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一章 「お化け屋敷」の住人は「お化け」ではない。
3.「お化け屋敷の住人テレビの取材に抗議する」の真相(後編)
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「西遠寺さん! 」
「あ――! こんなこともあろうかと思って来てみたらやっぱり‥」
突然、バタバタとカメラの機材の間をぬうように人影が二つ、彰彦の方に走り寄ってきて、口々に言った。
声の主は、町長と自治会長だった。
「や――、どうもどうも梶原さん。どうぞ、取材を続けてください。西遠寺さんには我々の方からきちんと説明しておきますので」
どうやら、ディレクターらしいあの男は梶原といい、この三人組の間で今回のテレビ撮影の話が出来ていたようだ。夜中だというのに、きっちりと背広を着こんだ町長が彰彦と梶原の間に割って入った。
梶原は眉根を寄せると、黙って町長を睨んだ。
「は? うちは人家なんですが? 住民の生活を町長が脅かすってどういうことなんですか? 」
反射的に彰彦が、町長に大きく一歩詰め寄った。
長身の彰彦と、梶原に見下ろされて、町長は視線を逸らして俯いた。
「町長の横暴で「つくられた」怪奇の家‥。いや、番組の趣旨と変わってくるな‥」
これを番組として流せば、「やらせ番組」のレッテル張られるな。
梶原はもう頭の中で、別の事を考えていた。
彰彦や町長にもう目もくれずに、踵を返しロケ車のほうに歩いていく。
真紀やスタッフがそれに慌ててついて行く。
「あ、この話はなかったことにしてください」
一応、というように町長に告げた梶原だったが、彰彦に対する謝罪はなかった。
さっさと片付けの指示を出して、車に乗り込もうとする梶原を町長が焦って追う。
「そんなっっ! ですがなにとそ、‥せめて‥この家の真相をテレビで放送するのもやめてください! ‥肝試しの客が減ったら‥」
梶原の前に立ちはだかり、懇願するような目で見上げる。
「客って! 梶原さん。この際、テレビで「あれはデマでした」って言ってください! 」
町長の背中を引っ張り、彰彦が梶原の前に出る。
「それだけは! 」
今度は町長が彰彦の背中を両手で引っ張る。
体格の差はあるが、もう、必死だ。
「町長! 」
彰彦が町長の腕を振り払う。
彰彦と町長に挟まれ、梶原が呆気に取れれる。
そんな騒ぎに人が集まらないわけがなく、気が付けば、夜中零時過ぎだというのに、辺りは野次馬と、呆気にとられたスタッフ、肝試しに来た若者でいっぱいになっていた。
しかし、野次馬にしたって、ライトもついていないから、何が起こっているのか、よくわかっていないいんだけど。
だから、「何だ? 」と、西遠寺の屋敷の奥から、彰彦の叔父の古図 正太郎が出て来たときには、総ての視線がそこに集中した。
「言うならば我が町の貴重な財産源なんですよ。西遠寺さん。それでね、言い方は悪いんですけど、ここは夏の事だけと諦めて‥、ね。そりゃあ西遠寺さんにはご迷惑をお掛けして申し訳ないのは重々承知してはいるんですよ」
そのどさくさにまぎれて、今まで黙っていた自治会長が彰彦に耳打ちした。周りには聞こえないような小声で、しかしながら落ち着いたはっきりした口調で。
「理不尽なことを‥」
視線だけで自治会長を睨んで、彰彦が小さく叫んだ。あまりの屈辱に顔が上気しているのが自分でもわかった。
「いいますが、これは西遠寺さんのためでもあるんですよ」
小声のまま自治会長がなおも続けた。
「はあ? 」
「警察が捜査にああ何度も入る家なんて‥事実はどうであれ、悪い噂は立つわけだし」
「我が町の、言うならば‥お荷物なんです。言い方は何ですが」
町長が後押しする様に付け加える。援軍を得て自治会長が一層強く頷く。
「それて、その悪い噂を打ち消す新しい噂を用意する。それが、これ。後は、ばれたらそのときに西遠寺さんが「本当に迷惑なんですよ」とでも言って「なんだ人家だったんだ」でそれで終わり。その時には、前の噂も消えている。ってね。素晴らしいアイデアでしょ? 」
「町としては、それをひっぱれるだけひっぱって、この町の知名度を上げてですね」
「‥‥‥」
交互に畳みかけられて、彰彦は口を挟むことすらできなかった。
あるいは、呆れて口もきけなかったのか。
梶原がその様子を腕組みで静観していた。
