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文月

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二章 お化けな情報と女子高生

15.天音ちゃんとの約束(side 伊吹)

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(side 伊吹)

 天音ちゃんが退院してこの病院を出て行った後も、僕の研究室の横(資料置き場)で眠っている尊君。
 正直どうしたらいいか分からない。完全に持て余している。
 そもそも、生きてるのか死んでるのかも分からない。
 生気を感じない顔で眠る、よくできた人形みたいな尊。
 これ、他人に見つかったらなんて言われると思う? 絶対、変態呼ばわりされるぞ‥。
 頭が重くなる。
 初めの時は「これ見つかったらどうするんだ? 」ってドキドキしっぱなしだったけど、‥自分の研究室まして資料室を訪れる人間なんていない。
 親戚の恭二さんは浮世離れしてるけど、別に人の部屋を無許可で訪れる様な常識知らずじゃない。(ってか、恭二さんは医者を辞めて以来、この病院に近寄ることはなかった。元々はこの病院の医師だったんだけどね)
「この子、いつまで預かるんだ~」
 ぼんやりと尊を見ていたら、「尊」がむくり、と起き上がり。
「伊吹先生、私です。天音です。約束を守ってくださってありがとうございます。‥もうしばらく、このままここにいさせてください」
 って言われた。
 驚かないはずない。
 メチャクチャ驚いた。今までこんなに驚いたことないって位驚いた。(無理ないよね?? )
 天音ちゃん? 
 驚いて咄嗟に声が出なかった。辛うじて‥僕が無言で頷くと、尊はにっこりと微笑み‥そのまま、再び眠りについた。‥まるで何もなかったみたいに‥。
 後で聞くと、そのタイミングは丁度天音ちゃんが亡くなった時だったらしい。

 
 初めて会った時から天音ちゃんは普通の子供じゃないって思った。
 乾の卦寄りの力が異常に強い子供だった。
 そういうのが「よくわかる」方じゃない僕でもそれが分かったほど‥
 天音ちゃんは特殊な子供だった。
 乾は、天の卦。
 人には、稀な卦。しかも、人とは思えないほど強い力。
 この子が虚弱体質だったのは強すぎる卦の力のせいか? 卦を維持する為に生命力をごっそり持っていかれてるのか? って思ったけど、‥どうやらそうでもないらしい。
 ただ、身体が虚弱ってだけの様だ。
 精神は‥驚くほど安定している。
 そんなことは、まずない。
 強い力を持つ者は、それだけで精神的に不安定になりがちなんだ。
 その不安定さが、不安となり、苛立ちとなる。
 でも天音ちゃんには、そんなところはなかった。
 安定していて、落ち着いていて‥なんなら達観してる感すらあった。
 ホントに小学生? (← 会った時天音は小学生だった)って疑問に思った。
 そして、多分この子は普通の人間ではないって思った。
 いつだったか‥夏休みに従兄弟の家に遊びに行った天音ちゃんがかなり体調を崩した時があった。(※ 尊を作るという大技を使った為に、体力を使い過ぎて体調を崩した。天音はそのことを彰彦には言わなかったが、やっぱりキツかったらしい)
 元々虚弱だった身体がみるみる痩せて‥このままご飯食べられなくなるんじゃないか? って思ったけど、メンタル面は‥不思議と調子が良かったんだ。お母さんに買ってもらったらしい手鏡をいつもベッドの傍に置いて、時々それを見て
「痩せちゃったなあ‥ちゃんと食べなきゃなあ」
 なんて言ったりしてた。(※ 尊の様子を時々盗み見たりしてるのを誤魔化しているだけだってことを伊吹は知らない。尊の姿が見えるのは天音だけだから、他人から見たら天音は鏡を見ているだけなのだ)
 両親は凄く心配したけど‥僕は不思議と「あれ? なんかこの子、変わったな。今まで何に対しても無関心って感じだったのに、この頃‥少し、楽しそう‥? 」って思ったんだ。
「彰彦兄さんと遊んだの楽しかったら、元気になってまた遊びたいんだ」
 って言ってるのを聞いた時、
 ああ、明日への希望がこの子に力を与えてくれたんだなって嬉しくなった。(※ 普通の子供ってことを周りに向けてアピールする目的の「あざとい」発言)
 だけど、天音ちゃんの体調が良くなることはなかった。反対に乾の卦は更に安定して‥ますます「この子、更に人間じゃない何かに近づいてないか? 」って思った。
 ‥更に関心が高まった。
 今まで、こんなに患者に‥病状以外で関心を持ったことはなかった。
 恋とかそういうのじゃないよ。
 分かるでしょ? ‥僕はね、恥ずかしい話、恋とかそういう感情にホントに疎い男なんだ。
 そうだなあ‥義理人情でもないんだけど‥そういう感情に近いかなあ‥。
 「人として」しなければいけない使命感‥そんな感じ。
 恋愛感情とか、父性愛とか‥そういうのではない、全く色のついてない感情。

