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四章 いい神様
7.五人目のメンバー
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話してみないと分からない。だけど‥すべてを知ったとして、自分は柊さんを受け止められるだろうか?
楠はそれが不安だ。
不安があるのは、でも柊も一緒だった。
話したい、聞いて欲しい。だけど‥自分が楠に知って欲しいのは、ホントに「今となってはもうどうでもいい過去のこと」なんだろうか?
話して‥知ってもらうことが本当に大切なことなんだろうか?
過去を話せば、楠はどう思う? 可哀そうって泣いてくれる? これからは、皆が一緒だからねって慰めてくれる? ‥俺がして欲しいことは同情されて‥慰められること? お涙頂戴で頭の一つでも撫ぜてもらう? ‥あわよくば体で慰めてもらえるかも? (俺なら出来ないことはないだろう。今まで女の子たちにも使って来た手だ)
でも‥それは「未来」に繋がらないよね。
もしその時上手くいったとしても、その後楠は俺にもう一生今までみたいに接してくれないだろう。
今まで‥そんな関係を結んだ女の子は、九割が「一時の気の迷いで‥」って言い訳した。母に解雇されなくても、きっと、俺の前に二度と現れなかっただろう。だって、俺はそれこそホントに「一時の遊び」相手にしかならない「未来がない」男だから。
後の一割は「クズ男好き」の物好き。そういう子は面倒なの。「私が一生傍にいます」って悲劇のヒロインぶって付きまとってくるから。
ただ、一緒にいれば‥例えば愛があればそれで何とかなるって思ってる「ヤバい」子。
あの監獄で一生ただ一緒に居るだけ‥。そんな人生俺は耐えられないね。
あの‥恋する目は「私しか貴方のこと愛する人はいないのですよ」って俺のことを下に見て優越感に浸り、「貴方は‥何も出来なくてもいいんですよ」(= 貴方は何も出来ない)って貶され‥、そして、きっと飽きたら‥あっさりと俺を捨てるんだろう。
俺には尊重される人権も、愛される権利もない。
そう思い込まされる。‥そんな、胸糞悪い未来しか選択できない。
‥それなら、一人でいる方がずっとましだ。
そんな未来は嫌だ。
何でもそろった豪華な監獄で、俺を監視し、俺を縛り付ける歪んだ愛情‥地獄のような未来。
冷暖房完備の快適な部屋で、ずっとマッチ棒を揃える(柊的に「最も意味のない行動」)なんてまっぴらだ。
俺の望む「未来」は‥もっと、ほんのささやかな幸せなんだ。
俺にとって‥「未来」に繋がる‥楠に聞いて欲しい話は‥
過去の自分じゃない。
過去がどうであれ、俺は‥
楠と居ることで柊の精神は未だかってない程安定していた。そして、柊は生まれて初めて「物を考える時間」を持つことが出来ていた。
柊にとって、「その場を凌ぐ」のではなく、「その先の未来を考える時間」‥。
柊はその時間で、自分の内面と向き合い、「自分の未来」について考えていた。(勿論、楠のことを考えたり‥他にもいろいろと考えたりもした。時に脱線して‥楠との「エロい未来」を考えたことも勿論一度や二度ではない)
柊はこれから本当の意味で成長していくのだろう。
だけど、それは容易なことではない。
時々過去の嫌なこと(ってか、柊の思い出はたいてい嫌なことばかり)を思い出して不機嫌になったりもする。そんなときは、「もうどうでもいいだろ」って自分に言い聞かせるんだけど‥でも、やっぱりイライラが収まらない。
そんな柊を気に掛けて(だけど、やっぱり直接聞いたりはしないで)そっと寄り添いながら‥心を痛めている楠を、桂は「心配性な母親そのものだな」って苦笑しながら、
「焦らなくてもいいと思う。私はね、楠君に聞いて欲しい‥自分を知って欲しいって柊さんの気持ちはどうあれ、楠君が‥無理して「じゃあ聞かなきゃ! 」「でも‥」って思い悩む‥苦しむ必要はないって思う。
そういうのは‥ホントにタイミングなんだと思う。自然に‥その時がくれば柊さんから話してくれるんじゃないかなって思う。楠君はそれをただ待ってればいいだけだって思う」
って言った。
‥そんなメンバーに、新たに「ややこしくなりそうな」メンバーが加わったのはそんな時だった。
「ええと。当研究室に新しい仲間を迎えることになった。仲良くしていきましょう」
楠が、その子供をぽかん、とした顔で見た。
え‥仲間って。
子供だよね?
