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一章 「お化け屋敷」の住人は「お化け」ではない。
8.西遠寺の『Souls gate』
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一体だれが、何の目的で流した噂なんだろうか。
彰彦は、ずっとその疑問が頭から離れなかった。
確かに、西遠寺家は全国に親戚がいる。
親戚といっても、今では家同士の血縁関係は薄れ、各家それぞれが西遠寺の苗字を守っているだけに過ぎなかったが、一族としての規模は大きい。
しかし、少なくとも彰彦には世間の噂になるような特別な家だとは思えない。
陰陽師を本家がしていることは知っているが、本家だけだから、寧ろ独立している様にすら思える。
子供の頃だったら勉強会に行ったりしていたが、今では正月に集まることがあるくらいだ。
‥凄い人数で、いつも人に酔って帰ってくる。
「しかし、‥『Souls gate(※ 梛木が作ったゲームではなく、その前身。恭二が作ったもの)』魂の門とはね‥。前に聞いた時には、気にならなかったけど‥」
彰彦が真剣な顔を古図に向けた。
古図が頷く。
「ええ。私も、この名前は身内‥西遠寺の人間がつけた名前のように思います」
「そうだよな。あれでしょ? 鏡。あの鏡の試験‥忘れられないよ。恐怖のマジックミラー部屋」
彰彦がそう頷いている間に、古図が奥の部屋から長方形の漆塗りの箱を持ってきた。
丁度、高さのある文箱のような形だ。
『神名八卦表』別名、『魂の門』
西遠寺の子供に八卦やら神様に興味を持ってもらい、覚えさせるのが目的の絵札だ。
門は入門書の門。ゲート。
そして、西遠寺家においては、『鏡』を表している。
鏡とは、広辞苑によると
① 光の反射を利用して人の姿や物の像を映し見る道具
② 光線を反射する滑らかな面
③ 「かがみもち」の略
④ 酒樽の蓋
⑤ 手本。模範。いましめ。鑑
⑥ 国語で記載したわが国史の記載の名称。→鏡物。
とある。
今日最も一般的に認識される物をうつす道具としての鏡が定着する以前より、(神獣鏡や三種の神器の一つである八咫鏡のように)鏡は人々の日常生活というより寧ろ、祭事・政治に強いかかわりを持っていた。
神社が鏡を祀っているのもその一つだ。
少なくとも、畏怖・神聖という認識の方が強かった。
後ろめたいことを思っていたり、しているとき、鏡を見るのが怖かったことを、彰彦は今でも覚えている。まるで、見透かされているような気がしたのだ。
鏡は自分を省みる、自分の魂と向き合う道具。
それが『魂の門』に込められた思いだった。
もともと日本は、干支・陰陽五行・八卦そして様々な宗教等いろいろな思想が、祭礼・生活に関わっている民族だ。
例えば、丑の日に鰻を食べるのは、未月(旧暦6月)の土用土気は「火気」が強いので、「水気」の丑月の土用土気(鰻)によって中和するためと考えられる。これは、干支と陰陽五行の思想が混じりあった習慣の内の一つだ。
同じく、日本の習慣に影響を与えている八卦とは、易占の一つで、陰・陽の二種類を三段組み合わせて得られる八種の卦(坤(こん)・艮(ごん)・坎(かん)・巽(そん)・震(しん)・離(り)・兌(だ)・乾(けん))のことだ。
卦にはそれぞれ、
乾 天 健 馬 首 西北 父
兌 沢 説 羊 口 西 少女
坤 地 順 牛 腹 西南 母
離 火 麗 雉 目 南 中女
巽 風 入 鶏 股 東南 長女
震 雷 動 竜 足 東 長男
艮 山 止 狗 手 東北 少男
坎 水 陥 豚 耳 北 中男
という意味がある。
八卦では、通常三段と三段を組み合わせた六十四卦が用いられる。
易とは、自分で判断のつかない事柄を神に伺いをたてて教えてもらう、といったもので、はじめからわかっていることは聞いても仕方がないし、聞かなくても分かる人もいる。それは、元々そこにあるものだから。
万物は不変ではなく、常に移り変わる。
易の考え方とは、複雑な変化の中に最も簡単な法則(=不変の事実)のあることを見出すことだ。
いうならば、鴨長明の『方丈記』「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」。つまり、同じ水が回っているわけではない事(=変化)に対して、水は流れる(=不変)という考え方だ。
西遠寺の易の解釈も、その考え方が基本になっているのは同じだ。
万物を変と不変という視点で見る。
そして、占うだけではなく、その解決にも関わる。
曰く。
今の状態を占い、状態を調べ(=『卦』の決定)
良い状態に戻すために、働きかける(これを、西遠寺の術者は『卦』への『干渉』と呼んでいる)
