souls step

文月

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三章 影と鏡

8.影と鏡

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 なんてことはない。
 夏の持ってきた情報は、さっき話した中にすっかり消えてしまうような話だ。
 特に「聞かれたらマズい」話でもないし、『Souls gate』の件は古図も気になっていたことだということで、夕飯のときに話すことにした。
「どうやら、高校生が失踪した際に問題になった‥つまりデータ収集目的の『Souls gate』と、今の大人気ゲーム『Souls gate』は、内容がだいぶ違うようだね。名前が同じだけで、まったくの別物って印象を受けた。
 名前は‥、やっぱり、恭二さんか伊吹さんが付けたんだろうかね」
 夏が言うと、彰彦と古図が「そうだろうね」と同意して頷いた。房子は黙ってご飯を食べている。
 房子は、(中学時代の)彰彦のことがあり彰彦たちが西遠寺に必要以上に関わることを嫌っているのだ。(だけど、口には出さず見守っている。多分必要だと判断したら彰彦の父親で表の当主である和彦に連絡するのだろう)
「takamagaharaで‥もう一人、西遠寺の人と会ったよ。会ったというか、見かけたというか‥。夏君も知らないと思うよ。西遠寺 隆行君。表に出てこない人だったから」
 裏西遠寺にいる人間は、殆どが西遠寺の人間がスカウトしてきた「身内以外」だ。その中で、身内がいるっていう子とは、裏西遠寺のスカウト側の人間という可能性が高いと考えられる。
 彰彦の言葉に夏は「もう一人‥」と呟き、その後で「‥隆行‥知らないな」と呟いた。
 無理もない。夏はあったことがないだろう。
「どうやら北見君のお兄さんらしい」
 と彰彦が言うと、驚いた顔をして、
「え。北見君にお兄さんなんていたの」
 って言った。古図も「無理はないですね」って頷いた。
 やっぱり房子は黙ってご飯を食べている。だけど、聞いてはいる様だ。
「‥表に出てきてないって‥引き籠ってたの? 」
「いや、引き籠ってたというか、引き籠らされていたというか‥」
「西遠寺はそんなのばっかりだな」
「どうも、手が付けられないほど荒れてたっていう話だったけど、俺が見たときはそんな感じじゃなかった」
 そう彰彦が言ったとき、初めて房子が顔を上げた。
 手が付けられない程荒れてたっていう話を「さもホントのことのように広めて」、ホントは何でもない一人の人間を表舞台から「何者かが」隠そうとした。
 北見は次期当主候補に挙がっているから‥多分、その邪魔になると考えた「何者かの」仕業‥この場合、一番可能性があるのは彼らの両親だろう。
 房子の表情は険しい。そんな房子の表情は、
「きっと彼も‥なんらかの研究対象としてあそこにいるのかもしれないね。少なくとも‥研究者って感じはしなかったよ」
 という彰彦の言葉で更に険しくなった。
 房子の中では「この手の話」は完全にNGなんだ。
 だけど、話に夢中の二人は気付かない。
「研究‥ 脳科学かな」
 蒲鉾をつまみながら、夏が冗談っぽく言った。
「かもねえ‥」
 彰彦も、軽く言った。
 はあ‥
 深いため息をついた房子が、箸をちゃぶ台に強めに置いて二人の意識を集めた。
「‥ちょっとあんたたち、食事中に気持ち悪い話しないで。脳科学とか‥。
 その内、シナプスとかニューロンとか言われだしたら、納豆とかモズクが食べられなくなるわ」
「‥? 」
 ニューロンとモズク‥。似てるか?
 ズルンって感じ‥かな? 
 想像して、確かにちょっと気持ち悪くなった。
 だから、二人して顔を見合わせて
「‥やめよっか」
 って苦笑いした。