児童相談所ではなく、ここに子供? 。
それはつまり、この子がそれだけ特殊な子供という事を意味していた。
「能力者」と呼ばれる者たちの中には勿論子供もいる。子供の場合は、自分が能力者だって自覚のない者が多い。そして、周りの者から何らかの迫害を受けていることも多いので、西遠寺と児童相談所が連絡を取り合うことも多々あるのだ。
未成年者側に明らかに問題がある場合。保護者がその養育を放棄するのもやむを得ないと見られる身体的・精神的理由があるとき、‥というのは酷い表現だが、児童相談所から西遠寺に連絡が入る。それは、病気とかそういった問題ではない。
変ないい方をすると、「神がかった子」「普通じゃない」そういった意味。
児童相談所じゃ手に負えないし、扱い方が分からない。
では、扱い方が分かるところに引き取ってもらうのが正しかろう。餅は餅屋だ。
そうやって児童相談所から相談を受けてここにやって来た彼は、一目で「成程なあ」と思わせるものがあった。
普通なら、子供の「能力者」は、保母なりの保護の元、義務教育課程を勉強したりする。だけど、この子どもは、どう見ても小学生くらいでありながら、その必要なしと判断された。
彼は、すごく頭がいい。勉強が出来る秀才とかそういった意味ではない。IQが高い所謂天才児だ。‥それも神がかっている位の。だから、考えることだって他の者とやっぱり違う。
きょとんとした顔で「その考え方はちょっと非効率じゃない‥? 」と首を傾げられると、顔が赤くなる。
だけどホントにまだ子供だから「子供にこんなこと言われたら大人は嫌な気持ちになる」って分からない。
彼は一歩も二歩も先の答えを見ていた。
いつでも、いつでも。
彼の母親はそれに耐えられなくなった。父親は彼を見なくなった。そして、次第に彼らの愛情は彼の二つ下の「普通の」妹にのみ注がれるようになった。
そんな彼を『助け』たのは、児童相談所ではなく西遠寺だったってわけだ。
‥この子、目の色が‥
自らも目の色にコンプレックスを持つ楠は直ぐにそれに気付いた。
その子の眼は、色素の薄い‥珍しい琥珀色(アンバー)をしていた。
だけど、その瞳は宝石の様にキラキラしていなかった。まるで濁った沼の様に‥その眼は「死んでいた」。
死んだ瞳の‥でも、彼のプライドだろうか。誰にも媚びない、同情を求めないふてぶてしい態度は、可愛げのない子供、そして、世を舐め切った子供という印象を相手に持たせた。
‥痛々しい。
楠も桂もそう思った。(勿論柊は‥何も思わない。今は休憩時間だからいつものように畳で寝転がっている)柳の梛木に対する第一印象? 「まあ‥あれだ、そういう年頃だよね。「大人は信じられない、だけど、自分一人では生きられない。‥俺はなんて情けないんだろう。もう何もかもいやだ」って思っちゃうんだよね」だった。‥柳は高校生時代「若気の至り」で西遠寺に「弟子入り希望(??)」する為に家出しちゃった様な、ちょっとヤバ目な若者だかったから。
‥今は落ち着いてます。(と、柳は思っている)
「新しい名前は、梛木単語だよ」
柳が梛木の頭にぽん、と手を置く。梛木は何も言わず、ただチラリと柳を見て頷いた。
身長は、柳の腰よりちょっと上くらい。ガリガリではないものの、ふっくらしているとは決していい難い細い身体。顔色もよくない。栄養状態は悪くないものの明らかに不健康な感じだった。
携帯ゲーム機を片手にもった無表情で小さな存在は、あまりに儚く‥痛々しかった。
「僕は楠だよ。よろしくね? 」
と膝をまげて座り、目線を合わせて小さな子供に対する口調で話しかけた楠は、梛木の冷笑で撃沈した。
この目のせいで、子供に泣かれることはあるが冷笑されたのって‥初めて‥。
楠は少なからずショックをうけて、つい笑顔が引きつった。
「変な同情するからだよ」
そんな楠に柳が呆れた様な口調で言った。
楠はそんな柳に苦笑すると
「ごめん。ええと、言い直すね。俺は、楠で、そっちに寝てるのが、柊さん」
と、「普通の口調」で言った。
ぺこ、と梛木が会釈をした。相変わらず無表情で、だ。
柊が梛木を見る。そして、のっそりと起き上がって会釈するわけでもなく、ちょこっと首を傾げた。
