souls step

文月

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三章 影と鏡

3.再会と出会い(後編)

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 伊吹の車は、白の古い軽自動車だった。
 お医者さんなのに、意外。
 優磨は、ちょっとそんなことを思ったが、古い外観と違い中は清潔でさっぱりとしていた。
「皆さんはお変わりないですか? 御当主とは‥」
「父とは三年前の正月に会って以来会ってません。家族はみな元気ですよ。伊吹さんの方のご家族はどうですか」
「お陰様で」
 親戚の挨拶をする。
 ハンドルを握る伊吹が前を向いたまま微笑むのが、ルームミラーに映った。
 彰彦は、後部座席。助手席には優磨が座っている。
 軽自動車に大人の男が二人並ぶと、視覚的にも物理的にも狭いから、優磨が黙って助手席に座ったのだ。
「‥あの、尊は」
「ああ! そうだね。大丈夫だよ。‥良く寝ている」
「寝ている? 」
 優磨が驚いて叫んだ。
 それはそうだろう。事情を知っている伊吹と彰彦ならともかく、何も聞かされていない優磨がいきなりこう聞かされたら、この反応になるだろう。
 彰彦は、「ああ、そうか」と呟き
「‥尊ちゃんは、天音ちゃんの幽霊だからね。天音ちゃんが一大事という事で、それに引っ張られてここにきてしまったって話はしたよね。それで、本体の天音ちゃんがああなってしまって‥尊ちゃんは今も本調子じゃないんだ」
 優しい口調で宥める様に説明した。「大丈夫だよ」と付け加えるのも忘れない。
「‥はい」
 彰彦の説明に取り敢えず頷いた優磨の顔は、しかしながら依然、険しい。
 心配で堪らなかった。
「大丈夫。優磨ちゃんが行けばきっとよくなるよ。天音ちゃんが、優磨ちゃんと尊ちゃんは凄く相性がいいから、優磨ちゃんの元にいたら、尊ちゃんも安心だって言っていた」
「相性がいい? 」
 相性がいいと具合が良くなるとは別の話でしょ? って顔してるな。そりゃそうだよな~思うだろうな~。
「幽霊だからね。そういうメンタル面に依存しているところは大きいんじゃない? 」
 ‥我ながら何言ってんだか。
 そんなことを思い苦笑いした彰彦だったが、優磨は
「なるほど? 」
 と頷き‥
「相性‥好き嫌いとは正確には違うんだけど、全く違うとも言い切れない。なぜかわからないけど、どうしてもこの人のこと好きになれないなって人はいる。性格的なものではなく、‥性格的なものを知る以前に‥この人とは一緒にいたくないなって思う‥そういう‥性格以前の話のことですか? 」
 って言った。
 彼女なりに彰彦の言いたいことを理解しようとしているんだ。
 きっと彼女は真面目で「いいひと」なんだろうなって彰彦と伊吹は思った。(二人ともどちらかというとそういいひとではない)
 彰彦が頷く。
「尊君はそういうのが随分「はっきりした」子みたいだね。だから、今周りに相性のいい人がいない状態で‥居心地が悪くて疲弊してる。‥それこそ自分で帰れない程‥」
 自分で言って自分で納得。「あ、ホントにそうかも」って妙に腑に落ちた。
 だって、幽霊で‥ホントに「純粋な魂の状態」だから。
 きっと、普通の人間よりずっと「居心地いい、悪い」に対して純粋で‥ストレートなんだろう。
「尊は‥人見知りなところがあるっておもってたけど、違ったんですね」
 優磨がしみじみと言った。
「合う合わないかあ‥」
 そりゃあ、人間皆そう思うことはある。だけど「それでも」付き合わなきゃいけない人間とは付き合ってる。‥だって、仕方がないから。多少無理してでも「コイツとは仕事上の関係」と思って「割り切って」付き合ってる。だけど、純粋な霊魂の状態の尊には「それが体質的に無理」ってこと‥。
「アレルギーみたいなものなのかな」
 好き嫌いじゃなくて、「体質的に」無理。
「そうですね。そういう感じで理解してもらえればいいと思います」
 伊吹が明るい声を出して優磨に同調して、
「だけど、尊君の場合は「特定のこれがダメ」っていうのじゃなくて、「特定のこれじゃなきゃダメ」って感じなんだと思います」
 と、付け加えた。
 彰彦はそっと苦笑いする。
 アレルギーの話をした後でこういうと、凄い偏食家みたいだな。
「一人ぼっちった尊にとって‥私たち家族が唯一の知り合いだったから‥きっと過度に依存してたってことも起因してると思うんですよね。私は。
 ‥なんか、仕方がないとはいえ、可哀そうなことをした気がします」
 まあ‥普通に考えたらそうだよね。だけど‥もう一回言うけど、尊は人間じゃないから。
「責任を感じる必要はないですよ。さっきも言ったように。性質の問題だから。そもそも、尊君は尊君が望んで‥優磨ちゃんを選んだんです。
 彼のような存在にはそれこそ「恩を感じる」ってことも、「罪悪感を感じる」ってことも、ないです。誰かに影響を受けることも、その結果誰かに依存することもない。
 尊君が優磨ちゃんの傍にいたのは、優磨ちゃんと居ると居心地がいい。ただそれだけです」
 ‥自分で言っておいてなんだけど、‥ただの「自己中で我が儘野郎」だな。それじゃあ。(自分の意思を尊重してるだけで、恩を感じることはない‥とか)多分それで合ってるとは思うけど、自分の知り合いを他人からそんな風に‥悪し様に言われたらやっぱり嫌かな? って思ったら‥優磨ちゃんは意外にも
「そっか‥」
 嬉しそうだった。
 ‥いいんだ。ある意味究極の愛だよね。‥ちょっと甘やかしすぎじゃないかい??
 ドン引きする彰彦。
「水は水で火にはなれない。火は火で水にはなれない。他の誰でもなく貴女は貴女で‥貴女でしかない」
 ボソリ‥と伊吹が呟いた。
「え? 」
 優磨が首を傾げる。そして、彰彦も。
 なんじゃ急に。‥そりゃあそうだろう。
 優磨がちらっと(助けを求めるように)彰彦を振り向く。
 わかる。理解できないよねそんなこと急に言われても。彰彦は苦笑いした。
 ‥西遠寺の人間って、割と会話の相手置いてけぼりにするんだよね。自分では納得しているから、イイやって。
 自分もそういうところあるって自覚してるから、‥何とも言えない。
「たとえです」
 ‥うん。きっと伊吹センセイの中では結論が出てるんだろうね。そして‥高確率で「言いっぱなしで、別に相手の理解を求めていない」んだろうね。
 って思ってたら、優磨ちゃんは‥「他の誰でもない‥」って呟いて 
「‥尊は、私に初めて会った時「待ってた」って言ったんです。
 その時の私にはその意味は分からなくって、何となく‥そのまま流してたんです。だけど最近では「不安で‥自分に気が付いてくれる‥自分を助けてくれる誰かを待ってたのかな」って思うようになってて‥それこそ尊が「助けてくれた恩義」を感じてるんじゃないかって‥思って気になってたんです」
 と言葉を続けた。
 ‥待ってた? 
「だから、出て行っちゃったときは、ショックだった。私たちの存在が重荷になってたんだ‥って思ったこともあった。だけど、尊との日々を思い出して「そうじゃない」って‥思ってた。‥思いたかった。だから、「尊に何かあって尊は助けを求めてるんだ」って考える様にしてた。
 だけど、
 ‥誰でもよかったわけじゃなく、「私を」尊は待ってたんですね」
 ‥なんと、理解した! 
 伊吹が、すごくすごく嬉しそうに微笑んだ。
  ‥おお、これが破顔一笑ってやつか、と彰彦はひそかに感動した。
「彰彦君。僕も尊君と話したい。‥頑張ってくれ」
 強めに彰彦に、伊吹が念を押した。
「‥‥」
 ここは‥やっぱり他人に振るんだね。
 これも西遠寺っぽい。面倒なことは極力避けたい。そういう一族なんだ。(だから、きっと今回の事は「尊がここにいることの方がより面倒だから」彰彦たちに協力してくれたに過ぎないんだろう。(※ 天音の交換条件が伊吹にとって魅力的だったとは彰彦たちは知らない。きっと知ったら「‥伊吹さん‥なんかちょっとヤバい」って思われてただろう。因みに、伊吹は天音を「実験材料」としか見ていない。‥ロリコンじゃない)
 

