの表情は少し和らいで微笑んでるように見えた。それを見た、この場にいる俺を含める4人は驚いたが、微笑みを返した。

「ふふ、すき、うれしい。」

子供のように喜んでいるシルヴェルを微笑ましく思うのは俺だけではないだろう。新しいものを始めてもらったような喜びに浸っているシルヴェルに「良かったですね。」とエメルが言うと、「ああ。」とコクコクと頷いていた。かわいい。35歳?何言ってるのか分からないな。そもそも、成長期にしっかり食べていないシルヴェルは成長ができきっていなくて実年齢より若く見えるからいいんだよ。


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