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文月

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四章 いい神様

8.楠家の日常

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 ついでに、ここの寮のことを説明しておこうと思う。

 楠たちの居住空間(社員寮)は、この建物内にある。
 一階、二階が研究所と事務所で、三階以上が寮となっている。
 食事は、食堂でとれるが自室で自炊も可能だ。
 1LDKで、6畳のリビングとキッチンと、ダイニング? という感じの縦長の廊下(そうだ、廊下というのがあの空間の正しい名称だ)とユニットバスとトイレが付いている。
 部屋風呂とは別に、大きな共同風呂があり、日曜だけそれに湯が張られる。
 大きな風呂が気持ちいいと、中々の人気だし、よその部署の仲間と情報交換の場にもなっている。
 それから、卓球台や自動販売機などが置かれた娯楽スペースと売店がある。
 家賃も安い1LDKは独身用で、結婚したり、家族が増えると2LDK物件(※ 五階にある。因みに、三階が男子寮、四階は女子寮で、それぞれ「異性の立ち入りを禁ズ」なのだ)
 楠だけは独身ながら2LDKに住んでいた。
 何故かって、一人で住んでなかったから。
 柊を一人で住ませるのは心配という周りの提案により、楠は(梛木以前に)柊のお守りを押し付けられていた。
 ‥僕が柊さんを連れて来たんだからそれは仕方がない。
 それには納得したものの‥1LDKは大いに不満だ。
 ‥そりゃ、会社からしたら元々僕の為に用意していたのは1LDKだから、そこで二人住めって思うだろう。‥だろうけど、男二人に1LDK無理じゃない?? 柊さん、デカいよ? 柊さんにリビングを譲って僕は廊下兼キッチン兼ダイニングで寝ろっての?? 嫌だよ!! (リビングで一緒に寝る選択肢? 無いよ! 6畳間で、男が二人で並んで寝るとか有り得ないだろう! 布団が別だとかそんな問題じゃない! ‥例え親父とだろうが、嫌だ。ってか、母親とも嫌だな。兄弟も‥中学生を超えたら嫌だったな。‥そういうもんでしょ? 狭さとかいうより‥生理的に嫌って感じかな? )
 で、楠は最後まで粘って何とか2LDKを勝ち取ったのだ。
 一部屋(8畳。多分リビング)が楠、もう一部屋(夫婦的には寝室なのかな? )が柊だ。
 部屋は違うが、近くに居るから何かあったら直ぐ対処が出来る。そんな距離だ。
 ‥柊さんが落ち着くまでのことだ。部屋が違うとはいえ‥何が楽しくて男と同居‥。
 楠は日頃から不満一杯の暮らしを送っていたから、それに梛木が加わったところで変わらない。
 ‥梛木が独り立ち出来るようになったら、柊さんにも出て行ってもらおう。
 そう楠は決めている。
 ‥だって、狭い。暑苦しい。それにやっぱり気を遣う。‥俺の自由や安らぎを返せ。


「ほら」
 初めて楠の部屋で目が覚めた梛木は、柊が寝床に使っている部屋に置かれたテーブルに置かれたおにぎりのいい匂いに、きょとんとなった。
 楠たちはいつもはリビング(※ 楠と梛木が寝てた部屋)で食事を食べるんだけど、今日は初日ってことで梛木をゆっくり寝かせてあげる為に机を移動させて柊の部屋で食事をとることにした。今日だけ特別である。だって、柊の部屋は狭いからね。
「朝はしっかり食べないとね」
 ふふ、と楠が笑う。
 柊は黙ってもうお握りを食べ始めていた。
 網戸越しに風が入って来て、カーテンがふわりと揺れた。
 柊の部屋は窓があるのだ。(ここの2LDKは縦長で、窓があるのは奥側の6畳間(柊の部屋)だけ)
 楠が実家にいる時、朝起きるといつもラップがかけられたおにぎりが三つお皿にのっていた。きょうだいの分、それぞれだ。
 朝早く仕事に出かける母親が、子供たちの朝食にと毎日用意していたものだ。父親はとうに出勤している。だから、楠たちきょうだいは自分たちで起きて支度して学校に行かなければならなかった。
 朝食はいつもおにぎりだけ。それに卵焼きがつくことはなかったが、楠はそのシンプルな食事が好きだった。
 仕事帰りに母親が買って帰る惣菜よりずっと美味しいように思えた。
 そのうち子供たちで当番を決めて夕食を作ろうってことになったことがあるんだけど、それを破るきょうだいが出てきて大喧嘩になった時、母親が「学生は勉強が仕事でしょ。出来る時に作ってくれたら‥で十分嬉しいわ」って言って、その計画はあっさり頓挫した。
 だけど、土曜日と日曜日だけ交代で作る‥ということになった。作るって言っても焼きそばとか鍋、お好み焼き位のもんだったけど。思えばきょうだいの誰も「工夫してレパートリーを増やそう! 」っていう向上心やら「家族に上手いもの食べさせてあげたい」っていう家族愛やらいうものは特になかったんだろう。‥正直楠にもなかった。だけど、それって問題だろうか? 少なくとも楠の家族はそれを問題にすることはなかった。
 平日はいつも、朝はお握り、昼は学食か弁当(時々作ってあった)、夜はお惣菜それが楠の実家の食事だった。(給食がある時は、もう少し栄養が取れてたなあ‥なんて思ったり。)
 思えば‥「朝のお握り」が僕にとっての「おふくろの味」だったんだな。