 それからしばらくして伊吹の自宅アパートに着いた彰彦は、待ち構えていた天音に(単身)連れられて、眠る(‥というか半分消えかけた)尊の前に立たされた。
 優磨たちは天音の指示で隣の部屋で待機だ。その態度を見て「おいおい、一体誰の部屋だよ‥」って彰彦が苦笑いしたのは言うまでもない。「すっかり伊吹センセイを尻に敷いてるな。流石神」って思ったり。
 天音は尊を背中に乗せて立たせると壁にもたれさせて、両肩をおさえて立たせる。
「尊の目をぼんやり見て」
 まるで、催眠術にかける様に、彰彦に背を向けて立つ天音が彰彦にささやきかける。
 ‥またこれか。
 ため息をついて、彰彦が天音の背中越しに尊の閉じられた瞳の辺りを見た。
 今は、男神の姿に戻っている天音が意識のない尊を立たせて支えている。(天音の姿では体力的に難しかったんだろう)
 華奢な少年が大男に壁ドンされてるみたい‥。‥怖い光景だ。
 そんなことを思いながら‥だけど尊の顔作成に集中する。
 次第に、尊の輪郭がはっきりしてきて、ぼんやりと‥尊がその目を開く。
 その瞳は、「天音ちゃん」同様シトリントパーズの色をしていた。
 そして、目の前の彰彦と目が合う。(目が合ったように彰彦が思っただけで、多分尊は見えていないだろう。起きたてって視点が定まらないよね)
「! 」
 驚いたのは、彰彦だけで、天音はさっさと尊を放り出すと、天音の姿に戻る。(その間の行動が素早かったから、多分、尊は男神姿の天音には気付いていないだろう)
「じゃ、優磨ちゃんと会おうか、尊」
 と、天音がにっこりと微笑む。尊はちょっと状況やらいろいろと理解が出来ずにきょろきょろしていたが、聞こえて来た最愛の人の名前に反応したのか、
「優磨ちゃん? 」
 と‥ぼそりと呟いた。そして、目をかっと見開くと、
「優磨ちゃん! 」
 ドアの向こうにいるであろう優磨を探して部屋を出た。
 そして、尊は優磨を見つけ飛び掛かる。
「尊! 」
 ‥感動の再会に、周りは完全に外野と化した。取り残されたのは、部屋の持ち主の伊吹と、今回の功労者・彰彦。そして、それをにやにやと面白そうに眺めているのは、天音だ。
 ‥若いって素晴らしい。
 って感じなのかなあ。一応、リア充って奴なのかなあ。
 ぼんやりと彰彦は、二人を眺めていた。