ほんの一瞬だけど‥柊の隠れた目は、確かに梛木を見た。きっと、梛木には目が合ったって感覚はないだろう。それっ位、短い時間だけど、柊は梛木を探るようにじっと‥見つめた。そして、見極め‥視線を外す。
「‥‥」
そんな二人を楠は静かに観察していた。
‥少なくとも、敵認識ではないらしい。
敵だと認識したら、多分柊は即座に楠を見るだろう。「即座に攻撃していいか」の確認なんだけど、まあ、そんなこと楠が許すわけがない(っていうか、普通そうだ。急に攻撃していい人間がいるわけがない)ただ「ああ、かなり合わない性質なんだな」と判断した楠が何とか対処するだけの事。
そうでない限りは、柊にとって「嫌な感じはする(だけどそれ程でもない)、か、いいか」の二択だ。どうやらこの子どもは、柊にとって「それ程でもない」か、「いい」なのだろう。特に反応はない。
口が相変わらず真一文字に結ばれたままだから、「それ程でもない」なのかな? 。
楠は首を傾げた。
「俺は、柳。一応ここのリーダーだから、分からないことがあったら何でも聞いて。
あと、君の机はここ。このパソコンも君専用だ。自由につかえばいいよ。研究室全体がネットワークでつながっている。あと、これが、君のアドレス。個人のアドレスを持つのは自由だが、仕事用のアドレスはこれを使って? 」
柳が事務的に説明すると、梛木の荷物を彼に充てられた机の横に置いた。
新しいメンバーだから大人として接している‥とか、子ども扱いを嫌がる梛木に気を遣っている‥とかではなく、柳は大人だろうと子供だろうと、男は男という分類らしい。
昼間梛木が多くの時間を過ごすであろう研究室で、彼に充てられた席は桂の横だった。
席順は(入口のある廊下側から)楠、桂、で梛木。柊の席は、楠の向かいで、リーダーである柳の席はそれらの机とは少し離れたところにあった。
「桂ちゃんにパソコンを教えてもらったらいいよ。彼女は博識だから」
きっと、梛木は直ぐにパソコンを使いこなすだろう。
勿論梛木の頭がいいからなんだけど、まあ‥子供だしね。今どきの子供って電子機器に対する汎用性が凄く高いよね。
柳の提案に、梛木は相変わらず無表情で頷いて桂に会釈をした。
桂も会釈を返した。何時もと変わらない、「社会人らしい穏やかな表情」。
多分さっき玉砕した楠を見ていて「子ども扱いするとああなる」と学習したのもあるだろう。
‥桂ちゃんを最初に見たとき、梛木の表情が僅かに曇った?
そう楠は思ったが、桂は気付いていない様だった。
‥お母さんを思い出したのかな?
だけど、それはホントにほんの一瞬だったし、それ以降梛木が、桂を見て表情を変えることはなかった。
梛木は後日(梛木がここに慣れた頃だから‥結構ホントに「随分後日」だ)
「桂ちゃんは、お母さんとは全然違う」
と、桂について語った。(※慣れてきた梛木は、桂のことを「桂ちゃん」と呼び始めた)
「桂ちゃんには、当たり前だけど母性は感じられないからね。桂ちゃんは、どっちかというと同僚って感じ。母さんも俺の事嫌いなら‥俺に対してそういうドライな感じで接すればよかっただろうに、やっぱ血が繋がっているとそうはいかないんだろうねえ」
と、(やっぱり)可愛くないことを言っていた。
だけど、やっぱりホントにそう割り切れてたわけではない。ぼそりと
「結局無理して、どっか壊れちゃった」
付け加えた梛木の顔は寂しそうで、胸が詰まった。
「でもね、‥母性の押し付けは、あれは頂けないね。「私はこんなに愛しているのに」で懐かない俺が悪い。だけど、「それでも私はあなたを愛しているのよ」ってさ。‥無理してるのが、痛々しくてさ」
痛々しいのはどっちだよ。‥だけど、梛木の辛さは楠にだって分かった。
‥家族から割れ物に触るように扱われるのって、キツイ。
それは我が身で体感済みだ。
因みに、柳について梛木は
「柳兄ちゃんは、俺なんか可愛いって言えるくらい、冷めてるね」
(※ 同じく、柳は「柳兄ちゃん」と呼んでいる)
って分析していた。
「僕は? 」
聞いた楠に、梛木は考える時間もなく
「懲りないお人よし」
ってズバリ。
その表情は決して「親しみを込めた弄り」みたいな顔じゃなかったという(柳、桂談)
因みに‥柊は
「柊兄ちゃんは、優しい」
ならしい。
僕に対する評価だけ酷くない??