「母さん、今日は顔色がいいですね」
 今日の房子は、地味な薄紫色の部屋着の着物を着ている。
 以前顔色が悪かったときは、こういう色の着物を着たら「ザ、病人」って感じになったのに、今日はそんな感じじゃない。
 それは家族にとってこの上なく喜ばしいことだった。
 房子は浴衣を着ている彰彦を見て、
「彰彦、あんたお風呂にも入ってないのに、浴衣着たら寝る前に汗かくわよ(※ 房子にとって浴衣は寝間着)」
 って言った。声にも力がある。
 房子は随分、元気になったようだ。
 芳美の事があって、しっかりしないと、と思ったのだろうか? ‥何にしても良かった。
「房子さんが元気そうで良かったです」
 夏がにっこりと笑って言った。
 房子はふ‥と微笑むと(※ 可憐な微笑ではない。どっちかというとシニカルな微笑だ)
「‥あんまり裏西遠寺に関わらない方がいいわよ。っていうか、あんまり西遠寺に関わらない方がいいわ。‥触らぬ神に祟りなしよ。和彦も、あんたたちが西遠寺に関わるのは、嫌がると思うし」
 そう素っ気ない口調で言って、自分の分の素麺の器を引き寄せた。
「‥そうですね」
 彰彦が、苦笑いする。
 ‥確かに、和彦なら嫌がるだろう。
 とは、彰彦も思う。
 (それにしても‥)思えば、こんなに房子の「機嫌が悪い」ことは珍しい。よっぽど息子たちを西遠寺に関わらせたくないのだろう。
 ‥昔のことを思えば無理もない。(‥とはいえ、あの頃のことはあんまり覚えてないんだけど‥)
 もう房子の前でこんな話をするのは止めよう。
 彰彦は改めて誓った。

「当主は、こちらには戻られることはあるんですか? 」
 彰彦から自分の分の素麵を受け取りながら夏が聞いた。房子は首を振り、
「最近はあんまりないわよ。忙しいみたい」
 と答える。
「遠いですしね」
 と夏が返すと、
「でも、新幹線ならすぐだし‥、彰彦が小さい頃は家から本家に通ってわよ」
 と房子が言った。
「そうなの? 」
 夏が彰彦を見る。それは初耳だった。彰彦は、肩をすくめて
「らしいね。俺は覚えてない。‥小さい時のことまではね」
 って言った。
「彰彦兄さんから覚えてないって言葉聞くと、なんか変な感じだね」
「流石に物心つく前のことまではね」
 ふふ、と古図が笑い彰彦と夏・房子の前に切った冷ややっこを置く。
「はい、冷ややっこ」
 彰彦宅の今日の晩御飯は、冷ややっこと素麺とご飯だ。炭水化物淡水化物だけど、それを彰彦たちは「関西人だから。お好み定食みたいなもの? 」って言って気にしてない。
 ご飯を炊いて、素麺を茹でて、冷ややっこを切っただけ。
 この家の夏のメニューはほぼこれだ。
 これに、偶に魚(刺身)がついたりするぐらいだ。今日は、お客さんが来ているという事で、蒲鉾が付いている。
 一週間に一、二度、通いのお手伝いさんが来てくれた時に、部屋をいつもより念入りに掃除してもらい、食事を作ってもらう。
 その時には、彰彦宅に「おかずらしいおかず」が並ぶ。
 ‥いつものこのメニューは、彰彦たちでも作れる唯一のメニューなのだ。
 彰彦が素麺をゆでることもあるし、今日みたいに古図が先に家に帰る日だったら、古図がゆでたりする。冷ややっこは、豆腐屋から買ってきて、切るだけだ。
 昔、房子が食事の用意をしていた時は、冷ややっこではなく、網で焼いた油揚げか、厚揚げだった。(それこそ「必死」って形相で家中を煙だらけにして網で焼いていた。魚は‥一度挑戦して失敗したらしく、以後食卓に上ることはない。
 電子調理器? 魚焼きコンロ? そんな「新しい」ものは彰彦宅にはない。
「‥毎日、冷ややっこ出すのやめてくれない? 私、あんまり好きじゃないんだけど。豆腐は湯豆腐(※ カセットコンロはある。冬の食卓はほぼ八割が鍋)の方が好きだわ。冷ややっこってなんか、豆くさいじゃない」
「豆くさいって初めて聞く表現ですね」
 夏が、吹き出すのを堪えながら言った。
「あ、和彦さんもそんなこと言ってました」
 古図がちょっと驚いた顔をする。
「そうよ。私と和彦は食の好みが似てるの。だから、結婚したのよ」
 しかし、房子はあっさりとそう言い、冷ややっこにこれでもかという程、ミョウガとネギ、鰹節をかけて醤油をたらした。
 しかし、醤油は少なめだ。薄味なのは昔からだ。
「「! 」」
 初めて知った‥! この年になっても、初めて知ることって多いなあ。
 驚く彰彦と、夏。まあ‥夏は和彦と数えるほどしか会ったことないんだけど。
「でも、正太郎が和彦の弟になろうと思った理由だって、すごく些細なことよ? 」
 若干嫌そうに冷ややっこを切りながら、房子が言う。
「ささい? 」
 夏が首を傾げる。
「ええ。正太郎と和彦が遊んでた時、二人の影が伸びてるのをみて、和彦が影を鏡だって言ったんだって。太陽は、どこにでも鏡を作る。まさに「天知る地知る我知るだね」怖いね。って。それを聞いて正太郎は「この人について行こうって思った」んだって」
「‥‥? 」
 ‥きっと、母さんは伝え方か、覚え方がおかしい。きっともっと感動できる話しだったに違いない。
 ちらっと、彰彦が古図を見る。古図は苦笑いした。
 古図は、あの時のことを忘れない。今でも、この先もずっと。