「天音ちゃんは帰らないの? 」
 尊と暫く抱き合って喜んでいた優磨が、その尊にそっくりな天音に気付いたのは、しばらくたってからだった。
 うわ~。一応聞きました感すご~。
 彰彦は苦笑いして、天音を見た。改めて二人を見比べて‥
 まず、本当にそっくりなこと(そりゃそうだ)に驚き、そして「幽霊でも会いたい」と話していた芳美のことを思い出した。
 ふふ、と天音が微笑む。
「帰るていっても、私はもう死んだ身だもの」
 と、すこし寂し気な演技をする。
「あ‥」
 優磨が顔を曇らせているのが、彰彦には不憫で仕方がない。
 尊に至っては、聞いても、見てもいない。もう、優磨しか見ていない。
 ‥仕方ないな。人間じゃないし。これ(←天音)の分霊だし。
「それに、伊吹先生の事手伝うと約束しましたから」
 と、今度は伊吹に「居候します」宣言をした。
「‥‥」
 しかし、可愛い外見と、悲し気な演技に騙された伊吹は眉をちょっと寄せて
「ありが‥とう」
 と、言った。
 ふふ。
 と、天使の笑みを天音が浮かべる。
「わかりました。暫くの間、彼女は僕が預かります」
 と、彰彦に伊吹が言った。(実際、彰彦に言われても困るのだが)
 ‥彼女ねえ‥。
 そいつ、性格悪い神だよ。伊吹さん。しかも、男。めっちゃ、目つき悪い。ガタイでかい男ですよ!
 言わないけどさ。
 伊吹は、中途半端な笑みを浮かべて頷いた。

 その後、伊吹さんの研究所がある裏西遠寺の寮を案内してもらった。今日から天音ちゃんはここで暫く暮らすらしい。
「あれ?あの人‥」
 一通り案内してもらい、帰ろうとして、彰彦はすれ違った男を振り返ってもう一度見た。
 ‥間違いは無いと思う。
 似た人を、俺は知っている。
 確か名前は‥。
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