‥ただの梛木個人の意見(分析)でそれが総て正しいわけではない。と、楠は自分に言い聞かせた。(でも、子供は鋭いからね‥)
余談だけど、梛木に最初に冷たい目を向けられた楠は、その先ずっと「楠ぃ」と呼び捨てにされるのだった。
‥なめられてる‥この扱い、大人として‥どう。
机を決めた後、
「居住する部屋は、どうしようかな‥」
言いながら、柳がちらっと桂を見る。
桂が頷いて、
「私と一緒に住まない? 」
と梛木に提案したが、「女性と同じ部屋に住むわけにはいかない」と断られた。
でも‥と柳が眉を寄せた時、
「僕と一緒でいいんじゃない? 慣れるまでその方が都合がいいと思うよ」
って言ったのは、勿論楠だ。
「じゃあ任せた」
柳、渡りに船とばかりに‥即決だ。
流石に小学生に一人部屋はきついもんね。いかに天才といえど、だ。育児放棄じゃないけど‥無責任すぎるよね。
ならリーダーである柳が面倒みればいいんじゃない? ってところなんだろうけど‥あれだ。柳って男にはホント冷たいから。
「楠さんが適任だ。なんせオカンだからね」
‥そういえば、この頃から楠はオカン扱いされてたっけ。
一番年下の新メンバーはこうして柳、柊、桂の弟分として‥そして、楠の息子(?)ポジとなったのだった。
これは天音がここに来る前の出来事だったので、天音はこの頃の‥とんがった頃の梛木のことを知らない。
楠はそれが不安だ。
不安があるのは、でも柊も一緒だった。
話したい、聞いて欲しい。だけど‥自分が楠に知って欲しいのは、ホントに「今となってはもうどうでもいい過去のこと」なんだろうか?
話して‥知ってもらうことが本当に大切なことなんだろうか?
過去を話せば、楠はどう思う? 可哀そうって泣いてくれる? これからは、皆が一緒だからねって慰めてくれる? ‥俺がして欲しいことは同情されて‥慰められること? お涙頂戴で頭の一つでも撫ぜてもらう? ‥あわよくば体で慰めてもらえるかも? (俺なら出来ないことはないだろう。今まで女の子たちにも使って来た手だ)
でも‥それは「未来」に繋がらないよね。
もしその時上手くいったとしても、その後楠は俺にもう一生今までみたいに接してくれないだろう。
今まで‥そんな関係を結んだ女の子は、九割が「一時の気の迷いで‥」って言い訳した。母に解雇されなくても、きっと、俺の前に二度と現れなかっただろう。だって、俺はそれこそホントに「一時の遊び」相手にしかならない「未来がない」男だから。
後の一割は「クズ男好き」の物好き。そういう子は面倒なの。「私が一生傍にいます」って悲劇のヒロインぶって付きまとってくるから。
ただ、一緒にいれば‥例えば愛があればそれで何とかなるって思ってる「ヤバい」子。
あの監獄で一生ただ一緒に居るだけ‥。そんな人生俺は耐えられないね。
あの‥恋する目は「私しか貴方のこと愛する人はいないのですよ」って俺のことを下に見て優越感に浸り、「貴方は‥何も出来なくてもいいんですよ」(= 貴方は何も出来ない)って貶され‥、そして、きっと飽きたら‥あっさりと俺を捨てるんだろう。
俺には尊重される人権も、愛される権利もない。
そう思い込まされる。‥そんな、胸糞悪い未来しか選択できない。
‥それなら、一人でいる方がずっとましだ。
そんな未来は嫌だ。
何でもそろった豪華な監獄で、俺を監視し、俺を縛り付ける歪んだ愛情‥地獄のような未来。
冷暖房完備の快適な部屋で、ずっとマッチ棒を揃える(柊的に「最も意味のない行動」)なんてまっぴらだ。
俺の望む「未来」は‥もっと、ほんのささやかな幸せなんだ。
俺にとって‥「未来」に繋がる‥楠に聞いて欲しい話は‥
過去の自分じゃない。
過去がどうであれ、俺は‥
楠と居ることで柊の精神は未だかってない程安定していた。そして、柊は生まれて初めて「物を考える時間」を持つことが出来ていた。
柊にとって、「その場を凌ぐ」のではなく、「その先の未来を考える時間」‥。