 ‥そんな感じで、朝といえばお握り。楠には自然にそれが「当たり前」になっていた。 
 楠にとって、実家の思い出は「ザ、あったか家族」って感じではなかった。
 あったか家族っていうのは‥なんだろ、例えば。‥「お母さんの自慢の手料理」の並ぶ家族そろった団欒とか? ‥そういうのに憧れとかはないな。なんか‥照れくさいというかなんというか‥よくわかんないけどなんか「違う」かなあって。単純に想像がつかないから「違う」って思うだけで、そういうのが嫌いっていうのではないんだろうって思う。将来結婚して相手の子が家庭的な子だったら、「あったかい家庭」のお父さんに何の疑問も持たずに自然になってる‥様な気もする。
 あったか家族はあの家族には「似合わない」感じがする。ただ、それだけ。
 今更あの家族で「あったか家族」を築くのは‥想像つかないって思うだけで、別にね。あの家族が嫌いだってわけじゃないんだ。‥そういうもんじゃない? 
 でもね、あったか家族じゃなかったけど、「冷え切った家族」でもなかった。僕が散々迷惑(周りが勝手に楠を不良って言ったりとかして)かけたけど、家族がそのことでどうこう言うこともなかったし。(そこまで僕に関心がなかったからかな? )
 ‥脱線した。

 楠家(楠が世話してる部屋だから楠家って事務所の皆は呼んでいる)の朝はこうしてお握りで始まる。
 昼食や夕食は社員食堂でとる。お弁当とか作らない。
「独身の皆さんは栄養バランスが心配ですから、出来るだけ食堂で取ってくださいね」
 と、寮母も社員食堂の料理人も言い、実際、社員も殆ど食堂を利用している。
 でも、朝食だけは、自分で用意する者が殆どだった。(食べない人も多いんだろう。あと、朝は軽い派って人とかね)楠たちもそうで、いつも朝食といえば楠が作ったおにぎりだった(柊が朝ギリギリまで寝てるせいもある)
 梛木が来てからは、日曜などの休日は、夜に三人で鍋を囲むことも増えた。二人はちょっと少ないけど、三人は十分に鍋が出来る人数じゃない?
 そんなこんなで、楠は時々食材を買いに行かなくちゃならない。
 ‥大学時代、下宿をしていて自炊をしていた時みたいだな。あの頃は、自分で自分のことをしていることがただ、嬉しくって。誇らしくって‥。この町は、「自分が」住んでいる町だ! って愛着がもてた。
 いまでも、あそこは楠の心の故郷だ。
 もっとも下宿をしている時は、自分の為だけに料理するのは味気なくって(何より面倒で)料理らしい料理を作ったことなんてないんだけど。いつも「何かそこら辺のものを適当にぶち込んだスープ」がメインだった。調味料でそれが中華になったりエスニックになったり和風になったり‥と違いがあったから結構飽きなかった。
 ‥今は一人じゃないから、‥作り甲斐はあるかな。元々料理は嫌いじゃないんだ。
 だけど、家事の達人天音から見たらそれは「ザ、男の料理だな。繊細さのかけらもない」らしい。
「ちゃんと灰汁をとれ。面取りをしろ。‥だしの取り方が悪い」
 と‥天音の料理は「女らしい」というよりちょっと「料理人っぽい」んだけどね。
 因みに天音の母親がそうだったってわけじゃない。一般の主婦そんなこと言わない。灰汁を取れ‥位は言うかもしれないけど、だしの取り方まで研究しない。(そりゃする人もいるだろうけど)つまり‥天音は料理にハマったってだけのこと。ハマると元々凝り性だから「こうやったらいいんじゃないか」「これやってみよう‥」ってどんどん上達して‥最終的に母親よりずっと上手くなったって話し。でも、洗濯は「洗濯機にお任せ。アイロン? 形状記憶を知らんのか」だし、「掃除? 我は埃では死なん。そもそも、神社ってのは埃っぽいもんだったからな」らしい。
 天音の家事は料理だけに特化。
 とまあ‥それは余談だ。
「梛木。米粒ついてる。今日は梅干しにしたんだけど、梅干し嫌いじゃなかった? え、しょっぱいのは苦手? ‥そっか。それは悪かったね。でもたらこは好き? ‥ああ、辛いのは好きなんだ? 辛いのは‥でも柊さんが嫌いだからなあ‥。間をとって、昆布とカツオかな(間を取るとは‥? )」

 食費は三人で割り勘(※ 梛木は子供だが働いてるし、子ども扱いしたら怒るから‥それに食べ盛りの梛木は大人と変わらないくらい食べるしね)だが、掃除洗濯朝食作りは、総て楠の担当だ。
 そして、それを不満に思わない、それが楠が梛に「懲りないお人好し」と言われる所以なのかもしれない。
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