どうやら、なにかもめているらしいお化け屋敷の住人と町長たち。撮影の再開の予定もなさそうという状況は、(※そもそも、なんの撮影なんだか、ご近所さんにとってはわからない。‥空き地ではないのは知っているわけだし)しかしながら、そう長く野次馬を留めてはいなかった。
そのうち、野次馬も一人減り二人減りしていった。
口々に「‥なんだよ、撮影じゃないのかよ。つまらねえなあ」などと言いながら。
「平和的手段はこれしかないように思えるんですが」
一方、説得はまだ続いていた。なかなかしぶとい。
「何を‥」
「こちらとしては、立ち退きを要求してもいいんです」
「町のイメージを著しく下げ、住民の不安を煽る。興味本位の大人が見に来て、住民の安全を脅かす。それに比べたら、子供なんて可愛いもんではないですか」
「なんなら、立ち退き要求で、住民の署名をあつめてもいいんですよ」
「訴えますよ! 」
彰彦がとうとう、苛立ち気に呻いた。今にも町長たちに殴り掛かりそうな勢いだった。
「どうぞ、こちらは構いませんが。負けたら、この町から出て行ってもらいますよ? 」
そうすれば、正々堂々とこの家は空き家ですね。
と、自治会長が悪い笑顔を浮かべる。
「負けるわけが無いだろう!? 」
思わず声が高くなる。帰っていく野次馬の一人が足を止めて振り返った。
「彰彦さん」
古図が彰彦の後ろに立って、軽く窘めた。
はっと気が付いて、彰彦が頷く。
‥そんなつまらないことで裁判なんて起こしたら、それこそ親戚に何を言われるかわからない。こっちは、立ち退きどころか、苗字没収の上、追放されかねない。
「とにかく、冷静になって考えてください」
ようやく冷静さを取り戻した彰彦が言った。
町長たちも口を閉ざす。
梶原は、三人に背を向けて、スタッフに密やかに指示を出した。
「‥‥」
何かあるな、この家。
‥警察がどうこう、ってさっき言ってなかったか?
もしかしたら、子供だましの怪奇特集より大きい番組が作れるかもしれない。
機材を撤収させながら梶原は考えていた。
この家‥サイオンジ‥って言ってたっけ。聞いたことがある。確か、ネットの噂にそういうのが‥。
「帰って企画を練り直すぞ! ネットの噂についての資料集めとけ! キーワードは‥」
サイオンジだ。
古図は梶原の、一挙手一投足を見落とさなかった。さっきの一言も、梶原が車に乗り込んだ後で、声は聞こえなかったが、梶原の口元は確かにそう読めた。
「‥‥‥」
顎に手を当て、去っていくロケ車を見つめる古図の目に表情はなかった。
「あ――! こんなこともあろうかと思って来てみたらやっぱり‥」
突然、バタバタとカメラの機材の間をぬうように人影が二つ、彰彦の方に走り寄ってきて、口々に言った。
声の主は、町長と自治会長だった。
「や――、どうもどうも梶原さん。どうぞ、取材を続けてください。西遠寺さんには我々の方からきちんと説明しておきますので」
どうやら、ディレクターらしいあの男は梶原といい、この三人組の間で今回のテレビ撮影の話が出来ていたようだ。夜中だというのに、きっちりと背広を着こんだ町長が彰彦と梶原の間に割って入った。
梶原は眉根を寄せると、黙って町長を睨んだ。
「は? うちは人家なんですが? 住民の生活を町長が脅かすってどういうことなんですか? 」
反射的に彰彦が、町長に大きく一歩詰め寄った。
長身の彰彦と、梶原に見下ろされて、町長は視線を逸らして俯いた。
「町長の横暴で「つくられた」怪奇の家‥。いや、番組の趣旨と変わってくるな‥」
これを番組として流せば、「やらせ番組」のレッテル張られるな。
梶原はもう頭の中で、別の事を考えていた。
彰彦や町長にもう目もくれずに、踵を返しロケ車のほうに歩いていく。
真紀やスタッフがそれに慌ててついて行く。
「あ、この話はなかったことにしてください」
一応、というように町長に告げた梶原だったが、彰彦に対する謝罪はなかった。
さっさと片付けの指示を出して、車に乗り込もうとする梶原を町長が焦って追う。
「そんなっっ! ですがなにとそ、‥せめて‥この家の真相をテレビで放送するのもやめてください! ‥肝試しの客が減ったら‥」
梶原の前に立ちはだかり、懇願するような目で見上げる。
「客って! 梶原さん。この際、テレビで「あれはデマでした」って言ってください! 」
町長の背中を引っ張り、彰彦が梶原の前に出る。
「それだけは! 」
今度は町長が彰彦の背中を両手で引っ張る。
体格の差はあるが、もう、必死だ。
「町長! 」
彰彦が町長の腕を振り払う。
彰彦と町長に挟まれ、梶原が呆気に取れれる。