柊はその時間で、自分の内面と向き合い、「自分の未来」について考えていた。(勿論、楠のことを考えたり‥他にもいろいろと考えたりもした。時に脱線して‥楠との「エロい未来」を考えたことも勿論一度や二度ではない)
柊はこれから本当の意味で成長していくのだろう。
だけど、それは容易なことではない。
時々過去の嫌なこと(ってか、柊の思い出はたいてい嫌なことばかり)を思い出して不機嫌になったりもする。そんなときは、「もうどうでもいいだろ」って自分に言い聞かせるんだけど‥でも、やっぱりイライラが収まらない。
そんな柊を気に掛けて(だけど、やっぱり直接聞いたりはしないで)そっと寄り添いながら‥心を痛めている楠を、桂は「心配性な母親そのものだな」って苦笑しながら、
「焦らなくてもいいと思う。私はね、楠君に聞いて欲しい‥自分を知って欲しいって柊さんの気持ちはどうあれ、楠君が‥無理して「じゃあ聞かなきゃ! 」「でも‥」って思い悩む‥苦しむ必要はないって思う。
そういうのは‥ホントにタイミングなんだと思う。自然に‥その時がくれば柊さんから話してくれるんじゃないかなって思う。楠君はそれをただ待ってればいいだけだって思う」
って言った。
‥そんなメンバーに、新たに「ややこしくなりそうな」メンバーが加わったのはそんな時だった。
「ええと。当研究室に新しい仲間を迎えることになった。仲良くしていきましょう」
楠が、その子供をぽかん、とした顔で見た。
え‥仲間って。
子供だよね?
児童相談所ではなく、ここに子供? 。
それはつまり、この子がそれだけ特殊な子供という事を意味していた。
「能力者」と呼ばれる者たちの中には勿論子供もいる。子供の場合は、自分が能力者だって自覚のない者が多い。そして、周りの者から何らかの迫害を受けていることも多いので、西遠寺と児童相談所が連絡を取り合うことも多々あるのだ。
未成年者側に明らかに問題がある場合。保護者がその養育を放棄するのもやむを得ないと見られる身体的・精神的理由があるとき、‥というのは酷い表現だが、児童相談所から西遠寺に連絡が入る。それは、病気とかそういった問題ではない。
変ないい方をすると、「神がかった子」「普通じゃない」そういった意味。
児童相談所じゃ手に負えないし、扱い方が分からない。
では、扱い方が分かるところに引き取ってもらうのが正しかろう。餅は餅屋だ。
そうやって児童相談所から相談を受けてここにやって来た彼は、一目で「成程なあ」と思わせるものがあった。
普通なら、子供の「能力者」は、保母なりの保護の元、義務教育課程を勉強したりする。だけど、この子どもは、どう見ても小学生くらいでありながら、その必要なしと判断された。
彼は、すごく頭がいい。勉強が出来る秀才とかそういった意味ではない。IQが高い所謂天才児だ。‥それも神がかっている位の。だから、考えることだって他の者とやっぱり違う。
きょとんとした顔で「その考え方はちょっと非効率じゃない‥? 」と首を傾げられると、顔が赤くなる。
だけどホントにまだ子供だから「子供にこんなこと言われたら大人は嫌な気持ちになる」って分からない。
彼は一歩も二歩も先の答えを見ていた。
いつでも、いつでも。
彼の母親はそれに耐えられなくなった。父親は彼を見なくなった。そして、次第に彼らの愛情は彼の二つ下の「普通の」妹にのみ注がれるようになった。
そんな彼を『助け』たのは、児童相談所ではなく西遠寺だったってわけだ。
‥この子、目の色が‥
自らも目の色にコンプレックスを持つ楠は直ぐにそれに気付いた。
その子の眼は、色素の薄い‥珍しい琥珀色(アンバー)をしていた。
だけど、その瞳は宝石の様にキラキラしていなかった。まるで濁った沼の様に‥その眼は「死んでいた」。
死んだ瞳の‥でも、彼のプライドだろうか。誰にも媚びない、同情を求めないふてぶてしい態度は、可愛げのない子供、そして、世を舐め切った子供という印象を相手に持たせた。
‥痛々しい。