 天音ちゃんという子は、恋愛感情を持つ相手として「これ程向いてない人はいない」って感じは‥あった。
 恋愛感情って人間に対して感じるものだ。
 相手の特別になりたい。相手の唯一になりたい。そういう精神的な感情と、触れたい。一緒に居たい。‥そういう肉体的な感情。
 天音ちゃんは、相手にそういった‥一切の感情を
 でもね、別に潔癖症ってわけじゃなかったんだ。
 相手に‥そういう「見透かされた‥」とか「お高く留まりやがって‥」とかいう感情を起こさせるタイプでもない。
 あれは‥実際に見ないと分からないと思う。ホントに「そういうのに無関係に生きてる人」としか言えない感じ。
 まるで、優しい「田舎のじいちゃんばあちゃん」みたいな存在。
 人畜無害で、ただただ‥こころ安らぐ人。
 ‥まるで、卦の通り太陽の様な公平さと暖かさで周りを照らしていた。
 特定の「誰か」を愛さず、特定の「誰か」を求めず、皆に公平に振舞う。
 ‥そんなのよっぽど人間に興味があって、だけど逆によっぽど関心が無きゃ無理な態度だよね。
 僕は彼女に「研究対象として」興味をもった。
 患者として以上に。
 そして、そのことに彼女は気付いていた。
 だからあの時、彼女は「僕が断らない様な」条件を出してきた。

「私の肉体が滅んだら、私は貴方の為に働きます。
 研究の手伝いとかします。それどころか、‥私の魂を自由に研究してもいいですから。
 だから、尊をここにおいてください」

 私の肉体が滅んだら? 肉体が滅ぶということは即ち死ぬことだ。
 死んだら‥何も出来ないだろう? 
 訝しがる僕に天音ちゃんは
「先生には、私が普通の人間じゃないこと‥分かってるんでしょう? 」
 って言ったんだ‥。
 
 全部を信じたわけでは無い。
 だけど‥断るって選択肢はなかった。
 更なる好奇心が‥ってのもあったんだけど、でも「それだけじゃね」って感じはあったよ。(そりゃあね)だって、リスクを考えたらやっぱり二の足を踏むよね(特に世間体とかね! )。だけど、最終的には受けちゃった。
 ‥なんかね、人ならざる者の願いとか‥断りにくくない? 
 それに、天音ちゃんには何となく人に対して「断らせない何か」があったんだ。一種のカリスマ性だろうね。「この人の為に何か出来ることなら協力したい」って思わせる‥そういう「何か」。
 だから‥仕方がないかなって思ったんだ。
 結果僕は尊君の身体を預かった。
 病院に内緒で、そして‥本業の裏西遠寺関係の仕事のパートナーである恭二さんにも内緒で。

 それは‥だけど、今までのどんなことより‥魅力的だった。
 背徳感? 冒険心? ‥社会に対する反抗心? ‥なんて表現したらいいのか分からないその「初めて感じた」感情に僕は‥
 常識だとか倫理だとか‥全部の感情を捨てたんだ。

 匿っているとか‥監禁しているとか、そういう「ほの暗い隠避な感情」は一切抱いてない。
 寧ろ、
 珍しい標本を隠し持ってる様な、そんな「誇らしい様な」感情。
 だって、尊君はホントにピクリとも動かないんだから。
 時々息して‥生きていることを忘れてしまうこともある。
 だけど、押し入れに閉まったままの標本と同じ扱いにしない様に‥一日一回は部屋を覗くことにしている。
 それだけ。
 ‥僕は自分で思っているより、薄情だし‥飽きっぽいんだなって初めて気付いた。
 モノ扱いしてないよってアピールする為に、一言二言声を掛けるようにした。
「どうしてる? 」
 とか
「大丈夫? 」
 とか。答えが返ってくることは‥あの日以来なかったけど。
 だけど、今日久し振りに返事が返って来て‥
 僕は心底驚いたんだ。
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