そんな騒ぎに人が集まらないわけがなく、気が付けば、夜中零時過ぎだというのに、辺りは野次馬と、呆気にとられたスタッフ、肝試しに来た若者でいっぱいになっていた。
しかし、野次馬にしたって、ライトもついていないから、何が起こっているのか、よくわかっていないいんだけど。
だから、「何だ? 」と、西遠寺の屋敷の奥から、彰彦の叔父の古図 正太郎が出て来たときには、総ての視線がそこに集中した。
「言うならば我が町の貴重な財産源なんですよ。西遠寺さん。それでね、言い方は悪いんですけど、ここは夏の事だけと諦めて‥、ね。そりゃあ西遠寺さんにはご迷惑をお掛けして申し訳ないのは重々承知してはいるんですよ」
そのどさくさにまぎれて、今まで黙っていた自治会長が彰彦に耳打ちした。周りには聞こえないような小声で、しかしながら落ち着いたはっきりした口調で。
「理不尽なことを‥」
視線だけで自治会長を睨んで、彰彦が小さく叫んだ。あまりの屈辱に顔が上気しているのが自分でもわかった。
「いいますが、これは西遠寺さんのためでもあるんですよ」
小声のまま自治会長がなおも続けた。
「はあ? 」
「警察が捜査にああ何度も入る家なんて‥事実はどうであれ、悪い噂は立つわけだし」
「我が町の、言うならば‥お荷物なんです。言い方は何ですが」
町長が後押しする様に付け加える。援軍を得て自治会長が一層強く頷く。
「それて、その悪い噂を打ち消す新しい噂を用意する。それが、これ。後は、ばれたらそのときに西遠寺さんが「本当に迷惑なんですよ」とでも言って「なんだ人家だったんだ」でそれで終わり。その時には、前の噂も消えている。ってね。素晴らしいアイデアでしょ? 」
「町としては、それをひっぱれるだけひっぱって、この町の知名度を上げてですね」
「‥‥‥」
交互に畳みかけられて、彰彦は口を挟むことすらできなかった。
あるいは、呆れて口もきけなかったのか。
梶原がその様子を腕組みで静観していた。
どうやら、なにかもめているらしいお化け屋敷の住人と町長たち。撮影の再開の予定もなさそうという状況は、(※そもそも、なんの撮影なんだか、ご近所さんにとってはわからない。‥空き地ではないのは知っているわけだし)しかしながら、そう長く野次馬を留めてはいなかった。
そのうち、野次馬も一人減り二人減りしていった。
口々に「‥なんだよ、撮影じゃないのかよ。つまらねえなあ」などと言いながら。
「平和的手段はこれしかないように思えるんですが」
一方、説得はまだ続いていた。なかなかしぶとい。
「何を‥」
「こちらとしては、立ち退きを要求してもいいんです」
「町のイメージを著しく下げ、住民の不安を煽る。興味本位の大人が見に来て、住民の安全を脅かす。それに比べたら、子供なんて可愛いもんではないですか」
「なんなら、立ち退き要求で、住民の署名をあつめてもいいんですよ」
「訴えますよ! 」
彰彦がとうとう、苛立ち気に呻いた。今にも町長たちに殴り掛かりそうな勢いだった。
「どうぞ、こちらは構いませんが。負けたら、この町から出て行ってもらいますよ? 」
そうすれば、正々堂々とこの家は空き家ですね。
と、自治会長が悪い笑顔を浮かべる。
「負けるわけが無いだろう!? 」
思わず声が高くなる。帰っていく野次馬の一人が足を止めて振り返った。
「彰彦さん」
古図が彰彦の後ろに立って、軽く窘めた。
はっと気が付いて、彰彦が頷く。
‥そんなつまらないことで裁判なんて起こしたら、それこそ親戚に何を言われるかわからない。こっちは、立ち退きどころか、苗字没収の上、追放されかねない。
「とにかく、冷静になって考えてください」
ようやく冷静さを取り戻した彰彦が言った。
町長たちも口を閉ざす。
梶原は、三人に背を向けて、スタッフに密やかに指示を出した。
「‥‥」
何かあるな、この家。
‥警察がどうこう、ってさっき言ってなかったか?
もしかしたら、子供だましの怪奇特集より大きい番組が作れるかもしれない。
機材を撤収させながら梶原は考えていた。
この家‥サイオンジ‥って言ってたっけ。聞いたことがある。確か、ネットの噂にそういうのが‥。
「帰って企画を練り直すぞ! ネットの噂についての資料集めとけ! キーワードは‥」
サイオンジだ。
古図は梶原の、一挙手一投足を見落とさなかった。さっきの一言も、梶原が車に乗り込んだ後で、声は聞こえなかったが、梶原の口元は確かにそう読めた。
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