楠も桂もそう思った。(勿論柊は‥何も思わない。今は休憩時間だからいつものように畳で寝転がっている)柳の梛木に対する第一印象? 「まあ‥あれだ、そういう年頃だよね。「大人は信じられない、だけど、自分一人では生きられない。‥俺はなんて情けないんだろう。もう何もかもいやだ」って思っちゃうんだよね」だった。‥柳は高校生時代「若気の至り」で西遠寺に「弟子入り希望(??)」する為に家出しちゃった様な、ちょっとヤバ目な若者だかったから。
‥今は落ち着いてます。(と、柳は思っている)
「新しい名前は、梛木単語だよ」
柳が梛木の頭にぽん、と手を置く。梛木は何も言わず、ただチラリと柳を見て頷いた。
身長は、柳の腰よりちょっと上くらい。ガリガリではないものの、ふっくらしているとは決していい難い細い身体。顔色もよくない。栄養状態は悪くないものの明らかに不健康な感じだった。
携帯ゲーム機を片手にもった無表情で小さな存在は、あまりに儚く‥痛々しかった。
「僕は楠だよ。よろしくね? 」
と膝をまげて座り、目線を合わせて小さな子供に対する口調で話しかけた楠は、梛木の冷笑で撃沈した。
この目のせいで、子供に泣かれることはあるが冷笑されたのって‥初めて‥。
楠は少なからずショックをうけて、つい笑顔が引きつった。
「変な同情するからだよ」
そんな楠に柳が呆れた様な口調で言った。
楠はそんな柳に苦笑すると
「ごめん。ええと、言い直すね。俺は、楠で、そっちに寝てるのが、柊さん」
と、「普通の口調」で言った。
ぺこ、と梛木が会釈をした。相変わらず無表情で、だ。
柊が梛木を見る。そして、のっそりと起き上がって会釈するわけでもなく、ちょこっと首を傾げた。
ほんの一瞬だけど‥柊の隠れた目は、確かに梛木を見た。きっと、梛木には目が合ったって感覚はないだろう。それっ位、短い時間だけど、柊は梛木を探るようにじっと‥見つめた。そして、見極め‥視線を外す。
「‥‥」
そんな二人を楠は静かに観察していた。
‥少なくとも、敵認識ではないらしい。
敵だと認識したら、多分柊は即座に楠を見るだろう。「即座に攻撃していいか」の確認なんだけど、まあ、そんなこと楠が許すわけがない(っていうか、普通そうだ。急に攻撃していい人間がいるわけがない)ただ「ああ、かなり合わない性質なんだな」と判断した楠が何とか対処するだけの事。
そうでない限りは、柊にとって「嫌な感じはする(だけどそれ程でもない)、か、いいか」の二択だ。どうやらこの子どもは、柊にとって「それ程でもない」か、「いい」なのだろう。特に反応はない。
口が相変わらず真一文字に結ばれたままだから、「それ程でもない」なのかな? 。
楠は首を傾げた。
「俺は、柳。一応ここのリーダーだから、分からないことがあったら何でも聞いて。
あと、君の机はここ。このパソコンも君専用だ。自由につかえばいいよ。研究室全体がネットワークでつながっている。あと、これが、君のアドレス。個人のアドレスを持つのは自由だが、仕事用のアドレスはこれを使って? 」
柳が事務的に説明すると、梛木の荷物を彼に充てられた机の横に置いた。
新しいメンバーだから大人として接している‥とか、子ども扱いを嫌がる梛木に気を遣っている‥とかではなく、柳は大人だろうと子供だろうと、男は男という分類らしい。
昼間梛木が多くの時間を過ごすであろう研究室で、彼に充てられた席は桂の横だった。
席順は(入口のある廊下側から)楠、桂、で梛木。柊の席は、楠の向かいで、リーダーである柳の席はそれらの机とは少し離れたところにあった。
「桂ちゃんにパソコンを教えてもらったらいいよ。彼女は博識だから」
きっと、梛木は直ぐにパソコンを使いこなすだろう。
勿論梛木の頭がいいからなんだけど、まあ‥子供だしね。今どきの子供って電子機器に対する汎用性が凄く高いよね。
柳の提案に、梛木は相変わらず無表情で頷いて桂に会釈をした。
桂も会釈を返した。何時もと変わらない、「社会人らしい穏やかな表情」。
多分さっき玉砕した楠を見ていて「子ども扱いするとああなる」と学習したのもあるだろう。
‥桂ちゃんを最初に見たとき、梛木の表情が僅かに曇った?