人に対して『干渉』すること、土地に関して『干渉』すること、そして霊や妖怪その他、人外のものに対して『干渉』すること。
対象物が違えば、方法は当たり前ながら異なる。
だけど、根っこは同じ。
今の状態を占い、状態を調べ、良い状態に戻すために、働きかける
だ。
その為、西遠寺の術者は実にいろいろな知識の収集を日々強いられている。
思えば、彰彦の「郷土研究家」だって、その時考えたことが元になっている。
物事の性質、その変、不変。
日本には、古来より『八百万』と言われるほどの神がいる。
人々は、吉兆を神の恩恵と感謝し、凶兆を神の「祟り」や「怒り」と捉えてきた。
その『神』は一柱ではない。
水には水の神、火には火の神。
日本人は、万物に神が宿ると信じてきた民族なのだ。
知らないことは、『不敬』であり、神の『怒り』に触れかねない。
西遠寺の子供は遊びを通じてそんなことを覚えさせられているんだ。
『魂の門』は、簡単なカードゲームの様なものだ。
絵札には、八卦に基づいて分類された神の絵が描かれている。そして、名前と卦が書かれ、番号がふられている。
なんてことはない。1~10までの「何となく」な数字だ。
乾10 イザナミノミコト
何となく、納得するような、まあ、何となくの数字だ。(作った人の主観だろうか)
遊び方も、トランプのごとく、多くある。
最も簡単な遊び方の一つがこれだ。
そして、この遊びは正月、本家に子供が集まった時にも毎年行われる、西遠寺の正月の恒例行事だった。(八卦合わせと子供たちは呼んでいた)
『八卦合わせ』ルール
手札は一切配られず、自分以外のものが自分の持ち札を触ることはない。
先ず、一つに積まれた「やま」の中から、自分で適当な八枚を選ぶ、プレーヤーが総て八枚の札を選び終えたら、 「やま」の周りにやまから適当に八枚の札を並べる(場の札と呼ばれる)。その後、プレーヤーは自分の持ち札を見て、その後は順番に八卦の卦が総て揃うまで持ち札と、場の札を交換する。
揃ったところで、ストップを掛け、カードを見せる。
卦が揃っていることは前提だ。
その上で、卦の横に書かれた番号を合計し、その合計点数が多い者が勝者となる。
つまり、最高得点は80点というわけだ。
ほぼ、トランプゲーム「51」と同じルールなのだ。
これは、八卦に親しみながら、神の名前を覚えてもらうという意図があるが、これを正月本家で行うわけは、自分(プレーヤー)の今の卦の状態を調べるためだ。
メンバーや、メンバーの数、引く順番も含めての、プレーヤー自身の今の状態だ。
彰彦は、ずっとその疑問が頭から離れなかった。
確かに、西遠寺家は全国に親戚がいる。
親戚といっても、今では家同士の血縁関係は薄れ、各家それぞれが西遠寺の苗字を守っているだけに過ぎなかったが、一族としての規模は大きい。
しかし、少なくとも彰彦には世間の噂になるような特別な家だとは思えない。
陰陽師を本家がしていることは知っているが、本家だけだから、寧ろ独立している様にすら思える。
子供の頃だったら勉強会に行ったりしていたが、今では正月に集まることがあるくらいだ。
‥凄い人数で、いつも人に酔って帰ってくる。
「しかし、‥『Souls gate(※ 梛木が作ったゲームではなく、その前身。恭二が作ったもの)』魂の門とはね‥。前に聞いた時には、気にならなかったけど‥」
彰彦が真剣な顔を古図に向けた。
古図が頷く。
「ええ。私も、この名前は身内‥西遠寺の人間がつけた名前のように思います」
「そうだよな。あれでしょ? 鏡。あの鏡の試験‥忘れられないよ。恐怖のマジックミラー部屋」
彰彦がそう頷いている間に、古図が奥の部屋から長方形の漆塗りの箱を持ってきた。
丁度、高さのある文箱のような形だ。
『神名八卦表』別名、『魂の門』
西遠寺の子供に八卦やら神様に興味を持ってもらい、覚えさせるのが目的の絵札だ。
門は入門書の門。ゲート。
そして、西遠寺家においては、『鏡』を表している。
鏡とは、広辞苑によると
① 光の反射を利用して人の姿や物の像を映し見る道具
② 光線を反射する滑らかな面
③ 「かがみもち」の略
④ 酒樽の蓋
⑤ 手本。模範。いましめ。鑑
⑥ 国語で記載したわが国史の記載の名称。→鏡物。
とある。
今日最も一般的に認識される物をうつす道具としての鏡が定着する以前より、(神獣鏡や三種の神器の一つである八咫鏡のように)鏡は人々の日常生活というより寧ろ、祭事・政治に強いかかわりを持っていた。
神社が鏡を祀っているのもその一つだ。
少なくとも、畏怖・神聖という認識の方が強かった。
後ろめたいことを思っていたり、しているとき、鏡を見るのが怖かったことを、彰彦は今でも覚えている。まるで、見透かされているような気がしたのだ。