 まばらに木が生えた小さな公園。あの日はとても天気が良かった。
「正太郎。ほら鏡だ」
 和彦が地面を指さしながら言った。まだ小学生の頃のことだ。
 古図が和彦の指さした先を見る。
 水たまりか何か、かと思ったが、そこは、ただの地面で公園の木々と和彦たちの影が映っているだけだった。
 和彦が手で「狐」を作る。
 片手で出来るポピュラーな影絵だ。
 和彦の影の手が狐に変わる。
「即席スクリーンだ」
 和彦が機嫌のいい顔をする。
「太陽はさしずめ映写機だね。太陽って不思議だねぇ。何でも鏡にしちゃうんだねぇ」
 和彦の言葉に、古図は影を見ながら頷く。古図の影も頷く。
「そうだ。本当に不思議だ。だって、地面だよ? 水みたいに表面が光っているわけでも平らなわけでもないのに。普通だったら、映らないのに! 見ようと思わなければ見えないのは、鏡と同じ。見ようと思えば、条件さえ揃えば、どこだって自分は見える。そう思ったら、凄いし、怖いねぇ。まさに、天知る地知る我知るだな」
 和彦がひとことひとこと自分の言葉を確認する様に言った。
「嘘のつけない、誤魔化しのきかない自分の分身が、晴れることによって表に出て来る‥」
 古図がボソリ、呟く。
「そう! それ。怖いね。‥本当に」
 和彦が、うまいね! と褒めながら頷いた。
 「自分」と「自分の姿(=影)」。後ろめたいことをするのは「自分」。「自分の姿」はそれに従う。鏡に映った「自分の姿」に後ろめたさを感じるのは、「自分」だけ。「自分の姿」はただ鏡に映っているだけ。
 同じに見えて全く違う。
「だけど、影の場合、顔は映らないから、自分が「自分じゃない」って言えば‥思えば‥それは「他人」になる」
 古図が言った。
 鏡に映る自分は顔が映るから、自分じゃないって言い逃れは出来ない。
 ポツリと呟いただけだった。和彦は古図を振り向き、
「正太郎には、そう思える? 自分じゃないって思える? 」
 その瞳をじっと見つめた。
 総てを見透かすような和彦の視線に古図はたまらず視線を逸らした。

 出来ないんだよ、そんなこと。
 その目は、そう言っていた。


「この時、‥私は和彦さんについて行きたいと思ったんです」
 古図が、にっこりと穏やかに笑った。
「‥小学生が考えることではないですね」
 夏は苦笑いした。
「つまり、お互い他に友達がいなかった、って話だと思うわよねえ。‥変人同士いいコンビって奴なのよ」
 房子がバッサリと切り捨てる。
「「「‥‥」」」


 同じ影だけど、違うもの。
「本当に怖いね‥」
 なごやかな雰囲気の中、彰彦は、一人ごとのようにつぶやいた。

 本体と影。
 意志のある姿、と意志のない影。
 ある、とない。
 ‥自分の分身が、晴れることによって表に出て来る‥

「影‥」
 そうか。天音が作ったのは、「実体化した影」で、それに彰彦の鏡の秘術によって顔がついた。
 それによって、影が天音になり‥尊になったのだ。
 じゃあ‥(顔のついてない)影は「誰でもない」。‥本人が認めない限り、「誰でもない」ものなのだろうか?

 影は本体ではない。顔がないから。鏡は本体を映したもので顔はある。だけど‥本体ではない。

 影も鏡も本体(本物)ではない‥。
 だけど‥尊は本物になりたかった。
 天音(本体)に、ではなく尊になりたかった。
 だけどそれはきっと天音の望んでいたことではない。
 
 なんで天音ちゃん‥あの目付きの悪い神は「天音ちゃん」をそして‥「尊」を作ったんだろう。
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