そう楠は思ったが、桂は気付いていない様だった。
‥お母さんを思い出したのかな?
だけど、それはホントにほんの一瞬だったし、それ以降梛木が、桂を見て表情を変えることはなかった。
梛木は後日(梛木がここに慣れた頃だから‥結構ホントに「随分後日」だ)
「桂ちゃんは、お母さんとは全然違う」
と、桂について語った。(※慣れてきた梛木は、桂のことを「桂ちゃん」と呼び始めた)
「桂ちゃんには、当たり前だけど母性は感じられないからね。桂ちゃんは、どっちかというと同僚って感じ。母さんも俺の事嫌いなら‥俺に対してそういうドライな感じで接すればよかっただろうに、やっぱ血が繋がっているとそうはいかないんだろうねえ」
と、(やっぱり)可愛くないことを言っていた。
だけど、やっぱりホントにそう割り切れてたわけではない。ぼそりと
「結局無理して、どっか壊れちゃった」
付け加えた梛木の顔は寂しそうで、胸が詰まった。
「でもね、‥母性の押し付けは、あれは頂けないね。「私はこんなに愛しているのに」で懐かない俺が悪い。だけど、「それでも私はあなたを愛しているのよ」ってさ。‥無理してるのが、痛々しくてさ」
痛々しいのはどっちだよ。‥だけど、梛木の辛さは楠にだって分かった。
‥家族から割れ物に触るように扱われるのって、キツイ。
それは我が身で体感済みだ。
因みに、柳について梛木は
「柳兄ちゃんは、俺なんか可愛いって言えるくらい、冷めてるね」
(※ 同じく、柳は「柳兄ちゃん」と呼んでいる)
って分析していた。
「僕は? 」
聞いた楠に、梛木は考える時間もなく
「懲りないお人よし」
ってズバリ。
その表情は決して「親しみを込めた弄り」みたいな顔じゃなかったという(柳、桂談)
因みに‥柊は
「柊兄ちゃんは、優しい」
ならしい。
僕に対する評価だけ酷くない??
‥ただの梛木個人の意見(分析)でそれが総て正しいわけではない。と、楠は自分に言い聞かせた。(でも、子供は鋭いからね‥)
余談だけど、梛木に最初に冷たい目を向けられた楠は、その先ずっと「楠ぃ」と呼び捨てにされるのだった。
‥なめられてる‥この扱い、大人として‥どう。
机を決めた後、
「居住する部屋は、どうしようかな‥」
言いながら、柳がちらっと桂を見る。
桂が頷いて、
「私と一緒に住まない? 」
と梛木に提案したが、「女性と同じ部屋に住むわけにはいかない」と断られた。
でも‥と柳が眉を寄せた時、
「僕と一緒でいいんじゃない? 慣れるまでその方が都合がいいと思うよ」
って言ったのは、勿論楠だ。
「じゃあ任せた」
柳、渡りに船とばかりに‥即決だ。
流石に小学生に一人部屋はきついもんね。いかに天才といえど、だ。育児放棄じゃないけど‥無責任すぎるよね。
ならリーダーである柳が面倒みればいいんじゃない? ってところなんだろうけど‥あれだ。柳って男にはホント冷たいから。
「楠さんが適任だ。なんせオカンだからね」
‥そういえば、この頃から楠はオカン扱いされてたっけ。
一番年下の新メンバーはこうして柳、柊、桂の弟分として‥そして、楠の息子(?)ポジとなったのだった。
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【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
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