鏡は自分を省みる、自分の魂と向き合う道具。
それが『魂の門』に込められた思いだった。
もともと日本は、干支・陰陽五行・八卦そして様々な宗教等いろいろな思想が、祭礼・生活に関わっている民族だ。
例えば、丑の日に鰻を食べるのは、未月(旧暦6月)の土用土気は「火気」が強いので、「水気」の丑月の土用土気(鰻)によって中和するためと考えられる。これは、干支と陰陽五行の思想が混じりあった習慣の内の一つだ。
同じく、日本の習慣に影響を与えている八卦とは、易占の一つで、陰・陽の二種類を三段組み合わせて得られる八種の卦(坤(こん)・艮(ごん)・坎(かん)・巽(そん)・震(しん)・離(り)・兌(だ)・乾(けん))のことだ。
卦にはそれぞれ、
乾 天 健 馬 首 西北 父
兌 沢 説 羊 口 西 少女
坤 地 順 牛 腹 西南 母
離 火 麗 雉 目 南 中女
巽 風 入 鶏 股 東南 長女
震 雷 動 竜 足 東 長男
艮 山 止 狗 手 東北 少男
坎 水 陥 豚 耳 北 中男
という意味がある。
八卦では、通常三段と三段を組み合わせた六十四卦が用いられる。
易とは、自分で判断のつかない事柄を神に伺いをたてて教えてもらう、といったもので、はじめからわかっていることは聞いても仕方がないし、聞かなくても分かる人もいる。それは、元々そこにあるものだから。
万物は不変ではなく、常に移り変わる。
易の考え方とは、複雑な変化の中に最も簡単な法則(=不変の事実)のあることを見出すことだ。
いうならば、鴨長明の『方丈記』「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」。つまり、同じ水が回っているわけではない事(=変化)に対して、水は流れる(=不変)という考え方だ。
西遠寺の易の解釈も、その考え方が基本になっているのは同じだ。
万物を変と不変という視点で見る。
そして、占うだけではなく、その解決にも関わる。
曰く。
今の状態を占い、状態を調べ(=『卦』の決定)
良い状態に戻すために、働きかける(これを、西遠寺の術者は『卦』への『干渉』と呼んでいる)
人に対して『干渉』すること、土地に関して『干渉』すること、そして霊や妖怪その他、人外のものに対して『干渉』すること。
対象物が違えば、方法は当たり前ながら異なる。
だけど、根っこは同じ。
今の状態を占い、状態を調べ、良い状態に戻すために、働きかける
だ。
その為、西遠寺の術者は実にいろいろな知識の収集を日々強いられている。
思えば、彰彦の「郷土研究家」だって、その時考えたことが元になっている。
物事の性質、その変、不変。
日本には、古来より『八百万』と言われるほどの神がいる。
人々は、吉兆を神の恩恵と感謝し、凶兆を神の「祟り」や「怒り」と捉えてきた。
その『神』は一柱ではない。
水には水の神、火には火の神。
日本人は、万物に神が宿ると信じてきた民族なのだ。
知らないことは、『不敬』であり、神の『怒り』に触れかねない。
西遠寺の子供は遊びを通じてそんなことを覚えさせられているんだ。
『魂の門』は、簡単なカードゲームの様なものだ。
絵札には、八卦に基づいて分類された神の絵が描かれている。そして、名前と卦が書かれ、番号がふられている。
なんてことはない。1~10までの「何となく」な数字だ。
乾10 イザナミノミコト
何となく、納得するような、まあ、何となくの数字だ。(作った人の主観だろうか)
遊び方も、トランプのごとく、多くある。
最も簡単な遊び方の一つがこれだ。
そして、この遊びは正月、本家に子供が集まった時にも毎年行われる、西遠寺の正月の恒例行事だった。(八卦合わせと子供たちは呼んでいた)
『八卦合わせ』ルール
手札は一切配られず、自分以外のものが自分の持ち札を触ることはない。
先ず、一つに積まれた「やま」の中から、自分で適当な八枚を選ぶ、プレーヤーが総て八枚の札を選び終えたら、 「やま」の周りにやまから適当に八枚の札を並べる(場の札と呼ばれる)。その後、プレーヤーは自分の持ち札を見て、その後は順番に八卦の卦が総て揃うまで持ち札と、場の札を交換する。
揃ったところで、ストップを掛け、カードを見せる。
卦が揃っていることは前提だ。
その上で、卦の横に書かれた番号を合計し、その合計点数が多い者が勝者となる。
つまり、最高得点は80点というわけだ。
ほぼ、トランプゲーム「51」と同じルールなのだ。
これは、八卦に親しみながら、神の名前を覚えてもらうという意図があるが、これを正月本家で行うわけは、自分(プレーヤー)の今の卦の状態を調べるためだ。
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